279 ようやくエンディングを迎えた少年
無数にある異世界の1つ。魔法も無く、魔獣もいない。邪神なんて脅威も存在しない平和な世界。
「お父様! そろそろ出ないと遅れてしまうわ!」
「ああ、今行くよ!」
平和な世界で暮らす親子――父と娘の2人暮らしをしている家族がいた。
娘は学園の制服に身を包み、玄関で靴を履きながら父を呼ぶ。
「ごめん、ごめん。さぁ、行こうか。クリスティーナ」
父はスーツを着て2階から降りて来た。
「もう、ネクタイが曲がっているわ」
美しい金髪と整った容姿。近所の奥様からも「良い子」と評判の良い娘にネクタイを直されながら父親は笑う。
「忘れ物は無いかい?」
「ええ」
この家族に母親はいない。父子家庭であるが、娘は今の生活に満足している。
娘の為にと仕事を頑張る優しい父親。いつも一緒にいてくれる学園の友達。
近所の人達も気を使ってくれるし、何も不自由は感じない。それどころか、毎日が充実していた。
玄関を出て、娘は空を見上げる。
空には雲と青い空。良い天気だと思うと同時に、今日も楽しい1日が始まる予感がした。
学園で授業を受けて、休み時間に友達とお喋りして。放課後は生徒会の仕事をした後、スーパーで買い物をして帰る。
帰宅したら仕事をしている父の為に夕飯を作り、父が帰ってきたら一緒に食事を摂って。
毎日、やっている事は変わらない。でも、幸せだった。
「よし、行こうか」
「うん」
玄関の鍵を閉め、父と一緒に出発する。これは毎朝の日課だ。
今日も一日、いつもと変わらず何事も無く過ごす――はずだった。
家の敷地から出ようと道路へ振り向くと、玄関の前に青い光が走った。
「きゃっ」
「なんだ!?」
光に誘われ、顔を下に向ければ青色の魔法陣が2人の足元に出現。
なんだこれは、誰かのイタズラか? そう思いながらも、魔法陣から抜け出そうとするも足が動かない。
パァと一際輝いた魔法陣は2人の体を青色の光で包み込むと、2人はこの世界から存在が消えた。
………
………
『魔法陣消滅、ヨシ!』
『神力残滓の回収、ヨシ!』
家の庭にあった木の影からヒョコリと顔を覗かせた2匹のモグラ。
モグラの頭には『安全第一』と書かれた黄色いヘルメット。2足歩行で歩きながら会話をしている時点でこの世のモグラとは違うと分かる。
『男神様と女神様に頼まれた買い物をして帰ろう!』
『お小遣いの確認、ヨシ!』
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「う、私は……」
青い光に包まれた娘と父は気を失っていたようで、気が付くとどこかも分からぬ室内に倒れていた。
2人が頭を抑えながら上体を起こすと、
「ようこそ! 異世界の聖女と勇者よ!」
白髪の老人が2人の前で笑顔を浮かべていた。
老人の装いは聖職者のような、白いローブを着ている。彼はクリスティーナと目が合うと、一瞬だけ間を開けてニコリと微笑んだ。
「ここはどこですか!?」
「私達に何をしたんだ!?」
突然の出来事に慌てふためく父と娘。
当然だろう。さっきまで家の玄関前にいたと思ったら、知らない場所にいるのだから。
しかも目の前には謎の老人。その隣には猫耳や犬耳、角の生えた人間とは思えぬ特徴を持った人達が立っている。
「順番に説明しましょう」
老人は2人を落ち着かせ、ゆっくりと説明を行った。
ここは異世界である。2人は異世界から召喚された選ばれし者達である。
2人は世界を救う勇者と聖女であると。
「あれを見て下さい」
老人が指し示す窓に視線を向けると、窓の外には天まで背を伸ばした巨大樹があった。
「あの聖樹を救う為に、2人は召喚されました」
そう言われ、2人は窓へと近づいた。
窓の外に広がるのは巨大な街。レンガ造りであったり、木造であったり、様々な材質で作られた家や建物が並ぶ。
どこか元の世界にもあった街並みに似ているが、確かにここは自分達が生活していた場所とは違う。
道行く人の中に人間らしき者はいない。
全員が何かしらの特徴を持った人型の者ばかり。
「この世界に2人のような人間という種はいません。我々は人間を召喚して助けて頂いているのです」
ですから、2人は特別なのですよ。そう言って再び老人はニコリと笑った。
「さぁ、聖樹の根元に行きましょう」
早速とばかりに2人は聖樹へと連れて行かれる。
老人を先頭にして、2人が召喚された白い3階建ての建物――二神を祀っている神殿を出て道を行く。
最初は老人の他にも獣人や魔族が帯同していたが、聖樹の根本を囲む神殿に近づくにつれて徐々に人が少なくなっていった。
神殿の最奥にある巨大な門に到達した時には、2人と共にいるのは老人だけに。
「さぁ、こちらです」
老人がレバーを降ろすと、巨大な門がギギギと音を立てて開いて行く。
天井の無い先の室内から光が漏れ、薄暗かった廊下を照らす。
2人は顔を腕で覆いながらも、先に何があるのかと懸命に見ようと試みる。
徐々に慣れていく視界の先に、2人が見たモノは――人の顔が埋め込まれた巨大樹の根だった。
「え、あ、こ、これは?」
2人の目に映る光景は異様としか言いようがない。
何百人、何千人、それ程の顔が樹皮となって、根と一体化している。中には苦しそうに歪む顔、怒っている顔、泣いているような顔もあった。
「これは何ですか!?」
父親が指差しながら老人へ吼えると、老人はニヤリと笑う。
「お前達の運命だ」
先ほどまでの、人の好さそうな笑みは無い。恨みと増悪を込めた人を陥れる笑みを浮かべて。
「ど、どういう事――きゃあ!」
「クリスティーナ!」
理由を問おうとした娘の体に聖樹から伸びた蔓が巻き付いた。
それを助けようとした父親にも同じく蔓が巻き付き、2人を動けぬよう拘束する。
「異世界に飛んだ副作用で覚えていないんだろう? お前ら親子がした悪行を。俺のクラスメイトや異種族の人達に行った仕打ちを」
「な、何を言って……?」
「俺の名前はユウキ。お前達に召喚され、運命を弄ばれた憐れな男さ」
老人は2人を睨みつけながら自分の名を口にした。
名を聞いた父親は訳が分からない、知らないと口にするが……娘だけは違った。
「あ、ぐ、頭が……!」
ズキズキと痛む頭。娘の脳内で『忘れていた記憶』がフラッシュバックする。
聖王国。王家の使命。邪神。家臣達が命を懸けて行った計画。
「あ、あ、ああ……!」
断片的だった記憶は彼女の中で組み合わさり、全てを思い出す。
「思い出したか? クリスティーナ。もうお前に加護は無い。お前はただの人間なんだよッ!!」
そうだ。聖樹が壊れ、人間の神による加護を失った。そのおかげで異世界へ逃れたが、再び王家は呼び戻された。
異種族が邪神を討ち倒し、人間を駆逐した世界に。
「な、なんで!! なんでえええ!!」
家臣達の命と引き換えに逃れたのに。せっかく邪神も異種族もいない平和な世界に行けたのに。
クリスティーナは必死に体を動かし、蔓の拘束から逃れようとする。
だが、無駄だ。もう彼女と父親には最強の鎧も武器も能力も無い。ただの人間である2人は逃れられない。
「俺はお前達は絶対に許さない。お前達も他の人間のように、この世界の糧になれッ!!」
ユウキの言うように、この世界には再び聖樹が作られた。
正確に言えば、聖樹システムという名だ。聖樹という巨大な神力貯蔵庫が大地に満遍なく神力を供給する。
これは以前の邪神が現れた時のような有事に備えて、常に神力を一定量貯蓄しておいて非常事態に使用するという役割も含まれていた。
そして、聖樹システムが構築された際に神力の自然貯蔵に加えて行われた事がある。
それはこの世界に残った人間達の再利用。邪神が行ったように人間を聖樹に組み込み、魂を神力に変換するという行為。
人間に憎しみを抱く男神は、人間達と邪神がやって来た事を人間という種に味合わせた。
だから、ユウキは糧になれと言ったのだ。男神が残った人間達にしたように、異世界人を何人も聖樹に捧げてきた2人にとってお似合いの最後。
自分を召喚し、クラスメイトの体を弄って、恩人を殺した者達を1匹たりとも逃しはしない。
邪神討伐以降、ユウキはこの瞬間の為だけに生きてきた。異世界に逃れたキュリオとクリスティーナをこちらに呼び戻し、復讐する為に。
「あ、ああああッ!?」
蔓で拘束された2人はズルズルと聖樹の方向へ引き寄せられる。
最初に根に到達したのは父親のキュリオだった。
彼の体は根に飲み込まれ、徐々に体が樹皮に変化していく。
「ああああッ! く、ぐ、グリズティーナ……」
「いや、いやああッ!! お父様あああッ!!」
聖樹と一体化して魂を吸い上げられたキュリオは絶叫を上げ、最愛の娘の名を呟きながら糧となる。
「さぁ、クリスティーナ。お前の番だ」
ズブズブと足から飲まれ、下半身が徐々に樹皮へと変化していく様を見たクリスティーナは涙を流しながら懇願した。
「お願い! 助けて! 助けて下さい!!」
だが、彼女の願いは叶わない。
ユウキは笑いながら彼女に向かって言った。
「さようなら、クリスティーナ」
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復讐を終えたユウキは二神を祀る神殿へと戻った。
「ゴホッ、ゴホッ!」
神殿にある自室に入ると、咳き込みながらベッドに倒れ込む。
胸を抑え、何度も咳を繰り返していると部屋の隅に光が生まれた。
「終わったか」
「男神様……」
邪神が死んだ後、ユウキの体には異常が生じた。正確に言えば邪神の作った聖樹が壊れてからだ。
ユウキがこの世界に来たのは異世界召喚であるが、異世界召喚には邪神の持つ力が含まれていた。
邪神の力に影響を受けたユウキの体は、邪神の力がこの世界から消えると正常に機能しなくなるようになっていた。
咳や熱の症状から始まり、異様なほど老化が進む。今は邪神が滅んで1年になるが、この1年でユウキは青年から老人にまで老いてしまう。
復讐を終わらせなければ死ねない。その願いを聞いた男神はユウキの命を繋ぐ。
自らの神力で延命し、聖樹システムを構築した際に神力の供給先にユウキの体を組み込んだ。
今、彼が生きているのは聖樹システムのおかげでもある。だが、それも今日で終わりだ。
「ようやく、ようやく終わった……」
ベッドに仰向けになりながら、ユウキは呟く。
ようやく終わった。復讐の対象をこの世界に呼び戻し、絶望をくれてやったのだ。
これでクラスメイト達の仇が取れた。死んだ恩人へ報いる事も出来た。
「異世界の人間よ。感謝する」
男神と邪神との闘いに、全く関係ない世界の人間を巻き込んだ事への申し訳なさ。
ユウキを救った理由は申し訳なさもあるが、彼が異種族と共に人間を討ち滅ぼす手助けをしてくれた感謝も含まれる。
「君の体は神力があったとしても、もう持たない。最後に願いを聞こう」
復讐を終えるまで延命するという約束は守るつもりだったが、本当に彼の体がボロボロなのは真実だ。
神力が少しでも足りなければ人体が壊れて取り返しのつかない事態になっていただろう。
男神は感謝の意味も込めて、最後にユウキの願いを問う。
「みんなに会いたい。またモッチさんに会いたい……」
ユウキは最後に、涙を流しながら友人達との再会を願った。だが、一部は男神の力があっても叶わない。
クラスメイトはもう会えない。魂が穢され、転生すらも出来ない。
でも、モッチは別だ。魂が穢れたわけでも、壊れたわけでもないから。
「そうか……」
男神はユウキの魂に再開の願いを刻んだ。もう輪廻転生の輪に乗って、どこかで転生しているであろうモッチといつか再会できるように。
「私の加護も与える。この剣も持って行きなさい」
ベッドの上で眠るように目を閉じたユウキの体に、彼が大切にしていた魔剣グラムを重ねて置いた。
これからユウキが過酷な世界に転生しようとも、男神の加護が彼に力を与える。
この世界で結んだ友との絆の象徴――ユウキ専用に作られた剣もきっと彼を助けるだろう。そう力を込めながら、ユウキの魂に剣を結び付けた。
「異世界の英雄よ。感謝する。次の人生に幸あれ」
異世界の戦争に巻き込まれた不運な少年。彼は人でありながら異種族と友になり、異種族と共に世界を救った英雄となった。
男神はユウキの魂が天へ昇って行くのを見つめながら、彼に訪れる次の人生に祝福と祈りを捧げた。
読んで下さりありがとうございます。
このあと転生して尻から魔法を出す英雄になる。




