278 3人のトッププレイヤーが邪神をぶっ殺すまで
「終わらせてやる」
ブースターによる急接近で邪神に肉薄したイングリットは大盾でぶん殴る。
先ほどまでは聖樹があったので防御壁を起動していなかったのだろう。今回の打撃では透明な壁に阻まれて、本体まで届かない。
「無駄だッ! 無駄なんだよォッ!」
防御壁で防いだ邪神は槍を作ってイングリットへ突きを見舞う。
相手の攻撃を大盾で防ぐと火花が散った。どちらも防御力としては一級品であるが邪神は一撃必殺を持っている分、イングリットよりも上か。
「イング、離れて!」
だが、彼等には連携がある。クリフの魔法が邪神の動きを阻害して、イングリットへの追撃を阻止。
防御壁に第6階梯魔法が当たるものの、やはり防御壁は突き破れなかった。
魔法が着弾した時の爆破による煙幕が発生したと同時に次はメイメイが一気に距離を詰める。
チェンソーで防御壁を切断しようとするも、それも火花が散るだけでチェンソーの刃が負けているような状態だ。
「貴様等では僕を倒せない!」
邪神の持つ防御壁はダメージ蓄積で壊れるようなモノじゃない。
一撃で耐久度を超えるような高火力で突き破るしか手段は無い。
それこそ、男神が持っていたような神力で作られた剣で攻撃しなければ容易にはいかないだろう。
男神は死んだ。神力の剣も無い。
確かに追い込まれた。だが、ここまで。
「馬鹿な奴等だッ! 男神も僕に頭を垂れていれば良かったんだッ! そうすれば、異種族も死ぬことは無かっただろう!」
詰みだ。イングリット達は防御壁を突破する手段は持ち合わせていない。
「貴様等はとことん拷問して殺してやるよ! もう前のように手加減はしない! 全ての異種族を殺す! 一人も残さずなァ!」
こうした予想の甘さが人間から神となった者の限界なのか。
それとも歪んだ彼の性格故か。
「異物の分際で調子に乗らないで」
拷問され、武器にされた妹を持つメイメイの声音が変わる。
それを聞いたイングリットは彼女を背に隠すように再び前へ。引き付けて、引き付けて……。
タイミングよく脇に逸れる。
「メイ、力を貸して」
『お兄ちゃん!』
メイメイはグラトニーを突きの構えで持ち、至近距離で邪神と睨み合う。
グラトニーの先端から黒き獣が生まれ、大口を開けて邪神の防御壁に食らいついた。
黒き獣となった妹の魂は牙を防御壁に食い込ませ、千切り取るように引っ張る。
「な、貴様ッ!?」
まさか防御壁と拮抗する力を持っているなど思いもせず、避けずに受け止めてしまった。
慌てて槍をメイメイへと突き出す。槍の先端が彼女の肩に刺さるが、メイメイはその場から動かない。
もう妹のような存在を生み出してはいけない。彼女が望むように、自分は幸せにならなければならない。
だからこそ、邪神を倒して終わらせる。全てに終止符を打って、エンディングを迎える為に。
『ガァァァッ!!』
獣は咆哮と共に防御壁を千切り取る。1枚目の防御壁が破壊され、ガシャンとガラスが割れるような音が響いた。
「このクソガキがあああッ!」
手に力を溜めて、ビームブレードのような形状にした邪神はグラトニーを叩き切る。
半ばから斬られたグラトニーは機能を停止。
「あっ!?」
邪神はそのままメイメイの脇腹を切り裂いて、怯んだ隙に彼女を蹴飛ばす。
「殺してやるッ!」
「させないよ」
追撃の構えを取った邪神の耳に、憎たらしいほど鋭い声が届く。
声の主へと顔を向ければ、莫大な魔力を練り上げるクリフがいた。
「彼女は殺させない。もう誰も、私の大切な人を殺させない」
詠唱と共に炎で作られた3重魔法陣がクリフの前に浮かぶ。
禁忌魔法。代償を必要とする、異種族が作りし最強の魔法。
「片腕くらい、くれてやるッ!」
クリフの左腕は炎に包まれた。決して消えぬ炎が彼の腕を焦がし、灰へと変える。
代償は捧げた。代償と彼の想いが赤き華となって。
「プリムラァァァッ!!」
邪神の周囲に赤い華が咲き誇る。風に舞うように散った花びらは邪神が再び展開した防御壁に纏わりついた。
ジワジワと焼けていく防御壁。振り払おうとしても、赤き華は消えやしない。
「クソッ! クソッ!!」
バキン。
再びガラスの割れた音が響く。これで2枚目。
防御壁が壊れたのを確認すると、クリフは左腕を掴みながら崩れ落ちた。
チャンス。もう一度撃たれてはたまらない、とクリフに狙いを付けた邪神が槍を撃つ。
「させるかよ」
間に入ったのはイングリット。
大盾で槍を弾き、至近距離で邪神の防御壁へ殴りかかる。
だが、防御特化のイングリットでは防御壁を壊せない。2枚壊した彼の仲間は満身創痍だ。
それが分かっているからこそ、邪神はニヤリと笑った。
「いつまで耐えれるかな?」
槍とビームソードの攻撃に成す術も無く、防御するしかないイングリット。
だが、それも邪神の見当違い。
「さぁ、終わり――」
盾を構えたイングリットに一撃を浴びせようとした邪神の動きがピタリと止まる。
時間にして1秒程度。だが、それで十分。
邪神の目の前には黒い竜ではなく、赤い竜がいた。
「なッ!? もう解析して無効化したはずッ!?」
邪神は横目で時を止める呪いを使う少女を見た。
血を流す右目を抑えながら不敵に笑うシャルロッテ。彼女は目が壊れるほど魔力を注ぎ込み、無理矢理出力を上げて邪神の時を止めた。
残った左目からはイングリットの力を開放する祝福を放つ。
「終いだッ!」
ドラゴンクローで邪神を切り裂く。だが、前の戦闘で破損しつつある鎧は完全に機能しているとは言い難い。
攻撃を受けた鎧は所々中身の肉体を露出させていて、いつも以上に防御力が低い状態だ。
ドラゴンクローで相手を引き裂きつつも、イングリットも攻撃を喰らうと体から血を噴き出す。
だが、止まらない。止まれるわけがない。
ここでイングリットがやられれば、パーティメンバーは全滅だ。
全てを吐き出す。
ドラゴンテイルで相手を巻き取り、動けなくして――
「シャルッ!」
「わかったのじゃッ!」
シャルロッテは右手から手を離す。充血して血を流していた右目に最後の力を入れて、左右の目に魔法陣を浮かべた。
イングリットの体に魔力が流れると同時に、シャルロッテの右目が完全に弾けて無くなった。
右目があった箇所から大量の血をボタボタと流しながらも彼女は笑った。
「やってやるのじゃッ!」
「おうッ!」
赤と黒が混じった鎧と巨大なドラゴンファング。
「ガアアアアッ!!」
竜の咆哮と共に邪神の体を挟み込み、砲と魔導心核を接続してフルパワーのドラゴンブレスを放つ。
ドン、と赤と黒の魔力が邪神の体を包み込んだ。
ガシャンとガラスの割れたような音が響き、遂に3枚目の防御壁が壊れる。
しかし、ドラゴンファングで拘束したままの状態でイングリットの動きは止まり、その場で鎧から大量の白い煙を噴出させた。
フルパワーで撃った事と蓄積されたダメージによる鎧のオーバーロード。鎧は内部の熱を強制的に排出し、一時的な機能停止状態に。
「フフフ……」
邪神は動かなくなったイングリットに思わず笑い声を漏らす
防御壁は残り1枚。
全力で攻撃したものの、所詮異種族程度ではここまでが限界。
「届かなかったねぇ」
さぁ、次は自分が蹂躙してやろう。そうワクワクさせながら、ドラゴンファングの拘束を抜け出そうとするが――
「いいや、お前は終わりだ」
動かない鎧の中でイングリットはそう確かに言った。
言葉が終わると同時に、背中側にある鎧着脱用の部分が弾け飛ぶとドラゴンが脱皮するかの如く、中にいたイングリットが姿を曝け出した。
ワイルドイケメンな顔面と赤い目と赤い髪。ドラゴンの角を生やした男は邪神を見る。
いや、正確には邪神を見ているんじゃない。
目の前に現れたウィンドウに表示されたメッセージを見ているのだ。
『対象を蘇生させますか?』
はい・いいえ
身代わり人形を他人に使った時にだけ現れるテキストメッセージ。
男神が死のうとも、既に作られたアイテムは機能すると。アイテムはアイテムであるとこの世界の神の眷属が保証していたから。
イングリットは賭けに勝った。
「残りはテメェがやれ!」
ウィンドウに表示されている『はい』の部分を殴りつけると、イングリットの傍に光が生まれる。
光は徐々に人の形をし始めて――
「感謝する。赤き竜王よ」
男神が再びこの世に復活した。
「き、貴様はァァッ!! こ、殺したはずだ! 殺したはずだァァッ!?」
最大の脅威である男神が目の前に現れ、錯乱状態に陥った邪神。
邪神に対し、男神は神力で作った剣を手に握りながら言う。
「ああ、そうだとも。一度死んだ。だが、貴様を殺すまでは終わらぬッ!!」
逆手に握りなおした剣をドラゴンファングで拘束されている邪神の胸に突き刺した。
バキンと防御壁は簡単に壊れ、そのまま邪神の本体を貫く。
赤い血が噴き出し、邪神は絶叫を上げた。
「この時を待っていた! 卑怯者を殺し、彼女を取り戻す時を! ずっと待っていたのだッ!」
邪神の体から剣を引き抜いた男神は何度も剣を邪神の体に突き刺す。
「私達が生んだ子らを殺し、この世界を破滅させようとした邪神めがッ!」
「ぎゃああああッ! や"め、や"めて! 死にたくない! 死にたくないッ!」
何度も胸を刺され、何度も邪神の体が跳ねる。
それでも尚、男神は手を緩めない。今までの恨みを晴らすように、完全に息の根が止まるまで繰り返す。
「いやだあああッ! 僕は、ぼぐはあああッ!」
ザクザクと突き刺された邪神は絶叫の末に力尽きる。
「消えろッ!」
終いには残った死体も男神の神力で作られたエネルギーの塊によって完全消滅。
「ハッ。くたばったか」
最後は惨めに苦しみながら死んだ邪神をイングリットは鼻で笑い、報復を終えた男神を見る。
「ああ、これで全て終わりだ」
男神とイングリットは背後を振り返る。そこには防御壁を割った事で満身創痍になっている仲間達がいた。
誰もが傷を負っているが死んでない。パーティメンバーを失う事無く、最後のクエストを終えられた。
「ありがとう。プレイヤー達……いや、我が子らよ」
再び礼を言う男神。
「これがエンディングか?」
「そうだ。邪神は死に絶え、世界は平和を取り戻す。エンディングとしては最高だろう?」
「ハッ。ありきたりだな」
強大な敵を倒して平和を取り戻す。何とも定番でチープなエンディングだ。
「だが……まぁ、これで良いか」
これで良い。王道のエンディング後は誰もが幸せを享受する。
イングリットは愛する者と仲間がいる場所へ歩きながら、
「報酬を忘れるなよ」
振り返る事無く、男神にそう言った。
読んで下さりありがとうございます。
とりあえずこれで本編は終了です。
残りはエンディング後を描いて終わります。




