277 ごきげんよう
ガサガサと枝を揺らし、聖樹を中心に地震を起こす。
大きく揺れた聖樹が少し傾くと、青々と生い茂っていた葉が徐々に枯れていく。
事前の作戦会議ではコアと繋がる根を壊すと大地から神力を吸えなくなって聖樹が枯れると言われていた。
つまり、これで聖樹を破壊したという事だろうとイングリットは確信する。
「あああああッ!!」
葉が枯れていく中、地面に落ちた邪神は苦しみながら胸を掻き毟って絶叫していた。
少年だった邪神の体にノイズが走り、体の大きさが少しずつ変わる。
最終的には20代の青年に変わった。
「く、お、お前らァ……!」
胸を抑えながら膝立ちになった邪神はイングリット達を睨む。
本当の姿を晒した邪神は金色のオーラが薄まっていく。聖樹とのリンクが途絶え、力を供給できなくなった証である。
「まだ、だ……! 依り代が壊れただけ、まだ貴様等を喰らって依り代を再生すれば……!」
また元通りである、と邪神は苦しそうに言った。
依り代である聖樹はこの世界に存在を根付かせる為の装置であり、力を補給する装置である。
それが無くなっても邪神が死ぬ訳じゃない。無尽蔵に供給されていた力が使えなくなっただけ。
まだイングリット達を喰らえば、という道は確かに残っている。
「まぁ、貴方のそんな恰好初めて見ましたわ」
今すぐにでもやってやろう、と睨みつける邪神の背後から声が聞こえた。
振り返れば人間の王と娘が立っていた。
「お前達! 良いところに来た! 僕を助けろォォォッ! 奴らを捕まえろォォォ!」
忠実な手駒がまだ残っていたか、勝機はあると確信した邪神だったが……。
「お断りですわ」
クスクスと笑いながら、心底馬鹿にするような視線を送るクリスティーナ。
「な、き、貴様ッ!」
憤慨する邪神であるが、クリスティーナは見下すようにニヤつきながら言葉を続ける。
「ここへ来たのは、これが必要だったからでしてよ?」
彼女が手に持つのは聖樹の枝。小さな枝を持って、プラプラと見せつける。
「我らの計画通りであった。異種族よ、感謝するぞ」
次にキュリオが言いながら見せたのは魔法陣が書かれた一枚の紙。
イングリット達は「計画通り」と「感謝」に対して首を傾げるが、邪神は魔法陣を見てそれが何なのかを理解する。
「き、貴様らッ! 逃げる気かあああ!」
魔法陣の正体は召喚陣を加工して作った転移魔法陣。術式を見れば、転移した対象を別の世界――こことは違う異世界へ送るというモノ。
聖樹が壊されて加護が切れた今、クリスティーナ達は自由になった。無数にある異世界に飛べば邪神の手から逃れられる。
そもそも、彼がこのまま生き残れればの話であるが。
「ふふ。最後に貴方の惨めな顔が見れて満足しましたわ」
クリスティーナが枝を紙の中心に合わせた。邪神が神力で作った聖樹の一部である枝と魔法陣が共鳴し、紙が焼き焦げていく。
燃え落ちた紙から魔法陣が零れ、地面にブワリと広がっていく。
地面に広がった魔法陣が活性化すると、陣全体が光を発した。
「クリスティーナァァァッ!!」
もうすぐ、この世界から消えるクリスティーナの名を叫んだのはユウキであった。
彼は胸を抑えながら神殿の入り口に現れる。体には血が付着して、ここまで戦闘を繰り返しながら来たのだろう。
ユウキの執念にクリスティーナは笑みを零す。
「さようなら。聖樹の神と勇者様」
私の勝ちだ。
そう宣言するように。
魔法陣が完全に起動すると、2人の姿はこの世界から消え失せた。
「クソ、クソ……ごほ、ごほ」
消えてしまったクリスティーナに悪態をつきながら、胸を抑えて咳き込むユウキ。
「おい、ユウキ! 大丈夫か!」
地面に倒れた彼に駆け寄ってきたのは異世界愛好会のメンバー。
彼等は先にいるイングリット達を見て叫ぶ。
「おい! 化け物共は勝手に死に始めたぞ! もうすぐ援軍が来る!」
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「だ、そうだが?」
仲間の報告を聞いたイングリットは部下に見捨てられた邪神を嘲笑うかのように言った。
「ぐ、が、クソがああああッ!!」
拳で地面を叩き、怒りを露わにする邪神。
「どいつもこいつもッ! 僕を馬鹿にしやがってええええッ!!」
怒りの叫びを発した邪神は体から金色のオーラを再び噴出させた。
「まだだッ! まだ供給が断たれただけだッ!!」
そう、まだ邪神の力は尽きていない。
供給源が無くなった事で無尽蔵に力を使えなくなっただけで、まだ体にある力は残っている。
「君達に私は倒せないッ! 私は貴様等の力も得ているんだッ!」
神を殺す一撃の他に、邪神はプレイヤー達の蘇生機能すらも取り込んだ。
死んでも生き返る。その保証が、以前のプレイヤー達同様に邪神の心を支えた。
「死ねえええッ!」
枯れた聖樹の枝を束ね、槍を無数に作り出した邪神はイングリット達へ向けて発射した。
大盾によって防ぐが猛攻は続く。イングリットの背に隠れたクリフが魔法を撃つも、邪神が纏う防御壁に防がれた。
「止まるのじゃッ!」
「それは効かないって言っているだろう!」
シャルロッテが呪いを使うが、やはり効かない。
邪神は生み出した槍の先から細いレーザーを放ち、大盾を溶かそうとしてくる。
「こんにゃろ!」
邪神が動きを止めてイングリットの大盾を壊そうとした隙にメイメイが飛び出した。
バックパックの機能を使って一気に距離を詰めて、グラトニーのチェンソーで斬りかかる。
だが、やはり防がれた。防御壁に当たるチェンソーの刃は火花を散らすものの切断までは至らない。
「どうするの~!?」
再びイングリットの背に戻ったメイメイがそう言うと、神殿の壁を突き破って巨大な何かが突入して来た。
『商工会の技術力は世界イチィィィィッ!!』
現れたのは魔導船ゴーレムだ。突入して来たというよりも、倒れて来たというべきか。
神殿の壁を突き破るのが最後の一撃だったのか、両手両足を着いた不格好な状態で停止したゴーレムの拡声器からビーとノイズが走る。
『イングリット殿! ヤツのパワーは無限ではありませんぞ!』
『蘇生機能はもう失われています! 神力で生命力相当の防御壁を張っているに過ぎない!』
聞こえたのはモグゾーの声。彼の声が響いた次は鴉魔人の声が聞こえる。
蘇生機能は聖樹が健在でなければ使えない。神力の供給が失われた今、邪神の言っている事はブラフであると叫ぶ。
「今、ヤツが張っている防御壁を壊せば良い! ヤツが展開している4枚の神力防御壁を壊せば、神力が枯渇してもう張れないはず! 殺せます!』
聖樹が壊れた事で短距離転移魔法を使いながら急いで合流した鴉魔人は、ゴーレムに神殿を突破するよう頼み込んだ。
そして、眷属の目を使って邪神を確認して残された力の容量を見た、というのが今の経緯。
肝心の殺し方が分からず防御に徹するしかなかったが、現場に確認しに来た鴉魔人によって邪神が追い込まれているのはイングリット達へ確かに伝わった。
「余計な事をッ!」
邪神は手に貯めた力の弾をゴーレムに向かって発射した。
『ああ~ッ!』
船体の先が爆発四散してモグゾーの悲鳴が木霊する。
よく見れば爆風に乗って吹き飛ばされるモグゾーと鴉魔人が見えた。
コメディチックな吹き飛び方をしていたので無事だろう。
だが、彼等の情報のお陰でイングリット達にとって終わりが見えた。
4回、邪神の持つ防御壁を壊せば良い。そうすれば本体を攻撃できる。
「終わらせてやるよ」
大盾を構えたイングリットが邪神に向けて言った。
彼を倒し、エンディングを迎える。そう決意して。
読んで下さりありがとうございます。
次回、邪神ボコボコ。




