表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/306

2 inしたお - イングリット編 1


 ギ………


『 』


 ……ギャ……


『1』


 

「む、うぅ……?」


 コンコン、と何かに叩かれる弱い振動を感じてイングリットは目を覚ます。


 パチリと目を開けて最初に飛び込んできたのは青い空。白い雲。


 そして、着用している鎧の隙間から入り込んでくる爽やかな風とサラサラと流れる川のせせらぎが耳に届く。


 彼は川の流れる草原で大の字になって眠っていたようだ。


「ギギャギャ」


 コンコン。


『1』


「あ? うーん?」


 何故こんな事に? と記憶を掘り起こす。


 脳内に残る直近の記憶はイベントに勝利し、イベントアイテムを手に入れて――突然現れた扉に仲間が吸い込まれたという事まで。


「ギャギャギャ」


 コンコン


『1』


「さっきからうるせえ!」


「ギギャギャ!?」


 ギャギャ、と鳴く声のする足元へ顔を向ければ、背が小さく浅黒い肌と小汚い腰蓑を装備したゴブリンが小さな棍棒を持ってイングリットのふとももを殴っていた。


 そして『1』と脳内に無機質な女性の声でアナウンスされるのは、ゲーム内でもお馴染みであったイングリットが負っている被ダメージをお知らせする音声メッセージだ。


「というか、ここはどこだよ……」


『1』


 ゴブリンからはどうせ『1』しかダメージを受けないし一旦無視することにした。


 イングリットは状況確認しようと立ち上がる。


 周囲を見渡すと目の前には川。青々と芝生の広がる草原。青い空。輝く太陽。遠くに聳える山。


 なんとも絶好のピクニックポイントだ。


 だが、イングリットの傍にはパーティーメンバーであるメイメイとクリフの姿は無い。


 彼の隣には相変わらず棍棒でコンコン殴ってくるゴブリンだけだ。


『1』


「とりあえず、2人の位置を確認しよう。マップ」


 アンシエイル・オンラインではメニューウィンドウ表示は音声入力システム。


 故にイングリットはいつも通り表示させたいウィンドウを口にしたのだが――


「………」


「ギギャ」


『1』


 ウィンドウは出ない。


 ゴブリンがコンコン、と叩く音だけが鳴り響くだけだった。


「は……? マップ! パーティー! ステータス!」


 イングリットは表示させられるウィンドウ名を叫ぶがどれも不発。


 一切表示されない。


「スゥーテェタスッ」


 発音とポージングしても不発。


 コンコン


『1』『1』


 ゴブリンが叩く音とダメージ通知の音声だけが脳内に鳴り、だんだん虚しく感じてくる。


「え? なんで出ないんだ!? またバグか!?」


 バグ。


 それはクソバランス運営、とプレイヤー達から称される名高い集団によって生み出された『いつもの』だ。

 

 アンシエイル・オンラインには音声入力以外のウィンドウ表示方法は存在しない。


 昨日までは画期的で便利なシステムだ、と思っていたのにバグで表示されないとなればクソシステムにしか見えなくなってくるから不思議なものである。

 

 とにかくウィンドウは表示されない。どうしたものか、と考えているとある事に気付く。


「……ログアウト」


 シーン。


「ログアウトォオオオオ!?」


「ギギャギャ!?」


 コココン!


『1』『1』『1』


 ログアウトができない。


 この事実に動揺したイングリットは叫び、その叫びに驚いたゴブリンは棍棒3連打。


 無機質な女性の声で『1』というダメージ音声がイングリットの脳内に連続アナウンスされた。


 それからしばらく現実と格闘し、辿り着いた答えはログアウト不可でウィンドウも一切出ない、ウィンドウが表示されないのでGMコールもできないという修羅の状況だった。 

 

 さらにイングリットを驚かす要素が1つ。


「なんで風やら匂いやら……水まで触れるんだ?」


 草原に吹く風の冷たさが鎧の隙間に入り込み肌でそれを感じ、さらさらと穏やかに流れる川に近づいて手を突っ込む。


 ゲーム内では五感を感じる事は無い。


 水に触れても感触が無かったのにも拘らず、川の水に手を突っ込めば水に触れられて掬えるし、水が押し寄せる水流をガントレット越しに感じ取れる。


「新しいシステムか?」


 真のストーリークエストの受注条件。真の世界に向かう。


「その真の世界とやらは未実装エリアで、今までのアンシエイル大陸とは全く異なる場所に作られた。新しいシステムとして五感を感じるほどのリアリティを追求した……とか?」


 だがウィンドウが表示されず、ログアウトができないのはおかしい。


 ログアウトができないとなれば、リアルの自分はどうなってしまうのだろうか?


「そうだ。リアル、リアルで、リア、リ……」


 イングリットがリアルの自分を心配を、彼の脳内に浮かび上がってきたのは真っ白に輝く光。


『――っ! ――ット!』


 その光を背にした誰かがイングリットを呼びかけている光景。逆光で正体は不明だがどこか懐かしく感じるモノ。


 しかし、その光景を浮かべたのは一瞬で『カチリ』という歯車が噛み合うような音が鳴るとその光景は真っ黒に塗り潰された。


 そして――


「まぁ、リアルは……大丈夫だろう。ん、待てよ……。確かライトノベルでゲームの中に入った、なんて題材があったよな」


 先程まで心配していた事をスッパリと切り捨て、リアルへの心配が消えるようにイングリットの心の中から無くなる。


 そして、心配事が消えたことに気付くことも無くふと浮かんできた仮説に気を向けだした。


 脳内に浮かんできたモノはゲーム内に転移だとかゲーム世界へ転生、そんなワードだ。


 あの物語も五感を感じないゲームをやっていた主人公がゲーム内に転移して、現実宛らの五感を感じたりステータスが表示されない話だ。


 そのパターンか? と考えながら川を見やる。


「そうだ。さすがに新システムでも水は飲めないだろう」


 さすがにゲームでリアル宛らの飲食行動を再現するのは不可能だろう。


 早速、川の水を飲もうとするがここで次なる問題が浮上する。


「装備脱げるんだろうか」


 アンシエイル・オンラインでの装備着脱は装備ウィンドウに表示された自分のアバターへ装備したいアイテムを指でドラック・アンド・ドロップするのだが、先ほど試した通りウィンドウは表示されない。

 

 一応、装備脱げろ! などと考え付く言葉を叫んだが反応無し。


 反応があったのは隣で棍棒を振るゴブリンだけだった。


 まさか、と思いながら被っている兜の中に指を入れて頬の辺りを探る。


 すると小さなボタンがあり、それを押すとフルフェイスだった兜の前面――目と鼻と口の部分――がカシャ、という音を立てて兜内に収納される。


 フェイスオープンという兜に備わっている設定が忠実に再現されていて、自分の素顔が顕わになった。


「アイツの設定した説明文通りになった」


 イングリットの装備している黒い鎧は同じパーティーメンバーの技巧師メイメイが作ったアイテム。


 彼女の作った鎧は鎧というよりも内部機構や見た目は外骨格――パワードスーツに近いだろうか。弱種族の魔族と亜人は低い能力を装備で補わなければまともに戦えない。


 魔族・亜人種が作り出す装備の最上位に位置するモノが技巧師の作る『技巧装備』となっている。


 話を戻して、メイメイに限らずゲーム内でアイテムを作る職人達はアイテムを作った際に必ず『アイテム設定』というフレーバーテキストを取り付ける。


 イングリット装備――兜のフレーバーテキストには『憤怒の兜:憤怒シリーズの兜で内側にある赤いボタンを押すとフェイスオープンする。これでご飯食べれる』と書かれているのだ。


 装備を渡された時はゲーム内で実際に食事するわけでもないのに、なんて感想を漏らした記憶がある。


 フェイスオープン状態で顔を晒した後に兜の中にある別の緑色のボタン、脱着ボタンを押すと兜の後頭部部分がカシャカシャと音を立てながら収納される。


 後頭部部分が開き終わると、前面に兜をズラせばスポリと兜がイングリットの頭から取れた。


 次は首元から鎧の中に指を入れてボタンを押すと、鎧の背中部分中央が両断されるように開き、ガシャガシャと収納されて脱げるようになった。


 兜と鎧を脱ぎ、脇へ置いて川の水面を覗き込むとキャラクターメイキング画面で作ったキャラクターが水面に映っていた。


 水面に映るイングリットの姿は、赤い髪に尖った耳。瞳の色も赤く、頭には斜め後ろの上側に伸びた竜角。首と腕には赤い竜の鱗がある。


 赤竜(セキリュウ)族。


 イングリットの種族は赤竜族というモノで『竜の1種である赤竜が進化の末に人化した』という設定の種族だ。


 そんな赤竜族の特徴を持った目つきの悪いワイルドなイケメンが水面に映っていた。


「なんてイケメンなんだ」


「ギャギャギャ」


『1』


 我ながら長時間掛けてキャラクターメイキングした甲斐があったもんだ、と満足気に頷く。


 ゲーム開始から3時間以上掛けて細部まで調整し、納得のいくまで作り上げた傑作のキャラクター。

 

 自分のキャラクターフェイスに満足したイングリットは川の水を両手で掬い取り口に運ぶ。


 口に水を含むと最初に感じたのは水の冷たさ、ゴクゴクと飲むと冷たい水が喉を潤す快感がたまらない。

 

「……飲めちゃったんだが」


 すごい。飲めてしまった。喉を潤せてしまった。


 しかも水が喉を通る感覚と腹に収まる感覚まであった。まるで本当に水を飲んでいるみたいに。


「これって現実なんじゃあ……」


 ゲームのシステムとしてこんな感覚を味わうのは可能なのだろうか?


 ゲームの中に入った、プレイヤーキャラクターになってしまった、と考えた方がしっくり来るほどのリアルさだ。


「ギャギャギャ」


『5』


 鎧を脱ぎ、インナー状態になっている肩にゴブリンの棍棒が当たるがしっかりと当たっている感覚がある。


 痛くはないけどチクッとするのだ。


 その感覚がさらに『ゲームの中へ入った』という結論を後押しする。


「なぁ、お前はどう思う?」


「ギャギャ?」


 イングリットはヤンキー座りをしながら隣で立っているゴブリンへ問いかけるが、ゴブリンは首を傾げるだけだった。


読んで下さりありがとうございます。

しばらく毎日投稿予定。


行を空けてなるべく文字が詰まって見えないようにしてますが、読みにくい等のご意見ありましたら変えます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ