274 忠義の剣は灰となる
飴玉を食べたレギ達の勢いは凄まじく、守護者と同等にまで強化された聖騎士達相手に数の不利を感じさせない。
4対50という数だったが、いつの間にか相手の数は10まで減っている。
しかし、依然としてレギ達がピンチなのは変わりない。
飴玉を食べた以上、彼等は時間経過で死ぬ。効果が切れるまで残り数分。それまでに全員を殺し、玉座を奪うのが彼等の勝利条件。
「ぐ、ガ……あとは、タのむ……」
プレイヤーの1人が血反吐を吐いて死んだ。効果時間には個人差があるが、この中で一番効果時間が短ったのだろう。
1人目の効果時間切れが現れた事で、残された者達も「そろそろか」と悟る。
殺しもしていないのに死んだプレイヤーを見て不自然に思うのは敵もだ。特にこの場にいるキプロイは頭の回転が速い。
数分前に見た、異種族が何かを食べるシーンが彼の脳内でフラッシュバックする。
それと同時に気付いたのだ。
「全員、防御態勢!」
時間を稼げば自滅する、と。
飴玉による圧倒的な身体能力と痛覚のカット、凄まじい五感の強化は相手にとって脅威となるが――弱点は効果時間がある事に尽きる。
しかも、効果が切れれば死ぬのだ。時間稼ぎ、徹底的なスルーといった逃げの戦法には滅法弱い。
初見でこの弱点を見抜いたのは流石と言うべきか。
「ぬあああッ!」
だが、レギ達もその弱点は理解している。
理解しているからこそ、防御態勢を取る相手に特攻した。
ここでミス犯したのは人間達の方だ。
ここは室内。広い場所ではあるが、空間に限りがある。
飴玉を食べたプレイヤー相手に時間稼ぎするならば、空間に限りある室内では愚策。時間切れを待つのであれば逃げられる場所も必要だ。
「なめ、るなァァッ!」
プレイヤーの持つ大斧が聖騎士の腕を盾ごと両断した。
このように、ただ防御するだけでは大した時間稼ぎにはならない。
プレイヤーの攻撃力は限界突破している故に、防御だけでは止められない。
「あああッ! あああッ!! あ――」
特攻して暴れに暴れた1人が時間切れ。ぷつんと糸が切れたかのように力が抜けて地面に倒れる。
トドメの一撃と頭を潰され、残りプレイヤーはレギを含めて2人。
相手は残り7人であるが全員がどこかしらの負傷を負っていた。
「まだだッ! まだァァッ!」
プレイヤーがチラリとレギの顔を一瞬だけ見てから前へ出た。
剣を力任せに振り回し、もう技術も技量も無い。防御を取った相手にはパワーで押し切るのが最善であると知っているからだ。
圧倒的なパワーで人間2人を始末すると、人間側はキプロイを含めて残り5人。
ここで時間切れ。体中に剣を刺され、足止めされているうちに効果が切れた。
残りはレギ1人。
「さて……。もういいでしょう。囲みなさい」
レギ1人に対して防御で時間を稼いでも効果は薄い。それよりも囲んで倒してしまえば良い。
もうすぐ彼の効果も切れると察しているのだから。
「………」
囲まれたレギは剣と盾を構えた。最後まで抵抗する姿勢を見せる。
当然だ。ここまで来て、彼は止まれない。最後に自分へ託して死んだ仲間の為にも。
「フッ――」
短く息を吐き、囲む人間に襲い掛かる。
正面で構える人間の剣を弾いて、フォローしていた者の足払いをして、背中から斬りかかって来た者の剣を盾で受け流す。
受け流しで姿勢が崩れた人間の腹に膝蹴りを見舞いして、ガラ空きの背中に剣を突き刺す。
突き刺して殺した人間を肉の盾にし、不意打ち狙いの攻撃を防ぐ。
肉盾に敵の剣が刺さったのを一瞬で確認してから背中から剣を引き抜いた。
引き付けた相手に追撃――しようとした瞬間、レギの頭の中でプツンと何かが切れるような感覚が襲う。
「う――」
ぐにゃりとレギの視界が歪んだ。気分も悪くなり、頭の中で銅鑼を打つようにガンガンと音が響く。
効果切れがすぐそこまで迫っている証拠だ。
この瞬間を人間達は見逃さない。
「ガッ!?」
レギは背中から斬られ、たたらを踏んだ。
何とか踏ん張って倒れる事を防ぐ。背後にいるであろう相手に剣を振るも、歪んだ視界では当たらない。
「くく。もう終わりだろう!」
先ほどまでの勢いを失ったレギにキプロイは笑みを漏らす。
これで終わりだ。やはり王の威光は素晴らしいと。我々を守護して下さる、と笑う。
聖騎士が苦しむレギへと歩み寄り、剣を上段に構えた。
「まだ、終われんッ!」
だが、レギには使命がある。
守れなかった約束。守れなかった王。失った物は大きく、もう取り戻せない。
だが、最後に……。最後まで忠誠は尽くす。
「うおおおおッ!」
魔王と国へ捧げた剣を手に、魔王国騎士団の団長として。
上段で構えていた人間の心臓へ剣を突き刺し、別の者には盾を投げて。
レギのプライドが再び壊れかけの体に喝を入れ、残りの人間を殺害する。
「は、な、なに……!」
再び勢いを取り戻したレギに驚愕するキプロイだったが、目の前にいた最後の1人もレギに首を落とされ殺された。
「我が剣は忠義の剣である。我が剣は魔王国騎士団剣術の真髄である」
血が滴る剣を上段に構え、
「魔王国よ、栄光あれ!」
一刀両断。
キプロイの頭から体を一刀両断し、最後の人間を地獄へ送る。
「…………」
だらりと腕を垂らしながら、レギは玉座へと振り返った。
戦闘でボロボロの室内と人間の死体が転がる室内は、記憶にある威厳と栄光に満ち溢れた雰囲気には程遠い。
それでもレギは剣を地面に突き刺してから玉座に対して片膝を付くと頭を垂れた。
(陛下……)
もうすぐ自分は終わる。効果は切れる寸前だろう。
思考が鈍くなり、もう目も見えない。音も聞こえない。
だが、玉座は取り戻した。嘗て魔王が死んだ場所、嘗て魔王が座してた場所を。魔王国の繁栄を象徴していた場所を。
最後の時を迎える寸前、レギの閉じられていた視界が明るく照らされる。
何事か、と顔を上げると――玉座の前には光った人型の何かが立っている。
ボロボロだった室内も記憶あった嘗ての光景通りに戻っており、暖かな光が彼を照らす。
(ああ、ここは――)
もう戻らないと思っていた。もう取り戻せないと思っていた。
光に包まれた人はレギへと歩み寄り、膝を付く彼を見下ろすと――
『大儀であった。我が忠臣よ』
「陛下……」
約束を守れなかった自分を、王を守れなかった自分を許してくれる姿があった。
レギの肩から重さが消える。
「ありがたき幸せ……」
そう呟くと視界が暗転する。
彼の人生はここで終わった。
ボロボロの室内に佇む玉座の前で、忠義を尽くした男は頭を垂れながら。
彼の体は灰となり、幸せだった過去の日々へ戻るかのように崩れていった……。
読んで下さりありがとうございます。




