273 玉座
上の階へ登って行く途中、ユウキ達と別れたレギは自分の記憶を頼りに走る。
向かうは玉座。記憶と同じであれば最上階である4階にあるはずだ、と階段を駆け上がる。
「レギ、先に行け!」
途中で聖騎士の妨害が入るが、仲間達がレギを先に行かせた。
上の階に辿り着くにつれ、徐々にレギと共に行く仲間の数は減っていく。
途中の階を制圧する為に班を割き、最上階の4階に辿り着くとレギと共にいるのはプレイヤーが3人、騎士団が3班のみとなっていた。
レギを含めて総数29名。これだけの数で4階を制圧しなければならない。
さすがに厳しいか。そんな考えがレギの脳裏を過るが、到達した最上階は不気味なほどに静かだ。
外から聞こえる戦闘音や下の階で誰かが叫ぶ声がよく聞こえる。
「誰もいないのか……?」
他の階よりも豪華な作りになっている、赤い絨毯の敷かれた廊下を歩くレギ達。
目的の場所である玉座がある謁見の間に辿り着いた。
記憶にあった通り、扉は両開き仕様で大きい。
人間は旧魔王城を改修して使っているのか、と確信が持てた。
両開きのドアを開くと、向こう側から光が漏れる。
光源が差して煌めく天井のシャンデリア。シミ1つない真っ白な壁。
謁見の間の扉から玉座まで続く赤い絨毯。
記憶の通り。旧魔王城にあった謁見の間と造りは変わらない。
だが、致命的なほど違うのは――謁見の間を支配しているのは人間だという事だ。
赤い絨毯の両脇には剣を掲げたフルプレート鎧を身に纏う聖騎士が並び、金で作られた玉座には人間の王が座る。
「よく来た、と言うべきかな?」
「貴様……!」
金の玉座に座り、頬杖をしながらレギを見る人間の王キュリオ。玉座の一段下にはもう1人男が腰の後ろで手を組みながら立っていた。
人間の王が玉座に座る姿は、まるでここに座るのは当然と言わんばかりな態度。
違う。
そこに座って良いのは一人だけだ。レギが忠誠を誓った魔王だけが座って良い場所である。
レギにとって神聖な場所に人間が座っているなど、許されない。汚物がそこに座るなどあり得ない。
奥歯を噛み締め、剣を握る手にはいつも以上に力が入る。
「君達は本当によくやった。我々の為に神へ挑んでくれるのだ。今なら褒美として、殺さずに生かしてやっても良い」
キュリオは本心から言っている。だが、物言いはあくまでも上からだ。
「ふざけるなッ! 貴様等を殺し、陛下の玉座を返してもらう!」
当然ながらレギは跳ねのけた。あり得ない。
敬愛する王を殺した者達に施しを受けるなど。生かしておくなどあり得ない。
憤慨したレギはキュリオへ剣先を向けた。
「残念だ」
キュリオはそう言いながら立ち上がる。
彼の身に着けている物は戦闘用の装いではない。いつも通り、家臣が用意したただの洋服である。
王だけが羽織る事のできるローブを肩にかけたまま、手には武器すらも持っていない。
だが、レギの肌にはピリピリとした圧が感じられる。
何だこれはと正体を探っているうちに、キュリオの背中から4対8枚の羽が生えた。
「王命を下す。異種族を排除せよ」
キュリオが王として言葉を告げる。
すると、謁見の間にいた人間全員に金色のオーラが纏った。
絨毯の左右に立っていた聖騎士達は背中に白い羽を生やして一斉にレギ達へと向き直り、王の傍に控えていた男――キプロイも背中から3対6枚の羽を生やす。
さぁ、玉座を取り戻す戦闘が始まるか。そう身構える両陣営であったが、大きな揺れが城を襲う。
キュリオとキプロイが窓の外に顔を向けると聖樹を囲む神殿からは煙が上がる。
「王よ。ここは私めにお任せ下さい。姫様と合流して頂きたく」
遂に時が来た。キプロイは王に退室を願う。
「そのようだな。キプロイ、これまで仕えてくれた事に感謝する」
「ハ……。勿体無きお言葉」
膝をついて頭を下げるキプロイ。それを見たキュリオはゆっくりとその場を離れ始める。
「待て、貴様! 逃げる気かッ!!」
逃げるというワードが気に障ったのか、キュリオはピクリと反応して歩みを止めた。
もう一度レギへ顔を向けると、
「いいや。違う。私は勝つために行くのだ」
そうだ。彼は逃げるんじゃない。
勝つ為に。異種族と邪神のどちらにも勝つ為に行くのだ。
両方を根絶やしにするのが勝利じゃない。王家の存続こそが彼等の勝利となる。
「待て――」
再び退室しようとするキュリオを阻止しようと一歩前に片足を出した瞬間、目の前にフルプレートの聖騎士が現れる。
重い鎧を身に纏っているにも拘らず、凄まじいスピードだ。
一瞬で距離を詰められたレギはその場で防御するしか選択肢がなく、キュリオを止める事は出来なかった。
「行かせぬ! 王を守るのは我らが役目ッ!」
「ぐッ!?」
一撃が信じられない程に重い。盾で受け止めた衝撃は騎士団長のクライスの振るう大剣の一撃と同等と思えた。
相手の武器は長剣。大剣じゃない。それにフルプレートとは思えぬ速度。
明らかに相手の強さに対して違和感を感じる。
「な、コイツ等!」
違和感を感じているのはレギだけじゃないようだ。他のプレイヤー達も明らかに強い人間達へ戸惑いを隠せない。
プレイヤー達ですら苦戦するのだ。騎士団に属している現代異種族はひとたまりもない。
一撃で心臓を突かれ、首を斬られ……瞬殺されて次々に数を減らしていく。
「守護者と同等か!?」
同等か少し下か。レギ達はあっという間にプレイヤー組だけになってしまった。
対し、強敵は50以上。
「諦めたまえ。我等の王の言葉には力がある」
キプロイがそう言う通り、キュリオの言葉には力がある。
言葉というより、正しくは『王命』だ。王の命令は絶対なる力を忠臣に与え、任務を確実に遂行させる。
キュリオの特殊能力による王命は対象者に強力な強化バフを与えるというのが、この状況の正体であった。
圧倒的不利な状況を打開するのに、残された手はアレしかない。
プレイヤー達はインベントリから取り出した飴玉を口に入れた。
身体能力が強化され、感覚が研ぎ澄まされる。痛覚は無くなって、痛みによる恐怖が消え失せた。
レギも彼等と同様に飴玉を手にした。
これを使えば死ぬ。
「…………」
掌の中にある飴玉を一瞬だけ見る。飲み込めば力と引き換えに死ぬ。
レギが抱くのは躊躇いじゃない。決意だ。
この謁見の間を人間から取り戻す。魔王の座っていた場所を取り戻す。
ただ、それだけで良い。王の玉座を、王のいるべき場所を取り戻すのが彼の使命。
あとは、人間を駆逐するのは他の異種族がやってくれるだろう。
王家に忠誠を捧げたレギが行うのは――もういない王家の威光が最も強く光輝く場所を、敬愛する王が最後を迎えた場所を取り戻すという使命。
「陛下……!」
飴玉を口の中に入れ、奥歯で噛み締めた瞬間にレギの体には血の気が引いていくような感覚が襲った。
恐怖を感じたからじゃない。自分の体温が失われ、空気と一体化したような――
(遅いッ!)
だからだろうか、相手がどこから攻撃してくるのかが手を取るように分かる。
レギ達に死角が無くなった。背後からの攻撃ですら反応出来る。
超スピードで振り返って、背後からの一撃を剣で弾く。
弾いた相手の顔を掴んで前から来ていた者へとぶつける。そのまま回転しながら右手の相手へ足払い。
地面へ倒れた相手の心臓へ剣を突き刺す。
「諦めるのは貴様等の方だ」
剣を抜いて、血を払いながら。
レギは人間達を真っ直ぐ見つめながら言い放った。
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