272 また会う日まで
ユウキ達の前に聖騎士が立ちはだかるが、プレイヤーの中でも上位に属するモッチ達は止められなかった。
1人、また1人と死んでいく人間達。
その状況を変えたのはたった一撃であった。
黄金のオーラを纏う戦乙女が放った純白の槍は空間を突き抜けるように猛スピードでユウキ達へ迫る。
物理攻撃と見抜いたプレイヤーは構えた盾に防御壁を付与。万全の状態で防御しようという目論見であったが……。
「あ――」
「あ?」
純白の槍は盾にコーティングされた防御壁へ確かに当たった。だが、当たったという感触やそれらしい光景すらも生み出さない。
ユウキ達が見た時にはもう既に防御姿勢を取っていたプレイヤーの上半身のほとんどが消え失せていたのだ。
丸く、槍の直径と同じ大きさだけ抉り取られるように。
血飛沫すら上がらず、コロコロと廊下の床に首との接続を失った頭が転がった。
「な、マジ、かよ!」
モッチは聖騎士へ応戦をしながらも動揺を隠せない。
ユウキや他の者達も呆気ない死に目を見開いて言葉も出ない。
何だアレは、と戦乙女に視線を向けると彼女の手には放ったはずの槍が握られているではないか。
「反則じゃねえか!」
投げても持ち主へ戻るのか、とモッチは目の前にあるピンチの原因を見抜く。
投げられたら避ける以外に選択肢は無い。喰らえば一撃死。とんでもない火力だ。
「ハッ! さすが守護者のお姫様ってか!」
最強。まさにその一言に尽きる。
威力はイングリットのドラゴンブレスと同等かそれ以上。
そんな超高火力な槍を放つのにチャージ時間も無い。
完全に全ての異種族を凌駕する一撃だろう。
だが、ここまで来たら退く訳にもいかない。
モッチはユウキと生き残ったプレイヤー達の顔を見て頷く。
それを合図にプレイヤー達はモッチを残して前へ出た。剣と魔法を絡めて、背中にいる姫を守る騎士達へ肉薄する。
「行けッ!」
邪魔者をその場に留め、最後方にいたモッチとユウキが駆ける。
まずはユウキが先頭を走る。モッチはユウキの背に重なるよう隠れながら気配を消した。
「ヨウゥゥゥッ!!」
魔法剣を起動して嘗て一緒に旅した嘘つきへ剣を振り下ろす。
「みんな信じていたのにッ!」
「騙される方が悪いな! 平和ボケしていた自分達を恨めッ!」
力も技術もヨウの方が明らかに上。ユウキの猛攻は易々と防がれるが、これで良い。
ユウキの脇をすり抜けたモッチはクリスティーナへ向かう。
「姫様!」
ヨウがユウキの攻撃を受け止めた一瞬を突き、モッチはクリスティーナの間合いに入った。
あの一撃はマズイ。全滅しかねない。
だが、撃たせなければ良いだけだ。近接戦闘に持ち込んで引き付ければ良い。
「このッ!」
モッチの選択は正解だった。
クリスティーナは接近戦の技量が高くない。お姫様だから仕方がないのか、それとも槍の一撃に頼ってきたせいか。
どちらもだろう。接近戦ではモッチの方が上手、彼女を翻弄する。
「姫様ッ! お下がり下さい!」
主の苦戦を見て、ヨウは焦る。助けに向かおうとするもユウキが邪魔で行くに行けない。
「邪魔だァァッ!」
苛立ちが募り、ヨウは強引にユウキの剣を弾き飛ばす。
ユウキの跳ね上がった腕は無防備になったら腹を晒した。ヨウはユウキの腹を蹴飛ばしてクリスティーナへと駆ける。
「オオオオッ!」
クリスティーナに攻撃しようとしているモッチの襟首を掴み、強引に引き剥がして投げた。
「姫様ッ!」
「チッ!」
ヨウが叫ぶと同時に投げられたモッチはインベントリからナイフを取り出して投擲。
これはユウキと積み重ねて来た連携の要。投げたナイフはミスリル製で魔法との親和性が高い。
「ユウキ!」
「はい!」
投げたミスリルナイフにユウキは電撃魔法を撃つ。
遠隔付与された電撃がナイフに宿り、避けきれなかったヨウの体に突き刺さると電流が走る。
スタンガンを食らったかのように痙攣するヨウの体。クリスティーナへと続く道が再び開かれた。
「クリスティーナァァァッ!」
剣を構え、ナイフを防御するクリスティーナは応戦する体勢が整っていない。
勝機。そう悟ったユウキは怒声を上げながら突きの構えで廊下を駆ける。
もう少し。あと少し。もう少しで復讐は終わる。
「待て!」
だが、そう思っていたのはユウキだけだった。
彼だけじゃあの姫は倒せない。いつも以上に頭が冴えているモッチの予想は当たった。
「うごああああ!」
痙攣する体に気合を入れ、ズレるように進路を塞ぐヨウ。
ユウキの突きはヨウの体に突き刺さる。肉壁となったヨウは口から血を吐き出してユウキの体を赤く染めた。
「ひ、め、さま……!」
「ヨウ。あなたの忠義に感謝します」
クリスティーナはヨウの背後で槍を構える。彼の体ごと、ユウキを突き刺すつもりだった。
「ユウキ!」
だが、彼女達の思惑も外れる。
モッチはユウキの体を引っ張って、強引に軌道をズラした。
「ガッ!?」
結果、放たれた槍はヨウの体を突き抜けてモッチの体に突き刺さる。
心臓を捉えた槍による突きはモッチの左胸と左肩を抉った。
「モッチさん!」
「が、は……」
ユウキを庇ったモッチは口と失った体の一部から血を撒き散らす。
「モッチさん、今助けに――うわ、ぐッ!?」
モッチが膝を付くと同時に城が大きく揺れた。城の一部が崩れるほどの揺れは、その場にいる全員が立っていられないほど大きい。
「あれは……」
立ち上がったクリスティーナが異変に気付き、廊下の窓に視線を向ければ外に見えている神殿から煙が上がっていた。
遂に異種族が邪神と戦闘を開始したか。そう思っていると背後に新たな気配を感じる。
「姫様ッ! 準備が整いました!」
現れたのはトッドだった。
準備が整ったという一言に、クリスティーナは廊下に槍を突き刺す。
突き刺さった部分から亀裂が入り、クリスティーナとユウキの間に大きな穴が開いた。
「クリスティーナッ!」
「ここで失礼させて頂きますわ。ごきげんよう」
クリスティーナは彼等の忠義に応えるべく、トッドと共に廊下の先へ消えていく。
彼女の名を叫び、追おうしたユウキだったが復讐よりもモッチの方が心配になった。
裏切られ、異種族の中に放り込まれた自分を救ってくれた恩人。彼を助けないなどという選択肢はない。
「モッチさん!」
それにこうなったのは自分が先走ったせいだ。
申し訳なさと後悔がユウキの顔を歪める。
だが、もう彼は間に合わない。誰がどう見ても手遅れで、致命傷だと分かる。
それでもユウキは理解したくなかった。自分を救ってくれて、友達だと言ってくれたモッチを失いたくなかったから。
渡されていたポーションをポーチから取り出して、ざぶざぶとモッチの体に浴びせる。
体は修復されていくが、モッチの顔は青ざめたまま。もう既に致死量の血を失っていて、まだ会話できる事自体が奇跡と言える状況だった。
「へへ……ワリィ……」
「俺のせいで、俺のせいじゃないですか!」
モッチが謝る理由はない。完全に自分のせいだ。ユウキは涙を流しながら首を振る。
「異世界のは、話は……楽しかったぜ……」
モッチは震える手でユウキの手を握る。
「また、会ったら――」
ゆっくりとモッチの瞼が落ちていく。握られた手の握力は無くなって、もう彼の命は尽きたのだと嫌でも理解させられる。
「いやだ、いやだああ! モッチさん! モッチさん!!」
ユウキは泣き叫びながら持っていたポーションをありったけ浴びせ続けた。
聖騎士と戦っていた愛好会メンバーに羽交い絞めにされ、引き離されるまで。
「ユウキ、もう……」
「ああああッ!! うわああああッ!!」
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