270 戦闘狂共
魔王国騎士団から戦闘を引き継いだ貴馬隊であるが、相次ぐ戦闘の末に数は50名以下になっていた。
魔導船ゴーレムが残っているといっても、王都へ急ぎ戻ってきた敵主力部隊を相手にするには厳しい人数だろう。
だとしても、彼らは闘争に身を投じる。いや、自ら突っ込んで行くと表現する方が正しいか。
ヤケクソになったセレネの歌唱魔法でブーストされた彼らは止まらない。聖騎士如きには止められない。
「ヒャァー! たまんねえなァ!」
聖騎士の振るう剣の刃がメンバーの頬を掠る。切れて血が出たとしても気にはしない。
彼らの目に映るは眼前の敵のみ。脳からドバドバとアドレナリンが出て連戦続きとは思えない程の集中力を見せる。
目を血走らせながら口を三日月の形に歪めて応戦を繰り返し、聖騎士相手に1人で2人、3人と殺して行く姿は相手の戦意を確実に削り取っていく。
「ぐ、セイッ!」
聖騎士が貴馬隊メンバーの剣を受け止め、払い飛ばすと腹に突きを見舞う。
剣は腹を貫通し、血が大量に噴き出すが――
「へっへっへェ……! 捕まえたぜェ」
「ヒッ!?」
口から血を滴らせながらも眼力は衰えず。腹に剣が突き刺さったままの状態で聖騎士の首を跳ね飛ばした。
「ヤツを仕留めろッ!」
仲間がやられたのを見て、確実に仕留めなければマズイと思ったのだろう。
聖騎士は3人掛かりでメンバーを襲う。羽を広げながら一気に距離を詰めて脇腹、胸、背中から剣を突き刺す。
喰らったメンバーはゴフッと大量の血を口から撒き散らす。だが、彼の目はギョロリと胸を突き刺した聖騎士へ向けられる。
「ヒヒヒ、人気者は辛いねェ……」
「な、なんだと!? がああああ!?」
目の前で驚く聖騎士の肩口から胸まで斜めに剣を突き刺した。
「まだだァ……! まだキル数が足りねェ……!」
体を捻り、脇腹を突き刺す聖騎士の首を刎ねる。そのまま回転して背中側にいた聖騎士の腹へ回転斬りを打つ。
キィィと甲高い音が鳴って聖騎士の鎧に傷が付いた。慌てた聖騎士は背中に刺さった剣を離してその場からバックステップ。
「あ、な、なんで……」
だらりと両腕を垂らしたメンバーに恐れ慄く。
「まだだァ……! 足りねェ……!」
明らかに満身創痍。体に剣が3本も突き刺さった状態で立っているなどおかしいにもほどがある。
だが、驚くのはこれからだ。
貴馬隊のメンバーは口に飴玉を放り込んだ。
「アヒャッヒャッヒャアアアア!!」
「な、なんでギャッ!?」
先ほどまでのダメージなどまるで無かったかのように、猛進からの一撃。聖騎士の体は鎧ごと両断される。
「まだ死ねネェ……! まだ15キルだァ……!」
血走った目を動かし、次の目標を見定める。右へ視線を送れば、こちらを見ている5人組がいるじゃないか。
「イタァァァッ!!」
奇声のような雄叫びを上げて。口からダラダラと血を滴らせ、体中から血を流しながら獣のように走る。
手負いの獣は危険だと言われるが、まさにそれは正しい。飴玉を口にした獣人族であるメンバーにはピッタリの言葉だ。
剣を振った腕が視認できない程のスピードとパワー。一瞬で聖騎士の1人が刈り取られた。
「16ゥ……!」
恐怖に心を染めながら反撃した聖騎士の剣はザクザクと彼の体に刺さる。
それでも止まらない。止められない。
回転しながら剣を振り回し、もう1人。脇を抜けて背中側へ回り込んでもう1人。
振り向いた聖騎士の顔へ飛び膝蹴りをぶち当てて、倒れ込んだ相手の首へ剣を突き刺して――
「19ゥ……!」
自分の血と相手の返り血に染まった貴馬隊メンバーは最後の聖騎士を目で捉える。
「ヒ、あ、あ……うわああああ!」
死にたくないと剣を構え、応戦した聖騎士の剣は貴馬隊メンバーの腕を切り落とした。
落とした腕には剣が握られている。もう反撃は出来ない。生き延びた、そう思っただろう。
だが、貴馬隊メンバーは体に突き刺さっていた剣を無事な腕で引き抜くと、それを相手の首へ刺す。
「20ゥ……!」
キルデス比は20:1
「へへ。最高記録」
貴馬隊メンバーはそう呟くと、とうとう地面に倒れて動かなくなった。
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聖騎士団の団長クライスは焦っていた。
部下達相手に奮闘する異種族の少数精鋭部隊に対してもそうだが、目の前に対峙する異種族に対してもそうだ。
クライスは目の力を発動させ、相手の動きを予知する。
相手は右に動く。相手の体が右に動くように残像が発生したのを確認してクライスは右側へ大剣を振る。
「ふん。当たらんな」
だが、避けられた。
これは1秒後の未来を見れる特殊能力なのだが、目の前にいる相手――ユニハルトには当たらない。
(何故だッ!)
予知で右に動くのを見た。だから右側へ剣を振ったが、相手はギリギリで回避する。
この前もそうだ。バックステップする残像が見えたから突きを放った。しかし、ユニハルトは右に動いて攻撃を躱していた。
クライスにとって自分の予知能力を破るのは邪神しかいないと思っていた。
人間最強。最強の守護者。だからこそ、王と姫からは絶対的な信頼を寄せられている。
だというのに、目の前にいるユニハルトには通用しない。
また残像が見え、そちらの方向に剣を振り下ろすが避けられた。
看破されているのかと疑い、逆手を取って予知で見えた方向とは逆方向に大剣を振るも避けられる。
(何故だッ!?)
当たらない。徹底的なまでに攻撃が当たらない。
その間にもユニハルトのレイピアはクライスの体を細かく傷付ける。
一撃とはいかないが、確実にクライスは体力を奪われていく。
チクチクと削られ、ジワジワと追い詰められていく感覚。こんな感覚は久しく感じていない。
それが余計に彼を苛立たせる。
「何故だッ! 何故避けられるッ!」
苛立ちからか、遂に叫びとなって相手に問いかけてしまった。
ユニハルトはピクリと体を止めて、相手を見ながら自分の前髪を手でサッと払った。
「貴様は遅すぎる」
「な、なに……?」
てっきり相手にも予知能力があるのかと思っていた。もしくは予知を対策する魔法でもあるんじゃないか、と。
だが、返ってきた言葉は「遅い」の一言。
「貴様は遅いと言っているのだ。遅すぎて優雅さが足りん」
フン、と鼻を鳴らして見下すように笑うユニハルト。
あり得ない。対峙する相手の動きは目で追えている。目で追って、その状態で自分は相手が動くのを予知しているのだぞ、と。
「貴様の動きを見てから避けるなど造作もない事だ。私にとってはな」
この状況、2人の言っている事はどちらも正しい。
クライスはユニハルトの動きを常に追いながら攻撃をしている。目で追っている間は常に予知が作動して、相手が動く方向は確実に分かっているのだ。
だが、ユニハルトの言い分も正しい。予知を確認して攻撃を繰り出すクライスの腕の動きを見て、直前に避ける方向を変えている。
これはユニハルトの持つスピードと、一撃でも受ければ死ぬという紙防御故に染み付いた勘が手助けしている。
今まで一撃を食らえば終了というギリギリの戦いで培った勘――どこぞの教祖は運命操作と言うだろう。どちらが正しいかは謎であるが。
とにかく、ユニハルトは相手の動作を観察する事と戦闘で養った勘を駆使してクライスの攻撃を避けているのであった。
「あり得ん! 貴様と私、スピードに差は無い!」
クライスは再び予知能力を使って大剣を振り下ろす。
「いいや、そんな事はない」
だが、ユニハルトは大剣の刃に背を向けるようにギリギリで避けた。
「避けているのだから、私の方が速い」
瞬間、クライスの右手に痛みが走る。ユニハルトのレイピアがクライスの右手の甲にガントレットの装甲を突き破って刺さっていた。
「何故だ、何故だアアア!」
ここからはユニハルトの独壇場だった。
相手の攻撃をギリギリで避け、手や関節などを攻撃して制限を掛けていく。
ジワジワと追い詰められていくクライス。レギですら手に負えなかった相手を完封していく様はさすが『レギオンマスター』と言うべきか。
実際問題として万能型のレギよりもスピード極型のユニハルトの方が戦う相手としては相性が良かったのだろう。
ここへきて、ユニハルトの実力が正しく現れた。やはり彼は対集団戦よりも単体相手の方が輝く。
クライスの大剣は最後までユニハルトを捉える事は出来ず、両手の関節に突きを食らって動かす事ができなくなった。
大剣を地面に落としている合間に背後へ回られ、次は両足の関節にレイピアが刺さる。
両足は体を支えられなくなり、クライスは地面に膝を着いた。
(申し訳ありません……。陛下、姫様……)
背後からクライスの心臓にユニハルトのレイピアが刺さる。心臓を一突きされたクライスは絶命し、王家に思いを馳せながら死亡した。
「フッ。他愛ない」
前髪を手で払いながらカッコ良く決めるユニハルト。
倒したクライスの死体には目もくれず、その場を立ち去った。
だが、そんなユニハルトの背をジッと見つめる2人組がいる事に彼は気付かない。
1人はヤギの頭蓋骨を被った男。もう1人は全身黒いローブの男。
「………」
「教祖様」
「いや、まだ様子を見よう。運命の仔馬が本当の死を迎えるのは……今ではないのかもしれない」
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