269 ここは任せて先に行け!
研究所を破壊したイングリット達とは別行動をしている魔王国騎士団は順調に聖騎士の待機所や区画を制圧していた。
道中で現れるのはやはり巨人化した人間達と聖騎士。
特に騎士団の進んだ方向は大きな商業区があり、入り組んだ脇道から突然敵が現れて奇襲される事が多い。
一塊になって進む騎士団にとっては不利な市街地戦を余儀なくされていたが、防御力に念頭を追いた装備と陣形で奇襲に対しても対応するのは流石と言うべきか。
しかし、騎士団と言えど人だ。プレイヤーも現代異種族も超人ではない。
ここまでの連戦に次ぐ連戦に疲労と緊張はピーク。制圧すれば勝利は目前であるが、敵本拠地で命を落とす兵士は多い。
騎士団の兵数は残り6割程度。今まで人間に蹂躙されていた異種族がよくぞここまで生き延びたと言うべきか。
残りの人数で王都を制圧しながら城を目指す。
「ここが?」
「ええ」
その途中、編成されていたエルフ達の強い希望もあって王都に囚われていたエルフ達が暮らすという雑種街に立ち寄る。
道案内をしていたリデルがレガドと共に地下へ続く階段の前で止まった。
階段の先から音は聞こえないが灯りがあって、真っ暗という訳じゃない。
「先陣は2班とエルフの1班だ」
レガドに指名された騎士団の班が前に出る。そこへ一緒に前へ出たのはオーク部隊の1班。
「ブモモ」
人語を話せぬオークであるが、彼は自分の鼻を指差したあとでエルフ達を指差す。
その後、クンクンと匂いを嗅ぐジェスチャー。
「ブモ、ブモモン(俺、匂いでエルフがいるかわかりますよ。E専歴長いんで)」
「なるほど。匂いで探せると申すか」
レガドはオーク語を理解していないが、ジェスチャーで伝わったようだ。オークは手で丸のマークを作って強く頷いた。
「よし、私達と共に来い!」
騎士団が2班、エルフが1班、オークが1班。そこにリデルとレガドが続く。残りは上で待機し、何かあれば突入する構えだ。
彼らは慎重に階段を降りる。道にランタンが装着されているのが幸いか、見通しは悪くない。
階段を降りきって地下街の入り口に立つ。
左右には娼館が数件あり、いつもはエルフの悲鳴や人間の笑い声が響いていたが今は静かなモノだ。
リデルは昔と今を比べて「懐かしい」と一瞬だけ思ってしまった。何を考えているんだ、と必死に首を振って考えを振り払う。
こんな地獄を懐かしいなどと思うなどあってはいけないと自分に言い聞かせた。
彼女が考えを改めている間、兵士達は手近の建物を覗く。
中には誰もいない。いや、正確には死体が転がっているだけ。
「エルフの男か」
「男の死体しか無いな」
女はどこかに連れて行かれたのだろうか。
正解は研究所であるが、彼らがそれを知る事は無いだろう。
「奥までは距離があるのか?」
「いいえ。そこまで広くは無いわ」
リデルの道案内を元に武器を構えながらレガド達は奥まで向かう。
トレイル帝国からやって来たエルフ兵達は囚われていた同胞達が暮らす場所を見て「酷い場所だ」と嘆く。
こんな場所で暮らしていたのか。地獄じゃないか。劣悪すぎる。
小さな声であるが口々に同胞が受けていた仕打ちに対して文句を言うが、リデルにとってはそれが癇に障る。
お前らが言うな。言いなりになって助けにも来なかったクセに。両親を裏切った種族が何を言うか、と。
舌打ちしたい気持ちを抑え、リデルは彼らに守られながら道案内を続けた。
途中、馴染み深い場所を通り過ぎる。
リデルがよく利用していた食料品店。店の中を覗けば亭主が息子の死体と折り重なるように死んでいる。
知り合いであるが、特別悲しいとは思わない。むしろ、当然だという思いしか浮かばない。
食料品店を横目に先へ向かえば、リデルが暮らしていた酒場が見えて来る。
ここはだいぶ前に壊されたのか、店のドアは無くなって店内も剣で斬られたかのようにボロボロだ。
恐らく自分が逃げた事で人間が調査に来たのだろう。
酒場の亭主の死体は見当たらない。もう随分と前に殺されたか。
「ここが最奥か?」
「ええ」
奥にあるのは雑種街に暮らしていた最年長のエルフ。皆からは長老と呼ばれていた老人の家がある。
だが、こちらも音はしない。綺麗なままの家のドアを開けて中に入ると、老人の死体が残されていた。
「結局、生き残りはいないか……」
雑種街に生き残ったエルフはいない。残されたのは死体だけで、大人も子供も容赦無く殺されている。
せめて子供だけでも生き残っていれば、と思っていたエルフ達のアテが外れた。
「他に通路も無さそうだ。上に戻って――」
そうレガドが言いかけた時、世界が揺れた。ドンと何かが落ちるような衝撃音と揺れる天井。
地震か、崩落してはマズイと急いで外へと戻る。
来た道を急いで引き返し、地上に戻ると眼前には巨大な影。
再起動を果たした魔導船ゴーレムがすぐ傍に立っていた。
「何事だ!?」
「レガド様! 王都の外にいた人間が戻って来たようです!」
声を掛けてきた者の先導でレギのいる場所まで走る。彼は何者かと戦っているようで、金属がぶつかり合う音が響く。
「あれは……!」
戻って来たのは手前の街で出し抜いた人間の部隊。レギと戦っていたのは指揮官であり、聖騎士団の団長であるクライスだった。
守護者を象徴する羽を展開しながらレギへ大剣を振るう。
ネオ・オリハルコン製の盾で防御するレギであるが、力負けしているのか受け流しながら躱す事に徹底している様子を見せていた。
「やってくれたな。貴様は仕留めさせてもらう」
「くッ!」
重厚な大剣を軽々しく振るい、レギの持つ盾に傷を付けるクライス。
レギが防御に徹するのはクライスの能力故。予知能力でレギの攻撃を潰しているからだ。
攻撃の動作を少しでも見せればそれに対応して大剣を振るう。レギは止む終えず防御するしかなく、手が出せない。
他のプレイヤー達も戻ってきた聖騎士と従属種の相手に追われて手助けできず。
魔導船ゴーレムが広範囲攻撃をしようにも味方がいて打てず。
追い詰められたか。レギの脳裏にそんな考えが過った時――
「だっはっはっは!」
「人間だァ! まだいるじゃねえかァ!」
聖騎士と戦っていたプレイヤーに割り込んだのは奇声を上げた戦闘集団。
「貴馬隊のお通りだァァァッ!」
膠着状態だった所へ完全なる奇襲をぶち込むイカれた野郎共。
担当区画を殲滅し終えた貴馬隊はイングリット達を追わず、人間と戦闘している音を聞きつけてやって来た。
「あーもう!」
仲間の暴走を止められず、頭をガシガシと掻きむしるセレネはレギを見つけて叫ぶ。
「ここは任せて先に行け!」
セレネが叫ぶとレギと戦うクライスへ5人の貴馬隊が駆ける。脇から攻撃を繰り出し、レギを引き離した。
「コイツァ、俺のモンだァァッ!」
「俺が守護者キラーになるんだよォ!」
飴玉を口に放り込んで、血走った瞳を見開きながらクライスの大剣を斧で止める。
その場からバックステップで離れたレギに別の聖騎士が向かうが――風を斬る音が鳴ると聖騎士は胸を抑えてその場に倒れ込んだ。
「行け。やる事があるのだろう?」
レギの目の前にはレイピアを構えたユニハルト。
銀の髪を揺らしながら背中を向けたまま言った。
「すまない!」
レギは騎士団の一部を連れて離脱。城へと向かう。
残した騎士団と貴馬隊が増援部隊と戦う事となった。
読んで下さりありがとうございます。
5月中には終わります。




