27 その頃、魔王都では
昼 魔王都 夢見る羊亭 1F食堂にて
「お断りします」
スプーンを持ったクリフがニコリと笑みを浮かべながらお断りを告げる。
「な、なんだと?」
クリフが断りと告げた相手は魔王都に住む魔王国の貴族であった。
インプ族の老人で爵位は侯爵。魔王城で政を行う者達の中では重鎮と言える相手だ。
「ワ、ワシのお抱えになれるのだぞ!?」
この時代では貴族のお抱え = 給金に困らない仕事 という認識であり、一般人ならば声を掛けられたら即座に是非と言ってしまうだろう。
しかし、この常識が通用するのは一般人であれば、だ。
「先程申し上げた通り、興味無いですね。私はここに永住する気はありませんので。お引取りを」
クリフはそう言ってインプの老人から視線を外すと目の前にあるシチューへ視線を向ける。
右手に持ったスプーンでシチューを掬って口に運び、サテュロス乳の濃厚でクリーミィなシチューを味わう。
「貴様の作るポーションを評価してやる、とこのワシが言っているのだぞ!? ワシのお抱えになれば魔王様の覚えも――」
ゴチャゴチャと老人が大声で捲くし立てるがクリフは一切無視。
老人の口から飛び出るツバがシチューに入らないよう、皿を持って体の向きを変えながら食事を楽しむ。
クリフが勧誘されている理由は彼の作るポーションにあった。
パーティメンバーが魔王都に来るまでに日銭を稼ごうと始めたのがポーションの調合。
彼は市場で売っている薬草を買ってポーションを調合したのだが、これが現在売られている市販品よりも数倍効果が高い。
効果が増している理由は魔導師になる前に選択していた職業『薬師』の職業スキルだ。
あらゆる薬品を研究する職業である薬師のスキルを得ているクリフの調合方法は現在主流のものとは全く違う。
ゲーム内では普通だった調合方法は神話戦争当時の方法であり、現在では失伝している調合法であった。
現在が足し算で効果を上げる方法とすれば、ゲーム内で学んだ調合方法は掛け算で効果を上げるモノ。それくらいに方法も効果も違いがある。
しかも、低級ポーションの材料でハイポーション級の物を作ったクリフが現物を薬屋に卸したら、さあ大変。
残るはずの傷跡は綺麗に消え、腹に穴が開こうがケツの穴が2つに増えようが体は元通りに戻ってしまう。
さすがに切断された腕が生える、なんて効果は無いがそれでも上質中の上質といえる効果であった。
ポーション不足と聞いていたクリフは1つの材料で3つ作り、宿代と本を買う金を稼ぐべくバンバン卸した。
さらには持ち前の美少女贔屓で美少女にはタダ、孤児院のシスターが美少女だったので孤児院には30本ほど渡して代金は取らないときたもんだ。
クリフ製のポーションはあっという間に噂となって、金の匂いを嗅ぎつけた有象無象の押し寄せる結果となってしまった。
彼の目の前でツバをガンガン飛ばしながら叫ぶ老人もその1人である。
しかし、クリフはお抱えになる気なんぞ全く無い。
パーティメンバーと合流すれば旅に出るし、宿代稼ぎでやっているだけだ。
最近はしつこく付きまとう貴族や商人も現れるようになったが、それを許さない者達もいた。
「おい、アンタ。メシの邪魔だよ。出ていきな」
インプ族の老人の肩を強めに掴み、睨みつけるのは筋肉モリモリのオーガ族の男性。
彼は老人に何を言われようと怯まず、食堂にいる他の者達もオーガ男側に参戦して遂にはインプ老人を宿から叩き出してしまった。
「すいませんね」
クリフは申し訳無さそうに老人を追い出した者達へ謝罪する。
「何言ってんだ。先生が気にするこたぁねえぜ」
「全くだ。聞いていりゃ、アイツはしつこいったらありゃあしねえ」
クリフの味方――クリフに付きまとう輩を排除する者達。それはクリフのポーションで身内が救われた庶民達だ。
クリフは子供の怪我や病気にはポーションやキュアポーションを無料で提供した。
そんな彼の施しに子を救われた親達。
貴族のお抱えになってしまえば市場にクリフのポーションが販売されなくなる、という打算も多少はあるが、何よりクリフが嫌がっているのを見て恩を返そうと思っている者達。
彼等はクリフを先生と呼んで敬愛する。
クリフの仲間が魔王都に到着すれば街を立ち去るのも当然知っているのだが、大事な身内を救ってくれたという気持ちは大きいようでクリフの事情を受け入れながらも助けてくれるのであった。
「ありがとう。ハインズさんの所にまた卸しておきますから」
ハインズ――彼もまたクリフの理解者であり、クリフがポーションを卸した店であるハインズ薬品店を営む魔王都の薬師だ。
クリフ製ポーションはハインズの診察を受けた者しか買えない。そうでなければ貴族が金に物を言わせて買い占めてしまうからだ。
「おう。みんなに言っとくぜー」
食堂に昼を食べに来ている人達に挨拶したあと、クリフは宿を出ていつもの場所へ向かう。
イシュレウス大聖堂。
イングリット、メイメイ、クリフの3人が初めてパーティを組んだ思い出の場所。
クリフはいつものようにイシュレウス大聖堂の入り口横にあるベンチに腰を下ろし、インベントリから本を取り出して読書を始める。
(今日は来るかなぁ……)
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同時刻 魔王都 入場門前にて
「メイメイ殿。到着したぞ」
魔族軍4将の1人であるレガド・フィンベルはケンタウロスの引くキャビンの中で居眠りしているメイメイの肩を揺する。
「ん~……」
メイメイはクシクシと小さな両手で目を擦り、欠伸をしながらキャビンに取り付けられている小窓から外の様子を眺めた。
「ん~。お~。ゲーム内と一緒だ~。人もいっぱい~」
小窓に映る魔王都の外観を眺めながら、そこに生活する人々を観察する。
メイメイの目にはプレイヤー達のいた仮想世界とは違う、リアルな人の日常を感じる景色がとても新鮮に見えていた。
「魔王都に到着したわけだが……メイメイ殿はイシュレウス大聖堂に向かうのだったか?」
「そうだよ~。仲間が待ってるからね~」
魔王都に来る道中でレガドはメイメイの正体を探っていた。
彼女は自分の種族をドワーフと言っていたが、ドワーフは神話戦争で滅んだ王種族の1種族だ。
最初は彼も信じてはいなかったのだが、彼女の持つ装備を少しだけ見せてもらうと現在には無い未知なる技術で作られた装備であった。
王種族が生きているなどと、俄かには信じがたい事であったが彼女の持つ装備が真実だと示すのだ。
戦場で見せた戦闘能力に加え、未知なる技術で作られた装備。
彼女が軍に加われば人間とエルフの侵略を止められる。そう強く思ってしまうのは仕方の無い事だろう。
「メイメイ殿。やはり軍には入らぬか?」
「やだ~」
道中での問いも含めれば10を越えるレガドの提案であったが、メイメイはその度に明確かつ短く返答する。
レガドは溜息を吐くがどうしても諦められなかった。
彼は何人もの仲間を戦場で失ってきた。
メイメイという人材がいれば軍人の生存率が上がり、そうなれば人間とエルフに襲われる街や村も減るだろう。
ここで彼女と別れれば2度と会えないかもしれない。
そんな国の行く末の憂いと焦りがレガドを唆す。
軍がダメなら傭兵でどうだ?
道中、本人からの聞き込みによると彼女は傭兵ではないと言う。
戦場に出たくないのは仲間と冒険したいから、とも言っていた。
ならば、軍よりも自由度の高い傭兵なら了承してくれるんじゃないか? とレガドは考える。
傭兵は戦争への参加が義務となっているが徴兵されなければ参加は無い。
軍人が少ない現在では高確立で徴兵されるだろうが、後から義務化の件を知れば諦めてくれるんじゃないだろうか、1回の参加義務なら了承してくれるんじゃないか、と。
徴兵された際には彼女は戦場で功績を立てるだろう。
そうなれば自分も後押しをしてやれば魔王陛下に話が伝わり、爵位持ちの軍人になる可能性は高い。
しかも、彼女の仲間も同時に参戦してくれる可能性だってあるし、仲間も全員爵位持ちになれば納得してくれるんじゃないか。
レガドはメイメイや彼女の仲間達を理解していない故にそう解釈してしまった。
彼は考えを纏めるとアプローチを変えてメイメイを勧誘する。
「メイメイ殿。傭兵にならぬか?」
「傭兵~? 僕は冒険者だよ~?」
小窓から外を覗いていたメイメイはレガドに顔を向けて、ちょこんと首を傾げた。
「うむ? 冒険者? 冒険者は名を傭兵に変えているぞ?」
「ええ? 冒険者って傭兵になったの?」
また懐かしい名が出て来たな、とレガドは思うが今は思案している場合じゃない。
話題に食いついたメイメイを見て、ここぞとばかりに話を進める。
「そうだ。冒険者の流れを引き継いだ傭兵ならば普段は自由だ。傭兵登録すれば街に入るにも楽になるぞ」
傭兵登録すれば身分を保障される。傭兵登録すれば街に入場する際に最優先で検問を受けられる。傭兵になれば魔獣の素材を高く買い取ってくれる。
レガドは傭兵という制度のメリットを説明した。
「そっか~。素材や魔石も買えるの~?」
「ああ、勿論だ。傭兵登録すれば買取の募集も組合に言えば発行してくれる」
神話戦争が勃発するよりも前にあった冒険者制度を引き継いだ傭兵制度は、魔獣の駆除でも評価点が加算される。
冒険者制度のように明確なランク分けはされていないが、評価点が高ければ軍へ高待遇な引き抜きもあるし、魔獣素材や薬等の優先的な買取や国から住居の下賜など様々な特典が付く。
「それは良いかも~」
メイメイは深く考えずに頷いてしまった。
こういった件のやり取りはイングリットかクリフが行っているのだが……彼等はいない。
素材の買取、住居が手に入るというメリットを聞いてレガドの提案をついに了承してしまった。
「そうか! ならば傭兵組合に寄って行こう!」
こうしてレガドは致命的な間違いを犯し、メイメイは傭兵登録を済ませてしまった。
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