259 砕ける魂
快進撃を続ける異種族軍は最南端の街を制圧後、勢力を2つに分けた。
まず1つ目は魔王国騎士団とエルフ・オークの軍勢。こちらはレギを頂点として4将がサポートをする総勢15万以上の大軍である。
彼らは聖樹王国領土を北に真っ直ぐ、聖樹のある王都を目指して進む。
対し、貴馬隊と百鬼夜行の大手レギオンとイングリット達を含む冒険者、現代冒険者やジャハーム軍を加えた4万弱の軍勢は回り込むように東側に進む。
軍の下支えとなる商工会は均等に分けられた、といった形である。
東に向かったセレネをトップに据えた部隊が目指すのは東にある聖樹王国の駐屯地だ。
捕虜による情報では、そこで武器の製造や食料の生産をしていると言う。そこを潰して王都を目指すレギ達を支援するのが彼らの役目だ。
既に別れてから1週間が経過。レギ達は順調に進み、次の標的となる街の直前まで進軍していた。
「ゴーレム隊、前進!」
現状ではやはりゴーレムという存在が自由に使えるのは本当に大きい。そこそこの防御力があって、砲撃にも使える。
そして、何より使い捨てに出来る兵士というのは使い勝手が抜群だ。これは両軍同様に言える事であるが。
過去2戦と同じように門前での戦いが始まった。
作られた兵器同士、ゴーレムと従属種によるぶつかり合い。そして、後方からの砲撃。
ここまでは変わらない。しかし、2拠点取られた人間達にとってここを取られれば王都までは後1歩になってしまう。
それ故に、正しく本気を出して来たと言うべきだ。
城壁からの法術に混じり、高火力の法術がゴーレムに直撃。一撃で胴体を貫き、あっさりと破壊した。
「守護者か!」
見守っていたレギが城壁を睨む。そこには明らかに他の者達とは違う鎧を身に着けた聖騎士がいた。
拠点を守っていたのは聖騎士団副団長のブライアン。
彼は法術を撃ったあと、己の存在をアピールするように3対6枚の羽を広げる。
「油断するな! ゴーレムを盾に雑魚を散らせ!」
イングリットが守護者を撃破したが、まだ存在している情報は得ている。
少なくともあと3人はいるのだ。レギは騎士団長になってから対守護者戦も想定済み。
まずは数の有利を失くす。これは必須条件だろう。
守護者を撃破しても、その後の展開で自軍の数が少なければ致命的だ。
特に囮となりながら中央進軍するレギは軍の人的被害を抑えたい。
ゴーレム・コアを失ったとしても、ここはプレイヤーや現代異種族を無駄死にさせたくない。
追加でゴーレムを10体作り出させ、7体を前進させながら残りを砲撃に回した。
「魔法防御!」
更に魔法による防御。これで盾を厚くする。前面に展開している従属種は盾を構えた槍隊で確実に仕留めていけば良い。
被害を抑えたいと言いながらも、やや持久戦寄りであるが正解だと見た。
まずは相手に目に見えた解りやすい被害を見せつける。展開した従属種の死体の数が多ければ多い程、相手は焦りを募らせるはずだと。
従属種の死体が積み重なると読み通り、相手は焦ったのか、それとも慢心だったのか――
「ハァァッ!」
城壁から飛んで光を帯びた剣を振り下ろすブライアン。一刀でゴーレムを縦に両断しながら着地。
ゴーレムの後ろにいた槍兵達へ剣を振るう。
横の薙ぎ払い1撃で10人が胴体から上を吹き飛ばされた。死亡したのは商工会製の装備を身に着けた魔王軍人。
そのままの勢いで攻勢へと出るブライアンを剣を受け止めたのは、団長であるレギであった。
彼の戦い方は基本に忠実で無難。リスクを徹底的に排除して隙を狙う戦術だ。これが旧魔王国騎士団で学んだ剣である。
「クッ。やりますね!」
本気モードの守護者相手に剣戟を繰り返すレギは、記憶を取り戻す前に比べて遥かに力を増している。
ゲーム内で鍛えた体と知識。そこに前世で培った経験が上乗せされれば当然か。
持ち堪えていたレギであったが、相手のパワーは馬鹿にならない。
光を帯びた剣が遂にレギの盾を割る。
「チッ!」
記憶を取り戻し、嘗ての力を取り戻したレギであっても敵わない。これが守護者という理不尽な存在。
レギの盾はオリハルコン製であるが、次回はネオ・オリハルコン製にするべきだと心のメモに書き込む。
理不尽な存在である守護者を前に、レギがこれだけ余裕を持つのは理由があった。
「おおおッ!」
対峙するオブライアンの脇から1人のプレイヤーが盾を持って突撃。
「邪魔だッ!」
あと一歩で指揮官を仕留め損なったと感じたブライアンは怒声を響かせる。剣でプレイヤーの盾を腕ごと両断してみせる。
プレイヤーは血の噴き出す腕を抑えず、間髪入れずに槍を投げつけた。
それをガードし、一瞬の隙が出来た瞬間に空いた手をインベントリへ突っ込む。
取り出したのは赤黒く濁った色をした飴玉。それをパクリと口に入れる。
奥歯で噛み砕いて喉へ通すと、片腕を失くしたプレイヤーの目に赤き魂の煌めきが宿った。
その煌めきは決して正しいモノじゃない。全てを見通しながらも、鮮血に染まった刃のように。眼球に縦一文字が走る。
「ヘヘヘッ! すげえ、すげえぜ! こりゃあよぉ!」
は、は、は、と短い呼吸を繰り返しながら血に飢えた目を向ける。彼の視界は真っ赤だ。
だが、不都合は無い。それどころか、相手の動きが止まっているかのようにスローモーションで見える。
剣でガードして隠れている体の部分さえ、透過するように見えており、耳には相手の心臓が動く鼓動すらも聞こえていた。
「あ"あ"あ”ッ!!」
口から血を出しながらプレイヤーが叫ぶと、失った腕の断面からモコモコと肉と骨が飛び出して再生して元に戻った。
「な、なんだ、それ――」
驚くブライアンが全ての言葉を発する前に、プレイヤーはインベントリから新しい槍を取り出して飛び掛かった。
先ほどの動きとは比べ物にならない。
肉体の限界を突破するスピードは足の筋肉をブチブチを引き裂くが、一瞬で回復していく。
槍を突けばとんでもない怪力。ガードした剣の刃が火花を散らして削れてしまう。
「チッ! このッ!」
ブライアンは羽を動かし、プレイヤーと同等のスピードを再現した。フェイントを掛けながら仕掛けるも、相手には通用しない。
通用しないというよりは、全てを見ていた。見切って、細かい挙動から次に動く四肢を予想する。
右に動くか、左に動くか。剣を下げるか、上げるか。全てを予測して即座に対応してみせる。
イングリットのように種としての進化を果たした訳じゃない。クリフのように禁忌魔法を使っている訳じゃない。
これは他者の魂を取り込んで、己の魂と肉体を強制的に強化する術である。
記憶を取り戻したモグゾーが人間の魂利用技術を応用して作り出した、この世界における正真正銘の禁忌。
「ひゃっはっは! 最高だ! テメェ等はいつもこんな気持ちだったのかよォ!」
使用者は人としてのたがが外れ、人格が徐々に壊れていく。
しかし、互角だ。守護者に対し、守護者の中でも特別強いと言われる副団長のブライアンに対して互角の力を見せる。
「舐めるなッ!」
だが、ブライアンにとっても付け入る隙は存在する。
それは徐々に壊れていく人格だろう。冷静さを失い、力に溺れていく過程は攻撃一辺倒になりやすい。
故に相手を観察しながら見切ったブライアンは剣をプレイヤーの心臓に突き刺す事を成し遂げた。
これで処理は完了。確かに肉体的なスペックは互角であるが、思考能力が下がっている。
「か、勝て、た、と思って、いるだろう……?」
心臓を突かれてもニヤァと笑う。
彼は己に突き刺さっていた剣を両手で掴んだ。その瞬間、ブライアンの後方から4人の影が飛び込む。
「テメェを、1人で、殺せるなんぞ……思って、ねえ!」
「なッ――」
飛び込んで来たのはプレイヤー達だ。彼らの目にも赤い縦一文字が走っていて飴玉を喰らっている証拠を浮かべていた。
ブライアンはすぐに剣を引き抜くのを諦め、背後からの攻撃を躱す。
4人の連続攻撃を避ける過程で地面を転がりながら、死んだ従属種の落とした剣を拾い上げる。
「ハァッ!」
4人同時に相手をするのは流石に分が悪いと判断し、法術による遠距離攻撃を交えながら応戦する。
法術を浴びたプレイヤーは肩から先が無くなった。だが、すぐに復活する。
間合いに入ったプレイヤーの腹を突いた。だが、鮮血を噴出させながらも止まらず攻めて来る。
徐々に押され、不利な状況になっていくのはブライアン。
「オラァッ!」
「ガッ!?」
遂に回り込んだプレイヤーから背中に一撃をもらった。幸いにして頑丈な鎧は切り裂かれなかったが、大きく陥没してしまう。
よろめいた隙に、別のプレイヤーが横薙ぎに一撃。ガントレットでガードするが、体勢は整えられない。
「もらったァァァッ!」
また別のプレイヤーから斧の一撃を喰らった。次は肩に直撃し、鎧が引き裂かれて肉体にダメージを負った。
羽を動かして強引に離脱し、体勢を整えるがしつこく追われる。
「クソッ! クソッ!」
休む暇は与えられない。
怒涛の攻撃に傷は増えていき、ブライアンの姿はボロボロになっていた。
「何故だ……! 何故だッ! ガッ!?」
遂には囲まれ、四方からの猛攻。羽は千切られ、腕は斬り落とされ、頭からは大量の血が流れる。
「クソ、クソオオオッ!」
もう無理だと悟ったブライアンは1人でも道連れにしようと剣を突きの構えで突貫する。
剣はプレイヤーの首に突き刺さって、押し倒すように一緒に地面へ倒れ込んだ。
無防備なブライアンの背中へプレイヤー達の無慈悲な攻撃が刺さる。
「お前が俺の家族を!」
「お前らさえいなければ!」
記憶を取り戻したプレイヤー達は怨嗟の言葉と共に、ブライアンの背中へ攻撃を加える。
そこにはもはや、戦士の戦いは無い。動物の死骸に群がるように……既に死亡しているブライアンを痛めつけていく。
最後は首を切り落され、足で踏みつぶされた。
あれだけ大陸の覇者と誇っていた人間の上位が無残な死に方を晒す。これで彼らの恨みは少しでも晴れたのだろうか。
無念にも散った仲間や家族の恨みを晴らせたのだろうか。
「ははは……! ははははッ! ガッ、ゴホッ!」
彼らの目は真っ赤に染まり、目からは大量の血を涙のように流す。
口からは血の塊が飛び出して、地面を血の海に変えた。
「お前達……」
守護者を討伐した5人に歩み寄るのはレギ。
地面に倒れたプレイヤー達は1人を残して既に息絶えていた。
まだ辛うじて生きていたプレイヤーはレギに震える手を伸ばす。
「あ"、ゴホッ! れ、レギ……」
守護者を討つ為に、外法を使ったプレイヤー。モグゾーの作り出した飴玉は確かに魂と肉体を強化するが、それは強制的で一時的なモノ。
この飴玉は使ったら最後。力は手に入るが、使用者の魂を破壊する。
彼らはもう世界の理である、死者が向かう輪廻転生の輪にすらも加われない。
彼らの魂はここで終わり。二度と生まれ変わる事すら無い。
それでも使用したのは訳がある。どうしても、記憶にある大切な人の仇を討ちたかったからだ。
だからこそ、使用すると志願した。魂を自壊させたとしても、人間への復讐を選んだ。
指揮官であるレギは、この方法に一度は否定したものの……彼らの復讐心を止める事は出来なかった。
それは自分も主君を失ってしまったから。彼らの気持ちを理解できるからだろう。
レギは伸ばされた手を掴む。
「あ"どは……た、たのむ……」
もうすぐ逝く仲間の顔を見て、レギは力強く頷いた。
「必ず。必ず人間を滅ぼしてみせる。お前達の魂は無駄にしない」
レギの言葉を聞き、安心したような表情を浮かべると彼の魂は砕け散った。
魔王国騎士団は主力であるプレイヤー5名を失ったが、守護者のいる部隊に対し1割の人的被害に抑える事に成功する。
彼らが視線を見上げれば、雲の上まで背を伸ばす聖樹がより大きく見える。
敵本拠地まであと少し……。
読んで下さりありがとうございます。




