258 慈悲は無い
北の砦を制圧した異種族軍は更に北へ進軍を開始。
魔王国騎士団を先頭にして、各レギオンが続く。
魔族・亜人・エルフ。そこへオークを加え、総勢20万以上の軍が大陸中央を目指す姿はまさしく大軍と言うべきか。
その威圧的で圧倒的な軍勢に恐れを抱くのは大陸の覇者である人間であろうとも必然。
根を壊し、領土を囲む防御壁が無くなった事で最初の標的とされた聖樹王国領土最南端の街では――
「うーん。完全防御か?」
街まで残り2キロといった地点で、指揮を執るメンバーは魔道具の双眼鏡で敵の拠点を眺めていた。
城壁の上には大砲があり、多くの兵が遠くを睨む。城門は硬く閉じられているが、こちらが姿を現わせばまた従属兵を展開するだろうと予想。
「遠距離兵器の配置が多いのはゴーレム対策か?」
「だろうな」
ゴーレムは頑丈で大きい。だが、歩は遅い。近づかれる前に砲撃戦を行って数を減らそうとしているのだろう。
敵もここまでくれば必死だ。一筋縄ではいかない。
「まぁ、それでもゴーレムを使うしかないんだがな」
もう死ねないプレイヤー達の盾と身代わりにゴーレムを使わない手はない。
ゴーレムが何体壊れようと構わない。命には代えられない。
それに輸送技術の開発によって後方の魔王都からの送られる補給物資も万全だ。壊れたゴーレムコアの替えが続々と送り込まれている。
「こちらを恐れている証拠だ。それに騎士団の士気は高い」
再編された騎士団は犠牲者を出さずに砦を落とした事で勢いに乗っている。今回の戦闘も100%の力を発揮できるだろうとレギは確信を持っていた。
士気が高いのは騎士団だけじゃない。各レギオンもそうだが、自国の軍人が戦果を挙げている事で「自分達も」と奮起している者達が他にもいた。
それは元傭兵達だ。彼らは傭兵組合が冒険者組合に吸収合併された事で冒険者と身分を改めた。
元々の肩書を捨てて冒険者になった者の中には反発する勢力もあったが、ほとんどはすんなりと鞍替えしている。その理由は1回毎の戦闘や依頼における報酬が高額な故だ。
特に今回の戦争参加では破格とも言える金額が出される。それも、基本報酬に加えて人間を殺害した数でボーナスが上乗せされる。
勢いのある騎士団やレギオンの後に続いて人間を殺せばボーナス獲得。しかも殺せば殺す程に上乗せされるのだ。
リスクはあるものの、現状を見れば実力のある者や名うてのパーティは笑いが止まらないだろう。
そんな現代異種族冒険者の中で一際目立つ戦果を挙げているのが『女王様と忠実な僕達』というパーティだ。
リーダーは現魔王の娘である魔姫マキ。今回の侵略戦争が始まる前に冒険者組合で参加者を募った際にセレネとも面通しを行っている。
「へえ。現地人で唯一のAランクパーティか」
「ええ! そうでしてよ! 私が此度の戦争に参加してあげますわ!」
魔姫である彼女がリスクを伴う戦争に参加する理由は1つ。Sランクになってユニハルトとズッコンバッコンしたい為である。
「人間共を駆逐してSランクになりますわよ!」
こうして参加したマキであるが、彼女が直接手を下す訳じゃない。
彼女の親衛隊――学園にいた男子達が戦う。彼女は後ろで見ているだけなのだが……。
次の戦場を前にするマキの後ろには屈強な戦士達が並んでいた。
彼らはマキのサキュバスパワーに魅了された者達ではない。未だ肩書は魔王都学園の学生である。
しかしながら、彼らの顔は揃って濃い。人間達が巣食う街を睨む目は歴戦の戦士が持つ眼力と言っても過言ではなく、体も昔と違ってムキムキであった。
貴族が身に纏う服の袖を肩から破り、ズボンも七分丈にして。上下露出する腕と脚は丸太のように太く、一部の者は髪型がモヒカンになっていた。
「いいこと? 私の為に戦いなさい。そうすれば……」
屈強な学生達を前にマキは両手をふとももに当てて、ゆっくりと自身の体をなぞるように上へ。
細い腕は体を這って、胸を強調するように動かした。その後、片手を何か棒を掴むような形にしながら動かし、空いた手で自分の口を指差す。
「いっぱい満足させてあげますわ」
それを見た学生達は思わず喉を鳴らす。もう今すぐにでも人間を殺しに行きそうだ。
さすがサキュバスと言うべきか。男のエンジンに火を入れる術をよく知っている。
「野郎共! 出番だ!」
冒険者を統括する組合員が出陣を待つ冒険者達に向かって叫んだ。
眼前ではゴーレムが生成され、巨体を構築していく。
『オオオオ!!』
数体のゴーレムが雄叫びを上げて、街へ歩いていく中で残りの4体は砲撃戦の準備へ。
砲撃仕様ではなく、ノーマルタイプのゴーレムを出して進めたのは街からの遠距離兵器による迎撃対策だ。
数体を的にし、狙わざるを得ない状況にしながら盾とする。レギとセレネの作戦通り、前進したゴーレムを囮にして街の城壁に向かって砲撃戦を仕掛ける事に成功した。
ただ、悠長に撃っている時間は無い。両手をクロスして防御する囮ゴーレムの体には弾がどんどんと着弾し、ゴリゴリと巨体が削れ落ちていく。
タイムリミットはゴーレムが壊れるまで。
そこで、同時進行で騎士団やプレイヤーに混じった冒険者も街へ駆ける。
門から出て来た従属種を相手にしつつ、異種族軍最強たるプレイヤー達がゴーレムを足場にして城壁へ飛んだ。
「オラアアアッ!」
「殺せええええッ!」
ぴょんと城壁に飛んだプレイヤー達が剣や斧を上段に構え、着地と同時に人間の頭をかち割った。
「兵器を守れ! 応戦! 応戦だ!」
「城壁から排除しろ!」
人間達は混乱と困惑が入り混じりながらも応戦を開始。
「ヒャアー! 入れ食いだァ!」
いつもながら、どちらが悪党かわからない。
門を中央にして左側にはプレイヤーが城壁の上に乱入し、右側には後方から撃たれた砲撃が着弾するという地獄絵図。
「お行きなさい! 私の僕達!」
砲撃が着弾し、崩れた城壁の一部を足場にして騎士団と冒険者が左側に続く。
「行くでヤンスゥー!」
「姫様とセッ〇スゥー!」
マキの忠実な僕達は脳を性に囚われながらも突撃を開始した。
その戦いぶりは、とてもじゃないが学生とは思えない。
商工会製の槍で人間を突き刺し、実家の財力にモノを言わせて買ったオリハルコンの剣で人間の首を掻っ切る。
そこらのエンジョイ勢よりも装備の質が良い。
「ヒャア! たまんねえ!」
「世の中、暴力とセッ〇スだぜェ!」
モヒカンにした2人組が人間の首を掲げながら、対峙する他の人間を威圧する。
それを見た貴馬隊のメンバーは、
「現地人も分かってきたじゃないの」
人間の首に短剣を刺して返り血を浴びながらニコリと笑った。
『オオオオッ!』
城壁の上を順調に蹴散らしていると、正面にいたゴーレムの拳が入場門を粉砕。
「行けッ! 突撃ッ!」
従属種を相手にしていた騎士団は怯んだ隙を見逃さない。
各レギオンのメンバーにその場を任せ、街の中へと突っ込んでラインを押し上げた。
「魔法部隊用意!」
門を越え、街のメインストリートまで進軍すると盾を構えて魔法部隊を攻撃から守る。
詠唱を終えた魔法部隊は炎魔法を一斉に発射して街の中に火を放つ。
「あああ!?」
「逃げ、あガッ!?」
火から逃れようとした人間達を着実に殺し、
「ゴーレムを再生成!」
街の中でゴーレムを生成して大暴れさせる。
ゴーレムが進む度に街の中にあった建物は壊れ、吹き飛んでいく。壊れた破片が火災の延焼を誘い、街の中が火が広がって被害はどんどんと増えていく。
「劣等種めがァァッ!」
メインストリートの奥には10人程度の聖騎士がいた。鎧から見て指揮官クラスだろう。
彼らは力を合わせ、高威力の法術を放つ準備をしていたが――
「黒盾!」
レギは後方に振り返りながら叫んだ。
騎士団が開けた間を駆けて先頭に飛び出したのはイングリット。
人的被害を出さぬよう、レギに協力を要請され控えていたイングリットは放たれた法術を正面に据えて大盾を構えた。
グリーブのアイゼンを地面に食い込ませ、極太のレーザーのような法術を無傷で耐える。
「シャルッ!」
イングリットの声に呼応してシャルロッテが鎧をフォルム・チェンジさせると、竜の羽を伸ばすように展開しながらブースターが火を噴いた。
大盾をドラゴンクローへ変形させ、唖然としていた聖騎士の体を引き裂く。
仲間が殺されながらも抵抗しようとする聖騎士であったが……。
「させんッ!」
「いただきまぁす」
イングリットに続いたレギとメイメイによって阻止される。
「魔導の6!」
2人が狙わなかった者達もクリフの魔法によって貫かれ、地面に沈んだ。
指揮官クラスは呆気なく殺害され、レギは騎士団へ体を向けながら剣を天へ向けて掲げる。
「敵将の首は取った! 騎士団よ! 殲滅戦へ移行せよ! 何人たりとも逃がすな!」
騎士団からは雄叫びが上がり、生き残っている人間達を探し回るように動き出すと各レギオンメンバーと冒険者も騎士団に続く。
こうして聖樹王国領土最南端にあった街も異種族の手に墜ちた。
人間の生き残りは皆無。異種族による無慈悲な鉄槌が人間達に下された。
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