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257 最後の根


 到着から数時間で砦が陥落してしまい、潜入の準備が無駄になってしまったイングリット達。


 といっても、やる事はやらないといけない。彼らはイグニスと共に地下へと向かった。


「ここは敵にとって重要施設なんだよな?」


「ああ、そのはずだが……」


 先頭を歩くイングリットはイグニスに問う。問われた本人も困惑しながら返すが、それも仕方がないか。


 地下へと続く扉の前に従属種が2体いただけで、侵入から10分以上歩いているが敵の姿は皆無。


 易々と侵入した先は坑道のような造りで、道には等間隔で灯りが設置されていた。


 先は薄暗く、天井は低い。何度も曲がり角があって侵入者を迷わせる迷路のような造りになっているのだが……。


「次の曲がり角はどっちだ?」


「えーっと、左かな?」


 この迷路もイングリット達への障害にはならなかった。


 何故なら、入り口にいた従属種が地下迷路最深部までの道順が記載された地図を持っていたからだ。


 見つけた時は勿論警戒した。こんな分かり易い罠を作るなんて、と。


 地図には頼らず自分達だけで進むと、彼らは迷った。今度は一度戻ってから地図の道順通りに進んだ。


 すると、次の階層へ向かう階段に辿り着いたのだ。


 彼らは内心で「頼って良いのかな」「この地図マジモンだな」と考えを一致させただろう。


 検証と称して地図の通りに進み続けて、今や目的地である最深部が見え始めたところである。 


「この扉の先が最深部だ。油断するなよ」


 各自武器を構え、イングリットが重い扉を押して開く。


 石の床をゴリゴリと削りながら開いた先には目標であった聖樹の根があった。


「さっさと壊すのじゃ」


 シャルロッテの言葉に皆が同意し、部屋の中に踏み込むと――


「全員、下がれ!」


 壁から露出していた聖樹の根がモゾモゾと動く。鋭い枝が生え、イングリット達を貫かんとばかりに勢いよく伸びて来た。


 イングリットの構えた大盾に防がれるが、ヒット時には盾の表面を削るように火花が散った。


「我に任せよ!」


 モゾモゾと動く枝に向けてイグニスがイングリットの後ろから精霊魔法を唱える。


 炎の小鳥が3羽生まれ、枝に向かって飛んで行った。


 枝に触れた小鳥が閃光を放ち、浄化するように枝を霧散させてゆく。


「今だ! 短剣を!」


 イグニスの叫びに呼応して、イングリットが短剣を取り出しながら駆ける。


 聖樹の根に短剣を突き刺すと、突き刺した部分に紫色のシミが出来た。それ以降、枝が生まれる事は無くなった。


「さっき使ったのは精霊魔法?」


「そうだ。我の精霊魔法は我が身に宿る神力を消費しているので、エルフのとは少し異なるがな」


「私たちの魔法でも邪神の攻撃を相殺できるのですか?」


「可能か、不可能かで言えば可能だ。邪神の力はこの世界の神力を利用している。我らが神の眷属たる私達であれば相殺するのも容易い」


 違いはあれど根本的な性質は同じ。眷属ならば『破壊』ではなく『相殺』させるのは簡単だとイグニスがクリフの質問に応えた。


「私達が戦う場合はどうすれば?」


「高火力の魔法をぶつけるしかないだろう。君達の魔法にも微力ながら神力が含まれているが、神力自体を増幅するのは神か眷属にしかできぬ」


 魔法の真理を説くイグニスにクリフは興味津々。鼻息を荒くしながら頷きながら、神力自体を強化する方法や魔道具を作る事が可能かどうかを問う。


「神力を増幅させる術式は既にある。リスクを背負う事になるがな」


「それは?」


「禁忌魔法と禁術だ。君も使っていただろう」


 禁術。それは神力を原動力とした術でシャルロッテが使う時に干渉する術がそれにあたる。


 禁忌魔法はクリフが開発・使用した『プリムラ』だ。あれは魔力を神力の代替えとして使い、禁術の域まで強制上昇させる魔法の一種。


 イグニスの言うリスクとは異種族が禁忌魔法と禁術を使用した時の反動を指しているのだろう。


「禁忌魔法なら代償を肩代わりする物が作れれば――」


「いや、やめておけ」


 クリフの言葉を遮るようにイグニスが口を開いた。


「禁忌魔法の代償を肩代わりさせる方法は……もう明かしてしまうがな、禁忌魔法の代償と等価なのは魂だ。肩代わりする物を作ろうとなると、他者の魂が必要だ」


 それも綺麗で輝いた魂が必要であるとイグニスは付け加えた。


 人間のように薄汚れた魂ではいくつあっても肩代わりできない。この世界を創造した神が作りし魂が必要であると。


「じゃあどうすれば?」


「前に説明した通り、本体を相手する必要はない。神力の供給を断ったうえであの樹を壊すのだ。邪神は確かに神であるが、樹は神ではない。ただのモノだ」


 雲の上まで背を伸ばした樹が邪神の依り代であり、存在を確立させているモノであると。


 故にあれを壊せば邪神の力は衰退していく。そこを押し切れば良いと。


「あのクソデカイ樹を壊すのは簡単にはいかねえだろう」


「そうだ。故に異種族と我々神の眷属が協力する必要がある。我々だけではどうにも足りぬ。君達の力が必要だ」 


「結局は俺達が盾になれって事か?」


 神の眷属がやられないよう、異種族が前に出る。人間達の攻撃を防ぎ、身代わりになる。


 そういう事か、とイングリットは言うがイグニスは首を振った。


「いいや。我々も……私と彼女は違う。私達2人は矛である。あの忌々しき樹を壊す為のな。その矛は君達が使うのだ」


 何とも面倒臭い言い回しをしてくるイグニスにイングリットは肩を竦めた。


 今は訳がわからぬが、そのうち明かしてくれるのだろう。


「まぁいいさ。俺のやる事は変わらない。俺は盾だからな」



-----



「思ったよりも早く動き出しましたね」


「ええ……」


 聖樹王国の城には砦が落とされたという報告が既に知らされていた。


 砦が落ちるのは問題ない。地下の根が壊されるのも問題ない。そう細工して仕向けたのは彼女らなのだから。 


 だが、問題は陥落した時期である。クリスティーナ達が考えるよりも異種族軍が動き出すのは早かった。


 想定ではあと2か月程度、準備に使うと考えていたのだが……。


「砦を落とした異種族軍は一部を残して北上を開始。領土を囲む防壁が壊されたので、3日後には南の街へ到着するでしょう」


 キプロイが机の上に広げた地図上にある街を指で示した。


 その街は聖樹王国領土内の最南端にある街。領土を守る為に邪神が発生させた防壁(加護による守護壁)から一番近い街である。


「南の街が落ちれば、次はこちら。次はここに……。そして、王都です」


 異種族軍が辿るであろうルートを推測しながら、王都までの道順にチェスの駒を置いていく。


 ルート上にある街や防衛拠点は大きく4ヵ所存在する。その他に食糧生産用の村や聖騎士が常駐する駐屯地がいくつかあるが、報告にあった相手戦力を現地戦力だけで持ち堪えるのは不可能だろう。


「時間は?」


「最低でも、あと1ヵ月程は必要です」


 クリスティーナ達の立ち位置は非常にバランスが悪い。少しでもどちらかに偏れば、彼女らの思惑は失敗してしまうだろう。


「前線には我々が。陛下と姫様はトッドと共に準備を進めて下さい」


「しかし、それでは……」


 クリスティーナはまだ迷っていたが、騎士団長クライスが首を振る。


「根が壊されればまた呼び出されるでしょう。そこで、我々が前に出ます。対応している素振りを見せつけ、姫様達も防衛準備をしていると誤魔化しましょう」


 残り1ヵ月。思惑が邪神にバレるのはまずい。まだ邪神の底を知らぬが故に、彼がどう対応するかは未知数だ。もしかしたら思わぬ方法でバレてしまうかもしれない。


 だからこそ、接触は極力減らしておきたい。


「……分かりました。従属種と偽りの民を主力としなさい。貴方達は最後まで生き延びるように」


 まだ全員で過去へと戻るという解決方法を諦められないクリスティーナは命令を下した。


「承知しました。姫様」


 クライスは主の優しさに薄く笑う。本人は全力で微笑んでいるつもりであるが、もう随分と昔に笑い方など忘れてしまった。


 ぎこちない笑みと共に歩き出した彼の目には決意の炎が灯る。


 必ず王家を生かす。そう決意して騎士団の兵舎へと向かった。


読んで下さりありがとうございます。

次回は2日以内に投稿します。

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