256 北の砦攻略
魔王国北にある砦前では、既に騎士団がゴーレムを展開しながら照準を砦に合わせていた。
「始めよう」
「まだセレネ達が来ていないが、良いのか?」
「構わない。先に始める」
レギの号令で騎士団の技術班がゴーレムを操作する。肩に取り付けられた魔導兵器が火を噴く。
砦から展開された防御壁に発射された弾が着弾。しかし完全には防げず、壁の一部が破壊して崩れ落ちる。他にも弾け落ちた大量の火の粉が砦の周辺を燃やし始めた。
「撃て。撃ち続けろ」
打ち出された弾は100%の効果は与えない。砦に与えている威力としては半分以下。実質は20%程度だろう。
しかしレギは砲撃を止めない。撃って、撃って、撃ち続けろと命令した。
「残弾が少なくなってきた!」
それでも尚、射撃停止の命は下さない。こんな事をして意味があるのか、そう思っている兵士は多かったが……。
「見ろ。恐怖に負けて出て来たぞ」
レギが指差す先には開かれる砦の門があった。門からはゾロゾロと聖樹王国の紋章を付けた重装兵が現れる。
「散らせ」
ゴーレムの砲撃は残弾尽きるまで継続。現れた従属兵に撃ち込み、3割を爆発四散させた。
「槍兵構え!」
次の号令で盾と槍を構えた兵士が一列になってゴーレムの後ろに付く。
「ゴーレムと共に前進!」
巨体が進み、その後ろに盾を構えた槍兵が続く。亀のように遅いが、効果はあった。
ゴーレムを盾とし、障害物として。降り落ちるゴーレムの拳を抜けて来た従属兵を後ろで構えた槍兵が射抜く。
従属兵は直線的だ。前線基地での戦闘を経て、レギはそれを既に知っている。
前線にゴーレムで簡易的な進入路を作り、そこへ来た兵を射抜けばいい。
1人で射抜くのは無理か。では、2人で。2人では仕留めそこなったか。では、3人目が仕留めれば良い。
陣形と相手の弱点を突いた的確な攻撃。レギが騎士団長に就任してから徹底的に叩き込まれた連携が機能する。
従属兵が次々と倒され、徐々に近づいて行く騎士団。それを見て焦ったのか、砦の指揮官は更に従属兵を追加した。
着実に歩を進める騎士団は門の手前で停止。命令を受けて出て来た敵兵を確実に殺して、砦の中には侵入しない。
レギの作戦は徹底的に恐怖を受け付ける事。
砦の前で陣取られ、兵を出しても叩き潰される。それを見て、相手はどう思うだろうか。
裏口から逃げるだろうか? それも良し。砦は放棄され、砦内の密集した状況で戦闘が起きない。
ヤケになって全軍を出して来るだろうか。脇から兵を出し、前面にいるゴーレムと槍兵を囲んで来るだろうか。
どちらにしても、レギとしては構わない。
「団長! 魔法を撃つみてえだ!」
砦の中から法術を撃とうと、壁の上に杖を持った人間が姿を現した。
「魔法防御展開。工作班はどうだ?」
「潜入済み!」
人間の法術を防御しつつ、時間を稼ぐ事20分程度。
相手の砦からスルリと脱出して来た異種族が見える。ニヤリと笑った潜入班が自陣の奥へと到達すると、砦を囲む壁が爆発。
壁が崩れ、上にいた人間達が崩落に巻き込まれていく。
砦の中にいた人間達は慌てているだろう。だが、レギは兵を前には進めない。
「ああ! もう始まってやがる!」
砦と相対する騎士団の後方からそんな声が聞こえて来た。
振り向けばラプトルに跨った貴馬隊のメンバー達。彼らは開戦している状況を見るなり、セレネの制止を振り切って突撃を開始した。
「オラアアッ! 首取ったらあああ!!」
敵陣に入り込むなり武器をブンブン振り回して人間を殺していく貴馬隊。
それを確認したレギはゴーレムと槍兵を左右に回し、砦を囲むように移動させた。
「おい! レギ! どういう事だ!」
プリプリと怒るセレネは「事前に考えた作戦と違う」と彼に文句を言う。
だが、レギは悪びれもしない。
「貴馬隊はどうせ突っ込むだろう。制御できん。ならば、お膳立てをしてやりつつ、突っ込ませて暴れさせた方が被害も出ないし効果的だと判断した」
お前達の性分を分かった上でアレンジを加えてやった、と言い放った。
セレネはぐうの音も出ないほど貴馬隊の扱いずらさを指摘されてしまう。
「……ま、今回は見逃してやんよ」
言葉に詰まり、何とか絞り出した声は小さい。
しかし、レギのアレンジは見事に効果を出した。
真正面から乗り込み、暴れる貴馬隊に従属種を当てて指揮を執っていた聖騎士達は裏から脱出を図ろうとするが――
「逃がすな! 全員殺せええええッ!!」
回り込んだゴーレムと騎士団が逃がさない。
統率に磨きのかかった動きは油断なく、弱者だった頃の面影はもうない。
包囲を抜け出そうとする者は徹底的にゴーレムから嫌がらせのように拳が振り下ろされる。
そうして逃げられなくなった聖騎士1人に対して5人で囲み、数の暴力で確実に息の音を止めていく。
砦が落ちるのにそう時間は掛からなかった。
従属兵を貴馬隊が相手し、聖騎士を魔王国騎士団が相手をする。
戦いが終息する頃には捕虜となった聖騎士が5人ほど、レギの前に連れて来られた。
「騎士団長、どうしますか?」
レガドがレギへ問うと、レギは聖騎士を見下ろしてハッキリと言った。
「こいつの目を閉じさせるな。殺すところを見せる」
指揮官だった男の目を見開かせ、目の前で仲間を1人1人丁寧に殺していった。
その内容は拷問に近い。人間達が行っていた事を目の前で再現してみせた。
恐怖に染まった指揮官は泣き叫びながら命乞いをする。
「縛って荷台の中に入れておけ!」
手を縛られ、馬車の荷台へと押し込まれた人間は絶望に暮れる。
「クソ、クソ! 死にたくない! 死にたく……あ?」
何とか逃げようと手足をバタつかせると、幸いにも拘束が解けたではないか。
「やった! やった!」
逃げ出すチャンス。荷台の扉を少しだけ開けて、外を見れば見張りもいない。
砦の中を漁るのに夢中なのだろう。今がチャンスだとその場から走って逃げだした。
逃げ出す人間の背中を物陰から見守るのはレギとセレネ。彼らは逃げ出した人間を追おうとはせず、
「これで良いのか?」
「ああ。ヤツに恐怖を見せつけた。逃げ出して帰った先で今回の事を語るだろう」
そうすれば、人間は異種族に対して恐怖を抱くだろう。
油断せず、大量の兵を砦の方向へ進軍させるはずだ、と。
「二手に別れて戦力分散ねぇ。上手く行くか?」
「我々に足りないのは時間と数だ。相手の領土を確実に進むなら戦力を分散させて撃破するしかない。それに……」
もうすぐ魔王国王都で開発中の『アレ』が仕上がる。
「あれが出来れば合流も容易い。どれだけ短期間で相手の本陣から兵を吐き出させるかが勝利の鍵だ」
引き付けと強襲。それしか勝利の道は無い、とレギは考える。
何も真正面から滅ぼさなくて良い。力の源となっている聖樹を壊せば、残りは簡単に仕留められるのだから。
「それまでお前らが囮になると?」
「そうだ」
セレネは自信満々なレギを鼻で笑う。だが、レギは顔色を変えずに目を見返した。
その根拠はきっと、もうすぐ届く切り札を知っているからだろう。
「もう1度死んだ身だ。目的を果たすなら……」
また死んだって構わない。レギはそう思っているが、口には出さなかった。
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次回は水曜日です。




