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26 金好き竜都会に向かう


 イングリットは足でちょんちょん、とクソ金髪腰振り野郎の胴体を小突きながら死を確認すると、腹に生えたままの聖槍を手で引き抜く。


「だぁー! 疲れた……。もうソロで聖なるシリーズと戦いたくねえ……」


 大盾と引き抜いた聖槍を地面に放り投げ、インベントリからポーションを取り出す。


 ドクドクと血を流し、腹の中身まで出ていそうな貫かれた腹部をペタペタと触って確認した後にポーションを穴の開いた腹と背中に振り掛ける。


「メイメイに怒られそうじゃん……」


 貫通した腹部の穴はクリフ製のポーションと自然治癒でみるみる治って行くが、貫かれた事で穴が開いた鎧は修復されない。


 自分の作った作品が壊れる事を嫌がるメイメイはこの鎧の穴を見てどう思うだろうか。


 修理を依頼した時の事を考えるだけで面倒臭くなる。


 戦闘で疲れた体と傷は癒えたが痛みを感じすぎて痺れる手足が限界を迎え、イングリットはその場に座り込む。


 痛みとメイメイのリアクションを思い浮かべて、必ず訪れるであろう場面にゲンナリしながら己のパーティメンバーへ思いを馳せていると遠方から雄叫びや叫び声が鳴り響く。


 視線を向ければ聖槍持ちが死んだ事で人間とエルフは慌てふためき、イングリットが勝利した事で士気の上がった魔族軍は剣を振り上げて襲い掛かっている状況であった。


 イングリットがその様子を眺めながら「今頃かよ。観戦してねえで、さっさとぶっ殺しとけよ」とぼやく。


 しばらく魔族軍が人間とエルフを追い払う様子を眺め、敵軍が退いて行くまでをその場で受けたダメージと精神的な疲れを癒しながら見届けた。


 戦闘のほとんどが終わり、未だ逃げ惑っている人間とエルフを追撃する魔族軍の群れの中から数名――エキドナと男の副官が群れから抜け出してイングリットの方へやって来た。


 エキドナは地面に転がるレオンの死体を見ると笑顔を浮かべてイングリットの傍へ歩み寄ってきた。


 イングリットは休憩を終えて立ち上がり、2人を迎える。


「おお! すさまじい戦いだったな! 君の戦いには感服したぞ!!」


 貴様から君に変わっているのでエキドナの言葉は本気なのだろう。


 エキドナと副官は笑顔を迎えながら頻りに「すごかった」と感想を述べてイングリットを褒め称える。


 テメェ等の為に戦ったんじゃねえ、と思いながら戦利品と相棒である大盾を回収して立ち去ろうとしたが、大盾を拾ったところで副官の男が地面に転がっている聖槍を横からヒョイと拾い上げた。


「ふぅむ。これが聖戦士の槍か。陛下に献上すれば良い反撃の狼煙となるだろう」


 副官の男は拾った聖槍を魔王に献上する気であった。


「あ?」


「は? だから、この槍を陛下にあがッ!」


 イングリットはレオンとの戦い以上の怒気を纏わせ、聖槍を拾い上げた副官の首を掴みあげる。


「テメェ。今何て言いやがった? 献上? 誰にだ? これは俺のモンだ」


 イングリットは兜の中の赤い瞳をギラギラと光らせながら副官の首を握り絞め、彼が苦悶の表情と声を絞り出すが言葉を続ける。


「俺が一番嫌いな事を教えてやろう。それは俺のモンを奪われる事だ。俺の持つ全てのモノを奪う奴は殺す。必ず殺す」


 竜の本能なのか、イングリットは自分の集めた金銀財宝、アイテム、人に至る全てを奪われる事を嫌う。


 ルート権がこちらにあるにも拘らず、横取りしようとしたりゴネようものなら敵わない相手にも即PK。


 最弱の赤竜族と呼ばれた頃から何1つ変わらない。


 誰に言われようが、誰に注意されようがイングリットの譲れない部分であった。


「あ、ぎ、ああ……」


「ま、待ってくれ! 手を離してやってくれ!!」


 あまりの出来事に固まっていたエキドナがようやく復活し、首を掴むイングリットの腕を叩く。


 イングリットは口から泡を吹き出しかけている男を地面に投げ捨てると聖槍を拾い上げた。


「次は無い」


 イングリットは短く怒気を含ませながらエキドナの顔を見て告げる。


「あ、ああ……。す、すまなかった」


 聖槍をインベントリに収納し、その場を立ち去って行くイングリットの背中へエキドナは声を掛ける。


「ま、魔王都へ行くのだろ!? もう邪魔をしないから砦で待っててくれ!!」

  

 イングリットは振り返らず、返事もせずに砦へ向かって行った。


 その背中を数秒だけ見送った後に咳き込む副官に声を掛けた。


「大丈夫か?」


「ゴ、ゴホ、ゴッホ! は、はい……。や、槍を……」


「やめておけ。アレは我々が手に負える相手ではない」


 エキドナは部下を労わりながら、もう関わるなと釘を刺す。


 陛下に槍を献上しよう、と部下が言った際に見せたイングリットの怒りは身が震えて咄嗟に動けなくなるほどのモノであった。

 

 彼は確かに魔族である。


 しかし、同族で国の軍に所属している相手へ明確な殺意を向けていた。

 

(あれは……我々とは違う)


 何者にも屈さない。欲しいモノを持っていれば相手が強者であろうと挑み、奪う。


 見せた強さも、種としての格も、抱いている信念すら自分達とは違う。


(何者なのだ……)


 エキドナはイングリットという黒鎧の男を軍に入れようと思っていたが、そんな気は既に無くなっていた。



-----



「す、すごいのじゃ! お主、本当に勝ってしまったのじゃ!」


 砦に戻ったイングリットへ真っ先に駆け寄ってきたのは興奮した様子のシャルロッテであった。


 彼女はピョンピョンとジャンプしながら彼を褒め称える。


「当たり前だ。俺はエンジョイ勢とは違うからな」


「その、えんじょいぜいとは何なのじゃ……?」


 プレイ時間を背中で語る廃人様。


 しかし、1人で聖なるシリーズ持ちを倒すのは結構な苦労を要する。何度思い返しても2度と戦いたくないと思うイングリットであった。


「とにかく聖なるシリーズも奪ったし、さっさと魔王都へ向かうぞ」


 彼の目的は人間とエルフの侵略を止める事ではない。


 さっさと魔王都に行って、他のパーティメンバーと合流して冒険の旅に出るのが目的だ。

 

 特にあんな戦いを見せてしまった後だ。


 エキドナがご満悦な様子を見るに軍へ入れなどとしつこく言われる可能性がある。


 彼女は邪魔をしないと言っていたが、周囲の意見を受けて彼女の意見も変わる可能性が高い。


 人とはそういうモノだ。イングリットはゲーム内で嫌というほどそういう状況を見てきた。


 長らくビキニアーマー派だったのにアップデートでスク水アーマーの装備が実装され、掲示板にスク水アーマーを装備した女性プレイヤーの画像が張られた瞬間に掌を返して「ぴっちり感が神」「ありがとう水が飲みたい」「際どいVカットで僕の息子もスタンディングオベーション!」などと発言する信念無き者達をたくさん見てきたのだ。


 エキドナはそんなヤツ等と同じ匂いがした。


 あれは周りが「スク水が旬」「スク水型が現アップデートバージョンの覇権」などと言われてスク水派へ鞍替えする元ビキニアーマー派の連中と同じだ。


(ビキニアーマーこそが至高。何故ヤツ等はそれをわからんのか……)


 嘗ての同士達を憂いのある顔で思い出し、溜息を1つ零してからイングリットはさっさと魔王都に向けて旅立つ準備を始めた。


「外にラプトルがいたのじゃ」


「よし、ラプトルにキャビンを引かせよう」


 馬車――ラプトルと呼ばれる二足歩行の小型竜にキャビンを牽引させるラプトル車、ラプトル荷車などと言われるモノが魔族領土ではポピュラーな移動手段だ。


 ラプトル以外にも馬やケンタウロス族が牽引するタイプ――馬車、ケンタウロス車と正式名称があるが大体の人はどちらも馬車と呼ぶ――もあるが、そちらは稀である。


 ラプトルに直接乗るのもアリだが、ラプトルは馬と違って縦揺れが激しく酔いやすい。

 

 ゲーム内でもラプトルに乗ると何故かリアルに縦揺れする。


 イングリット達がキャビンを買えず、ラプトルのみで移動してた際はメイメイがよく吐きながら移動していた。


 しかし、キャビンを牽引させれば中でゆっくりできるし、パーティメンバーの2人と合流した後も移動手段として活用できる。


 イングリットは今後の活用法を考えながら戦争参加の報酬として頂くか、ゴネるならば宝物庫から奪った宝石でも渡せば貰えるだろうと算段をつけていた。

 

 とにかくここから早く立ち去りたい。その気持ちがイングリットの心を満たしている。


 シャルロッテに案内を任せ、ラプトルが繋がれている砦の中庭に向かった。


 グエーグエー、と活きの良い鳴き声を上げるラプトルを見つめ、どいつにしようかと見定めていると後方より声が掛けられる。


「君達、待ってくれ!」


 女性に声を掛けられ、振り向けば声を掛けてきたのは案の定エキドナであった。 


 イングリットはバレない事をいいことに兜の中で露骨に嫌な顔を浮かべる。


「魔王都へ出発する気だっただろう!? 待っててくれと言ったじゃないか!」


「どうせ軍へ入れとか言うつもりなんだろう? そんなのはお断りだからな」


「うっ……。確かにそうは思っていたが、もう言わない! 君の邪魔をしないと言ったじゃないか!」


 エキドナは少々バツの悪そうな顔を浮かべるが手を小さく振って否定する。


「待っててくれと言った理由は、私も一緒に魔王都へ向かおうと思ったのだ。一緒に行こうと思ってな」


「ええ~……」


 イングリットは嫌そうな表情に加えて声まで漏れ出てしまったが、エキドナは困ったように笑いながら言葉を返す。


「魔王都に報告もしなければいけないし、彼女の為にも付いて行こうと思ってな。それに、魔王都に入る時に私がいればスムーズに入れるぞ?」


 彼女の言い分としては生き残ったシャルロッテの件を4将である自分が報告すれば、魔王城ですぐに何かしらの回答を得られるだろうという事。

 

 次いで魔王都に入るには入場門で検問が行われており、長ければ半日待たなければいけないのだがエキドナがいればそれをパスできるという事。


「……魔王都で別れるからな。あと、余計な詮索はするな」


「わかっているさ」


「あと、ラプトルとキャビンをくれ。戦争参加の報酬って事で」


「……わ、わかった」


 ここぞとばかりに要求するイングリット。


 しかし、彼に砦を救われたのも事実なのでエキドナは断れなかった。


「では、準備が出来たら向かおう」


 こうしてイングリットは大量のお土産を持って魔王都に向かった。


 魔族領土北東砦から魔王都までは3日の距離。


 トッププレイヤー達が合流する日は近い。



びきに と すくみず みんなちがって みんないい。

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