252 とある世界の勇者
無数に存在する異世界の中で、辺境の村に生まれた1人の青年がいた。
彼の親はどこにでもいるような平凡な両親であったが、彼自身はとても特別な存在だった。
その理由は胸の右側、心臓の上に浮き出た刻印。
それは神が選んだ勇者の証。勇者は世界を破滅させようとする魔王を倒すとされていた。
青年は幼少期に大陸イチの大国家、ベリオン聖王国の教会に引き取られて勇者としての訓練を受けて育った。
10歳の頃には神にも夢の中で出会った。
神と名乗った老人は夢の中で彼を精神的にサポートし、魔王を倒して世界を救えと言う。
この神との邂逅は勇者に使命感を持たせた。
教会による勇者としての教育は彼に大きな正義感を持たせた。
国による勇者としての訓練は彼に強大な力を身につけさせた。
訓練していく過程で仲間も出来た。
王都で育っていく過程で国の姫とも仲良くなり、結婚を約束する仲になった。
「姫。それでは行って参ります」
「お気をつけて……私の勇者様」
彼が20になる頃、勇者は仲間と共に魔王退治へ向かう。
道中の村や街を救い、魔物に襲われている人々を救う。勇者として皆が憧れ、尊敬する行動を取って。
強大な力と正義感に誰もが酔いしれ、羨望の眼差しを向ける。
世界中の誰もが彼が魔王を倒すと信じて疑わなかった。
勇者は進む。魔王のいる領域へ。道中で倒れた仲間達の屍を越え、遂に魔王城へと辿り着いた。
魔王の側近を仲間達と倒し、魔王を倒す寸前まで追い詰めると――魔王は異空間へ逃げてしまった。
勇者は異空間を前にして、
「僕がトドメを刺して来る」
「1人じゃ無理だ! 俺も……!」
傷を負った仲間が最後まで付き合うと言うが、勇者は首を振る。
足手まといだから、という訳じゃない。仲間に生きて欲しかったから。
「必ず戻るよ」
そう言い残し、勇者は単身で異空間へと飛び込む。
飛び込んだ先は光の世界。どう見ても魔王がいそうな恐ろしい世界じゃない。
まるで雲の上にいるようで、下を向けば自分が暮らしていた大陸があるではないか。
周囲に目を向けると、勇者を見ながら笑う魔王がポツンと立っていた。
「魔王ッ! 覚悟ッ!」
使命感と正義感を持った勇者は神から授かった剣を構え、魔王へと駆ける。
勇者の剣は魔王の心臓を突き破り、口から出た血を浴びた。
返り血を受けながら、至近距離で魔王と対峙する勇者。だが、魔王は最後に勇者を道連れにしようともしない。
ただ、笑う。
「ありがとう。ようやく解放される」
魔王の体にノイズが走った。魔王の姿は徐々に変わっていき、最後に映し出されたのは夢に出てきた神の姿であった。
「なぜ……」
なぜ、魔王の姿が神に変化したのか。理由もわからず混乱していると、神の体が徐々に消滅していく。
消滅していく中で、神は最後にこう告げた。
「これからは君がこの世界の管理者だ」
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神が消滅間際に言った言葉通り、勇者は神になった。
神といっても完全な神じゃない。人が神の力を持った半神というべき存在に。
半神となった勇者は世界の管理を強制的に継承された。
その結果、異空間から出られなくなってしまう。元の大陸には戻れず、この管理者空間で1人ぼっちとなってしまった。
「そうだ、僕が世界を正しく導かなければ……」
仲間や結婚を約束した姫と会う事はもう出来ない。一度は悲しさに押し潰されそうになるが、彼は使命感と正義感で立ち直る。
こうして勇者は半神となって愛した世界を導くと決意した。
世界の管理方法は半神となった瞬間に、消滅した神から受け継いだ。
他にもこの世界がどう作られたのか、奇跡の力である法術とは何なのか、生命誕生の軌跡、死について。
人間では知り得ない様々な知識と共に。
膨大な知識に埋もれながら、半神として世界を管理する。
災害が起きそうであったら直接力を下して食い止めたり、神託として警告したり。
法術の源である力を常に一定量に保ち続けて維持させたり。簡単なようでとても重要な事だ。
仕事の合間、彼は大陸の様子を見下ろすように探った。元々暮らしていた王都はどうなっているのか、愛していた姫はどうなったのか。
「ああ……」
戻らぬ勇者は魔王と共に死んだとされていた。
教会では伝説の勇者として祭られ、王都には巨大な勇者の像が建てられて。年に1回は感謝の祭りとして催しも行われる。
愛し合っていた姫は……勇者の仲間の1人と結婚していた。
「これで良い……」
自己犠牲と献身の想い。嘗て勇者だった半神は現状に頷いた。
愛した者は自分以外の人と一緒になったが、彼女も夫となった仲間も勇者へ感謝し続けてくれている。
世界を救い、救われた人々も勇者への感謝を忘れない。
それらの言葉や想いは半神への信仰心として天へと上る。半神はそれで満足だった。
――だが、その信仰心も時と共に薄れていく。
世界を救った勇者は過去の産物となり、平和だった世界は再び戦乱の世へと移り変わる。
「魔王はいなくなったのに……」
魔王がいなくなり、世界は平和になった。だが、平和に慣れた人間はより高みを目指し始める。
人間同士で争い、どちらが上かと競い合い……次第には国同士での戦争を始めた。
半神が必死になって災害を止めても、人間同士が争って自然溢れる大地を汚す。
思い遣りのあった世界は無くなり、憎しみと騙し合いの世界に変わる。
管理していく上で、半神が学んだ事は多い。
人間は身勝手で、どうしようもない存在であると。
そんな気持ちが膨れていくと、彼の心に1つの想いが芽生えた。
『自分が犠牲になってまで、救うべき世界だったのだろうか』
自分はここから出られず、世界の維持という奉仕をしているのに。
自分が必死に世界を綺麗にしようとしているのに。
救った人間達がそれを壊し、邪魔をする。
「なんて愚かなんだ」
次第に半神は『人間』に対して不信感と呆れの感情を増幅させていった。
自分が元人間という事を忘れて。
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半神が人間に失望していく中で唯一保護していたのがベリオン聖王国だった。
元々暮らしていた国であり、愛した女性の子孫が受け継いでいく国だったというのもあるだろう。
最後まで信仰心が続いた国でもあった。
だが、もう限界だと半神は保護する事を止めた。
彼の保護は加護であり、国を豊かにする効果もあったが……加護を失った聖王国の大地は徐々に荒れて行き、他国の戦争に巻き込まれていく。
しかし、嘗ての国を愛して保護していたのは半神にとっても最後の支えだったのだろう。
愛していた物を手放した瞬間、半神を襲うのは大きな喪失感。
(何で僕はこんな事をしているのだろう……)
何も無くなってしまった半神は自分の立場に疑問を覚える。
こんな誰もいない場所で永遠に一人ぼっち。嘗ての仲間も死んだ。愛した女性もいない。
この世界は失敗だ。
汚れた世界を無に還し、1から作り直そうにも半神である自分にはその力が無い。
(どうすれば良いんだ……。どうすれば解放される……)
ふと、自分に管理を強制的に受け継がせた神の事を思い出す。
もしかしたら、あの神も今の自分と同じ気持ちだったのではないだろうか。
巨大な喪失感と虚無感に押し潰されそうになり、死を望んだのではないだろうか。
(死か……)
確かに死ねば楽だ。死は神とっても平等だ。死ねばこの状況からも解放される。
しかし、自殺は怖い。自分で自分を殺す事は……できそうにない。
だから、あの神は自分を魔王と偽って勇者に殺させたのかもしれないな、と思う。
半神は死について、受け継がれた知識の中から検索する。
死とは全てにおいての終わりだ。神にとっても終わりを意味するが、人間と神の死について決定的な違いは『生まれ変われない』事だろう
人間は死ねば魂が循環して生まれ変われる。だが、神が死ねばそこまで。
神が継承者を残さず死ねば、管理している世界も一緒に滅ぶ。
一瞬だけ、それも良いかと考えた。世界も道連れにして死ぬのもアリかもしれない、と。
「ダメだ……」
だが、考えを改めた。半神となって知識を得たからか、死について考えるだけで恐怖に襲われる。
死ねば無だ。真っ暗な闇の中で思考すらも止まって、存在すらも無い。何も無い『無』になってしまう。
じゃあ、どうすれば良い?
一人では寂しい。誰かから必要とされたい。でも、この世界ではもう無理だ。人間達が世界を汚し過ぎた。
自分の理想とする世界を作るにはどうすれば良い?
受け継いだ知識を活用して、理想を叶えるべく思考を続ける。
「ああ、そうか」
自分が半神だからいけない。
半神だから力が及ばないのだと至る。
「でも、半神として継承されてしまったから……」
前任者に『半神』として継承されてしまった。本当の神になるには、本当の神から力を全て受け継がなきゃいけない。
でも、この世界にいた本当の神は中途半端な力を寄越して消滅してしまった。
知らなかったのか、それとも自分を苦しめたかったのか、どんな理由だったのかはわからないが、この世界ではもう無理だ。
「別の世界に行って、神の力を得れば良い」
この世界を作り直すのは無理だ。だが、別の世界に行って『自分を受け入れて貰えれば』その世界に僅かながら滞在できる。
そうして別世界に入り込み、別世界の神を喰らえば良い。
喰らって、世界の一部となればもうそこは自分の世界と言って良いだろう。これが成功すれば、この何も無い世界から飛び出せる。
この頃には、半神の思考は既におかしくなっていた。
他者なんぞどうでもよく、自分だけ幸せであれば良い。理想とする世界を作れれば良い。
だって自分の理想の世界を作れば誰もが幸福に生きられるのだから。
誰もが幸福に生きられれば、自分に吸収された神も本望だろうと。
この思考は人間の頃に持っていた使命感と正義感が歪んだ結果だろうか。
本人はそれに気付かないまま、彼は別の世界を探し始める。
「なるべく未熟で生まれたばかりの世界がやりやすいだろう。成熟した世界の神は、きっと強く知恵もあるはずだ」
成熟した世界の神を喰らうのは、半神の自分にとって無理だろう。
だから力が無く、純粋で騙されやすい『生まれたばかりの世界』を狙う。
「見つけた」
自分が狙いやすい世界を遂に見つけた。生まれたばかりでまだ1万年も経っていない。
標的が決まると半神は行動に移した。
世界を滅ぼす寸前まで災害や疫病などで追い込み、1つの国だけを残す。
残したのはベリオン聖王国。やはり思い入れが残っていたのかもしれない。
滅び行く世界にたった1つだけを残し、加護を半分だけ与えて生き残らせつつ、半神は標的とした世界に向かう。
そこで演技をして、二神に助けを求めた。
未熟な二神は半神を憐れに思い、助けてしまった。受け入れられて第一段階は成功した。
次は男神がいない合間を狙って、女神を取り込んだ。
女神の力を吸い取り、世界に自分の証となる種を植えて存在を確立させる。
男神が怒り狂うのは容易に想像できた。だから、ここで元の世界に残した国を丸ごと召喚した。
『君達の世界は滅んだ。この世界に召喚する事で滅亡を回避させたが、この世界の者達は君達を滅ぼそうとするだろう。生きたければ抗うと良い』
そう言って、事前に与えていた加護という名の呪いが発動する。
半神の命令に抗えず、滅亡しかけていた世界で暮らしていた生存本能が彼らに『生きる』という選択肢を選ばせる。
無理難題を押し付けられ、強制的に争いに巻き込まれ……生きたいという本能と仲間達の死を見て、人間達は半神を頼る。
半神は頼られる事で欲求を満たす。それと共に世界を得られるのだから一石二鳥だ。
一方で半神を頼った人間達は代価を取られ……頼らなければ死。頼り続けても大事な物を奪われていく。
そんな中で人間達は徐々に狂っていきながらも――男神が率いる異種族の反抗を退けるのであった。
読んで下さりありがとうございます。




