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251 聖樹王国 計画変更


「何故だあああああッ!!」


 聖樹王国研究所の一室で研究を続けていたトッドは机の上にあった本や紙の束を怒りの籠った腕で振り払った。


 顔には帝国で受けた火傷を隠す為に包帯が巻かれ、振り払った腕にも血の滲む包帯が巻かれていた。


「何故だッ! 何故できないッ! 何故! 理論は! 合っているはずなのにッ!」


 机の上にあった物を床にぶちまけるだけでは物足りず、椅子を持ち上げて壁に投げつけ、ゴミ箱を蹴飛ばしたりと彼の怒りは人生最大規模であった。


「何故だ! 何故、我々は時を戻せないッ!」


 トッドが長年研究している題材は『時間』について。


 過去に起きた異種族との大戦である神話戦争後期に王家から任命され、今までずっと続けて来た。


「何故だ……」


 彼は王家の計画を遂行させるべく、全てを捧げて来た。


 異種族に殺された仲間の死体を見て、君達を救うなどとほざく神の命令を忠実にこなして。


 媚び諂い、尻尾を振りながら従順な振りをして。


 屈辱に耐えながら何とか研究の役に立つ物や話を引き出して、異世界召喚を可能にさせた。


 異世界召喚。異世界から他者を召喚する技術、それは紛う事なき神の力。


 何人もの異世界人を犠牲にしながら、発動毎に浮かび上がる魔法陣を解析し続けた。


 召喚した回数は記録に残っているが、頭では覚えてはいない。それ程の回数を重ねた。その度に異世界人が犠牲になった。


 別に犠牲者へ申し訳ないとは思っていない。自分達の計画の為に犠牲が出るのは仕方がない。研究者として、罪悪感など持っていたら研究なんぞ続けられないだろう。


 召喚し、解析。召喚された異世界人の持つ技術も足しにならないか、と研究に加えた。


 こうして、聖樹王国の研究所は様々な分野の技術を得た。


 生命・科学・魔法。あらゆる分野の知識を集めながら神の技術を紐解く。 


 足りないピースであった魔法も帝国で見つけて、解析する事が出来た。


 ようやくその神の力を解析できたというのに。理論は完成したというのに。


「何故だ……! 何故、我々には時が操れない!!」


 だが彼ら自身、人間という枠組みが計画を阻む。


 神は時や空間を操れる。別の次元にある世界にすら干渉できる。


 異種族でさえ時を止めた。時を操る()()を持っているというのに。


 自分達人間には成し遂げられない。


 この事実に納得できず、トッドは怒りを露わにした。


「陛下、姫様……。みんな……。申し訳ありません……」


 もうどう足掻いても研究の完成には至れない。


 無理だ。人が神にならない限り。


 怒りを露わにし、次にやって来るのは虚無と劣等。


 振り上げていた腕は弱々しく机を叩き、トッドは膝から崩れ落ちた。


「所長……。姫様が……」


 そんな彼のもとに部下がやって来て、時間切れを告げるのであった。



-----



「マズイ……!」


 クリスティーナは会議室内で苦々しく顔を歪めながら、親指の爪を噛んでいた。


 彼女がここまで苦悩する理由はただ1つ。主である聖樹の神が男神を殺した件である。


 空へレーザーを放ち、意気揚々と外出して来ると言って、帰って来るなり高笑いしながら「男神を殺した」と自慢げに教会の司祭へ話したという。


 平静を保ちながら話を聞き終えた司祭が息を切らせながらクリスティーナ達へ報告しに来たのが10分前。


 王であるキュリオも目を瞑りながら考える。考え続ける。


 自分達が犯した失敗を取り戻すにはどうすれば良いか、と。


 王を信頼し、敬愛する家臣達も一緒に頭を悩ませるが良い案は出てこない。


 どこぞの種族は記者会見なんぞしていたが、ここで王家を責めないあたり彼らの結束の強さが窺えるだろう。


「陛下、姫様……」


 家臣達は沈痛な面持ちで口を開くが、そこから言葉は続かない。


 最後の希望としてトッドを呼び、計画の要が完成したかどうかを問おうと彼を呼んだのだが……。


 やって来た本人はまるで幽鬼のように青ざめた顔をしながら、歩はフラフラと覚束ない。


 唇を噛み締めたトッドは地面に崩れ落ち、土下座をするように伏せた。


「陛下、姫様、申し訳ありません……! 私では力が及びませんでした……! 申し訳、ありません……!」


 額を床に擦り付け、許しを乞うように、泣き声を上げながらトッドは謝罪を口にする。


「トッド……」


 友人であり、同僚である家臣達はトッドの姿を見ながら顔を伏せた。


「そう、ダメ、ですか」


 クリスティーナは彼の姿と言葉を聞き、脱力しながら椅子の背もたれに背中を預ける。


「……はい。我々では時を操れません。我々が()()()()事は不可能です」


 彼らの計画。それは『時間を戻す事』であった。


 聖樹の神に使役される前、こうなる以前まで時を戻してやり直す。


 聖王国が聖樹王国へと変わる前まで。


 どんなに自国民の犠牲を払ったとしても、時間を巻き戻してやり直せば元通り。


 こうなる前まで時間を戻し、元凶となる事象を潰して今という未来に到達しないようやり直す。


 時を戻した事で、こちらの世界がどうなるかは不明であるが自分達さえ無事であれば良し。


 それが彼らの考える計画であったが……。


「代案がございます……」


 元の計画は遂行できない。出来ないと判明して、トッドは代案を打ち出していた。


「時を戻す魔法は完成しませんでした。しかし、異世界へ他者を送る送還陣は副産物として作れました」


 トッドは時を操る魔法を完成する事は出来なかった。


 しかし、召喚陣を解析していた過程で『別の世界にこちらの人間を送る』という効果を持った魔法陣を作る事に成功していた。


「これを用いて……陛下と姫様を別の世界に送る事は可能です」


 トッドの代案は国の象徴たる王家を別の世界へ逃がすという案。


 しかし、条件がある。


 それは現状の魔法陣では一度に送るのは2人まで。他の者を送ろうとしたらまた魔法陣を描き、発動に必要な力を溜めなければならない。


 現状で溜まっている力は1回分には満たない。あと少しで1回分が溜まるので、そこまで時間稼ぎする必要があるが。


 1回分が溜まったとしても、再び力が溜まるまで10年以上掛かると言う。


 更に聖樹の神が施した『加護』が消えないと送る事は出来ない。


 トッドの説明を聞く限り、1回だけしか使えない。王家のみを他世界へ送るという計画であった。


「それは……! なりません!」


 ガタッと椅子を足で弾きながらクリスティーナが立ち上がる。


 彼女はそれは出来ない、と拒否した。王も同じように首を振る。


 王家は国民を守らなければならない。国民を犠牲にして生き残るなどあってはならない。


 だからこそ、時を戻して全てをやり直そうと決意したのだ。


「しかし、これしかありません。王家は聖王国にとって存続しなければならぬ存在。王家が生きていれば希望はあります」


 トッドがそう言い切り、それに同意したのは騎士団長のクライスであった。


「私は賛成です。王家が存続すれば希望は残りましょう。それに、力を溜めるには時間が足りません。男神を殺した以上、我々に神の力を下賜する事は無いでしょう」


 聖樹の神は今度こそ異種族を亡ぼすであろうと彼は言う。


「こうなった以上、王家を逃す手を取りつつ、他は計画通りに進めるしかありません」


「そうですね。それしか無いでしょう。アリムが死んだのは予想外でしたが、他は計画通りに進んでいます。このまま続けるべきでしょう」


 彼らの計画の中には自分達へ強制的に植え付けられた『加護』を外す計画も含まれていた。


 加護とは名ばかりで、実際は邪神の命令を強制的に遂行させる為の呪いのようなモノだ。


 確かに加護を受けた事で強さと不老能力は手に入れた。


 しかし、代わりに邪神の命令に背けなくなり、子を作れないという制約を課せられてしまう。


 現状の加護は強制力の条件が緩く、彼らがバレないよう行動する為の抜け道があるのだが……。


 子を成すという条件は抜け道が見つけられなかった。これは既にあらゆる手段をクリスティーナが()()()()()


 この加護を解かなければ、王家が異世界に逃げたとしても意味が無い。


 その加護を外す手段とは、聖樹を壊す事。


 彼らは邪神に世界の力を奪う事、異種族を捕まえて魂を捕食する手伝いをさせられていたが、それを履行しながらもバレないよう手を抜いていた。


 軍の強化をする研究の為にと献上する魂の数を少なくし、聖樹の根がある場所に防衛装置を置かない等の小細工をしながら。


 時間を稼ぎつつ、男神が反抗作戦を取ると予想して。


 王種族が復活したのは想定外でもあったが、彼らにとっては都合が良かった。


 あとは異種族の魂と肉体を使って長年研究して完成した『代替え兵士』で自国民の犠牲を減らすだけ。


 男神が聖樹を壊そうと迫れば、邪神は人間達を盾にして阻止しようとするだろう。


 この際に防衛として出す兵士は研究で作った生物兵器である代替え兵士達だ。彼らを前線に送り、敗走と称して自国民を保護しながらも聖樹を壊してもらう。


 つまり、本来の計画では時間を稼ぎながら時を戻す手段を作り上げ、男神が聖樹を壊したタイミングで術を発動させる。


 こうして王家と家臣達は生き残ったまま過去に渡る。そこでやり直しを図るといった計画であった。


 どちらの神を騙しながらも人間達が一番の利益を取る。これを本気で考えていた。


「ですが、残される貴方達はどうるのです!?」


 クリスティーナが家臣達に問う。彼らの答えは分かりきっているが、聞かない訳にはいかなかった。 


「主が命令を下せば、加護のせいで抗えない。王家が前線に出なくて済むように、我々は送還陣の力が溜まるまで時間を稼ぎます」


 異種族は予想以上に強くなった。上位者であるアリムを殺したのだ。


 時間稼ぎに出撃した彼らも無事では済まないだろう。例え生き延びたとしても、聖樹が壊されれば力を失う。


 異種族が聖樹を壊し、邪神を倒せば……次は人間を根絶やしにしようとするだろう。力を失った状態で相対すれば、どうなる運命かは目に見えている。


 どのみち、残された彼らに生き残る術はない。


 それでも家臣達は王家を逃がす方法を選んだ。


「トッド、力が溜まるまであとどれくらい掛かる?」


「予想では3ヵ月程度と」


「そうか。承知した」


 クライスがトッドから答えを聞き、立ち上がった。


 他の家臣達も計画に備えて動こうと席を立つ。


「お前達……」


 王は立ち上がった家臣達を見て、小さく呟く。


 彼らは王の呟きを聞き、笑みを零した。


「陛下。我々は国を愛しております。どうか、聖王国の再興を」


「由緒正しき王家の血筋は絶やせません。それを守る事こそが、家臣の務めにございます」


 運命を弄ばれた人間達は足掻き続けようと、計画を成就させる為に再び走り始めた。


読んで下さりありがとうございます。

どうして邪神が生まれたのか等は次回に。



次回は水曜日です。

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