248 勝つために
セレネ達による通達で現場へ向かう者達の選抜が始められた。
実力が確かな中堅以上の者は立候補すれば参加できると伝えられ、数十人の立候補者が出た。
立候補者は全員、記憶症状を見せていた者達だ。彼らは落ちたのは神域で、そこに行けば神に会えると考えた。
そして、自分に起きている現象を神に直接問いただそうと目論む。
ただ、記憶症状を見せた中にはエンジョイ勢もいた。彼らは選考から外され、中堅以上の少数精鋭メンバーが構築される。
筆頭としてはイングリットのパーティ。
残りは貴馬隊、百鬼夜行、ソロプレイヤーの中でも名の通った者が数名。そこに商工会メンバーが運転手として加わる。
結果的には運転手も含め、選考で勝ち残ったメンバーは全員過去の記憶を少しながらでも思い出した者達となった。
「イングリット殿。礼の物ですぞ」
「ああ、助かる」
出発の直前、車に乗り込む前にイングリットはモグゾーから人形を受け取る。
イングリットの心中はザワついていた。どうにも嫌な予感がすると、準備は入念に行う。
「では、出発!」
ブブーとクラクションが鳴らされ、前線基地から墜落現場に向かって3台の車が発車した。
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「ぐっ……」
地面に倒れていた男神は痛みを堪えながら体を起こす。
周囲を見渡せば神域の残骸があちこちに散らばり、壊れた装置や施設が発火して残骸を燃やす。
散らばっているのは無機物だけじゃなく、作業を行っていたモグラ眷属の死体も転がっていた。
こんな惨状で生き残った者達は数えられるくらいしかいない。
「無事な者はいるか!」
「は、なんとか……」
返事を返したのは鴉魔人の青年。彼の他に神が直接作り出した眷属達も起き上がる。
生き残っていたのはモグラ眷属が数名、神の眷属達、そして男神。
酷い有様だ。そして、生き残ったのも極僅か。
「これでは復旧に時間が掛かりそうだ」
いくつかの装置は移動させたとはいえ、神域にあった機能ほとんどが失われた。
墜落前の万全な状態に戻すには随分と時間が掛かりそうだ。
今いる場所は聖樹が影響を及ぼす範囲内。まずは安全な場所に移動するべきだ、と判断した男神は生き残り達へ告げる。
「さっさと移動しよう。魔王国側へ――」
『アハハ。見つけたァ』
男神は全てを言い切る前に、少年の声が響いた。
久しく聞いていなかった忌々しい声。聞いた瞬間に声の主が誰なのか理解する。
「ガッ!?」
男神が声のする方向を睨むと同時に、少し離れた場所にいた眷属――アヌビスの体を木の根が貫く。
「あ、ああ……」
地面から突如突き出した木の根がアヌビスの体を貫くと、彼の体は急激に萎れて行く。
まるで栄養を吸い取られるように。5秒も満たない時間で皮と骨だけの状態になったアヌビスは地面に投げ捨てられた。
『いやぁ。ラッキーだったなァ』
モコモコと太い木の根がいくつも現れ、折り重なって太く短い木になった。
生えた木の中心が開き、中からは子供用の修道衣を着た金髪の少年が姿を現す。
「貴様ッ!」
男神が睨みつける相手、それは男神から女神を奪った邪神であった。
『久しぶりだねェ』
ニタニタと笑う邪神は余裕を見せつけながら、一方の男神は相手を睨みながらも心中穏やかとは言い難い。
相手は万全も万全。自分の領域内であり、今しがた眷属から吸い取った力もあって絶好調と言わんばかり。
対峙する男神は神域と共に集めた神力を失ってしまった。どちらが有利かは明白だろう。
「全員、退却だ!」
邪神の力の源である聖樹が健在な今、男神達による勝ち目は皆無と言っても良い。
即座に逃げを選択するが、
『アハハ! 逃がさないよォ!』
相手にとってはまたとない機会。簡単には逃がしてくれない。
地面から木を生やし、木からは蔓を伸ばして男神達へ襲い掛かる。
「ファイアーストーム!」
「炎よ!」
オウルメイジが無詠唱で第6階梯魔法を使用し、イグニスは精霊の力を使って炎の弾を撃つ。
『アッハッハ! 効かない効かない!」
直撃したにも拘らず、邪神の作り出した木や蔓は無傷。
そのままの勢いで眷属達の力を奪おうと迫るが、
「させぬ!」
男神がどこからともなく取り出した聖剣で蔓を切断した。
『神力で作った剣か。まだ持ってたんだねェ?』
男神の持つ剣は神力を凝縮し、剣の形にした神力剣と言うべき物。これで斬れぬ物は無し、それは邪神であっても例外ではない。
しかし、一振りだけだ。何本もある訳じゃない。
作ろうにもこれは女神と共に力を合わせなければ作れない。
という事は、現存する一本だけしか無く。邪神にとって脅威ではあるが、この場を退く程の脅威とはならない。
邪神の力――木や蔓を作り出す為のエネルギーは有り余る程。本体は動かず、相手を消費させる為に木と蔓による攻撃主体で攻め続ける。
『いつまで持ち堪えられるかな?』
迫り来るいくつもの木や蔓を神力剣で斬る男神であるが、徐々に押され始めていた。
逃げるにも隙がなく、応戦するので精一杯。どうするかと悩んでいると、
『おや?』
そこへ3台のトラックがやって来る。
前線基地から片道1時間足らずでやって来たプレイヤー達だ。
男神によって強化され、蘇った王達。男神の援軍と思われたが……。
「いかん!」
この状況でプレイヤー達がこの場に来るのはマズイ。
その証拠に邪神はペロリと舌舐めずりする。
『向こうから来てくれるとは。丁度良い!』
神域が壊れ、設置されていた装置も壊れた。壊れた中にはプレイヤー達を復活させる装置もある。
という事はもう復活できない。死んだら終わり。
加えて対峙するのは邪神。彼はただ殺すのではなく、アヌビスのように魂を喰らって力を吸い取る事を選択するだろう。
続々とトラックから降りて来たプレイヤー達は男神と対峙する者を見て、震えた。
恐怖に震えたんじゃない。相手を見て、憎悪に震えたのだ。
蘇った記憶の断片に映る諸悪の根源。その姿と同じモノが目の前にいたのだから。
「お前ェーッ!!」
プレイヤーの1人が憎悪に満ちた声を上げながら剣を構えて走る。
家族の仇、友人の仇、恋人の仇。死んでいった者達の無念を晴らす為に。
「ならん! 早まるな!」
男神の警告は空しく、プレイヤーは胴を貫かれて魂を喰われてしまった。
『フフ。ごちそうさま』
カラになった死体を投げ捨て、ニコリと笑う。
プレイヤー達もいくら憎悪に身を染めていたとしても、簡単に殺された仲間を見てはさすがに突撃するほど馬鹿じゃない。
一連の流れを見ただけで力の差を理解できる者達しか、ここにはいない。
「どういう状況だ! おい、男神ッ!!」
大盾を構えたイングリットが、背後にシャルロッテを最初に隠しながら叫ぶ。
「邪神だ。退け! 今は勝てぬ! ここでお主等が倒れれば、相手に力を与える事と同義である!」
両者話したい事は他にもあっただろう。
「今は退け! 必ず道を用意する!」
しかし、ここは簡潔にやり取りを済ませた。
男神はそう言い切り、イングリット達も男神を信じるしかない。
『ふふ、それはどうかなァ?』
邪神は木を組み合わせ、法術陣を作り出す。
作られた陣は神域を壊した威力の法術と同等。
邪神としては、ここで男神が王種族を盾にして逃げても良し。
そうなれば復活できない王種族の数が減る。食えないのは残念であるが、まだ数はいるのだ。焦る事は無い。
逆に男神が王種族を庇っても良し。
男神が死ねば異種族はこれ以上、策を実行できないだろう。ジワジワと遊びながら殺し、喰らえば良い。
どちらに転んでも、邪神が有利になるのは変わりない。
「チッ!」
「待て!」
法術陣を見て、防御しようと大盾を構えながら飛び出すイングリットであったが、彼を制止したのは男神であった。
「退け。お主等がいなくなれば勝てぬ。我にとって最大の……勝利する為にはお主等の力は必要不可欠だ」
あれを受ければ死ぬ。せっかく妻と会えただろう、と小さく男神は呟いた。
「お前……」
「すまぬ、約束した報酬はやれそうにない。眷属を連れて逃げてくれ。緊急時のプランは用意してある。彼らが今後は力になるだろう」
チラリと眷属達を一瞥し、男神はそう言った。
男神は自分が居ても居なくとも変わらないと考えていた。
男神が死のうとも世界は崩壊しない。理由は女神が苗床となっていようとも、まだ存在しているからだった。
最終的に邪神を倒し、女神を助けられれば世界の維持は果たされる。
助ける為に戦争を続けるにしても、神力を集めて保管する装置は移動させてある。装置を使うのは眷属でも問題ない。
彼らがいれば新たなる力を実装するのも可能だ。
故に、自分がいなくとも良い。
戦争に勝つために。邪神に勝つために。女神を助けるために必要な王達が生き残るの事の方が最優先。
『はは、馬鹿なヤツ』
邪神は男神とイングリットのやり取りを『茶番だ』と一蹴して法術を放った。
凝縮されたエネルギーがレーザーとなって彼らに迫る。
男神は片手でイングリットを後ろへ押し、放たれたレーザーへ神力剣を向ける。
剣の力を用いて特殊な防御壁を展開しながら受け止めた。
「ぐ、は、早く!」
邪神の攻撃を防ぎながら、叫ぶ男神。
「ああ、クソ! クソッタレが!」
イングリットとしてはまだ聞きたい事があった。だが、そんな時間は残されていない。
(賭けだな……)
イングリットはインベントリから取り出した人形を男神のポケットに捻じ込んで、背後を振り返る。
「撤収だ! 早くしろ!」
「主よ!」
「主様!」
プレイヤー達は生き残った眷属を引き摺るようにトラックへ押し込みながら乗車していく。
イングリットはトラックの荷台に飛び乗りながら、男神へ向かって叫んだ。
「約束は守れ! 必ず報酬を頂くからな! 待っていろ!」
そう言い残したイングリット。
商工会のメンバーが運転する車は猛スピードでその場から立ち去った。
「すまぬ、頼んだぞ……!」
男神はポケットに入った物体の感触を感じながら呟き、法術の光に飲まれて消えた。
『くくく……アーッハッハッハ!』
去っていく王種族と、たった今殺した男神の姿を思い出しながら少年の姿をした邪神は高らかに笑う。
『アーハッハッハ! 僕の勝ちだァァァッ!!』
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