247 墜落の影響
聖樹の枝からレーザーが放たれた頃、ファドナ皇国にいた者達は一部の者を残して前線基地へと戻っていた。
聖樹王国から距離が離れているにも拘らず轟音が空に響き渡る。
「おい! なんだありゃあ!?」
轟音と光の柱を見ていたプレイヤー達が次に見たモノは空から落ちて来る島の残骸。
攻撃を受けた神域は島全体が割れて崩壊。全体図としては中央に男神達が住む宮殿があり、周辺には女神の作った庭園や眷属達が作った森や小山があった。
しかし、それらは全て破壊されてしまった。神域は大きく4つにわかれ、ほとんどが魔王国側の海へ落ちる。
海の近くにあった街は津波に襲われ、魔王国領土内は甚大な被害を生んだのだが……。
問題は宮殿のあった島の中央部。
中央部は魔王国北側の砦付近に落下した。落下した衝撃で大地には巨大なクレーターと島の残骸が散らばる。
衝撃で魔王国北の砦は消滅。魔王国と聖樹王国の間に神域の残骸が間に割り込む形になってしまった。
「おいおい、やべえんじゃねえか!?」
「あれは何なんだよ!」
前線基地で見ていた者は突然の出来事に混乱状態。気候が安定して気象災害が起きない世界であるが、まさか空から島が降って来るなど誰も予想すまい。
落下してくる島を高倍率双眼鏡で見ていたプレイヤーによると、空から落下してきたのは島だけじゃなく生物のようなモノも落下していたと話す。
「見に行った方が良いだろ」
「異常事態です。恐らく聖樹王国も現地へ向かうのではないでしょうか」
各大手レギオンと魔王軍は緊急会議を行うが、満場一致で現地へ赴く事に決まった。
もしも落下した物が自分達にとって重大な物であったら、もしくは力になる物であるならば先に確保すべきだと。
問題は現地までの移動方法。
ここでは転送門が使えない。かといって、ラプトル車では時間が掛かりすぎる。
そこで手を上げたのは商工会メンバー。
「人間の使っていたクルマを解析して使えるようにした。3台だけだが動く物がある」
以前捕まえた人間捕虜の情報、今回捕まえた人間捕虜とユウキの協力を得て、商工会メンバーは既に車の操作方法を会得。
5台あった車は2台が分解済み、残り3台はまだ手をつけていない。
確保した車の車種は輸送トラックで1台に乗れる人数は10名程度。3台なので30名程度を高速輸送できると告げた。
「よし、選抜を行って現地へ向かおう」
会議に参加していた者達は頷き合う。
しかし、彼らが会議を行う室内の外では混乱が広がりつつあった。
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「あ、ぐッ! お、俺は……!」
神域が完全に地上へ落下した直後、前線基地にいたプレイヤー達の一部に異常な反応が見られた。
異常を発症させた者は頭を抑え、頭痛に苦しむ。
彼らは一様に意味不明な言動を見せた。
「俺は、俺はデュロンの長で……いや、違う! 俺は貴馬隊に所属して……プレイヤーで……プレイヤー? 俺は魔族だろう……? あれ、あれ……?」
「私の旦那は! ああッ! なんで、私だけ! いやああああ!」
「おい、どうした!? 落ち着け! おい!」
先ほどまで一緒に過ごし、共に笑い合っていた仲間が突如として頭を抑えながら意味不明な事を叫ぶ。
中には謎の人物の名を泣き叫ぶ者もいた。
死んだはずだ、何故ここにいるんだ、と現状を忘れたかのように混乱する者も出た。
異常な症状――彼らは記憶の混濁を発症させた。
ここにいる者達は原因を知らないが、事の原因はは神域が落ちたからだ。
神域にあったプレイヤー達の記憶を封印する装置――アーカイブの破損。アーカイブとは魂に残っていた記憶を抽出し、封印保管している装置であった。
発症していない者は記憶が保管されたセクタが完全に破損して事を免れたが、無事だったセクタにあった者の記憶は破損度合の個人差はあれど封印された記憶を流出。
封印された記憶は元の魂へと流れ、対象は現在の記憶と過去の記憶が入り混じる。
過去に体験した死の記憶。仲間が死んでいくのを見た記憶。愛する者が目の前で殺された記憶。
辛い記憶とそれを忘れ、過ごしていた今までの記憶が混じり合う。
記憶を思い出したショックと忘れていた事への罪悪感。それらが対象を苦しめた。
記憶の封印が解かれた一部の中にはイングリット達も含まれていた。
彼らの混乱は軽微。理由としては以前に自分の魂の中に微かに残っていた記憶へ触れていたからだろう。
「どうしたのじゃ!? 大丈夫か!?」
空を見上げていたイングリット達が突然苦しみ始め、困惑するシャルロッテ。
「あ、あ……プリムラ……」
「メ、メイが……」
記憶に触れた経験はある。だが、当時の辛い記憶を思い出せば当然混乱はするだろう。
イングリットもその1人。彼は頭を抑えながら腕に縋りつくシャルロッテの顔を見た。
「シャ、シャルロッティア……!」
「え?」
記憶の中にあった愛しい者の姿とシャルロッテの姿が完全に重なった。
別人ではなく、本人で。生まれ変わった本人であると完全に理解する。
「クソッ! 男神めッ!」
自分を神話戦争に参加させた大罪人。しかし、また愛しい者と引き合わせてくれた恩人。
正負の感情が入り乱れる中でイングリットはシャルロッテの体を抱きしめる。
「良かった……」
「ど、どうしたのじゃ? 泣いておるのか?」
プレイヤー達と違って記憶が完全に消えた状態で転生したシャルロッテはイングリットの言葉の訳が分からない。
イングリットは大粒の涙を零しながら彼女を抱きしめ続けた。
泣き言も、泣く姿も見せなかった彼が見せた初めての姿。シャルロッテは黙って彼の背中を摩り続けた。
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記憶を取り戻した人物達の中で、完全に近い状態で記憶を取り戻した人物が存在する。
それは百鬼夜行に所属するレギであった。
「レギ! しっかりするでありんす!」
一緒にいたサクヤは記憶を取り戻す事が無かったが、百鬼夜行の中にはレギと同様に頭を抑えながら悶絶するのが数名。
特に症状が酷いのがレギ。彼は頭を抑えながら苦悶の声を漏らし続ける。
「へ、陛下……!」
レギの脳裏に映るのは嘗て敬愛していた魔王の姿。
最高の王。最強の王。そして、共に過ごした輝かしい日々と――魔王が死ぬ最後の姿。
『レギよ。我の子を頼む。そして、そなたも生きろ』
「あああああッ!!」
自分は王を守れなかった。騎士として失格だ。
それどころか、王の献身によって一度は助かったものの、それすらも無駄にした。
『王が家族を逃し、その護衛を任された自分は人間に殺された。目の前で王の家族を殺されて』
当時の記憶が全て鮮明にフラッシュバックする。
自分を無力化し、その上で王の家族を目の前で笑いながら見せつけるように殺す人間達。
ひとしきり楽しんだ後で、自分に止めを差す邪悪な者達の顔。
「人間め……ッ!」
敬愛する王も、その家族も守れなかった。
騎士としての誇りも失った。
「クソッ! クソッ!」
サクヤが心配そうに見守る中で、レギは何度も吠えながら地面に拳を打ち付ける。
しかし、彼は立ち上がった。
彼の瞳には復讐が宿る。
「必ず……! 陛下、必ず取り戻してみせます……!」
彼を再び立ち上がらさせたのは、復讐心だけじゃない。
忠義。騎士が王へと捧げる忠義の剣。彼の魂には忠義の炎が再び燃えがある。
取り戻すにはどうすれば良いか。答えは明確であった。
人間を殺し尽くす。その為には落ちた神域に行くべきだ。
彼は選抜に立候補し、他にも男神の事を思い出した者達と共に神域へと向かう。
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