246 墜ちる神域
前線基地でアリムがイングリットに敗れた後、派遣されていた聖騎士は『鳥籠』を回収して直ちに聖樹王国へ足を向けた。
もはやアリムが敗れたとなれば前線基地の陥落は時間の問題。
従属種がいようとも支えるのが無能なファドナ兵では無理な話だ。故に彼の選択は正しい。
裏口から出て、用意しておいた車を使って仲間達と共に帰国。
「そう、アリムが……」
「は、残念ながら」
重鎮達が見守る中、聖騎士は聖樹国の王であるキュリオと姫のクリスティーナの前で報告を行った。
異種族が更なる力に目覚めた事、前線基地が制圧された事。加えて従属種の運用試験における結果も同時に伝えられた。
「アリムは残念でした」
クリスティーナは歯を食いしばりながら顔を伏せる。
キュリオも眉間に皺を寄せ、腕を組みながら唸る。
長きに渡り尽くしてくれた家臣が亡くなった事で場には悲しみが溢れた。だが、人間達は止まれない。
「従属種が兵として使えると分かった。時間が惜しい、量産を急げ」
キュリオの命令で謁見の間を後にする研究員。
「例のモノはどうだ? トッドは何と言っている?」
「それが……。まだ完成には至っていません」
王家が望む物は完成していないと告げられる。
「効果が薄い物は完成したのですが、まだ時間は掛かりそうです」
「そうか、時間か……」
王家にとってこれほど貴重で、用意するのが難しい物はない。
クリスティーナがキュリオに顔を向け、
「鳥籠の魂を与えますか?」
彼女の顔には反対だと書かれているが、少し悩んだキュリオは首を振った。
「渡さねばなるまい。時間を稼ぐとしたらこれしかない。与えなければ我々は無能の烙印を押されるだろう」
そうなればどうなるか。想像するに容易い。
主から更なる罰が与えられ、また苦悩の種が増えてしまう。
彼らは非常に難しいバランスの上に立っている。どちらに傾いても未来はない。
「研究所に完成を急がせろ。力が完全に溜まるまで……あと3年も無い」
王の言葉に家臣達が頷き、各自仕事に戻って行った。
キュリオとクリスティーナはその足で聖樹の根本へ向かう。
出迎えたのは修道衣を着た老人。この教会の司祭は2人と雑談を交わしながら共に奥へと進む。
「力は溜まりつつありますが、最近は機嫌が悪い。お気をつけて」
巨大な門に辿り着く寸前、会話の締めとして老人はそう言った。
門が開かれ、聖樹の前まで歩み寄ったキュリオとクリスティーナは膝をついて頭を垂れた。
ズズズ、と床を引き摺る音がして、伸びた太い枝の上に少年が腰かけている。
「今日は良い報告があるんだろうね?」
そろそろ限界だ、と言わんばかりのニュアンスで少年は2人を見下ろした。
頭を垂れる2人は声を聴くとブルリと身を震わせる。怒気の孕む視線を受けただけで恐怖を感じ、従順になってしまうこの呪いが恨めしい。
「は、今日はこちらを」
キュリオが頭を下げながら鳥籠を差し出すように掲げる。
それを見た少年は怒りを霧散させ、一転して笑顔を浮かべた。
「へえ。やれば出来るじゃないか」
蔓が伸び、鳥籠を掴んで少年へと移動する。
鳥籠を持った少年は中で浮かぶ魂を見て、
「なんだ。3つだけか」
再び機嫌が悪くなる兆候が見えた。
「は。しかし、異種族は新たな力に目覚めたとの報告も受けております。主の作り出した実を食べた家臣も殺されてしまいました」
「へえ。僕の強化を打ち破る個体が出たんだ」
男神も足掻くじゃないか、そう言いながら鳥籠の蓋を開けて魂を掴む。
掴んだ魂を口へ運び、咀嚼しないで飲み込んだ。
「ふんふん」
飲み込んだ後、少年は小声で何かを呟きながら頷く。その後、残り2つもゴクリと丸飲みする。
「ははぁ、なるほど。君達が苦戦する訳だ。異種族は不死の力を手に入れたのか。ふふ、それに、くくく……」
この少年の恐ろしいところは、魂を喰らえば記憶を見る事が出来ることだろう。
飲み込んだ3つの魂から王種族と準王種族の詳細を得た。
彼は知ってしまったのだ。王種族達が『プレイヤー』である事を。蘇生魔法によって制約内であれば復活できる事を。
そして、男神がいる場所も。
「コソコソと隠れて何をしているかと思えば、他の世界の知識を使って強化するとはね。はは、でも、もうバレてるよ」
ニタリと笑った少年はパチンと指を鳴らす。
すると神殿が揺れた。いや、聖樹が動いているのだ。
バキバキと音を立てて、空高くに生える枝が動き出した。
「主よ、何を……?」
突然の出来事にキュリオが振動に耐えながら問う。
少年はニコリと笑い、彼らへ告げた。
「よくやってくれたね。おかげで男神のいる位置が分かったよ」
キュリオはハッとなり、クリスティーナは表情がバレないよう顔を伏せた。
やってしまった。時間を稼ぐどころか短縮させてしまったと悟る。
(マズイな……)
どうすれば良いか。どうすれば時間を取り戻せるか、キュリオが冷や汗を流しながら思考をフル回転させていると――
「アッハッハッハ! これで僕の勝ちだッ!!」
聖樹の枝の先に巨大な法術陣が浮かび、レーザーのような光の柱が天に向かって放たれた。
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一方、男神のいる神域では眷属達が忙しなく動きまわる。
「急げ! 時間が無い!」
彼らは地上の様子を監視しているが、その際に鳥籠に囚われた魂を持ち去られた事も把握している。
となれば、どうなるか。男神達は結果を予測し、それに向けて対応を進めているが……。
「主よ、全てを移動させるのは間に合いません!」
「神力回収装置と蘇生装置を最優先にさせよ! あれが無ければ――」
プレイヤー達はもう復活できない。
彼らにとって最大の武器が失われてしまう。それだけはどうしても避けたかった。
神力を回収する為の装置は既に退避先へ持ち出せたが、蘇生装置は特に大型の設備ともあって移動させるには時間が掛かる。
急ぎ作業を行っているが、時は既に迫っており……。
「邪神の攻撃が放たれました!」
聖樹から放たれたレーザーは神域――空高くに浮かぶ小さな島に向かってグングンと伸びる。
「防御魔法を全力で展開!」
魔法開発を司る梟の眷属が防御魔法を展開。島とレーザーの間に光の壁が浮かぶ。
放たれたレーザーは防御壁にぶつかり、ガリガリと削り取っていく。
「ダメだわ! 防げない!」
男神よりも多くの神力を吸収している聖樹の攻撃は強力だった。全力で展開した防御壁を突き破り、島にレーザーが直撃する。
「きゃあ!」
直撃を食らって、島の一部が消し飛んだ。大きな振動と共に島は定位置から徐々に降下して行き――
「落ちる! 皆、掴まれ!」
天に浮かぶ島は雲を突き破り、地上へと堕ちていく……。
読んで下さりありがとうございます。
まだまだ続きますが、終わりが見え始めました。




