25 金好き竜 対 オークの親戚 2
「チッ! しぶてえんだよ!!」
思った以上に粘るイングリットにイラつきを顕わにするレオン。
高威力の遠距離攻撃で状況的には優勢となっているのは確かだが、イングリットの大盾に光の槍を防がれて思うように致命打を与えられない。
イングリットも耐えながらインベントリから取り出した遠距離装備やアイテム、地面に落ちている人間の剣や槍を拾い上げて投げつけるが、当然回避されるか光の槍をぶつけられて消し飛ばされてしまう。
相手の動きを止め、大盾での一撃が入れば戦況は変わる。
レオンの足を止めるべく、インベントリから状態異常を引き起こす毒粉や麻痺粉を投げつける。
しかし、風下にいる人間とエルフには効果はあったが、レオンの装備する防具に状態異常耐性が付与されているのか本命のレオンに効果は見られなかった。
そんな攻防を繰り返しながら時間だけが過ぎて行く。
(まだイエローゾーンかよッ)
チラリと大盾の内側にあるタコメーターへ視線を向けるイングリット。
相手の足を止める事が出来ず、有効打を与えられない状況――これを打破する手段を使うには、このメーターの針がレッドゾーン挿すまでは使えない。
レオンが攻撃し、イングリットが耐える。
拮抗した状態が長く続いていたが、遂に状況が動き始めた。
「チッ! 魔力を多く使うからイヤだったんだが、もうヤメだ!」
レオンはそう小さく呟いた後に、先ほどまでと同じように光の槍を生み出して撃ち出す。
「――操作ッ」
レオンは左手を突き出して撃ちだした5本の光の槍を1本だけ操作し、飛んで行く軌道を変えた。
操作を行うのは今のレオンでは1本が限界であったが、イングリットの意表を突くには十分であった。
「ガッ!」
『9000』
イングリットは横に飛びながら光の槍を大盾で受けていたのだが、横飛びで回避したはずの1本がグインと軌道を曲げる様子が視界の端に見えた。
突然軌道の変わった光の槍に大盾のガードが間に合わず、イングリットは背中側から左肩を貫かれてしまう。
(さすがに直撃はヤベェ!)
ゴロゴロと地面を転がり、受けたダメージの部位に意識を向ける。
光の槍に貫かれた肩は鎧がヘコんでいるだけに見えるが、鎧の下にある肉体の肩には槍で突き刺されたような感覚がある。
現実世界の防御無視攻撃とは文字通り防御系のモノを無視して相手の肉体へ見えない直接ダメージを与えるモノだったようだ。
鎧は壊れていないのに内側にある肩からは血が噴出すという摩訶不思議な武器能力。
ゲーム内では別名、タンク殺しと呼ばれていた能力だ。
左肩からは血が激しく噴出し、激痛で意識が一瞬飛びそうになる。
しかし、歯を食いしばって痛みに耐えていると傷口がグニグニと動き出して、傷が癒え始めて穴が塞がっていく感覚も同時に感じる。
痛いのに治っていく、という形容し難い気持ち悪さを感じながら体制の建て直しを図った。
「クソッタレが!」
イングリットは気持ち悪さに耐え、何とか傷が回復するまで時間を稼ごうとイラつきながらも血が流れる肩を上げて、インベントリから新しいリボルバー式クロスボウを取り出して弾切れまで連射する。
レオンが矢を回避しているうちにクロスボウを投げ捨て、兜をフェイスオープン状態にしてからインベントリに腕を突っ込んでポーションを取り出し、ゴクゴクと飲み干すと急速に肩の痛みが引いていくのを感じる。
「ハッ! 無様だな! 所詮は魔族。どう足掻いても人間様には勝てねえんだよ!!」
これ以降、レオンの優勢はより確かなモノとなった。
軌道変化によってイングリットが大盾で受ける光の槍の数は3本に増え、直撃はしないものの腕への痛みは増す。
痛みで動きが鈍くなり、回避を失敗すればまた肉体を見えない槍が貫く。
イングリットは牽制による時間稼ぎをしながらポーションを飲まなければ耐えられなくなって来た。
(まだか……!)
調子に乗って笑いながら槍を振るう金髪豚腰振り男にイライラしながら大盾のメーターを確認するが、メーターはレッドにあと少しで届きそうであるが未だイエローゾーン。
時が来るまでレオンの言う通りイングリットは無様に地面を転がり、ポーションを飲んで自然治癒特性と併せて傷を全快させる。
魔族・亜人陣営で最強の座を手に入れても不安定なパーティで活動していたイングリットは、昔から不測の事態に備えて常にHPを全快にしておくのが癖だ。
相手に馬鹿にされながらも耐え続け、何度目かのポーションを口にしている最中にイングリットの抱えるイラつきが限界を迎えそうになる直前――ようやくメーターの針はレッドゾーンへ突入した合図が脳内に流れる。
『憤怒ゲージが一定値を満たしました』
「ようやくかボケエエエエエッ!!」
イングリットはようやく無機質な女性の声で脳内に流れる『お知らせ』に怒りと歓喜の雄叫びを上げる。
「はぁ? 遂に狂ったか?」
レオンは突然叫び始めたイングリットを怪訝な様子で見つめ、雄叫びを上げたイングリットはフラリと立ち上がり、ポーションの瓶を投げ捨ててから兜のフェイスガードを下ろして顔を隠した。
「もう飽きたからよ。そろそろ終わらせるぜ。どうせ、もう立つのもやっとなんだろ?」
奥の手でもあった軌道変化を使い、何発もイングリットの体に光の槍を直接叩き込んだのだ。
小賢しいアイテム類を使ってポーションを飲んでいたようだが、ポーションだけでは光の槍の傷は癒しきれないと推測している。
魔力を惜しみなく使い、何度も光の槍を操作して直接体に突き刺したのだ。
ようやく、ようやくこの面倒臭い相手の息の根を止められる。
そう思えば、今まで殺してきた魔族の中でも一番強いヤツであったとイングリットを認めることも出来た。
イングリットはフラフラしながら立ち、呼吸が荒く顔を伏せながら胸を大きく、速く上下させている。
最早気力だけで立っているに違いない、そう思える程にレオンの目にはイングリットの速い呼吸が満身創痍の証拠に見えていた。
だが、それは見当違いであった。
イングリットは抑えているだけだ。
「ヒッヒッフゥゥー! ヒヒッヒフゥー!」
己の中に疼く、怒りの炎を。内に渦巻く憤怒が爆発しないように。
一定量のダメージを負うと勝手に起動する種族特性が爆発しないようにシステム外のスキル――『なんか違うラマーズ法』で抑えているだけであった。
(まだだ、まだだ……)
赤竜族の種族スキル――憤怒。
一定量のダメージを受けると自動的に発動し、発動した赤竜族は理性のぶっ飛んだ狂戦士に変貌する……のが一般的なのだがイングリットは『タンク』だ。
アタッカーであったならまだしも、タンクが戦闘中に理性を失くす程にブチキレた後に相手へ特攻して刺違えるなど言語道断。
ゲームを始めた頃のイングリットは、タンクでありながらも勝手に起動する種族スキルに振り回された結果、育成失敗の烙印を押された。
何度か転生して防御ステータスを極振りし、メイメイに作ってもらった装備で憤怒が発動しても死にずらくはなったが時おり死んでしまう事は何度かあった。
そして、長い年月を掛けてイングリットは数分ではあるが憤怒の発動を抑える術を身に付けた。
勝手に湧き上がる怒りを、散々ダメージを与えた相手を引き裂きたいという欲求を『自分はタンクである』というプライドと素早い呼吸法で誤魔化しながら押さえつける。
さらに、仲間達との冒険の末。
その暴れるしか能の無い『憤怒』を有効的に活用する武器スキルが付いた物を発見し、メイメイによって作られたのが黒盾と黒鎧であった。
憤怒を有効的に使え、イングリットの切り札と昇華した武器スキルは『フロウチェーン』という、本来は自分と別の相手を繋げて自分のスキルやステータスを一方的に流し込む(付与)スキル。
では、このフロウチェーンを自分と自分の持つ武器に繋げたらどうなる?
人と人しか繋がらないと思っていたスキルの固定概念をぶち壊す発言をしたのはメイメイだ。
彼女の言う通り実験は成功した。
フロウチェーンは『人と人』だけでなく『人と武器』も繋ぐことが可能で、知らない者が多かったのはスキルのフレーバーテキストがあまり詳しくない為の弊害であった。
こうしてイングリットの死にスキル『憤怒』は昇華した。
己自身が発動するのではなく、相手を確実に殺せるタイミングで――己の持つ装備へ憤怒の力を流し込むのだ。
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レオンはイングリットの様子を笑いながら眺め、槍の先を光らせながら呼吸の荒いイングリットへ別れを告げる。
「じゃあな、魔族野郎! 人類の敵は滅びるのがこの世のサダメってやつだ!」
レオンは最後まで油断していないつもりであった。
しかし、レオンは――勝利し続けてきた人間の驕りだったのだろう。
イングリットがフラフラと立ち上がった瞬間に、雄叫びを上げた瞬間に攻撃するべきであった。
彼はイングリットの様子を笑いながら眺め、宛も自分がこの世の主人公であるかのように振る舞い、別れの言葉を告げた。
それが、彼の敗因。
レオンが槍をイングリットへ向け、光の槍を撃とうとした瞬間――
「ガアアアアッ!!」
イングリットは竜の咆哮を上げながらレオンへ突っ込む。
大盾を構えず、なりふり構わないような体当たり。
「馬鹿がッ!!」
満身創痍、一か八か。
分の悪い賭けに出たイングリットの体当たりへ、レオンはしっかりと腰を落とし、足に力を入れる――最も基本に忠実で、だからこそ正確・確実な攻撃で応えた。
その結果、レオンの突き出した聖槍はズブズブとイングリットの腹のど真ん中を貫通し、串刺しとなる。
苦し紛れの特攻なんて俺に効くはずがない。勝った。勝利。やはり魔族が人間に敵うはずがないんだ。聖槍という最強武器を持った自分に敵う敵などいない。
イングリットの体から噴出す血が貫通する槍とレオンの顔に飛び散る。
勝利を確信したレオンは返り血を浴びながらも余裕の笑みを浮かべる……が。
――やはり、お前は腰を振るだけしか能の無い馬鹿だったな
レオンの頭上から聞こえる言葉。
顔を上げるとそこには――兜の中にある瞳を真っ赤に光らせる黒鎧の男。
「何を言ってがあああ!」
バキバキ、と足から嫌な音が鳴ってレオンは痛みを感じる。
堪らず槍を持っていた手を離してしまい、地面に崩れ落ちた。
彼が次に感じたのは腹部を押さえつけられる衝撃。
衝撃の正体に視線を向ければ、腹から槍を生やしたイングリットが足でレオンを押さえつけていた。
「断罪の黒盾――解放」
イングリットの持つ大盾『断罪の黒盾』はガチャガチャと音を立てながら変形して、身の丈ほどある巨大な大盾の姿から巨大な『ペンチ』に姿を変える。
技巧という技を扱うメイメイによって作られた大盾はスキル継承素材となったアイテム『フロウチェーン』で憤怒の力を流し込まれ、大盾に仕込まれた『変形』の引き金となる。
仲間によって齎されたイングリットの切り札の1つ。
変形機構付きの必殺武器。
攻撃手段に乏しいイングリットが一度のチャンスで相手を必ず殺す為の武器。
巨大で、溢れ出る憤怒のエネルギーがペンチの『ハサミ』を赤熱させ、相手の一切合財を『断罪』する。
「ぬおあああああッ!!」
イングリットは口から滴る己の血など気にせず雄叫びを上げ、ペンチを地面に突き立て、地面ごとレオンの腹を挟み込む。
兜の中の赤い瞳をギラギラと光らせながら、両方のアームを押し込んでレオンの腹を圧迫していく。
「あ、がああああ!!! 俺はッ! 俺はああああ!!」
ギリギリ、メキメキ、とレオンの腹にある骨が圧迫で悲鳴を上げ、憤怒の力で赤熱するハサミが肉を焼く。
「ゆ゛る゛ざれ゛ない……! こんなことおおおあがああ!!」
レオンは叫び、必死に断罪を拳で叩くが止まる事は無く――
「くたばれええええええッ!!!」
イングリットが叫びながらアームを力一杯に押し込むと『ガチン』という音が鳴った後にレオンの胴体は2つに別れた。
読んで下さりありがとうございます。
ようやく金髪死亡。
少しテンポ悪かったかな、と反省。




