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243 ファドナ皇国の末路


 前線基地に残された物の把握を終えた異種族軍は次のステップへ踏み出そうとしていた。


 次の目的地はファドナ皇国の本拠地である皇都。ここを落とせば残りは聖樹王国だけとなる。


「ファドナ皇国に残された戦力はどれ程か?」


 敵本拠地攻略など異種族からしてみれば初めての事。


 セレネとレガドは捕虜として捕まえたファドナ兵から念入りに、慎重に情報を集めた。


 各員を個別の部屋に入れ、1人きりの状態にして問う。仲間同士での打ち合わせを避けて聞き出した。


 共通して出た情報は『ファドナ皇国に戦力はほとんど残っていない』という事。


 具体的にはファドナ騎士団の後詰が2000ほど皇都で待機しているだけだと、ファドナの隊長格が情報を漏らした。


 尋問したファドナ兵はもう希望すらも抱かず、既に自分の運命を受けて入れて絶望に暮れるような者達ばかり。


 語る者達からは「もうどうにでもなれ」そんな雰囲気すら漂う。


 ただ、最後まで油断はできない。情報を鵜呑みにはせず、偵察部隊を先行させてから2日後。


「皇都はとんでもなく静かだ。人がいない」


 偵察部隊が皇都に向かっている道中、出会ったのは魔獣だけであったと話を切り出し始めた。


 皇都に接近して様子を窺っても見張りすらいない。大胆にも城壁の上に登り、皇都内部を観察したが通りに人の姿は1人も無く。


 家の中にすら人がいないようである、と告げた。


「ただ、城には人がいたな。庭に騎士が数名。たぶん、中にいるんじゃないかな」


 しかし、2000人いると言っていたがどう見てもそんな数は見当たらないと付け加えた。


「聖樹王国方面に逃げたんじゃ?」


「皇都を放棄して? マジかよ」


 この時点で様々な推測が飛び交うが皇都を放置する訳にもいかず、前線基地防衛に人数を割きながらも皇都攻略に乗り出した。



-----



「マジで到着しちゃった」


 偵察に向かった者達同様、道中で出会ったのは数匹の魔獣だけ。


 セレネ率いる貴馬隊と魔王軍の混成部隊は皇都の正門前に姿を見せる。堂々とここまで歩いて来たというのに、皇都からは防衛の兆しすらも見えなかった。


「引き籠って、中に誘おうとしてるんじゃないの?」


 クエスト目的地がファドナ皇都という事もあって、今回はイングリットのパーティーも同行している。


 クリフも首を傾げながらセレネにそう言うが、タイミング良く空から内部を観察していたハーピーが降りて来る。


「街に人の影がありません。誘い込んで……という訳でもないようです」


 門を突破したところで潜んでいた兵が一斉に出て来る、なんて小細工も無いようで。セレネ達の困惑は増していくばかり。


「ゴーレムで皇都を囲め! 内部に突入する!」


 深読みしても仕方がない。ハーピーの言葉を信じて正門を開け、皇都内部に侵入を開始。


 不気味なくらい静まり返った街に足を踏み入れ、メインストリートを通って城を目指す。


 周囲に聞こえるのは自分達の足音だけであり、声は聞こえず、人の気配はやはり感じられなかった。


「どうなってんだ?」


 答えを得られたのは城に着いてからだった。


 城の門を潜り、玄関に到着するも防衛する様子は全くない。


 偵察部隊が先に入り、城の中の様子を窺って戻って来ると――


「騎士が自害していた」


 偵察部隊が見た光景は、城の中で己の首を切って自害するファドナ兵の姿。中には城で働いていたであろう者達の死体もあったと言う。


 セレネ達が中に入ると確かにその通りだった。


 城のエントランス。中庭。個室。至る所に自害した死体が鎮座していた。


「諦めたのか?」


 もう勝てないと思い込み、自害したのだろうか?


「聖樹王国がまだ残ってるのにですか?」


 セレネの言葉に首を傾げたのはレガド。確かに彼の言う通りだ。


 まだ聖樹王国は無傷に等しい。そんな大国がバックにいるのに諦めるのは些か不自然だろう。


 セレネ達は城の中を調べて回り、謁見の間らしき広場に辿り着いた。


 広場の奥には玉座があり、床には赤い絨毯が敷かれている。


 絨毯の上には10人以上の死体が転がり、奥にある玉座には年老いた男が座っていた。


「あいつ、まだ生きてるな」


 玉座に座る老人はブツブツと小声で何かを呟いているようだ。


 セレネ達が近寄ると、老人は顔を上げて濁った眼を向けた。


「ああ、ようやく来たか……」


 独り言を呟いていた老人はセレネ達を見ると、ニコリと笑う。


「さぁ、殺してくれ」


「どういう事だ?」


「ど、どう、とは? 皇都を落としに来たんだろう? さ、さ、さぁ、早く……」


 疑問に対する答えにはなっていない。


 何故、このような状況にとストレートに問うと老人も素直に答え始めた。


「見捨てられた……」


 主国に見捨てられた。そう呟く老人。


 セレネとレガドは、ファドナ皇国は聖樹王国に切られたのだと察した。


「周りは死に、教皇だけが残されたか?」


 異種族に殺される屈辱を避け、己の手で死を選んだか。自害は名誉を守る為だったのかと問うが、


「ち、ちがう……。私は教皇じゃない……。私が最後に残っただけ、押し付けられ、押し付け、られた」


「押し付けられた?」


「そう。さ、最後まで、教皇は残らなきゃいけない。でも、みんな、い、嫌がった。異種族に殺されるのは御免だと、責任を取りたくないって」


 老人はそう言った後に「ふひひ」と笑う。


「最後に残ったのが、私。私は最後まで馬の世話をしてたから……」


 なんとこの老人、貴族でもなければ兵士でもない。ただの馬房管理人だと言う。


 教皇は最後まで残り、最後まで足掻いた。そういった事実を残したかったのかもしれない。


 完全に彼らの自己満足だ。だが、誰もが異種族に殺されるという不名誉を受け入れたくなかった。


 故に教皇候補は自害し、下の者に押し付ける。教皇候補が貴族に、貴族が兵士に、兵士が雑用係に。


 巡り巡って降りて行き、最後に辿り着いたのが馬房管理人の老人。


「さ、さぁ、終わりにしてくれ……」


 自ら玉座を降りて首を差し出す老人。


 それを見たレガドはセレネに無言で頷いてから、腰に差していた剣を抜く。


 一太刀で老人の首を断ち切ると、刃に付着した血を払った。


「憐れな最後だ」


 これが長年自分達を苦しめていたファドナ皇国の最後。そう考えると、何とも言えない気持ちになるレガドであった。


読んで下さりありがとうございます。

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