239 拙者の嫁と運命の仔馬
制圧が進み、完全に基地を手にするにはあと少しといったところ。
プレイヤー達のいつも通りな戦いぶりと、勝利が目前といった場面で士気が最高潮になった異種族軍が奮闘を続けていた。
その中で、プレイヤー達に混じって敵を次々と殺していく疑似生命体が。
その正体はDOLLと呼ばれる、モグゾーの最高傑作。
太陽の光を反射してキラキラと輝く銀の髪。アンシエイル・オンライン内でも5本の指に入る一流裁縫師に作らせたメイド服。
緑色のガラスで出来た瞳で人間を睨みながら彼女は屋根を飛び回り、空中から人間の脳天を射抜く。
彼女のメイド服は特殊だ。特に特徴的なのは袖口が広く、普段から手が完全に袖の中に入ってしまうほど大きい。
長く清楚感100% なロングスカートも特徴的であるが、それは完全にモグゾーの趣味である。
スカートは置いておき、広く大きい袖口の中には秘密があった。
普段なら袖を捲れば手が出て来る。だが、今回はボウガンの弦から先が見える。
袖口の中にあるのはDOLLであるアルティの愛用武器。技巧師メイメイ謹製の100連射式ボウガン。
ボルトを収納したマガジンボックス、トリガーを引けば自動で装填される機能付き。
それを両方の袖口から連射する。
軽やかに宙を舞い、次々に人間を屠って行く様は上位プレイヤーの実力と遜色なく。
淡々と殺していく様子はキルマシーンと呼ぶに相応しい。
彼女はある程度戦った後にボルトの補充をしようと商工会のメンバーがいる場所へ戻った。
『マスター戻りました』
「おお、アルティ。一体どこに――」
そこまで言いかけて、アルティを見たモグゾーは体を震わせて膝を地面についた。
「ああああああッ!?」
モグゾーの目の前にいるアルティの姿はボロボロだった。
露出している肩には人間による斬撃が掠ったであろう傷。
一流裁縫師に作らせたメイド服は土と砂で汚れ、長いロングスカートは炎の法術を避けた時に出来たであろう焦げ跡。
「拙者のアルティたんがあああああッ!?」
大事な『俺の嫁』がボロボロ。モグゾーは大泣きしながら地面を転げまわり、叫び声を上げた。
「なぜ、こんな事に!?」
『人間を処理していました』
「なんで!? アルティたんにそんな事お願いしていない!」
『マスターが普段からキモすぎるので、私のストレス値は限界突破しそうでした。ですので、戦闘を行って発散を』
淡々と告げるDOLLと答えを聞きながら転げ回るモグゾー。
商工会メンバーは彼らのやり取りをチラリと見て「またいつものか」と気にしない。
「アルティたんは傍にいてくれれば良いの! 拙者の癒しなの! 拙者の嫁なの!」
『キモ』
スカートが焦げて破損し、露出していた生足に縋りつくモグゾー。
そんな彼に絶対零度のような視線を向けるアルティ。
彼女は縋りつくモグゾーを蹴飛ばし、蹴飛ばされたモグゾーは「あん♡」と甘い声を上げた。
『キメェ』
「も、もっと……。いや、その前にメンテナンスとお着替えをしなければ!!」
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モグゾーが喚き散らす一方で、イングリットは安全な場所でメイメイに鎧を見せていた。
鎧を脱いだイングリットは壊れた家の傍に座り、その横にはシャルロッテが寄り添う。
クリフはセレネに呼ばれてしまったので、彼らは目を輝かせながら鎧を解析するメイメイのお守り役を任命されていたのである。
「はぁ~。なるほど~。ふふ~ん? ここがこうなって~?」
本当は制圧戦に参加する予定であったが、彼女の「見せて」というオーラに耐え切れずこのザマである。
こうなっては仕方ないとクリフとイングリットは戦闘を諦め、休憩していたのだが……。
座って休むイングリットへ一人の男が近づいて来た。
「イングリット。少々時間をくれないか?」
「キマリン。どうした?」
イングリットを訪ねて来たのはキマリン。いつもの魔法少女衣装を着用した筋肉ムキムキの男である。
彼の顔は少し暗い。どこか、迷っているような雰囲気を醸し出す。
少し離れた場所に移動すると、キマリンとイングリットは樽を椅子にして座った。
「お主は、死を恐れないのか?」
キマリンは開口一番にそう問う。
唐突で意味のわからない質問にイングリットは首を傾げると、キマリンは言葉を続けた。
「お主が竜になった時、守護者に殺されそうになっていただろう? 結果的に勝てたが、あれは死を覚悟したから得た力なのか?」
うん? と腕を組みながらイングリットはキマリンの問いを理解しようと悩む。
彼はこう言いたいのだろう。
『死を恐れず、前に出たから強くなったのか』
キマリンの握る手は少し震えていた。
「私は守護者の姿を見た時……恐れてしまった」
キマリンはグッと拳を握りながら目を瞑る。
彼の心には大きなトゲが刺さっていた。刺さったのは以前、ギルと戦って負けた時だ。
あの戦闘以降、聖樹王国の猛者と戦う際に死を意識するようになってしまったと彼は言う。
「私は……負けたくない。だが、戦争で負けるとは死を意味するだろう? 前回はたまたま運が良かっただけ。次は死ぬかもしれぬ」
キマリンは死を意識すると、それに囚われた。どこか心の中で死んではいけないと思うようになった。
だが、今回の戦闘で見せたイングリットの姿は『死に直面しながら乗り越えた』と言うべきモノだ。
本当に強くなるならば死を乗り越えなければならない。
そう考えを改めたが、やはり死が怖い。今の自分は死の恐怖に怯えている。
だからこそ、乗り越えたイングリットに助言を求めたという訳だった。
イングリットは彼の言葉を聞き、なるほどと頷く。そして、首を振った。
「いや、俺も死は怖い。俺が死ねば仲間が死ぬからな」
タンクであるイングリットが死ねば次は仲間達が。そう考えるのは普通だろう。
「俺自身が死ぬのも怖いが、仲間を死なせる方が怖い」
彼は自分の死よりも仲間が死ぬ方が何倍も恐怖を感じると告げた。
イングリットは魂にこびり付く記憶から、失う事への恐怖を潜在的に抱いている。
「死んだら終わりだぞ、キマリン。死んで良い事なんざ1つもねえ」
イングリットは赤い瞳で彼の目を見つめながら言った。
「死んだら終わり……」
「そうだ。終わりだ。何も残らねえ。得るのはデスペナと後悔だけだ」
死ねば復活できる。だが、死んでいる間は何もできない。
終わった後で復活しても得たのはデスペナと後悔だけ。死なない事こそが強さだとイングリットは自論をキマリンへ告げる。
「死なないように抗うのが正解だろ。今回の俺こそ運が良かっただけだ。死なないように立ち回り、相手を上回るように考えて戦うのが本当の強さじゃないのか?」
まずは死なない事。それが大前提。
そして、相手の動きを読みながら相手の考えを上回る立ち回り。これはキマリンのようなアタッカーならば特に必要な事だろう。
盾役は死なないよう耐えるが、アタッカーは盾役を殺さないよう立ち回る。その立ち回りには常に頭を回転させる必要がある。
工夫と読み。これはこの世界で戦うプレイヤー達の誰もが必要とする技能と言える。
「つっても、お前はワンチャン(一撃必殺)型だからな。刺し違えても、って考えも分かるよ。でも、それは諦めなんじゃないか?」
「諦め、か」
「ああ。例えば……闘気で回復するヤツやバフを掛けるヤツがあったろ。あれで継続戦闘力を高めるとか、ワンチャンを作り出す布石にするとか、色々あるんじゃねえか?」
キマリンは一撃必殺に拘って来た。故にバフや回復などの行動は一切しない。
内包する闘気を全て攻撃力につぎ込む戦い方しかしてこなかった。それは特化型故の欠点と言えよう。
「確かに特化型は扱いやすいけどな。決まった状況にしか対応できないのが欠点だ。それじゃあ聖樹王国相手にキツくねえか?」
聖樹王国の聖騎士達はあの手この手と様々な攻撃方法を所持しており、下っ端らしき聖騎士でさえも剣や法術を駆使して万能的な戦い方をしてみせる。
「そうか。なるほど……」
ここで戦闘スタイルを見直す必要が出てきたな、とキマリンはイングリットの助言に頷いた。
そんな彼にイングリットはニヤリと笑う。
「バフや回復を使った方が魔法少女らしいんじゃねえの?」
異世界の知識が描かれたゲーム内テキストに『魔法少女』の活躍が描かれる物もあった。
その中での魔法少女は『魔法』と付くように様々な魔法を使う。キマリンが魔法少女を目指しているのなら、闘気で行う支援スキルも駆使すればもっと『それらしく』なるだろう。
「そうか。そうだな!」
どこか吹っ切れたような顔を浮かべるキマリン。
助言をしてくれたイングリットに感謝の言葉を述べた。
「まぁ、いい。だが、お前のレギマスにも死なないよう言っとけよ」
「ん? 確かにユニハルトはいつも死んでいるが、今回は死んでないと思うが?」
キマリンはイングリットの言葉に首を傾げるが、当の本人はキマリンの背後を指差した。
「見よ! 運命の鍵を握る仔馬は死んだ! 故に運命が変わったのだ! 故に我々は救われ、生きているッ!!」
そう叫びながら、胸に短剣がぶっ刺さったユニハルトの死体を十字架に張り付けにして掲げる貴馬隊のメンバーらしき男。
彼は『デス・ゴート』というヤギ型魔獣の頭の骨を仮面のようにして装着して、周りにいる他のメンバーから『教祖様』と崇められていた。
「ありゃ、なんだ?」
「新手の遊びではないか……?」
読んで下さりありがとうございます。
いつものやつ。




