238 失くしたもの、手に入れたもの
イングリットとシャルロッテがアリムを倒すとプレイヤーからは悲鳴が上がった。
「なんだありゃあ!」
「チートだ! チート!」
圧倒的な火力と防御力の両立に中堅プレイヤーや上位プレイヤーから妬みのヤジが飛ぶ。
魔王軍やジャハーム軍は「やったー!」と言いかけたところで、飛び交うヤジにドン引きして口を開いたまま固まった。
「おおい、心配したんだよー? シャルちゃんもすっかりドラゴニュートになってるし……」
包囲網を突破して傍までやって来たのはクリフとメイメイ。
「そうなのじゃ。妾、進化した」
鱗のある腕や竜の尻尾を見せつけ、恥ずかしそうに笑うシャルロッテ。
一方でメイメイはクリフ達を追い抜いてイングリットに抱き着いた。
「イング! なにこれ!? なにこれ~!?」
クリフも突然の出来事に驚いてはいるが、メイメイは特にテンションが高い。
キラキラと瞳を輝かせながら「解析したい」と無言で訴える。
「待て待て、今は戦闘中だ」
メイメイのキラキラ目線を躱しつつ、イングリットは前線基地へ顔を向けた。
丁度その時、前線基地を覆っていた防御壁が解除される。
固く閉まっていた門は開き、城壁の上に潜入していたプレイヤーの姿が見えた。
「装置は破壊した! 内部にはまだ敵がいる! 引き籠っているぞ!」
潜入組がそう叫ぶとセレネは即座に指示を出す。
「ゴーレム前進! 重装兵を倒しながら基地を取り囲む! 守護者はもういないハズだ! 進めぇー!」
ズシン、ズシンとゴーレムが進み始め、貴馬隊と百鬼夜行は前線基地へ殺到。
「レベルアップすれば俺も黒盾みたいになるはずだ!」
「レベルアップには対人戦が一番効率良い!」
「殺せェー! 殺戮の時間じゃあああッ!」
特に貴馬隊は強さに敏感だ。イングリットの進化を『レベルアップ』と見抜いて雄叫びを上げた。
一方で冷静に分析する者達も存在する。
「あれはペア行動がトリガーなのでは?」
「ああ、黒盾とあの子はいつも一緒だったよな。つまり……」
貴馬隊のメンバーは戦場にいる女性プレイヤーへ視線を向ける。
「お嬢さん、僕とペアを組みませんか?」
ニンマリと笑いながら手を差し伸べる。それを見た女性プレイヤーは――
「は? キメェんだよ。死ね」
「クソ雑魚がぶっこいてんじゃねえよ」
ペッと唾を吐いて立ち去る女性プレイヤー。
「あ、はい」
貴馬隊に所属している女性もまた、どこか頭のネジがぶっ飛んでいた。
「ううむ。あれは摩訶不思議な現象だ。こんなシステムがあったとは」
「ますます我がレギオンに欲しいでありんす」
メンバーが突撃していくのを見送りながらマグナとサクヤはイングリット達を観察する。
アンシエイル・オンラインというのは奥が深い。チュートリアルで説明しない事を平然と盛り込んでいるゲームだ。
2人が見せた現象もまだプレイヤー達が解明していないシステムなのだろう、と結論付ける。
「まぁ、まずは占拠が最優先であろう。敵の物資を確保せねばな」
そう言って、2人は他の者達に続く。この戦争で敵の物資を確保すればレギオン運営資金に早変わり。
何かと大手レギオンは金が掛かるものだ。
プレイヤー達と軍が前線基地に入り込み、籠城していたファドナ兵と重装兵を順調に駆逐していく。
エルフ達はサポート。オークはより多くの肉を求めて奮闘する。
城壁の上で基地の内部を見ていたセレネとレガドは満足気に頷く。
基地の内部では所々で黒煙が上がり、味方による占拠が進む。
泣き叫ぶファドナ兵が魔王軍兵によって槍で胸を突かれ、プレイヤーは重装兵を屠る。
オーク達は無力化した敵兵を縛り上げ、エルフとジャハーム兵は家族の仇と叫びながら敵兵を殺してまわる。
「遂にやりましたね」
「ああ、これで皇都への足掛かりになるだろう」
次はファドナ皇都。ここで束の間の休息をとって、軍は再び進むだろう。
イングリットとシャルロッテの活躍で守護者は倒せたものの、あのままでは非常にまずかった。
どうにか手は無いかと、まだ安心しきれないセレネは腕を組みながら思案を続ける。
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イングリット達は突入していたプレイヤーを他所に遅れて前線基地内部へ入って行く。
これだけ攻勢に出たらもう出番は無いだろうと内心感想を抱く。
前線基地の中を眺めながら歩を進めていると、シャルロッテが小さく呟いた。
「妾が暮らしていた頃の面影は無いのじゃ……」
元々建っていた家屋はあるものの、軍事基地として整備された街の風景は思い出の中の風景とは全く違う。
彼女が寂しそうに呟くと、
「お前の家はまだあるか?」
イングリットがそう聞いた。
「妾の家は街の奥にあったのじゃ」
彼女が指差す方向には屋敷らしき姿は無い。
「行ってみようよ」
クリフがシャルロッテの背中を叩き、とにかく見に行ってみようと提案した。
何か残っているかもしれない、と淡い期待を抱きながら戦う仲間の脇をすり抜けて街の奥へ。
向かった先に思い出に残る物は何もない。
屋敷の残骸すらも残されておらず、あったのはファドナ軍の指揮官が暮らしていたであろう少々豪華な兵舎だけ。
家族と暮らしていた屋敷も、庭に生えていて姉と競い合うように登って遊んでいた大きな木も。
全く、何一つ残っていない。
シャルロッテは思い出の中の風景と現実の風景の違いに涙を流した。
だが、彼女はぐしぐしと手で涙を拭くとパーティメンバーを見る。
「何も無いのじゃ。でも、妾にはお主等がおる」
家族を失い、故郷を失い、家も失った。
しかし、代わりに得たのは掛け替えのない仲間。
「それに……」
そっとイングリットの手を握る。
黒竜の魂に触れた際に思い出した、今の自分とは違う別の記憶。
確かに家族は失った。大好きだった父と母。一緒に遊んで笑い合った姉。失った家族にもう会えないのは悲しい。
でも、愛すべき者はまだいる。
別の人生で愛し、今の人生でも愛した者が傍にいるのだ。
死んでしまった家族の分も精一杯生きようと、今の人生を生きようと思えたのは彼と出会えたからだろう。
シャルロッテが思いを抱きながらイングリットを見上げると、繋いでいる手をぎゅっと握られた。
「えへへ」
王都に帰ったら家族の墓の前で報告しようと彼女は決める。
この時代に生んでくれた事への感謝と、本当に愛する者と出会えたという報告を。
「あれ? 何かラブいオーラ出てない? 邪魔かな?」
「うっせえ」
「否定しないんだ~?」
背後で爆発と黒煙が舞い上がる中、何とも彼ららしいやり取りが行われる。
「んふふ」
繋いだ手をぎゅっと握り返し、シャルロッテは取り戻した故郷で笑った。
読んで下さりありがとうございます。
キリが悪かったな~と思ったので…。
次回は水曜日です。




