24 金好き竜 対 オークの親戚 1
ルート権――それは倒した相手からアイテムを得る行為、または権利。曖昧であるほどオンラインゲームで揉める要素。
アンシエイル・オンラインではファーストアタックを入れた者 = ルート権の取得 となっている。
しかし、心無いプレイヤーはファーストアタックを横取りしたり、それは俺が目を付けてうんたらかんたらと揉め始める。
運営に問い合わせたプレイヤーも数多くいたが曖昧な規約と曖昧な公式回答しか得られなかった。
詰まる所、自己責任。当事者同士で解決してね、というのが現実だった。
サービス開始当初から人間・エルフ陣営にボコボコにされていた魔族・亜人プレイヤー達は常に強い装備を求め、ステータスが現状より1ポイント上がるだけでも歓喜する程に強さを求めていた。
強い装備がドロップしたり、発見した際にトラブルが起きると、権利を巡って殺し合いを始めるくらい必死だ。
故に、こういったデリケートな事柄はマナーと節度、人としての礼節を持って対処しなければいけない。
そんな紳士的なやり取りを多く経験しているイングリットがポーチから取り出したのは『ウニボム』だ。
魔石小型爆弾と同じ大きさであるが、見た目はボールに無数のトゲがついた禍々しい黒いトゲボール。
ゲーム内にあった書物――サブテキストには錬金術師の美少女がこの『ウニボム』を敵に投げつけて、爆発と共に表面に付着しているウニ針を敵に撒き散らして出血死させて無双している物語があった。
そんなエグイ物語をえらく気に入ったメイメイが2年の月日を掛けて再現したモノだ。
効果的には投擲後に小さな爆発を起こし、ボール表面に生えた針が周囲に飛び散る。
ダメージは少ないが細かく鋭い針に襲われ、状態異常の出血状態となるわけだ。
つまり、ウニボムの範囲攻撃で人間どもに根こそぎファーストアタックを入れてルート権を主張しようって事である。
この世界でルート権なんぞ必要なのかはわからないがやれる事はやっておかないと、あとで主張しても通らないとなれば大陸戦争に参加した甲斐が無くなってしまう。金にはうるさいイングリットならではの気の使いよう。
ファーストアタックを入れるにはウニボムよりも高威力な小型爆弾でも良いが、聖なるシリーズの耐久力が意外に脆くて爆発で壊れても困る。
幸いにも腰振り金髪野郎は全身鎧を身に着けずに、格好つけてヒラヒラで豪華な金の刺繍が入ったマントを装着し、動きやすくデザイン重視らしい急所のみを金属で覆った軽装備でおでましだ。
ウニボムを食らえば金属でガードしていない部分は針が刺さって酷い事になるだろう。
「あ~らよっと」
性狂いの金髪野郎がキラキラ光っている槍を見せ付けながらエキドナを視姦しているうちに、イングリットはウニボムを彼の真後ろに着弾するように放り投げた。
放物線を描きながらボールは飛んで行き、狙い通りの場所へ落ちる。
いきなり飛んできたウニボムに気付いた何人かの人間騎士は「なんだこりゃ」とか言いながら足で小突いているが、何度か足でチョンチョンと小突いた時にはウニボムは赤く光始めて爆発のカウントダウンを開始した。
数秒後、ボン、と小さな爆発と少量の煙と共に無数のトゲを辺りへ撒き散らす。
「うわあああ!」
「な、なんだ!? ぐおッ」
周囲にいた人間騎士の中でも軽装の者は露出している肌にウニ針が刺さり、痛さで悶えながら地面に転がる。
オークの親類である金髪粗チン野郎も爆発音に気を取られて振り向いてしまったので、下半身や咄嗟に顔をガードした腕にウニ針が刺さっていた。
これでルート権の主張は終了した。
あとはぶっ殺すだけだ、とイングリットは大盾を構えて走り始める。
「オラアアアッ!!」
大盾を前に構え、金髪オーク野郎ことレオンに突撃。
「おごっ!?」
未だウニ針に困惑中であったレオンはイングリットの突進をモロに食らって吹き飛び、ゴロゴロと地面を転がった。
普通の者であれば、レオンが起き上がって来るのを待って「貴様は!」などというやり取りをするのだろう。
だが、イングリットは普通じゃない。
ゴロゴロと転がって行ったレオンへ素早く駆け寄って、ガラ空きの腹をサッカーボールの如く蹴りつける。
「あがああッ」
メキメキ、と足に骨を粉砕する感触を感じるイングリット。
レオンは体をくの字にしながら吹き飛ばされて人間騎士の群れの中に叩き込まれ、サッカーボールの化身となったレオンを受け止めようとした人間達を巻き込んで吹き飛んで行った。
更に追撃をしようとするイングリットであったが、レオンが吹き飛ぶのを唖然と見送っていた人間達が我に返り、襲い掛かって邪魔をしてくる。
「隊長を守れッ!」
「チッ。邪魔すんじゃねえ!」
襲い掛かってくる人間をぶん殴りながら舌打ちしていると、レオンが吹き飛んだ場所から眩い光が発する。
大盾で人間騎士の首を粉砕しながら様子を見ていれば、光の中から現れたのは怒り心頭といった表情を浮かべるレオン。
「やはり回復魔法か」
聖なるシリーズは光を司る武器と言われている。
攻撃から回復まで手広く司る光の属性。ゲーム内で対峙した聖なるシリーズ持ちの人間も回復魔法を使っていたので、コイツもと予想していたが大当たりだったようだ。
「テメェ!! ふざけたマネしやがってェ!!」
こめかみに青筋を浮かべながらイングリットを睨みつけるレオン。
「はぁ? テメェが戦闘中に余裕ぶっこいて女の体を見てるから悪いんだろうが。責任転嫁してんじゃねえよ腰振り狂いのクソ金髪野郎が」
「な!? テメェ! 魔族のくせに――」
「魔族魔族うるせえんだよクソファ○ク野郎が! それとも何か? オークの親類だってバレて恥ずかしいのか? 馬鹿かテメェは! 戦争中のど真ん中で女犯して今更恥ずかしがってんじゃねえよハゲ! 死ね! 金髪オーク野郎! 対してデカくもねえのに見せつけてんじゃねえ!」
盾師本部、否、煽りスキル養成場で鍛え抜かれたイングリットの口の悪さは伊達じゃない。さらにはゲーム内掲示板で情報戦士共と互角の戦いを繰り広げてきた経歴がここで生きる。
状態異常耐性の無かったレオンは顔が真っ赤になってしまう。
イングリットのヘイトオーラは無事に機能し、効果は抜群のようだ。
イングリットは念のために「あらやだわ。私ったらオークの品性に合わせてつい下品な言葉を、おほほ」と追撃のヘイトオーラをぶちかましてやるとレオンは聖槍を構えて槍の先を光らせる。
「ぶっ殺すッ!!!」
レオンは先程魔族に撃った光の槍をイングリットへ飛ばす。
迫り来る光の槍はイングリットの構える大盾に直撃すると、周囲にいた人間を巻き込みながら爆発。魔族軍に放った時と同じように土煙を空に舞い上げた。
『2000』
イングリットは大盾でガードするが、予想していた通り防御貫通の効果持ちであった。
大盾でしっかりとガードしたにも拘らず、大盾を持つ右手に尋常じゃない痛みが走る。
右手に痛みが走ったと言っても右手が破裂したりしたわけではない。大盾で防御したお陰で出血はしていないが、鋭利なナイフで手を刺されたような鋭い痛みを感じた。
これが全部貫通して2000ダメージなのか、一部だけ貫通して2000ダメージなのかはゲーム内のように詳細なダメージログが見れない為に不明。
しかし、光の槍を大盾で受けた感触から推測するに、ノーガードで受ければ鎧の下にある体が甚大な被害を受けて無事では済まないだろう。
「はははッ!! 馬鹿が!! 俺様に――!?」
「馬鹿はテメェだ!」
今まで光の槍を受けて生き残った者はいなかったのだろう。
イングリットが立ち込める土煙の中から飛び出して来て、死んだと思って安心しきっていたレオンの顔が驚愕に染まる。
「死ね! 金髪クソ豚野郎!」
「何なんだお前は!?」
土煙から飛び出してきたイングリットは大盾をスイングするように殴りつけるが、レオンもしっかりと迫り来る大盾に反応し、槍を盾にしてガードする。
質量と勢いの差かレオンの体はくの字に曲がり、宙に浮きながら吹き飛ばされるが空中で体勢を整えて着地。
レオンは苦々しい顔を浮かべながら再び槍を構えつつ、槍の先を光らせながら連続で突きを繰り返す。
すると、光の槍が一度に5つ生まれて一斉にイングリットへ飛んでいく。
「この野郎ッ!」
イングリットは自分に向かってくる複数の光の槍を見て、堪らず声を荒げる。
先程の光の槍で受けたダメージは自然治癒の特性で腕の痛みは引いているが、さすがに5本を全て同時に受けたらイングリットはHPを全損――死んでしまうだろう。
更に言えばここは現実世界でゲームじゃない。
頭に直撃しようものなら、頭が吹き飛んで即死する可能性は非常に高い。
とにかく急所を守ろう、と大盾をで防御体勢を取りながら防御バフスキル――大盾に白いオーラを纏わせて装備の貫通耐性を上げる『ガード・ペネトレイト』を発動させながら横っ飛びに避ける。
『4000』
5本中2本を大盾で受けつつ、他の3本を横飛びで避けながら何とか凌ぐがレオンに視線を向ければ再び槍の先を光らせながら、光の槍を撃ち出す準備を終えてニヤリと笑っているところであった。
咄嗟にバフスキルを使用したが、脳内にお知らせされるダメージ報告によれば意味が無さそうだ。
バフスキルを使ってもダメージが変わっていないことから、防御系のバフスキルすらも無視の効果があるのは明らかになった。
イングリットはバフによるダメージ軽減を諦め、腕の痛みに顔を歪ませながら大盾の内側に埋め込まれたタコメーターに視線を向けるが、タコメーターの針はグリーンゾーンを点したままだ。
「ハッ! どこまで耐えられるかなァッ!!」
「チィッ!」
イングリットは素早くポーチから魔石小型爆弾を取り出してレオンの足元へ投げつけるが後ろに下がって回避される。
「バーカ! それはもう見たんだよ!」
レオンは後方へ回避しながら光の槍を5本撃ち、イングリットはそれを再び先程と同じ方法で対処する。
『4000』
地面をゴロゴロと転がりながらも体の痛みが治癒するまでの時間を稼ぐ為に、インベントリからリボルバー式クロスボウを取り出して左手で引き金を引く。
「ハハッ! 大盾なんて持ってる亀に俺が倒されるかよ!!」
レオンが後方に下がりながら光の槍を飛ばし、イングリットがそれを2本被弾しながら避け、ダメージを回復するべくクロスボウで牽制。
この繰り返しとなる戦いとなった。
大盾による一撃の重さを知っているレオンは捕まりたくない故に遠距離攻撃をメインに、攻撃手段に乏しいイングリットは大盾で相手をぶん殴りたいがスピードが無い。
イングリットが同格か強敵と戦った際によく陥る事態だ。
ゲームではないのだから時間切れは無い。
相手の魔力かスタミナが尽きれば状況は変わるだろうが、その様子は両者共に見られない。
いつしか人間とエルフ軍、魔族軍は2人の戦いに巻き込まれないよう下がって観戦しているのみであった。
「あいつは一体なんなのだ……」
エキドナの見つめる先には黒い鎧の男がファドナ皇国最強の将である聖戦士の1人と、まともに戦っている姿だ。
光の槍を撃たれるも怯まず、左手に持ったクロスボウで牽制しながら何かを待つ様子は間違いなく魔族軍4将と同格――否、それ以上の力を持っているのだろうとエキドナは理解できた。
彼がいれば魔族の状況は変わる。
そう確信できるほどに。
今まで見た事が無い、聖戦士と互角にやり合う戦いに目を奪われていると2人の拮抗していた状況が遂に動き出す。
「あっ!?」
エキドナの視界にはイングリットが軌道の変わった光の槍を左肩に直撃してしまった場面が映っていた。
もう1本は夕方に投稿します。




