234 黒竜と天使 1
戦場は未だ異種族が有利。
「ふう、ようやく数も減ってきたな」
「倒し方がわかりゃあこんなモンさ」
ファドナ兵は2ヵ国軍とオーク、エルフ達に任せてプレイヤー達が従属種を相手するという構図は変わらない。
頭を潰しても動くゾンビのような存在であるが、弱点が分かれば苦戦はせず。
逆に規則正しく、必ず任務を遂行しようとする動きは中堅以上のプレイヤーからしてみれば読みやすい。
ただ難点と言えばデバフが効かないところか。
毒は勿論、麻痺も効かず、睡眠なんて以ての外。
「チッ」
デバフを駆使してタンク役をこなすリュカの戦法は封じられ、ただの短剣アタッカーとなり下がる。
決めてに欠けて戦場を動き回りながら味方のサポートに走るしかなかった。
対し、有効打を持つのは高火力を実現とするキマリンだ。
「ハァッ!」
丸太のような腕で繰り出される拳やマジカルステッキでの一撃は相手の上半身諸共吹き飛ばし、一撃で相手を戦闘不能に陥れる。
(やれる……。私は強くなっているッ!)
戦場に繰り出す間、常に修練を行ってきた成果か。彼のパワーはゲーム内にいた頃よりも確実に上昇していた。
「キマリン! 右だッ!」
「承知ッ!」
共に修練に励むレギが盾で相手の攻撃を弾き返しながら、キマリンに状況を伝える。
レギオンの垣根を超え、共に戦う2人の息はピッタリだった。
戦場にいた従属種も残り100程度。もうすぐ中に潜入した者達が何らかのアクションを起こしても良いが……。
ガラガラガラと音を立て、前線基地の門が開く。
「お、おい……」
開かれた門の先にいたのは聖樹王国の紋章を胸に刻んだ重装兵。
数は2000と少し。
ザ、ザ、ザ、と規則正しい行進で前線に向かって来る。
「まだいるのかよ!」
「砲撃で吹き飛ばせないのか!?」
確かに従属種を倒す手段は確立した。だが、プレイヤー側に消耗が無いとは言っていない。
戦えば疲れる。
被弾すれば回復職の魔力を使って回復できる。もしくはポーションを飲む。
疲労の蓄積、魔力と物資の消費は確実に進んでいる。
中堅以上ならばまだしも、エンジョイ勢達の消費は激しく如何にゲーム内で訓練されたプレイヤーと言えども足を引っ張る者は存在してしまう。
「野良プレイヤーは一旦退け!」
前線を維持する中堅プレイヤーが叫ぶ。
「馬鹿言うな! もっと稼がないとマイナスだ!」
「新調した装備分は稼がないと生活できねえ!」
相手との力量を図れず、数名の野良プレイヤーは果敢に迫る。いや、彼らのとった行動は無謀だった。
ヒュンと風を斬る音が鳴り、次の瞬間には野良プレイヤーの頭が首と分離した。
「あ?」
「へ?」
首が宙に飛んだ者は何が起きたのかわからず、生首になったまま短く声を上げる。
隣にいた者は顔に付着した液体の正体がわからず疑問の声を上げたが、次の瞬間には体がバラバラになった。
「はは。雑魚は雑魚のままか」
そう笑いながら従属種の間を抜けて現れたのは白銀の鎧を身に着け、背中に3対6枚の羽を生やした天使――聖樹王国の上位者にして守護者の1人、アリム・スズキ・コーナーが戦場に姿を現す。
彼は黄金に光る剣を自身の周りに浮かべて、
「とりあえず、もう1匹」
待機させていた光る剣を操作し、もっとも近くにいた準王種族の首を刈り取った。
瞬時に、5秒も満たない間にプレイヤーが殺される。
例えやられたのが野良プレイヤーだったとしても、前よりは装備の質もよく、実力はそこそこある。
それに、最後にやられたのは中堅プレイヤーだ。彼らは最初に殺された者達よりも数倍上の実力者。
まさに瞬殺。それを見せられ、プレイヤー達の動きは一瞬固まった。
「さぁ、回収しましょう」
アリムは手に持っていた鳥籠を掲げ、フタを開けた。
フタが開いた鳥籠の中は黒く染まり、深淵のような闇が満ちる。
その闇から黒い触手が伸びると先程彼が殺した死体に触れた。
触手が触れた死体からは同じ種族の姿をした半透明のエクトプラズムが引っ張り出され、
『アアアアッ!』
悲痛な叫び声を上げながら鳥籠の方へと引き摺られていく。
「マズイ! アレを止めて!」
そう叫んだのはクリフだった。
彼の起動した魔導魔眼には半透明のエクトプラズムを引っ張る触手を『吸魂』と判別する。
しかし、クリフの叫びは空しく鳥籠に3つの魂が囚われた。
「あれを! あのアイテムを壊して! 早く!」
クリフの真剣な叫びに呼応したのは貴馬隊と百鬼夜行。
前衛メンバーが駆け、後衛メンバーが魔法で援護するも従属種達に塞き止められてターゲットの天使には届かない。
「クソッタレ!」
「邪魔だッ!」
従属種達は主である天使を守護するべく、彼に近づけないよう2大レギオンのメンバーと戦闘を開始。
「クソッ、どうすりゃあ――」
「どけどけどぇぇッ!」
アリムへ攻めあぐねるレギオンメンバー達の後方から叫び声が聞こえ、突っ込んで来たのは大盾を構えたイングリットだった。
彼は大盾を構えて突撃する『チャージ』を使って、敵味方入り混じる戦場を突っ切り始める。
後方からは「待って!」と叫ぶクリフとシャルロッテの声が聞こえるが、彼はお構いなし。
味方はギリギリで避け、避けられなかった従属種は吹き飛ばされる。
すると、前線は横に広くなって敵味方が入り混じる混戦状態に。
当の本人はそのまま天使へと突っ込み、
「ほう」
「ふんッ!」
アリムの放った光る剣と大盾がぶつかって、激しい火花が散る。
「なるほど。なかなか。私の剣を受け止めるとは」
火花を散らしながら光の剣を受け止めた黒い鎧の男を見た。
「黒い……竜?」
イングリットのつま先から頭のてっぺんまで見たアリムは、兜の形状を見て呟いた。
黒い竜。アリムの脳裏に過去の戦闘が思い浮かぶとニヤリと笑った。
「まだ生き残っていたのか」
「あァ!?」
「昔、黒い竜を相手にした事があってね」
「そうかい! 俺はテメェを見ているとムカつくんだよッ!!」
これは因果か、運命か。
片方は記憶があり、片方は記憶がない。
だが、確かに彼らは昔に対峙した事がある。
「オラァッ!」
受け止めていた光る剣を弾き飛ばし、遂にアリムへ肉薄するイングリット。
そのまま大盾のシールドバッシュを喰らわせようとするが、アリムは鳥籠を後方に投げ捨てながら、もう片方の手に光る剣を作り上げて盾を受け止める。
ガリガリガリ、と光の剣と黒い大盾の鍔迫り合い。
「ははッ! 前よりも強くなっているじゃないかッ! 面白くなってきたッ!」
「うるせえボケナスッ!」
光の剣と新素材で作り直された大盾の押し合いは火花を散らすも互角。斬れず、押しきれず。どちらも譲らない。
「前はこれで両断できたのにねぇ」
アリムはニヤリと笑い、今この時を心底楽しそうに呟いた。
イングリットが剣を弾き、再び攻撃しようとすればアリムが投擲用の光の剣を生み出して隙をカバー。
投擲用の光の剣を大盾が受け流し、隙に斬り込もうとするアリムに対してイングリットは腕の魔石爆弾を投射。
そして、再び剣と盾の鍔迫り合いが発生する。
(このままじゃ埒があかねえ!)
攻撃と防御は互角。どちらも打ち崩せない。
チラリと周囲に目を向ければ、プレイヤー達は従属種をイングリットに近づけまいと戦っていた。
それはイングリットのパーティメンバーも同じ。クリフ達はイングリットを援護しようとするも、周りにいる従属種に邪魔されて思うように動けない。
イングリットもアリムも共に仲間の援護は期待できない状況だった。
だが、ここでイングリットに異変が起きる。
『時は来た』
ドクン、と大きくイングリットの胸の中で何かが跳ねる。
『復讐の時は来た』
『我等の恨みを晴らす時が来た』
(クソッ!)
ズキズキと痛む胸。聞こえて来る謎の声。
どんどんと声が大きくなっていくにつれ、イングリットの意識が薄らいでいく。
『明け渡せ』
『赤竜の力があれば勝てる』
『力こそが全て』
(うる……せ……)
『今こそ黒竜が赤き王の力を取り込み、復讐を果たす時』
最後に聞こえた声はどこか懐かしい。
その言葉を最後にイングリットの意識は闇に沈む。
「おや?」
鍔迫り合いをしていた2人であったが、イングリットはバックステップでその場を離れた。
すると、大盾をその場に落としてだらりと両腕を垂らす姿を見せる。
敵の異常な行動に首を傾げるアリムであったが――
「ガアアアアアッ!!」
次の瞬間、顔を空に向けたイングリットの口からは竜の咆哮が轟いた。
ビキ、ビキ、バキバキ、と不穏な音を立ててイングリットの体が鎧ごと変化していく。
人型だった体は2回り以上大きくなり、フォルムはどんどんと人の姿を崩す。
「あれは……」
イングリットの変化を離れた場所で見つめるパーティメンバー。
3人は「あの時と同じ」と考えが過る。
「いかん、ダメなのじゃ! イング! それはダメなのじゃ!!」
イングリットの体は人から竜に。
黒き竜に変身していく彼の姿を見ながら、シャルロッテは力一杯に叫ぶ。
だが、彼女の叫びは届かず……イングリットの姿は完全に大きな黒竜の姿に。
『ガアアアアッ!!』
完全竜化したイングリットの口からは複数の竜が同時に上げたような、声の重なった咆哮を上げる。
ガパリと開いた口には赤黒い魔力の塊が充填され、勢いよくドラゴンブレスを薙ぎ払うように放つ。
周囲にいた従属種は一瞬で炭になり、
「のわあああ!?」
「おい、黒盾、テメ、おい!?」
プレイヤー達はぴょんと縄跳びを飛ぶようにブレスを避けた。若干名、喰らって瀕死になっているが黒き竜は意に返さず。
周囲にいる従属種を殺して、本当に殺したい相手へ力を見せつけているようだった。
「ハハッ! こりゃあ良い! あの時の黒竜と同じじゃないか!」
ブレスを避けたアリムは心底楽しそうに笑った。
あの時と同じだ、と。仲間を殺した竜を殺しに行って、対峙した時の黒竜と全く姿が同じ。
「またあの時のように、切り刻んでやろうッ!」
『ガアアアアッ!』
アリムが光る剣を構えると、黒竜は咆哮を上げた。
神話戦争の時と同じ。竜と人の戦いが幕を開ける。
読んで下さりありがとうございます。




