231 前線基地攻略 3
頭を潰しても動く未知の敵に貴馬隊はワーワーと騒ぐが、百鬼夜行は至って冷静に現実を見る。
「ふん。馬鹿者め。検証は攻略の基本でありんす」
アップデートで未知の敵が登場すれば、どのような攻撃が効くのか、どのようなギミックがあるのか、それを真っ先に調べるのは基本中の基本。
「ハッ!」
サクヤは鞘に収まっていた刀を高速で抜き放ち、重装兵の両腕を両断。
勿論、相手は死なない。死なないが持っていた武器は腕ごと地面に落ちた。
両腕の切断面から大量の血を撒き散らすものの、相手は無くなった腕を振るような動きを見せる。
「ふむ。欠損した箇所は復活しないようだな」
冷静に状況を分析するのはマグナ。彼はメモ帳に『部位欠損回復 ×』と書き込んでから魔法を詠唱。
相手の体を炎で包み込んで灰になるまで焼く。
さすがにここまでやれば息の根を止められたようで。灰になった重装兵は完全に死亡したと言ってもいいだろう。
「貴馬隊の言う通りというのは癪であるが、炎で全てを焼けば流石に死ぬようだ」
「しかし、こうも敵味方が入り乱れていれば広範囲の魔法は使えないんでありんす」
「確かに効率的ではない。何とか前衛職でも倒せる方法を探らねば」
現状に対し、PVPに力を入れるレギオンと攻略に力を入れるレギオンの違いが出た。
百鬼夜行は前衛メンバーが敵の波を抑えながら、後方へ数名だけ意図的に流す。
その流れて来た敵に対して検証を続けるといった具合。
「最悪、両腕を斬って放置でありんす」
刃物で倒せぬならば戦闘不能にしてしまえば良い。戦闘不能になっても動き回る相手は鬱陶しいが、それも致し方なしか。
だが、ここで思わぬ幸運が巡って来る。
「ハァァッ!」
前衛職の槍使いが心臓を壊せば死ぬのではないかと思い、実戦しようと突きを見舞った。
確かに彼は心臓を狙ったのだが、相手が隣にいた重装兵と接触して体がズレたのだ。
結果、槍は心臓を貫かず胸の中心を貫いた。
ああ、失敗した。そう思った槍使いであったが――
「あれ?」
槍で貫かれた相手は振り上げていた腕をダラリと垂らす。
体からは力が抜けたのか、相手の足すらもぐにゃりと曲がった。
「動かなくなった?」
相手の力が完全に抜け、持っていた槍には体重が掛かって地面へと引っ張られる。
不思議に思った槍使いが槍を引き抜くと、ドサリと相手は地面に倒れて動かない。
「死んだ?」
「死んでね?」
「なになに、どうやったん?」
「いや、心臓を突こうとしたら失敗して……」
胸の中心を突いたと偶然の出来事を説明して仲間に聞かせた。
「回収して原因を探るか」
「俺はもう一度試してみる」
「じゃあ、ちゃんと一突きできるように脇を固めるわ」
「俺も手伝う」
地面に倒れた死体を回収する者、同じ槍使いの者はもう一度同じ事を試そうと動き出す。
槍使いは仲間2人が敵の両側を固め、動けなくなった所で胸を一突き。
「ハッ!」
動けない相手の胸の中心を的確に突くと、確かに敵は先ほどと同じように動かなくなった。
「やっぱり胸が弱点なのか?」
倒れた敵をしばらく観察し、動かない事を確認してから後方へ死体を引っ張っていく。
向かった先では調査組が敵の鎧を外して胸を露出させていた。
「これ、見てよ」
調査組の者が指差す先には胸に埋め込まれていた赤黒い宝石のようなモノ。
それが槍の一突きで壊れたのか、バキバキになっているではないか。
「おもっくそ弱点ぽいじゃん」
「だよね」
分厚い聖銀製の鎧の下にあった赤黒い宝石は弱点と言わんばかりの雰囲気を醸し出す。
そんな死体を囲む彼らの輪の中にひょいと顔を出したのはクリフだった。
「あ、これって」
クリフは赤黒い宝石を見て声を漏らす。
「ん? 知ってるのか?」
「うん。私達が攻略したダンジョンのボスもこんな核を持っていたんだ」
そう。赤黒い宝石は嘗てイングリット達が倒したダンジョンマスターが持っていた赤い核と酷似している。
(これってまさか……)
そして、クリフは赤い核が何なのかも知っている。
彼の脳裏に浮かぶのはダンジョンの深部や研究所と思わしき場所で手に入れた報告書の中身。
異種族の魂を抜き取り、核にして。異種族の体を使って実験し、生物兵器へ。
人間達が行ってきたおぞましい実験の成果を思い出すと、ここでクリフはハッと気付いた。
(人間は神話戦争で異種族に勝った。私達のような王種族を退け、大陸の覇者になっていた。でも、異種族を完全に滅ぼしていなかった……)
ここは第一次神話戦争から百年程度経った世界。異種族にとって強者である王種族を根絶やしにしたはずだ。
それでも人間は異種族を絶滅させなかった。という事は……。
(まさか、人間による生体兵器実験は続いていた? これが完成形なのか?)
ジワジワと侵略し、異種族を捕らえていたのは実験を続けるためだろう。
手に入れた報告書では魂を抜いて核にし、その核自体が重要であるかのように書かれていた。
魂を量産し、それを核にして核を量産する計画。
副産物として出来たデキソコナイのようなモノは失敗作であると。
魂を量産する為にデキソコナイの『マザー』のような存在を作るも失敗したと。
クリフは脳裏で報告書を思い出す。中には『生物兵器として使えるか検証』という文字があったのではないか、と記憶を掘り起こす。
という事は。
人間達――聖樹王国はどちらの実験も未だ続けていたのではないだろうか?
核が重要なのは変わっていないのかもしれない。だが、デキソコナイ実験の方で進展があったとしたら?
強力な穢れを撒き散らすものの動きが遅く、個体同士での連携などは出来ずに本能に忠実だったデキソコナイ。
それがもし、制御できるようになったら……この重装兵のように使えるようになったら?
クリフは嫌な予感を抱きながら、死体の被っていた兜を脱がす。
兜の中にあった頭部にはエルフのような特徴的な耳が生えていた。
(やっぱり……)
これはエルフだ。エルフのデキソコナイだ。そう確信したクリフ。
だが、彼の胸の中には疑問はまだ残る。
(これが捕まったエルフだったとしても、こんなに数がいたんだっけ?)
聖樹王国に奴隷として捕まっていたというエルフ。それは聖樹王国から逃げて来たリンデからも、帝国のファティマからも聞いた話だ。
だが、戦場にいる重装兵の数は多い。1000以上はいるだろう。
そんなに捕まっていたのだろうか? もしそうなれば、聖樹王国は捕まえていた異種族を全てデキソコナイ化したのだろうか?
(この辺は考えるだけ無駄か)
クリフは首を振って推測を止めた。今は考えるだけ無駄な事だ。
徹底すべき事は人間に捕まらない事。
捕まれば魂を核にされ、デキソコナイにされてしまうかもしれない。プレイヤー達がデキソコナイ化したら復活できるかもわからない。
もう一度、セレネ達に伝えよう。そう思ったところで、百鬼夜行のメンバーから声が掛かる。
「おい、大丈夫か?」
「あ、ああ、平気だよ。とにかく、この核が弱点だと思う。ダンジョンボスも核を壊したら体が崩壊したしね」
「おっしゃ。じゃあ、みんなに伝えてくるわ!」
走って行く百鬼夜行のメンバーの背中を見送りながらクリフは立ち上がる。
「私もイングリット達のところへ戻るよ。くれぐれも人間に捕まらないようにね」
注意点をその場にいる者へ伝え、それをマグナに確実に伝えるよう頼む。
「わかったぜ」
「お願いね」
クリフは仲間のいる場所へ戻りながら、前線基地へ振り返った。
前線基地からは嫌な視線のようなモノが感じる。こちらをジッと見て、観察しているような。
とてつもなく嫌な予感を覚えながら、クリフは早足で仲間の元へと戻って行った。
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