23 参戦 2
「な、なんだあれは……」
エキドナの視界内、遠く離れた敵陣で人間とエルフが宙に舞っていた。
否、吹き飛ばされていた。
ふざけた態度の謎種族の男が敵の魔法を食らいながら敵陣に突っ込んでからは、砦に一切の魔法が飛んで来ない。
何が起こったのか、と部下から渡された望遠鏡を覗き込めば敵陣後方で起こっていたのは黒い鎧を纏った男による蹂躙劇だ。
鎧を着ていないエルフは大盾で頭を殴りつけられて地面に沈み、そのまま頭を叩き壊される。
大盾を叩きつけなかった場合は横薙ぎにされた大盾が体にめり込んで、くの字になりながら吹き飛ばされる。
硬いフルプレートに身を包んだ人間も同様だ。
魔族軍で正式採用される剣が通用しない程に硬く防御力のある鎧に大盾を叩きつけて鎧ごと内部の体へ衝撃をお見舞いする。
ヨロヨロと呆けたら最後。首に衝撃が走ってサヨナラだ。
何人かの部分的な防具しか付けていない軽装鎧の騎士なんてもっと酷い。
大盾の横薙ぎに剣や盾ごと骨を粉砕され、ほぼ1撃で終了。ローブを着用するエルフ同様に防御力なんてモノが無いに等しい。
今エキドナの目に映る軽装鎧の人間騎士は支えの無くなった頭がプラプラと垂れ下がって絶命している。
むしろ、それならまだ良い方かもしれない。
執拗に攻撃された重装備――体格が大きく、フルプレート以上に分厚い鎧を着用している者――の人間の騎士などは動けなくなったところを何度も頭に大盾を叩きつけられていた。
ここからは見えやしないが、恐らく頭がミンチになっているだろう。
それにしても一番不思議なのは、黒い鎧を来た男が魔法を撃たれ剣で斬られても一切攻撃を止めないところだ。
傷を受けないのか、多数の敵に囲まれて背中を斬られても気にもしていない。
果たして、あの男は何者なのか。
幼少期に絵本で見た王種族たる竜人族の姿と瓜二つであったが何か関係があるのだろうか、とエキドナは望遠鏡を覗き込みながら思案する。
「エキドナ様! 今がチャンスです! 攻めましょう!!」
司令室でテーブルを囲んでいた男の1人――エキドナの副官が彼女に提案をした。
「よし! 敵が混乱している間に討つぞ! 私に続け!!」
「「「おおお!!」」」
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「ようやく動きやがった」
イングリットは後方から土煙を上げて突撃してくる魔族軍をチラリと一瞥した後に呟く。
呟きながらも前方から斬りかかって来る騎士の剣を大盾で受け止め、腰に巻いているベルトのポーチから灰色のボールを取り出した。
取り出したのは『魔石型小型爆弾』というメイメイが作った投擲アイテム。
メイメイが作った、と言っても生産職である『道具職人』ならば誰でも作れる代物である。
火吹きトカゲやファイアーラットルという火山地帯に出没する炎系の魔獣から採取できる炎魔石に鉄でガワを覆った物で、強く握って中身へ圧を加えれば中の魔石に宿る魔力が暴走して爆発を起こすアイテム。
攻撃スキルが乏しいイングリットにとって、こういった投擲アイテムを活用する事で攻撃スキルの代わりとしていた。
イングリットは取り出したボールを強く握ってから、未だ生存しているエルフ達のいる位置へ向けて転がす。
コロコロと転がったボールにエルフ達は注視するが足元に到達したボールは赤く光った後に爆発。
防御魔法の間に合わなかったエルフは数名の生き残りを残して爆散した。
エルフ達の断末魔を耳で確認しながら、大盾で受けた剣を弾き返す。
次は既に死亡した人間騎士の傍らに転がっていた剣を拾い上げた後に、弾き返した騎士へ飛び掛る。
飛び掛ってきたイングリットの膝蹴りを腹に食らった人間は地面へと倒れ込んでしまう。
人間の騎士は起き上がろうと、衝撃を受けた際に閉じていた目を開けると眼前には剣の刃が迫っていた。
膝蹴りで押し倒した人間騎士の兜と鎧の間――首元へイングリットは拾った剣を捻じ込む。
肉を突き破る感触を手に感じながら、差し込んだ剣をグリグリと回して殺害。
動かなくなった人間騎士から剣を引き抜き、引き抜いた剣を槍投げをするかのように持ち直して、次はその様子を恐ろしそうに見ていたエルフへ剣を投げつけた。
剣を投げられたエルフは腹に剣が刺さって地面に転がる。
『30』
脳内に響くダメージ報告と共に背中へ衝撃を受け、振り返れば人間の騎士が剣を振り下ろしたところであった。
「クソッ! 何で死なない――がああ!」
背中を斬った騎士へ振り返りざまに頭へ裏拳をお見舞いし、フラつく相手の頭目掛けてお得意のパイプイスアタックで頭を叩き潰す。
「ひぃ、ひぃぃぃ!」
敵陣に突っ込んできて、傷も受けずに淡々と味方を殺害していく黒鎧の男。
それを見つめる人間とエルフは恐怖に支配されて情けない声を上げ始めた。
イングリットは恐怖の声を上げる彼等へ何も返さぬまま、ポーチからボールを取り出して転がす。
爆散する人間とエルフを背景にしながらイングリットは一度手を止めて、離れた位置にいる魔族軍の様子を伺い始める。
「切り裂きの風よ! 我が剣に――」
と長い詠唱をしながら剣に風魔法を付与させ、切れ味の増した剣で人間が着込む鎧を切断していくエキドナ。
彼女の攻撃に続いて剣を振る他の魔族達。
「付与師かよ」
4将というのだからさぞかし凄い武器でも持っているのかと思いきや、エキドナは両手剣――普通の鍛冶職人が作ったように見えるバスターソードを振るっていた。
「うーん。ダンジョンは無いのか? あればもっと強力な装備を軍が使ってそうだし……ううむ?」
シャルロッテから説明を受けたが、魔族軍の4将というのは魔族軍の中でも最も強い者へ与えられる称号だそうな。
そんな4将の彼女であれば魔王様より賜った~などと言いながら、ダンジョン産のレア度の高い、強力なマジックウェポンを使っててもおかしくない。
そうではない、という事はこの世界にダンジョンは存在しないのだろうかとイングリットは思案しながら首を傾げる。
「まぁ、いいか。とにかく今は聖なるシリーズだ」
エルフ部隊もほぼ壊滅し、人間騎士の数も減らした。
そろそろ総大将である腰振り野郎が出てきてもおかしくはないだろう、とエキドナ達と戦っている敵陣中央の最奥へ視線を向ける。
と、その時。
「テメェら!! なに魔族のゴミ共に押されてんだよッ!!」
敵陣の最奥から若い男の怒号が聞こえると、魔族と戦っている人間達の後方より金の光を放つ槍を持った金髪の男が歩いて来た。
「クソが! 本当に使えねえ野郎どもだ!」
金髪の男――レオンが人間を掻き分けて最前線に立つと、魔族軍の先頭で戦っていたエキドナを見て口笛を吹く。
「へぇ。結構見た目の良いメスがいるじゃん。アイツは俺のペットにするからな!」
エキドナを舐めるように見つめながらそう言い放つと、視線を向けられているエキドナはバスターソードの剣先をレオンに向けて吼えた。
「貴様が総大将か! 私との一騎打ちを申し込む!!」
なんという事でしょう。
脳筋ぽいエキドナはくっ殺女騎士の如くフラグを立ててしまったのです。
イングリットは兜の中であんぐりと口を開けながら「勝てるわけねーじゃん」「そんな事言う暇あったらさっさと殺せ」とエキドナの騎士道精神への感想を浮かべていた。
「は? 馬鹿かテメェ」
一騎打ちの申し込みをされたレオンは、ご尤もな意見を言いながらもニヤリと笑った後に槍を構え、その場で槍の先をエキドナの隣に立つ魔族軍へ向けて空間を突く。
槍頭が一際強く発光すると、槍の形をした光が魔族軍に向かって飛んでいく。
飛んでいった光の槍は魔族軍の者に着弾するとズドン、と大きな爆発を起こして周囲の魔族を跡形も無く消し去りながら土を空へ巻き上げた。
「一騎打ち? するまでもねェ。テメェ以外は全員簡単に殺せるんだよ!」
エキドナは爆発の余波を腕でガードしながらも地面を転がり、10mほど吹き飛ばされてしまう。
吹き飛ばされる瞬間、部下が光に飲まれて消えていく場面を見てしまった。
彼女は容易く、一撃で20人以上の部下を殺す相手の理不尽な強さに驚愕の表情を浮かべる。
一方で、騎士道精神への回答を予想していたイングリットはレオンの持つ聖なるシリーズ――聖槍の能力を考察していた。
「あれは光属性の魔法? 光の槍として放つのか? 聖なるシリーズ特有の防御無視攻撃はありそうだな……」
「死ねえええええ!!」
「うるせえ! バケツ野郎!!」
聖なるシリーズを考察中にバケツ兜を着用した人間騎士に横から攻撃されそうになるが、大盾で剣を弾き返した後に大盾でぶん殴る。
「さっさとぶん殴ってルート権取るか」
イングリットはベルトにつけたポーチをゴソゴソと漁り、新たな投擲アイテムを取り出した。
補足
敵の兵装
エルフ → 魔法使い系 ローブ
人間騎士(軽) → 弓や剣 スピードタイプ 革系の軽装備
人間騎士(並) → 剣と盾 バケツ兜系フルプレート 最もスタンダード
人間騎士(重) → 大剣やモーニングスター 大柄な人間が装備する肉壁タイプ
魔族軍の兵士 → 貧乏なので魔獣系の素材で作った革装備がメイン。4将や指揮官の人は金属製の鎧
って感じです。




