225 ソウル・アーカイブス:赤竜王 2
戦争に参加したイングリット達を待ち受けていたのは人間という種族の軍勢。
彼らは銀の鎧を身に着け、剣と見慣れぬ魔法のような技術を駆使して戦っていた。
戦争が始まった頃、王達は皆一様にこう思っていただろう。
『ただの人型生物に、何も特徴の無い者達に負けるはずがない』
魔王のように桁外れの魔力を持ち、大魔法を連射できる訳でもない。
幻獣王のようにスピードとパワーに溢れた肉体を持っている訳でもない。
人間なんぞ恐れるに足りぬ。我等異種族こそ最強。
王と王に付き添う配下達はそう思っていた。だが、実際はどうだ。
銀の鎧を纏う人間達、1人1人は確かに弱い。非力である事は間違いない。
しかし、彼らは『連携』や『協力』という事を知っていた。
対し、異種族はどうだろうか。
種族で一番強い者が戦場を駆け、一騎当千の働きをするという個人プレーが主である。
幻獣王が個人で100の強さを持っていたとしても、人間が100集まれば対等になる。200集まれば不利になる。
そんな状況は赤竜王であるイングリットに対しても同じであった。
当時の竜人族は個人プレーの極みのような種族で、他の異種族よりも遥かに高い攻撃力で押し通すというのが主な戦い方だ。
生活する為の人型から戦う為にある『竜』の姿へ変わり、ドラゴンブレスを吐きまくる。
まだMMOというシステムの中で不得意な部分を補うという概念なんぞ知らず、ペース配分や一時的な回復をする為の撤退などという戦術すらも知らない。
とにかく火力で全てを薙ぎ払う事しか頭にない。
その最たる者がイングリットという竜王。
彼は赤竜の姿になって上空からブレスを打ち込む。灼熱の炎が人間達を焼くと思いきや、人間達は協力して『防御壁』を張って防御する。
渾身のブレスを防がれたイングリットは驚愕と同時にショックを受けた。
まさかあんなにも小さな者達がブレスを防ぎ、反撃までしてくるとは微塵にも思っていなかったのだ。
怒りに身を任せ、ドラゴンブレスを吐き続けるイングリット。反撃してくる人間の攻撃を分厚い鱗で防御する黒竜達。
手あたり次第攻撃するイングリットを黒竜達がフォローする事で何とか互角の戦いを繰り広げていた。
「クソが! 何なんだアイツ等は!」
「王よ! また攻撃が来ます! ぐッ!?」
空を飛ぶイングリット達はまだ良い。地上にいる他の異種族達は人間に押され、瓦解しつつある。
「一時退きますか!?」
黒竜は後方にある野営地を一瞥した。
そこには魔王軍の駐屯地があり、食糧や薬も置いてある。戦時中という事で配布してくれており、イングリット達もそれを享受できるのだが……。
「馬鹿言うなッ!」
頭に血が上っているのもあるが、何より竜王としてのプライドが退く事を許さない。
ここで全て焼き尽くすと再びブレスを吐くが――
「王よ! 敵の反撃がッ! グガアアアッ!?」
敵の軍勢の中から放たれた光る剣。それがイングリットを守っていた黒竜の鱗を貫いた。
アダマンタイトよりも硬く、竜王のブレス以外は傷をつける事もできないと言われていた黒竜の鱗をいとも簡単に貫く攻撃。
体を貫通し、翼を千切られた1匹の黒竜は地上へと墜ちていく。
「なんだとッ!?」
仲間がやられた事に驚愕する黒竜達とイングリット。
墜ちた黒竜は人間達に群がられ、無事な鱗や羽を毟り取られてしまう。
「いやぁ、竜とはこんなにも弱かったのか」
地上から声が聞こえた。声の主は先ほどの光る剣を撃った人間。
対峙する軍勢の中にいる強敵。地上にいる異種族を片っ端から殺す元凶。
異種族の中に優れた者がいるのならば、人間の中に優れた者がいたとしてもおかしくないだろう。
「竜は殺すな。コイツ等は良い材料になるだろうからな」
白銀の鎧と背中に白い羽を生やした人間が余裕の笑みを浮かべながら戦場を散歩するかの如く歩いていた。
「お前が敵将かッ!」
黒竜の事を配下と認めてはいないものの、仲間だと思っていたイングリットは更に怒りを込み上げる。
渾身のブレスを白銀の鎧を身に着けた人間にお見舞いするが、
「なんと単調な。そんな脆弱な攻撃は人間様に通用しないんですよねぇ」
防御壁を張る事もせず、持っていた光の剣の一振りで霧散させる。
「なッ!?」
「愚かなトカゲだ」
ブレスを払い、払ったついでに攻撃。そう、ついで。彼にとってはその程度。
「ガアアアッ!?」
その程度の攻撃ですら黒竜は防げない。
「王よ! 退いて下さい!」
空に浮かびながら、驚愕の眼差しで人間を見つめ続けるイングリットに黒竜のリーダーが叫ぶ。
「ははッ! 尻尾を巻いて逃げるか! だが、そうはさせない!」
笑った人間は黒竜の視線の先にある駐屯地目掛け、自身の持つ最大の攻撃を放った。
人間から放たれる光の柱。そして、その直後に雲で覆われていた空から巨大な光の剣が駐屯地へ降り注ぐ。
「あそこには……ッ!」
剣が降り落ちる先を見るイングリットには焦りが浮かぶ。
「あそこにはシャルロッティアがッ!!」
人間が攻撃した場所は魔王軍の駐屯地。そこにはイングリットの帰りを待つ妻がいる。
「やめろォォォッ!!」
イングリットはブレスを光の剣に向かって吐くが距離も遠く、光の剣に比べてか細いブレスで打ち崩せる訳も無く……無駄に終わる。
巨大な剣が地上に到達すると、強烈な爆音と空に大地が巻き上がるかのような爆発が起きた。
「あああ……」
イングリットの目には爆発して消えていく駐屯地が映る。
脳裏に浮かぶのは後悔の念。
強く言ってでも住処に彼女を置いてくるのだった、と。
人間を侮るのではなかった、と。
己の力を過信しすぎていた、と。
「ははははッ!! どうだッ!! 人間に歯向かう愚か者共めッ!! 姫様に歯向かう馬鹿共めがッ!! これが力だッ!!」
人間が面白可笑しく笑う声は絶望するイングリットには届かない。
「貴様等も贄となれッ! 我らが姫様の力となるがいいッ!」
無慈悲な攻撃を加えた人間が、その隙を逃す訳も無く。光の剣がイングリットに向けて放たれた。
「イングリット様ッ!」
絶望し、茫然としたまま空に浮かぶイングリットの体を黒竜のリーダーが体当たりでズラす。
「ガハッ!」
胸に光の剣が刺さり、血を吐く黒竜。だが、彼は墜ちない。
「お前……」
「王、よ。お逃げ下さい……。まだ、奥様が、死んだとは……限りません……。どうか、逃げて……再起を……」
そう言う黒竜の体に3本の剣が刺さる。
腕は千切れ、体からは血飛沫が迸る。これら全てはイングリットを守る為に、己の体を犠牲にした防御であった。
「なぜ、そこまでして……」
イングリットは黒竜の影に隠れながら問う。
首を回してイングリットを見た黒竜は、
「守る事こそ、私の役割。貴方を守れば、貴方が敵を撃滅してくれるでしょう……」
黒竜の言葉聞いて、イングリットはハッと思い出す。
彼に勝負を挑まれ、負かしてから。種族間での戦いの時は常に彼がいた。
彼が敵の攻撃を防ぎ、自分が相手を負かす。そういった構図が多かったではないか。
自分が王を名乗れ、最強の火力なんぞと恐れられていたのは彼がいたからではないか。
「さぁ、お逃げください……」
「すまない……」
イングリットは黒竜に言われた通り、駐屯地の方向へと飛び去った。
残された黒竜はもう2発の剣を浴び、遂に地上へと堕ちていく。
「王よ。赤き竜よ。貴方こそが、希望……」
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駐屯地に光の剣が降り落ちる前。そこには男神がいた。
「男神様。お茶をお持ちしました」
「すまぬな。竜の妻よ」
男神と一度会った事のあるシャルロッティアが魔王軍に頼まれ、世話係として配属されていた。
夫の付き添いで戦場にやって来たが戦う事に慣れていない彼女は連れて行ってもらえず。
何か仕事を、と本人も望んでいたので快く引き受けたといった具合だ。
「準備はどうなっている?」
「はい。もうすぐ終わると、魔王軍の方が言っておりました」
駐屯地はまさに進軍の準備を進めている最中。
魔王軍と共に後詰として男神が待機しており、竜や他の異種族が人間を押し返した後で進軍する予定だったのだが……。
「主よ! 空がッ!」
男神がいたテントに入って来たのは眷属のアヌビス。
慌てた様子の彼に釣られ、男神とシャルロッティアは外に飛び出した。
するとどうだ。空には光の剣が浮かび、今にも落ちて来ようとしているではないか。
「空間転移する! ……発動せんだと!?」
男神は駐屯地にいる者達全員と共に安全地帯に転移しようとするが魔法が発動しない。
「邪神の影響のようです」
傍に控えていた鴉魔人が原因を解析すると、世界に根を張った邪神の力が男神の力を阻害しているようであった。
非常にマズイ状況だ。あの剣が直撃すれば流石の男神も無事では済まない。
そこに意を決して提案をしたのがシャルロッティアだった。
「私が時を戻します」
そう言って、彼女は男神を見た。
彼女はこの地の時を戻し、邪神の影響化となる前の状態にしようと言い出した。
そうすれば転移が出来る、と。
だが、時を戻すなど並大抵の事じゃない。禁術と呼ばれる魔法を使わねばならない。
吸血鬼とサキュバスの混血児から更にドラゴニュート化し、3種族の血が混じり合った彼女は確かに時を操れるが禁術の反動は消せない。
「それを使えば、お主の命は……」
当然、神である男神は使えばどうなるかを知っている。
しかし彼女は首を振った。
「ここで貴方が死んでしまえば世界が終わります。世界が終われば、夫も生きていけないでしょう」
愛する夫の為に貴方を救う。
彼女はそう言った。
「お主は……」
彼女の決意の源は愛だった。男神が戦争を始めたのも女神を救おうとする愛が故。
愛が故に彼女は命を投げ捨てるのだと知り、男神は奥歯を噛み締める。
「さぁ、準備を」
そう言って、シャルロッティアは空へ顔を向ける。
瞳には赤き魔力が満ち、足元には巨大な魔法陣が浮かぶ。
バチバチと赤き魔力の残滓が迸ると、
「アアアアアアアッ!!」
赤き姫竜は雄叫びを上げる。
溢れ出る魔力が己の体を傷つけ、体に生えていた鱗はボロボロと剥がれ落ちていく。
剥がれ落ちた箇所から血が溢れ、禁術を制御する瞳からも血の涙が零れた。
彼女の命と魔力が燃えて、禁術は発動。時が戻り、邪神の影響は消失する。
「主よ!」
「竜の妻、シャルロッティア。私は君を忘れない」
徐々に姿が消えていく男神達を見ながら、シャルロッティアは心の中で願った。
(どうか、次の人生があったとしたら……。また、貴方様のお傍で生きていたい……)
その願いは確かに聞き届けられる。
男神の姿が消えた後、転移魔法のタイムラグのせいで姿を消す寸前だったアヌビスが確かに聞いた。
「その願い。必ず我が主へと届けよう」
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駐屯地へ戻ったイングリットが見た光景は絶望的だった。
建てられていた兵舎や蔵の残骸が散乱し、積まれていた物資も粉々になってそこかしこに飛散している。
(シャル、シャルは……!)
空から愛する妻の姿を探していると、地面から生える手が目に映る。
よく目を凝らしてみれば手にある指にはキラリと光る指輪があるではないか。
あの輝きは自分が彼女に贈った指輪じゃないか。そう思い、彼は地上に降りて地面を一心不乱に掘り起こす。
「ああ、あ、あ……」
彼の予想は正解だった。光った指輪は確かに自分が贈った物。
土に埋もれていたのは愛する妻の亡骸。
片腕は失われ、半身もボロボロの状態。顔は無事であったが綺麗だった瞳は存在しない。
「ああ……。あああああッ!!!」
イングリットは彼女の亡骸を抱きしめながら泣き喚く。
何故こんな事に。何故彼女が死ななければならなかったのか。
怒りと、不甲斐なさと、後悔が彼の中で渦巻く。
「いたぞッ!! 異種族だ!!」
彼女の亡骸を抱きしめていると、背後から人間の声が聞こえた。
涙を流しながら振り返れば武器を持った人間達が自分へと駆けて来る姿が映る。
「貴様等がッ! 貴様等さえ、いなければッ!!」
イングリットは竜化してドラゴンブレスを撃ち込んだ。だが、先ほどの戦闘と同じように防御壁によって防がれる。
「クソッ!!」
愛する妻の亡骸を大事に抱え、空へと逃げる。
途中で人間の使う魔法で被弾し、体からは血が噴き出るが……。
「お前だけは、お前だけは守るって決めたのにッ!」
既に死亡している妻の亡骸をこれ以上汚されたくない。
イングリットは自身の体に出来る傷になど構わず、住処へと飛び去った。
住処である山へ着く頃には、度重なる攻撃で彼は飛行もままならぬ体となっていた。
だが、彼は帰って来た。愛すべき妻と暮らす家に。愛が溢れていた我が家に。
竜化を解き、家のドアを通って玄関に入るとその場で崩れ落ちる。
「シャル……」
傍らには愛すべき妻の亡骸。
イングリットは彼女の体を震える腕で抱き寄せる。
「すまない、すまない……」
何故、こうなってしまったのか。
人間がいたからだろうか。
自分の力を過信し、驕っていたからだろうか。
「ちがう……」
自分は力しか無かった。全てを破壊する力しか無かった。
「守る力が無かった……」
黒竜のように、誰かを守る為の力は無かった。
愛すべき者を守る力は持っていなかったと、今になって気付く。
「すまない……」
もしも、もしも、自分に次があるならば。
次は大切な者を守る力が欲しい。
そう願いながら、赤竜王は愛しい妻の亡骸を抱いて死んだ。
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「いてッ」
痛みを感じ、目を覚ましたイングリット。
周囲を見渡せばここが宿屋の一室であると気付く。窓の外はまだ暗い。
痛みの原因を探れば、腹の上にあった細い足に気付く。
「んふー。すぴぴ。うひ、うふふ……」
痛みを与えた原因は隣で眠るシャルロッテの足だったようだ。今日の彼女はいつにも増して寝相が悪い。
「ったく」
イングリットは彼女の足を元に戻し、毛布を掛け直しながら自分も再度横になった。
横になりながら、隣で幸せそうに眠る彼女の顔をじっと見つめる。
「ん~……。いんぐぅ~……」
むにゃむにゃと口を動かしながら何かを探すように腕を動かすシャルロッテ。
「しゃあねぇな……」
イングリットは眠る彼女を抱き寄せ、自分の腕に彼女の頭を乗せた。
「んふふ」
寝ているはずなのに、安心する場所を見つけたかのように笑うシャルロッテ。
「…………」
イングリットは愛しい彼女を抱き寄せると再び眠りについた。
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