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224 ソウル・アーカイブス:赤竜王 1


 邪神が力を得てから人間がこの世界に召喚され、邪神と男神による神話戦争が勃発した直後の事。


 竜人族の王と呼ばれる赤竜王の住まう山には2組の客が訪れていた。


 赤竜王イングリットの妻であるシャルロッティアは手を震えさせながら客人の前にお茶を配膳する。


「ありがとう」


 まず1組目の客人。正体は神である。神話戦争を始めた男神とその眷属である鴉魔人。


「奥様。感謝致します」


 もう1組は全身黒ずくめの竜人。髪も黒く、身に着けている服も黒い。正体は竜人の中でも黒竜人という、黒竜が竜人種に進化した種族である。


 こちらは緊張する間柄でもない。彼はイングリットの配下であり、守護する盾である。因みに自称、本人が言っているだけ。


 2組の客は出されたお茶を一口飲んで会話を再開した。


「赤竜王よ。再度願うが、神話戦争に加わってくれ」


「王よ。我等、黒竜達はいつでも出陣できます」


 どちらも真剣な顔でそう言うが、言われている本人はソファーに背中を預けながらため息を零した。


「あのさぁ……。俺は別に参戦する気ねえんだが?」


「何故だ?」


「何故です!?」


 イングリットの言葉に返す2人は熱量は違えど、彼に望む事は同じなようで口を揃えて真意を問う。


「面倒じゃん」


 返って来た言葉は実にシンプルだった。


「俺は宝に囲まれながら今の暮らしが一番だ」


 この時代の『王』というのは例外無く我儘だ。


 例えば魔王。彼が神話戦争に参加しているのは領土が侵されたというのもあるが、大陸統一という覇道を達成する為に。


 例えば幻獣王。彼が参加するのは己の武を高める為に。


 他にも色々な王がいるが、彼らが神話戦争に参加する理由の中に『男神を助けたい』と純粋に思っている者は少ない。


 そして、イングリットも同じだ。


 彼は現状に満足している。煌びやかな財宝に囲まれ、愛する妻と共に生きるこの時間に満足している。


 人間などという他種族を蹴散らして今更何を得ようとも心は動かないだろう。


 彼は人生の中で一番の宝を得たのだから。


 しかし、彼の言動は男神にとって想定の範囲内。


「君の宝が奪われるかもしれない、と言ったらどうかね?」


「あ?」


 男神が冷静にそう告げると、イングリットの鋭い視線が向けられた。


「人間は邪神と共に勢力を伸ばしつつある。このままでは魔王も押し切られるだろう。大陸中央の魔王都リバウを取られれば、人間は勢いのままに南下してくるはずだ」


 食い止めなければここも侵略される。男神はそう言った。


「人間は異種族を捕らえ、何かしているようだ。捕らえられた者達は惨い死に方をしていると報告もある。魔王都が侵略され、ここに人間が大挙して攻め入れば……」


 チラリと男神はシャルロッティアを見た。


 その意図を察したイングリットは、


「おい。ふざけんな。そんな事言って俺を良いように使おうってか?」


 ギラギラと殺気を飛ばしながら男神を睨みつける。


「事実を言っているまでだ」


 だが、男神は退かない。


 2人のやり取りにハラハラしながら控えるシャルロッティアと黒竜の男。しばし睨み合いが続くと、折れたのはイングリットだった。


「チッ。今回だけだ。それと、参戦するからには報酬を寄越せ」


 万が一、男神の言う事が真実で愛する妻に何かあったら。そう思うと彼の中に恐怖が這いずり回る。


 昔は恐怖など感じなかった。当然だ。守りたい物など無かったのだから。


 思うがままに生き、思うがままに暴れた。


 でも今は違う。大事な物があって、それを手放したくない。誰にも触れさせたくない。


 もしも、彼女が奪われてしまったら。そう思うと腸が煮えくり返る程の怒りと失う恐怖を感じてしまった。


 だが、そんな思いを抱きながらも報酬を望むのは流石の強欲竜か。


「良いだろう。神たる私がとびきりの報酬を用意してやろう」


 男神も報酬の件に了承した。彼も必死だったと言わざるを得ない。


 だが、これで心強い味方が参戦する事になったのだ。男神は内心でホッと安堵の息を漏らす。


「では、頼むぞ」


 男神と眷属はその場から姿を消し、イングリットの家には黒竜だけが残った。


「王よ。いつ戦場へ?」


「お前達も来るのか?」


「当然です! 王をお守りするのは我等の役目! 必ずや、貴方をお守りしましょう!」


 配下を自称する黒竜はやる気満々の様子を見せた。


 この場にはいないが、他にもイングリットの配下を自称する黒竜がいる。黒竜人の中で一番強い彼はリーダーのような役目を担っているので、号令を掛ければすぐに招集できると告げた。


「じゃあ、3日後に。シャルロッティア、お前は――」


「当然着いて行きますからね?」


 ここに残れ、と言いかけたイングリットにシャルロッティアは先手を取るように「着いて行く」と言い出した。


「ダメだ。戦争なんだぞ? 危険すぎる」


「嫌です。私は貴方様に拾って頂いた時から、この命は貴方様に尽くすと決めています。どこまで着いて行きますからね」


 その後、何度も問答は続いたが結果的に彼女も着いて来る事になった。


 これがイングリットにとってのミス。


 そして、一番のミスは『人間相手に勝てる』と勝手に思い込んでいた事だろう。


 己の力を過信した結果、彼は大切な宝を失ってしまう。


読んで下さりありがとうございます。

過去の話が続きます。

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