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220 赤い目の支部長


 冒険者組合帝国支部。


 帝都中心部にある建物を一部改装して作られた支部で、内装としては魔王国にある本部と変わらない。


 入り口のすぐ傍に受付カウンターがあり、奥には事務員の机が並ぶ。


 そんな事務室の一番奥には一際大きく広い机があった。


「おかしいぴょん……」


 大きく広い机の主はそう呟きながら本日5本目のポーションを一気飲みした。


 机の上に積まれる書類の束は全力で処理しても全く減らず。むしろ増えていくばかりだ。


「出世したら楽になると言ったぴょん……」


 上司である本部組合長のセレネに「出世すれば部下を使い放題。上の者は座っているだけな簡単なお仕事になるじゃん」と言われ、彼女はその言葉を信じて仕事に励んだ。


 励んだが、現実はどうだ。


 睡眠時間は皆無。いや、気付けば気絶するように寝ているが部下に起こされる。


 机の下にあるポーションの空き瓶は帝国支部着任から数えて40を超えている。まだ着任して1週間も経っていないのに。


 彼女のチャームポイントであるくりくりとした可愛らしい大きな瞳は面影もなく、ギンギンに血走った瞳になっているではないか。


 貴馬隊のメンバーには「おう、ルルララ。遂に人間ぶっ殺しデビューか。眼力からして10人はヤっちゃった?」と言われるほど。


 人間をぶっ殺して眠れるならそれも良い、と非戦闘職である本人も思ってしまうほどだ。


 ただ、出世しているのは間違いない。


 金の回収係から始まり、魔王国本部の事務員、本部事務長、本部副組合長まで短期間で登り詰めた。


 そして今は、彼女の机の上にある『帝国支部支部長』という文字が掘られた三角形の役職を示す置物が輝く。


「支部長、この書類なんですが……」


 そんな人を10人はヤったと思わせる眼力をしたルルララに、現地採用してまだ日が浅いエルフの女性が恐る恐る書類を見せにきた。


 帝国に提出する書類のチェック、本部に報告する書類はルルララの判子が必要になる。


 不備があればルルララに文句が飛び、訂正しなければならない。


 それでは二度手間だ。たたでさえ眠れていないなのに、至急の訂正作業なんて追加されたら……。


 故に彼女はチェックを怠らない。


「ここ、この項目は計算が違うぴょん。帝国の単価で計算するぴょん」


「あ、すいません!!」


「いいぴょん。間違いは誰にでもあるぴょん。君は優秀だから次は間違えないぴょん」


「はい!! ありがとうございます!!」


 目を血走らせてはいるものの、部下の育成も怠らない。


 何日もまともに眠っていないせいでブチギレそうになるが我慢して、ミスをした部下を怒らず冷静に指摘して励ます。


 そうすれば部下達もよく働いてくれて、ミスをしなくなると学んだからだ。


 この考えは正しく、彼女が教育した職員は優秀な人材に育つ。育つのだが……。


「なんで新人ばかりなんだぴょん……」


 優秀な人材は既存の支部や本部に取られ、ルルララに宛がわれるのは新人ばかり。


 毎回、毎回、彼女は新人教育を行いながら支部を運営し、己の仕事まで行う。


 一体、いつになったら楽が出来るのか。


「ルルララ、すまんがイングリットに追加出資の説得をしてくれんか」


 2階から降りてきたマグナが彼女に「ちょっとコンビニ行って来て」くらいの感覚でモノを頼む。


 一体、いつになったら楽が出来るのだ。


「テメェ! この依頼があるって言うから遥々魔王国からやって来たのによォ! ねえじゃねえか!!」


「あ、や、やめて下さい!」


 マグナの頼みを了承し、2階に上がって行く彼の背中を見ながらため息を零していると次はカウンターから怒声が聞こえた。


 視線を向ければ魔王国で冒険者になった元傭兵がエルフの受付嬢に詰め寄っているようだ。


「やっぱりな! 裏切り者のエルフめ! 俺達を騙そうとしているんだろう!」


「ち、違います! この依頼は先日、別の方が――」


 プレイヤーではなく元傭兵の冒険者は現代に生きる異種族だ。故にエルフに対してあまり良い感情を抱いていない。


 むしろ、最近の事件の事もあって下に見ているのだろう。


 この世界の住人としては、特に魔族と亜人にとっては、家族や友人が人間とエルフに殺された者も多いために正しい感情なのかもしれない。


 だが、エルフを排除した所でどうにもならない。何たって人手が足りなくなる。


 それに冒険者組合内での騒ぎはご法度。ルルララはもう一度ため息を零しながら立ち上がった。


「それは昨日、別の冒険者が依頼を受けたぴょん。来るのが遅かっただけだぴょん。エルフは関係ないぴょんね」


「支部長……!」


 詰め寄る冒険者と受付嬢の間に入り、彼女は冷静に説いた。


 助けられたエルフの女性はルルララを潤んだ瞳で見つめ、冒険者のこめかみには更に青筋が浮かんだ。


「ああ!? 俺様が遥々来てやったんだぞ!? じゃあ、移動に使った金くらい寄越せよ!」


「そんなサービス無いぴょん」


「テメェ!」


 エルフの国だから強気に出ているのだろうか。とにかく冒険者は腰に差している剣の柄に触れてしまった。


 その動作をギンギンに血走った目で見たルルララは――


「やれ」


 ルルララが小さく呟いた言葉と同時に、シュッと風を斬るように現れた黒ずくめの2人組。


 彼らはルルララに従う組合の特殊部隊員。流れるような動作で冒険者の腕を取り固めて拘束した。


「なッ!? イテェ!! イデェ!!」


「再教育だぴょん。プレイヤーじゃないから殺すなぴょん」


「ハッ!」


 ずるずると引き摺られ、組合の裏にある運動場へ連れて行かれる冒険者。


 彼は法を犯した。ルルララの作った法を。


 故に再教育を受ける事になるが、彼は現地人。まだマシな部類である。


 プレイヤーならばその場で首が宙に舞っていた事だろう。そして、その30分後にはバブバブと赤ちゃんになっているに違いない。


「し、支部長、ありがとうございます」


 潤んだ瞳でルルララを見るエルフの女性は火照る頬を両手で抑えながら言った。


「ルールだぴょん。ああいう輩が来たら言うぴょん」


「はい!!」


 エルフの女性が向ける熱い視線など我関せずとクールな態度見せつける。


 彼女が再び自分の机に戻ろうとすると、


「ルルララ殿。丁度良かった。ファティマ様からの書類をお持ちしました」


 次に現れたのはエルフ軍の将軍。自国の重役が現れた事で、受付嬢のエルフや他の事務員達の背筋が思わず伸びた。


 ルルララは将軍から受け取った書類をその場で読み始める。血走った目が一字一句逃さずチェックすると、


「ここ。数が違うぴょん。合計の金額も変わるぴょん。やり直すぴょん。締め切りは今日の夕方までだぴょん」


「えッ!? も、申し訳ない。すぐに文官に直させます。そ、その……締め切りは延びませぬか?」


 将軍本人の気持ちとしてはすぐに直して持ってくるつもりであるが、加護が切れるという問題もあって城は食糧生産関係の事で大忙し。


 文官がすぐに対応するか約束ができない状況を知っていた。故に締め切りが延長できないか一応、聞いてみたのだが……。


「ダメぴょんね。次のラプトル便で送るぴょん。じゃないと、こちらの経費がかさむぴょん」


「そ、そうですよね……。すぐに直して持ってきます……」


 ギンギンに血走った目で直視された将軍はすぐに退いた。


 あれは人を何人もぶっ殺した目であると、武人の勘が警鐘を鳴らしたからだ。


 哀愁を漂わせる将軍の背中を見送ったエルフの事務員達は、国の重鎮であろうが毅然とした態度で対応してみせるルルララを見て呟く。


「ルルララさん、マジでかっけぇ」


 冒険者組合職員ルルララ。育てた部下達からの信頼も厚く、出世街道を爆進中。


 彼女は今後どこまで出世し、どのような存在になっていくのだろうか。


 まだまだ目が離せない。


読んで下さりありがとうございます。


次回は金曜日に投稿します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 優秀に育った人を一人くらい副官につけてあげたい……
[一言] 彼女は気付くべきだった。楽を出来ると言うセレネが楽に出来ていなかったと言うことを…! 優秀過ぎる人材には他の人よりもでね。上手くサボらなければ…しかしこの子、最終的に国でも治めそう
[一言] 実際に大半の仕事が自分の手から離れて一気に仕事量が減ったりすると、半日くらい怪しんだ後1日くらい喜んで、その後は仕事が無さすぎて不安に駆られたりするんだろうな・・・。
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