218 精霊の祠 3
「貴様等に沙汰を言い渡す」
そうイグニスが言うと跪くファティマ達の体が震えた。
恐る恐る顔を上げたファティマはイグニスを見て口を開く。
「お、お待ち下さい。我々は生き残る為に……」
だが、イグニスの小さな太陽のような瞳を見た瞬間、声はどんどんと小さくなってしまい最後まで言い切る事が出来なかった。
「生き残る為に。結構な事だろう。だが、裏切らずに対峙した魔族と亜人はどうだ? 王種族は死んでしまったが種は生き残った。それに……王種族も再び世に戻っている」
イグニスはそう言いながらイングリット達へ顔を向けた後にファティマを再び見下ろした。
「当時は王種族が戻るなど思いもしなかっただろう。結果論であるのは承知している。だが、私が罰するのは貴様等の精神である」
神話戦争で多くの種族が人間に殺され、姿を消した。
王種族も姿を消した。エルフが戦争を望めばエルフという種がどうなっていたかはわからない。
ハイ・エルフも全滅していたかもしれない。だが、王種族の1種であるハイ・エルフが全滅してもイングリット達のように再び世に姿を現しただろう。
これはイグニスの言うように結果論だ。エルフ達が当時に取った選択も選択肢の1つに過ぎない。
だが、抗う事もせずに早々頭を垂れたのは気に食わない。それはエルフを作った女神に対する冒涜だろう。
何たって女神が囚われ、彼女を取り戻すための戦争だったのだから。イグニスや男神としては女神の為にと奮い立ってほしかったというのが正直な気持ちだった。
「申し訳ございません……」
「本来ならば精霊の加護を切断し、貴様等に精霊魔法を使わせぬようするところである。だが今回の件も併せて男神様と協議した結果、それは保留となった」
精霊魔法が使えぬようになればエルフの生活基盤は大きく崩れてしまう。
それを回避できたのは首の皮一枚で繋がったというべきか。
「精霊の住処をジャハーム国内に移す。ハイ・エルフによる管理権限を取り上げ、私が全て管理する事にした」
精霊魔法は行使できるが、帝国内から精霊が消える。
これによって影響が大きいのはどこよりも特別豊な自然を持つ帝国国内から森林資源や作物等の成長速度が『加護あり』から『通常』に戻るという事だ。
様々な属性の精霊が存在しているが、特に自然に関する大地の精霊による加護が消えてしまう影響は帝国にとって大きい。
例えば作物の成長に半年かかるところ、加護ありの帝国では2ヵ月で実が実っていた。加護が失われれば早い成長は失われ、食糧維持をする為に畑を増やしたりと弊害は多くなるだろう。
逆に精霊の住処がジャハームに変われば、ジャハーム国内に広がる砂漠は急速に緑溢れる大地へ戻っていく事となる。
「わかり、ました……」
森林資源や野菜等の高速供給を利用して、今後帝国が外貨を得ようと考えていたファティマの目論見は白紙になってしまった。
だが、飲み込まざるを得ない。ここで反論すれば精霊魔法を禁止するとまで言われてしまうかもしれないのだから。
「権限が私に戻ったという事も忘れるな。貴様等が再び裏切りの兆候を見せれば……。例え女神様の意に反したとしても次はエルフを根絶やしにする。私の手で、自らな」
もう過去の過ちを繰り返さないと誓っているのはイグニスも同じであった。
再びエルフが寝返り、人間に傾こうとすればイグニスは容赦しない。
「はい。重々承知しております」
「よろしい。冒険者達に協力せよ。それが最上の使命である」
エルフ達へ言い終えると、イグニスは体をイングリット達へ向けた。
「冒険者よ。素晴らしい働きであった」
エルフ達とは対照的にイングリット達へ掛ける声には棘が無い。
彼は手を伸ばすとイングリット達の足元が光った。
「これはクエスト報酬だ」
「おお~」
イグニスが創造したのは全く見た事がない鉱石とそれを精製したインゴット。しかも色が複数存在し、全ての色が揃っているようだ。
当然、真っ先に食い付いたのはメイメイである。
「これはネオ・オリハルコンである。Ver2.0でも製造レシピは解禁されていなかった物だ。世界で手に入れたのは君達が一番乗りであるな」
イングリット達が楔を壊し続け、取り戻した神力でイグニスが開発した新しい鉱石。
レッド・ネオ・オリハルコンなどと命名されたそれは従来のオリハルコンよりも性能が高いと説明を加えた。
「これが製造レシピだ」
「おほーッ!」
地面に這いつくばりながら瞳をキラキラと輝かせるメイメイにイグニスは製造レシピを手渡す。
新しい素材レシピにメイメイのテンションは爆発寸前だ!
「今後も人間と戦いながらクエストは続く。だが、終わりは近い」
「終わりが近い?」
イグニスは燃える瞳を問うたイングリットへ向けて、神の眷属たる威厳を出しながら言葉を続ける。
「君達が先ほど壊した聖樹の根。あれは残り2つだ。ファドナ皇国と魔王国より北にある砦にある。2つを壊せばいよいよ聖樹本体を破壊する事となるだろう」
イングリット達が始めた真なるストーリークエストも終わりが見え始めたとイグニスは言う。
終着点は最初から変わらない。聖樹の破壊、それは人間達との全面戦争を制さなければ成せない事だろう。
「他の冒険者達と力を合わせ、人間に立ち向かうのだ」
イグニスは大きく頷きながら言うと、イングリット達も無言で頷いた。
「では、私はこれで失礼する。……おっと、これからもアンシエイル・オンラインをよろしくお願い致します」
イグニスは思い出したかのようにゲーム内で時より流れる『天の声』の締めを告げると、精霊達と共に姿をかき消した。
「えーっと」
イグニスが姿を消すと、残されたのはイングリット達とエルフ達。
クリフが見つめる先にはドンヨリと肩を落としたエルフ達。中には泣く者までいる始末。
対し、こちらは――
「すっごぉ! このアイテムすっごぉ! これでイングの鎧と盾を直してあげる!!」
テンションMAXで新アイテムを抱きしめながら叫ぶメイメイの姿が。
片や怒られ、片やアイテムまでもらうほどの称賛を受けた結果がコレだ。温度差が激しすぎる。
「ええっと、ドンマイ!」
「はい……」
クリフはファティマの肩を叩き、ファティマは顔を真っ青にしたまま頷く事しかできなかった。
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