217 精霊の祠 2
ファティマとエルフ軍兵数名による案内でイングリット達は精霊の祠までやって来た。
祠は守護者トッド達と戦闘した教会の奥にある扉を潜ると行けるのだが、扉を潜った先はまず祠に続く洞窟を通らなければならない。
「この洞窟の奥に祠があります。ですが、道中はお気をつけて進んで下さい」
ファティマ達はここで別れる訳ではないが、洞窟内は『酷い』と言わざるを得ない状態だと知っていたので事前に注意を促す。
静かな洞窟の中を少し進むと――ファティマが注意しろと告げたモノが現れる。
「あれは……」
クリフが呟き、視線の先には幽霊のように漂う小さな人型の精霊。
精霊といえば属性ごとに纏う光が違っており、幻想的な輝きを放ちながら無邪気に飛び回るような存在だ。
だが、視線の先にいる精霊はどれも半透明で『生きている』気配が無い。
まるで抜け殻になった体がフワフワと漂い、死ぬ事も出来ない哀れな存在と化している。
「人間による実験の被害です。彼らは精霊の心結晶――魂のようなモノを抜き取り、材料にしていました」
小さな声で精霊に気付かれぬよう囁くファティマ。
だが、漂っていた精霊がイングリット達に気付くと、
「アアアアッ!」
「嘘だろッ!?」
小さな体から瘴気を撒き散らし、猛スピードで飛んで来る。
精霊は生きる者の持つ魂を欲しがるように、羨むように。
イングリットが本来使っている大盾は守護者との戦闘で半壊しており、鎧も完全には修理されていない。突進して来る様を見てイングリットが慌てて予備の盾を構えた。
インベントリから取り出したのは技巧が付与されていないゲーム内で拾ったタワーシールド。
無いよりはマシだと構え、精霊の突撃に備える。
構えた盾に精霊の体が当たるとボフッと体が瘴気となって、イングリットの体に纏わりついた。
「パーフェクト・キュア!」
すかさずクリフが治療して事なきを得るが、
「おいおい、自爆特攻か?」
瘴気に侵され慣れている盾役のイングリットでなければ耐えるのは厳しいだろう。
全員に前へ出るなと告げ、イングリットは再び盾を構えて先頭を歩き始めた。
「でも、人間は何で魂を必要としているの?」
クリフが核心に迫る質問を問うと、ファティマは少し黙った後に口を開いた。
「人間はこの世界の魂を材料にし、人間という種を強化しようとしています」
ここまでは研究所跡等で手に入れた資料で知り得た事だ。
「人間と聖樹の神は別の世界から来ました。故にこの世界に適合していない。適合と強化を行うにはこの世界の仕組みを知らなければいけません。その仕組みは魂という創造二神が直接作り出した物を解析するのが一番手っ取り早いそうで。解析しなくとも世界の仕組みを喰らえば……」
「世界に適合してより強くなるって事なのね」
「そうですね。加えて、種としての段階が上がるそうです」
解析すれば仕組みが分かる。だが、喰らったとしても魂の力を得て強くなれる。
人が昇華というシステムを発明し、種に組み込み、その源となるのがこの世界にある魂。
「だから異種族を捕まえていたのか」
「そうです。神が作りし上質な魂。それが王種族でしたが、戦争で数を減らしました。現存する異種族は王種族よりも劣る種族ですので効果が薄い。ならば神の眷属が直接生み出した精霊は、と考えに至ったようです」
「なるほどね。でも、精霊が全滅したらエルフも存続できないよね?」
「はい。ですので……奥に生き残りがいます」
人間達が何をしていたのかを話し合いながら、精霊の特攻をイングリットが防ぎつつ進み続ける。
最奥まで到達すると確かに祠があった。
祠は大きく、大人2人くらいなら入れそうなサイズ。
前面に取り付けられている扉をファティマが開くと、中には色とりどりの光が詰まっていた。
『裏切り者だ』
『仲間を生贄にした』
『裏切り者』
綺麗な光を発する精霊達は扉を開けたファティマを見ると、口々に『裏切り者』と言いながらフワフワとその場を漂った。
「………っ」
精霊に軽蔑されるファティマは反論せず、黙って彼らの罵倒を受け入れる。
生き残った精霊の数を確認し終えると再び扉を閉めてからイングリット達へ向き直った。
「皆さまが目的とする物はどちらに?」
「あれだ」
ファティマの問いにイングリットは祠の裏から見えるモノを指差す。
聖樹の根。
祠の裏側、洞窟の地面から伸びて壁に沿う樹の根を破壊する事が今回のクエスト。
「これで壊せるという話だが……」
イングリットが取り出したのは『破邪の短剣』というクエストアイテム。
帝国解放戦が始まる前に冒険者組合に依頼を出してアイテムを集めさせ、メイメイが製造した物だ。
クエストのテキスト曰く、これを根に刺せば枯れるというが。
刺す前にイングリットがタワーシールドで根を小突くと、ガチンと樹の根とは思えぬ程の甲高い音を立てた。
「硬そ~」
興味が湧いたのかメイメイも鋸斧で根を切断しようとするが、火花を散らすだけで全く削れない。それどころか、鋸斧の刃が負けているようだ。
「やっぱ特定のアイテムじゃないとダメだな」
「そうだね~」
遊びを終えて本題へ。
イングリットが破邪の短剣を刺そうと根に近づける。先ほどまでの感触とは打って変わり、本物の樹にナイフを刺すような感触が。
ブスッと簡単に刺さった短剣が一瞬だけ光ると刺さった場所からジンワリと紫色に染まっていく。
まるで毒を注入しているような光景。ジワジワと広がっていく紫色はやがて染めた部分から根を腐らせ、枯らしていくではないか。
「なるほど。確かに枯らしている」
クエスト達成目標は根を枯らす事。腐って朽ちていく様を見ると心がスッと晴れやかになる。
病みつきになりそうな高揚感がイングリット達に満ちる。
グズグズと腐って朽ちゆく根を見守り、見えていた根がボロボロになって粉のようになると地面にはポッカリと空いた穴が残った。
「埋めておこうか」
「そうだな」
クリフの土魔法で穴を塞いでいると、
『クエストクリア!』
いつものように鍵が飛び出してきて、空中投影されたウインドウに表示される。
もうこの場に用は無いので引き返そうか、とイングリットが言おうとした時。
「眩しいのじゃ!」
祠から強烈な光が生まれ、洞窟内を満たす。
シャルロッテだけじゃなく、その場にいた者全てが目を瞑った。
光が収まると祠のドアが勝手に開く音が聞こえた。イングリット達は祠の裏側にいるので何が起きているのは把握できていないが、離れていたエルフ達は誰もが顔を驚愕に染める。
「アアアアッ!」
光に惹かれたのか、抜け殻になった精霊が瘴気を纏って飛んで来るようだ。
イングリットは慌てて盾を持って声の方向へ体を向けると、
『哀れな。滅せよ』
何者かの声と共に炎の弾が発射された。炎の弾は抜け殻の精霊を包み込み、苦しむ声を上げさせる事もなく消滅させた。
その威力に驚きながらもイングリット達は祠の前へ。
「貴方様は……」
イングリット達がファティマの近くまで来ると同時に彼女は小さく声を漏らした。
『女神が作りし種。エルフよ』
祠の前に立つのは炎の化身。精霊を作った張本人である二神の眷属『イグニス』がエルフ達を見下ろしていた。
「イグニス様……」
精霊を作りし神の眷属イグニス。彼はエルフが女神と共に崇拝する対象。
ファティマ達は揃って膝を付き、頭を垂れる。
だがイグニスがエルフ達を見る目は、燃える体とは対照的に冷えきった視線だった。
『邪神の影響が取り除かれた今、私は貴様等エルフへ沙汰を言い渡しに参った』
イグニスとエルフの間に流れるのは何とも物々しい雰囲気。
関係の無いイングリット達は「どういうこっちゃ」と顔を見合わせるしかなかった。
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