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216 精霊の祠 1


 帝都から人間を追い出し、領地内の駐屯地崩壊。これによりトレイル帝国の解放という報は国内を駆け巡る。


 エルフ達は遂に人間による支配から脱したという安堵を抱きつつ、次は魔族と亜人による支配が始まるのではないか、という危機感半分といった感情を持つ者がほとんどであった。


 対し、魔王国とジャハーム獣王国の住民からも不満は出る。


 両国に住む住人の感情ほとんどが『裏切りの種族を再び仲間にするのか』という懸念と怒り。


 また裏切られる。裏で人間の思惑があるんじゃないか。騙されているんじゃないか。


 魔族と亜人には人間と一緒に行動していたエルフに仲間や家族を殺された者も多く、怒りに身を染めるのも理解できなくはないだろう。


 しかし3ヵ国のトップは同時に『事実』を発表した。


 帝国の女帝ファティマが帝国民に向けて言った言葉を例に挙げると、


「我々は魔族と亜人に屈したのではない。王種族に屈したのだ。彼らは人を倒す救世主である」


 トレイル帝国が屈したのは魔王国・獣王国ではなく2ヵ国の後ろにいる『王種族』に屈したのだという事実。


 帝国は魔王国の属国という立場になったものの、過度な政治的な干渉はさせない。


 帝国はあくまでも王種族に従い、魔王軍とジャハーム軍の入領は王種族が行う事のサポート――資材搬入等の仕事――としてやって来ているというスタンス。


 なので、魔王軍もジャハーム軍もエルフを傷つける事は犯罪となる。そう明確化された。


 何十年ぶりに国交回復となった3ヵ国であるが、現状では貿易等のやり取りも数える程しか約束はできていない。


 ゆくゆくは増えるだろうが、まずは王種族を通してといったところ。


 発表によって国民感情の爆発は防がれつつ、まず最初に着手したのは冒険者組合の建設だった。


 魔王国・獣王国に支部を置く冒険者組合は両国との窓口にもなっており、組合を通して王種族を派遣するような仕組み。これを帝国にも置いて、3ヵ国の情報を得ようという魂胆も含まれている。


 感情の揺れが激しい帝国で組合が受け入れられた最大の理由はやはり『冒険者食堂』だろうか。


「大将。今日のオススメを頼みたい」


「よう、今日も来たのかい」


 新しい食文化や調味料の輸入はファティマとエルフ軍の将軍による宣伝で国民へ急速に浸透。


 なんたってこの2人は王城で食事を摂らず、昼晩は必ず食堂で飯を食う。


 2人は毎日腕を振るうワンダフルの虜となり、国の最上位に君臨するファティマと軍の将軍が毎日通うのだ。そりゃあもう宣伝になった。


 帝国民は新たな味に喜び、魔王国と獣王国は輸入による外貨獲得で経済が潤う。まさにハッピー。


 次に帝国の防衛について。


 帝都の周囲に配置された巨大ゴーレムが要と言ったところだろう。


 デカイ。強そう。これだけの感想を抱かせればインパクトは十分。


 デモンストレーションに近づいて来た魔獣の群れを魔導兵器でワンパンすれば、エルフ達は文句を言う者などいなくなった。


「これ帝都に撃ったらどうなる?」


「あ? そりゃあ消し炭よォ! はっはっは!」


 脅威的なパワーを見せた事によって反乱を起こす気も無くなったと言った方が正しいかもしれない。


 むしろ、ファティマや帝都民が見守る中でのデモンストレーション中に見せた貴馬隊と商工会のやり取りが脅しに聞こえたのかもしれない。


 本人達はジョークのつもりだったらしいが。


 まぁ、それはともかく。人間による支配とうって代わって人道的な占領なのは確かだ。


 飢え死にを出す程の搾取もしないし、魔王国の定めた税金を払えば過度な政治干渉はしてこない。


 拷問や人体実験もしない。兵士の慰み者として徴兵されない。


 魔王国と獣王国には過去の戦犯による慰謝料として物や金を収めなければならないが、それも数年限り。


「ようやく脱したのだな……」


 ファティマが城のバルコニーで帝都の景色を見ながら大きく息を吐いた。


 彼女の言う通り、ようやくエルフは過去に犯した失策から抜け出せた。自業自得だったとしても、ようやく終わったのだ。


 王種族に解放され、魔王国の属国となったとしても、奴隷という苦しい立場から脱して『人』としての権利は手に入れた。


「王種族の方々はどうしている?」


 ファティマは帝都の景色に目を向けながら、背後にいる家臣へ問う。


「ハ。現在は鉱山の調査、及び採掘作業に向けて人を集めていると報告が挙がってきています」


「そうか。確かオリハルコンやアダマンタイトの採掘をすると言っていたな」


「はい。数か月は資源採取を中心に据えつつ、同時進行でポーションの増産をさせると。既にポーション生産所の建設に着手しております」


 報告を聞きながらファティマは長い耳を街の喧騒へ傾ける。


 数日前とはまるで違う。


 人々が終わらぬ絶望と恐怖に怯えて俯いていない。誰もが顔を上げて生き生きと暮らす声が聞こえて来た。


 この中にシズルがいれば。そう思ってしまうのは仕方のない事なのだろうか。


 だが、国民の為にも彼女は下を向いていられない。死んだ親友とシズルの為にも人間を殺すと決めたのだから。


「さて、そろそろ彼らが来る頃だと思うが」


 ファティマが帝都から目を離し、部屋のドアへ顔を向ける。


 すると同時にドアがノックされ、将軍と共にやって来たのはイングリット達であった。


「イングリット様。皆さま。体調はどうですか?」


「問題無い。回復した」


 ここ数日、回復と称して休みを取っていたイングリット達。


 パーティメンバー全員のリフレッシュも終わり、ようやく『クエスト』を終わらせる時が来た。


「聖樹の根は教会の奥、精霊の祠にあります」


 イングリット達が帝国解放に賛成したのは利益の為だけじゃない。次のクエスト目標地がここ帝都だった事も含まれる。


 しかも今回のクエストはいつもと違い、重要度が増しているようで。


 クエスト名にわざわざ『重要度:大』とまで明記されているほどだ。その為、解放後すぐに取り掛かるのではなく万全の状態を期して臨む事にしたという訳である。


「聖樹の根を見た事がありますがあれは異質です。ドラゴンブレスで焼き払うのですか?」


 ファティマは兜を外したイングリットの顔を見ながら言うが、


「いや? 燃やす必要があるなら、クリフがやるが?」


 何を言っているんだ? と疑問符を浮かべるイングリット。


「そうですか……」


 赤い髪、赤竜族。そんな存在はファティマが知る限りでは赤竜王に違いない。


 あの竜王が自らの手で破壊を望まず、盾を持っているなど……。


(私の知る人とは違う人なのでしょうか?)


 神話戦争時にいた赤竜王とファティマは知人でもなく、話した事も無いが。


 だが当時聞いていた噂とだいぶ違うな、という印象を抱くのであった。


読んで下さりありがとうございます。

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