22 参戦 1
「うっわ。アイツいきなりおっぱじめやがった……」
聖なるシリーズを持ってきた人間を望遠鏡で伺っていれば、そいつは片手に持っていた鎖を引っ張って魔族女性を貪り始めた。
その様は最早オークのソレだ。
他の人間やエルフが見ていようがお構いなしに始めた人間へイングリットは「やはりオークの親類なのか?」と疑問を改めて抱いてしまう。
オークの親類と思われるファ○ク野郎から視線をズラして、次は人間とエルフの構築する陣を観察する。
人間の騎士が盾や剣を構えて前衛、数の少ないエルフは一箇所に固まっている。前衛が魔法職を守りながら、魔法攻撃で相手の数を減らすオーソドックスな大陸戦争スタイルだ。
チンタラと陣を構成する人間とエルフの総数は500くらいだろうか。
対して、魔族軍は砦の前に前衛を並べて城壁から矢や魔法を撃って迎撃するらしい。
剣や盾を使う前衛兵士を城壁の上に待機させないのは、相手との能力差がありすぎて城壁まで到達されると高確率で城壁を昇りきられて、城壁の上で蹂躙されてしまうからだ。
防衛のやり方としてはゲーム内で魔族亜人同盟が取っていた戦法と似ている。
あちらは砦を落とされたら終了だし、何より血の気の多い脳筋プレイヤーが多かったので人間とエルフのレイド専用バフの前には戦術なんていうクソの役にも立たないモノは考えず、相手に突撃して『とにかくぶっ殺せ』がスタンダードなスタイルだったが。
こちらでも向かってくる人間を砦前で受け止めて、城壁の上から遠距離攻撃を行うつもりだろうが、そもそもクソ性能の魔族が人間の勢いを受け止められるなんて愚かな考えだ。
相手からしてみれば城壁から入るまでもなく砦の城門を魔法で破壊して内部に雪崩れ込んだ方が早いし、その力押しを可能に出来るのが人間とエルフの同盟だ。
魔族の防衛スタイルはそこまでゲーム内と変わっていない。
疑問であった魔族と人間とエルフの能力差だったが、そちらもあまり変わらないようだ。
こうして観察している合間に後衛のエルフ達から放たれる上位魔法を食らって爆散する魔族兵は多い。
魔族の戦闘を見る限り、全くアテにならないだろう。
ゲーム内のニュービー共の方がもう少しマシな動きをする。
ゲーム内のニュービーは大陸戦争になったら偉大な先輩方から抱え爆弾を受け取って、奇声を上げながらデスペナを気にせず敵陣に自爆特攻する根性は持ち合わせていた。
視線の先にいる魔族軍は最初の街であるリバウに放りだされ、有り金叩いて店売り装備を購入して装備しただけのニュービー以下だ。
彼等はクソ雑魚魔族なのだから使える物は全て使ってでも相手を殺す、という弱種族の自覚が足りない。
ただまぁ、死んだら人生終了の現実世界でゾンビアタックという戦法は無いのだろう、とも思っているが。
砦に撃ち込まれる魔法を見つめるだけで無駄に命を散らす彼等を見ながら、防御魔法1つも使えないのか、どうせ死ぬなら爆弾特攻しろよ、とイングリットは溜息を零したくなる。
「私も出る!」
隣で同じく外を観察していたエキドナは眉間に皺を寄せながら叫び、出陣を表明する。
イングリットが彼女へ視線を向けると、彼女の額には目のようなマークが浮かび上がっていた。
(コイツ……エキドナ? エキドナ種なのにエキドナって名前なのか?)
エキドナとはラミア族の中でも上位に当たる種で魔法が得意な種族だ。
彼女のように額に目の紋様を浮かべているのが特徴なのだが、本来のエキドナは下半身が蛇だ。
しかし、彼女の下半身は人の足。
恐らくシャルロッテのような特殊個体なのだろう、と推測するが半分正解といったところか。
正しくは、彼女はラミア族の母親とアークインプの父親から生まれた魔法の素養に優れる特殊固体であった。
隔世遺伝によって母親の中に残っていたエキドナ種の力の片鱗を受け継いで生まれた彼女は、幼少期から優れた付与師の才能を発揮した後に魔王軍へ入った。
魔王都で開かれる軍内部の格付け武闘会で見事優秀な成績を収めたことにより『エキドナの印』を額に浮かべる彼女は、魔王より4将の地位と魔法に優れた神話時代の強者の1種族に因んだ『エキドナ』の名を拝命した。
故に彼女は完全なエキドナ族ではなく、隔世遺伝で少しだけエキドナの力を蘇らせたラミア族だ。
因みに足が蛇でないのは父親が人の足を持つアークインプで、親の足が違う種族同士が子を成すと高確率で人の足を持って生まれてくるからである。
余談であるが、アークインプの男性の見た目は完全にショタっ子だ。
エキドナの母親はショタフェチなのだが、エキドナは母親の趣味を知らない。
「俺も出るからお前は砦の中で隠れていろ」
エキドナが出陣表明した後に部下へ命令を下している隣で、イングリットはシャルロッテを見下ろしながら告げる。
「ほ、本当に行くのか? 人間とエルフ、す、すごい数なのじゃ。お、お主も無事では済まぬぞ?」
家族を殺され、領地を蹂躙されたシャルロッテは覗き穴から見える敵の数と簡単に殺されていく魔族軍の姿を見て、怯えながら体を震わせていた。
「全部は相手するわけじゃない。俺の狙いは一番奥のヤツが持つ槍だ。あれが欲しい」
「一番奥って総大将ではないか! 一番強いヤツなのじゃぞ!?」
「それはわかっているが……何をそんなに焦ってるんだ?」
いつも以上に焦りを見せながらイングリットを止めるシャルロッテ。
彼女の態度に疑問を感じながら問いただすと、彼女は俯きながらボソボソと喋り始めた。
「また、死んでしまうのじゃ……。妾の家族みたいに。お主も死んでしまうかもしれぬ。そ、そうしたら……また妾は誰かに見捨てられて……」
再び見捨てられた末に次こそ自分は殺される、と目から涙をポロリと零して言葉を搾り出した。
彼女は2度と同じような恐怖を味わいたくないと願う。
これまで一緒に旅をして、少しだけでもお互いを知った同行者。
そのイングリットが自分の目の前からいなくなる事に恐怖を抱いてしまう。
「は? お前の家の奴等と一緒にするんじゃねえ」
彼女の心情を全く考慮していない酷い言葉であったが、イングリットは構わず言葉を続ける。
「こちとら4年以上、ランキング1位を維持してきたんだ。そこらのエンジョイ勢と一緒にするな」
そう言い放ってイングリットは廊下を歩き始める。
「俺は欲しい物は必ず手に入れる。世界の果てにあるなら冒険して手に入れる。敵が持ってるなら、ぶち殺してでも手に入れる」
彼の言い分は完全に蛮族か山賊のお頭だが、これこそがイングリットという男の本質。
世の金銀財宝、未知なるアイテム、未知なる場所へ到達した歓喜。それらを求めて戦い、魔族プレイヤーの頂点に立った男の生き様。
同族を救う? 酷い目にあった少女の心の傷を癒す? 窮地に至った国を救う?
そんなモノは知ったことか。彼は英雄じゃあない。
だが、目の前に立ちはだかる敵は全て薙ぎ倒す。
己が満足行くまで求める事を止めない。欲しい物を全てを手に入れるまで死なない。
故に、シャルロッテが心配するだけ無駄だ。
何故なら彼はこんな場所で死ぬわけがない。
「ゲームに魂を売った廃人なめてんじゃねえ。お前は大人しく隠れて待ってろ」
廃人は背中でプレイ時間を語るものだ。
そう言い残して戦場へ向かうイングリットの背中を見つめるシャルロッテは――
「言ってる意味がわからんのじゃ」
イングリットの言っている事の半分も理解できなかったが、彼女は涙を流しながらも笑っていた。
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ノロノロと気だるそうに陣を整えた人間達は後方にいるエルフに魔法を撃たせ、魔族軍が無様に死ぬ様をニヤニヤと笑いながら見ている。
そんな敵陣を城壁の下で見つめながら準備するのは黒い鎧の男と司令官であるエキドナであった。
「して、貴様はどうするつもりだ?」
エキドナはどこからともなく取り出した大盾を握って準備運動をするイングリットへ話しかける。
一緒に外までやって来た彼女はイングリットを左翼の一団に加えようとしたが、本人から「うるせえ」と一蹴されてしまった。
この男がどのように動くのか見ものだ。私の提案を一蹴したのだから、とても効果的な作戦があるのだろう? と内心文句を言いながらイングリットを睨みつける。
「決まっている」
準備運動を終えたイングリットは大盾を持って真っ直ぐ歩き始めた。
「敵陣に食い込んでエルフをぶっ殺してやる。お前等は適当にやれ。相手の総大将は俺がぶち殺して、アイツの持つ槍は俺が頂く」
「え? ちょ、待て! 単騎で行くのか!?」
何も気負う事無く散歩へでも行くように敵陣へ歩き始めたイングリットを見て、エキドナは驚きの声を上げるが彼は止まらない。
エキドナは酷く混乱しながらイングリットの背中へ手を伸ばす事しか出来なかった。
イングリットは一方的に魔法を撃たれ、全く近づけない魔族軍を横目にしながらも敵陣へ向かって歩いて行く。
「へへ。馬鹿なヤツが来たぞぉ」
人間の騎士はまた無駄死にする馬鹿が来た、と笑う。
当然後方で魔法を撃つエルフも、まだまだ陣までの距離はあるが最も近くに位置するイングリットへ魔法を撃ち込む。
エルフの1人が放った炎系統の上位魔法である『エクスプロージョン』がイングリットに直撃すると爆発を起こして大きな土煙が上がった。
後ろからイングリットを見つめていたエキドナは「何をしている!」と叫び、前方から魔法が直撃する様を見ていた人間達は「アイツは馬鹿か!」と大笑い。
だが――
「クリフの撃つ魔法よりも軽いな」
イングリットは呟きを風に乗せながら、黒い鎧に傷1つ付けずに立ち込める土煙の中から姿を現した。
「防御バフ無し、ノーガードでエクスプロージョンを食らったにも拘らずダメージが500だと? お前等、エンジョイ勢か?」
彼の言葉は敵陣には伝わらず、独り言で終わる。
だが、彼の姿を見た人間の騎士とエルフは驚愕の表情を浮かべた。
今まで一撃でも食らえば四肢のどこかを吹き飛ばして戦闘不能にしてきたエルフの魔法を食らっても無傷。
ありえない。なんだアイツは、とざわめきが広がる。
イングリットは胸いっぱいに空気を吸い込み――
「ガアアアアアアアッ!!!」
吼える。
竜人族ならば誰でも無条件で取得するスキルの1つ『竜の咆哮』だ。
相手を『状態異常:恐慌』に陥れる効果と自身の攻撃力を上げる効果を持つスキルであるが、ゲーム内では状態異常耐性アイテムを持つのが常識だった為に攻撃力UP目的で使うのが主流であった。
しかし、イングリットの竜の咆哮を聞いた人間とエルフ達は恐慌状態へと陥った。
敵の慌てふためく姿を見たイングリットは「おや?」と内心思っていたが、思考はそこで一旦中止。
気持ちを切り替え、まずは邪魔な後方支援――エルフを叩く。
イングリットは盾を構え、兜の中で赤い2つの瞳をギラギラと光らせて突撃。
竜の咆哮を行った事で気持ちは滾り、瞳の赤い煌きが彼の行く道に軌跡を残していく。
「どけえええッ!!」
大盾と突撃の勢いで人間の騎士を何人も吹き飛ばしながらエルフのいる後方まで一気に食い破る。
『30』
『200』
突撃の途中ですれ違い様に人間の騎士が放つ矢を背中に食らい、エルフが放つ地雷系魔法が足元で爆発。
脳内に無機質な女性の声でダメージの報告が響くが気にせず進み続け、真正面から人間の防衛陣を食い破っていく。
そうしてエルフのいる場所まで一直線に敵陣を食い破ったイングリットは、1人のエルフ男性に向かって大盾を持つ腕を脇腹に引き絞り、体を斜めに捻りながら殴りかかるように飛び掛った。
「ひっ――」
飛び掛ったエルフの頭めがけて大盾を頭上から叩きつけるようにぶん殴ると、飛び込んだ勢いと大盾の圧倒的な質量にエルフは短い悲鳴を上げてボキボキと体の骨が破壊音を鳴らしながら潰れる。
「なっ、なっ……」
一瞬で安全圏だと思っていた場所まで突っ込まれ、仲間を1人容易く殺されたエルフ達は恐れおののく。
本来であれば後衛であるエルフを守る立場にある人間の騎士達も、あまりの出来事に体を動かすことが出来なかった。
1人目のエルフを圧殺したイングリットはクルリと他のエルフへ顔を向け、ギラギラと光る赤い瞳で次の獲物に狙いをつけた。
「い、いやあああ!!」
イングリットと目があった女性のエルフは叫びながら魔法を放つが大盾によって防がれる。
そして、彼女が最後に見た光景は頭上から分厚い大盾が降ってくる光景であった。
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