215 運命トリガー
時はイングリット達が帝国に到着する少し前。聖樹王国の駐屯地を制圧した直後である。
駐屯地の後始末や捕虜とした人間の世話を魔王軍とエルフ軍に任せ、戦闘を行っていた貴馬隊は各自休憩を取っていた。
休憩中の貴馬隊メンバー数名が焚火を囲みながら話し合う中で、一人のメンバーがこう言った。
「運命を信じるか?」
神妙な顔でそう言った獣人の男を見て、共に焚火を囲む仲間は首を傾げる。
「お前達は運命ってやつを信じるか?」
どうやら笑い話ではないようで。獣人の男は至極真面目に問う。
男は言った。
例えばAさんが午前中に買い物へ出かけようかと悩む。悩んだ末にAさんは買い物へ出かけた。
だが、買い物の途中でAさんはトラックに轢かれて異世界転生してしまう。
「お前達の中には、Aさんは出かけなければ異世界転生する事は無かった。そのまま元の世界で暮らす運命だった。そう思うヤツもいるだろう?」
だが、獣人の男はそれを否定する。
Aさんは出かけないという選択肢を選んだとしても、午後になったら再び悩んで出かけてしまう。
その結果、トラックに轢かれて異世界転生するのだ、と。
「Aさんがどんな選択をしても、必ず異世界転生されちゃうって事か?」
「そういう事だ。Aさんが午後に出かけなくても夜にコンビニへ行こうと思う。それを回避しても今度は家にトラックが突っ込んで来る。絶対にその日、異世界転生する運命だったという事だ」
運命という絶対的な事象からは逃れられない。
獣人の男はそう考えているようだ。
だが、それが何だ? というのが周りの反応。獣人の男は手で制した後に結論を話し始める。
「俺達は今、負けていない。聖樹王国の駐屯地を攻めたが死ななかった。全滅しなかった。そうだな?」
「うん」
「でも、この後で守護者が奪還に来るという運命があるかもしれない。そうだろう?」
戦闘は終了した。偵察部隊の話では周りに敵はいないと情報もある。
だが、この後で怒り狂った守護者が駐屯地奪還に動くかもしれない。そして、自分達は全滅してしまう。
「なるほど。お前、怖いのか?」
ははは、と笑う仲間に獣人の男は頷いた。
当然抗おうとするが、抗っても無駄であるという『運命』が怖いと。
「まぁ、お前が信じる運命がその通りなら俺達はどう足掻いても全滅するな」
「そうだ。俺はそれが怖い。だが……そんな運命を変えられるとしたらどうする?」
なんだ、また始まるのか。続きがあるのか。そう思いながらも、仲間は暇つぶし程度に話を聞く事にした。
「聞け。俺達は今のところ死んでいない。負傷者や死亡者は出たものの戦争という大きな枠組みでは勝ってきた。全滅していないからな。相手がクッソ強い聖樹王国でも勝てた。何故だと思う?」
「俺達が強かったんだろう」
獣人の男は間髪入れずに言った仲間に首を振る。
「いや、そういう運命だったんじゃないのか? お前のように言えば」
次の答えには頷きを返す。
「そう。運命だ。俺達は負けたかもしれない運命が確かに存在しながら、勝った。俺は何故か知っている。ユニハルトが死んだからだ」
ドーン! という効果音が似合うだろうか。
獣人の男は遂に明かした。仲間達は「は? 馬鹿じゃね?」みたいな顔を全員浮かべているが。
「待て、聞け。ユニハルトが死んだ戦場を思い出せ。俺達は勝利したよな? 前回もピンチだったが、百鬼夜行と商工会が現れて勝てただろう?」
よく思い出せ! と自論を納得させたい獣人の男はやや声を荒げながら言った。
「あの時ってユニハルト死んでたっけ?」
「さぁ?」
正確には百鬼夜行と商工会が現れてからゴーレムに踏まれて死んだのだが。
メンバーにとってユニハルトの死など当たり前すぎて気にもしてない。
「その前も、それのまた前も! 全部ユニハルトが死んでいるんだ! だが、今回は死んでいない!」
だから怖い! と獣人の男は尻尾をへにゃりとさせて体を震わせる。
「今回は死んでいないんだぞ!? 違う結果が出るかもしれないじゃないか!」
「そんな馬鹿な」
ユニハルトが死ぬから異種族が勝利する。こんな法則おかしいだろう。仲間達は皆そう思っていた。
「だったら、どうするんだ! このままアイツが生きていて、俺達が全滅したら! 俺の考えを否定したお前達のせいだぞ!」
遂に頭がイカれたか。そう思う仲間も少なくなかった。
しかし――
「つまり、お前はユニハルトが死の運命を覆すトリガーであると言いたいのか?」
今まで黙って話を聞いていた一人がそう言った。
「そうだ! アイツの死は運命を覆す! そういう力が秘められているんだ!」
確証はない。だが、力強く言ってのけた。
「お前、信じるのか? こいつの戯言をよ」
「でも否定もできないだろう?」
確かに否定も出来ない。
何たってこのまま時を過ぎて、全滅したら彼の言う事は正しかったと分かる。
しかし、この説を立証する頃には自分達は死んでいる。そのまま復活できず、24時間制限に引っ掛かってあの世行きかもしれないのだ。
「立証するにはリスクが高い。だが検証はすべきだろう。今日、ではないがね」
男はスッと立ち上がった。
「今日はコイツの運命を信じてみようじゃないか」
-----
エルフ軍達との打ち合わせも終わり、ユニハルトはようやく時間が空いたので休憩をしようと駐屯地内を歩いていた。
「ユニハルト、来てくれないか。こっちに怪しい物がある」
そんな彼を壊れかけの宿舎の傍で仲間が手招きしながら呼んだ。
仲間に呼ばれた事もあってホイホイと向かうユニハルト。
手招きされ、宿舎の影まで進んだ時。
「どうし――」
ズブゥ……。
彼の腹には剣が刺さる。
「な、ぜ……」
「すまん。ユニハルト。お前が死なないと落ち着かないヤツがいるんだ。あと、完全な俺の興味本位だ」
紙防御のユニハルトは腹に刺された一撃で死んだ。
「ふぅ。これで運命とやらが回避されるわけだ」
獣人の男の考えを一時的に肯定した結果、彼はユニハルトを自らの手で殺害した。
「おめぇ……」
さすがにやりすぎじゃ、と思うメンバーは呟きを漏らすが、
「全滅するかもしれない。そんな運命も否定できないからな。俺は死んで赤ちゃんになりたくない」
凄い笑顔で彼は言った。
だが、確かに否定できない。それと他のメンバーも死んでバブバブ言いたくなかった。
しょうがないな、と今回の件は心の奥底に仕舞う事にした。どうせユニハルトだし、という言葉の鍵を掛けて。
「よし、仕上げだ。お前達は離れておけ」
仲間にそう言った男は、しばらく経った後に腹へ力を込めて――
「おおーい! だれかあああ! ここでユニハルトが死んでるぅー!」
大声でユニハルトの死を伝えた。
この場にいる誰もが知らない事実であるが、駐屯地襲撃の報告を受けたブライアンは駐屯地へ戻るか迷った。だが、結局はトッド救出を第一に動いたのだ。
ユニハルトの死が運命を変えるトリガー説だという事を否定できないのも事実である。
読んで下さりありがとうございます。
次回は月曜日になります。




