210 帝国解放戦 変異と守護者
帝都内に招き入れられたイングリット達はファティマを先頭にして大通りを一直線に進む。
道沿いには魔王国と同様に民家や商店が並ぶが、一般人の姿は一人も無い。
どこも窓や入り口を固く閉めて潜んでいるようだ。
時より窓の隙間から視線を感じ、顔を向ければ不安そうな顔をしたエルフ達がイングリット達や魔王軍の列に視線を向けていた。
もう既にエルフ軍によって魔王国軍を招き入れる事は伝わっているのだろう。誰一人として抵抗する者は現れず、そのままスムーズに城まで到着した。
「城の裏手へ回ります。そこから奥の教会へ」
ファティマがエキドナに言いながら、依然として先頭を行く。
「敵の数は?」
エキドナがそう問うと、ファティマは歩みを止めずに言った。
「11人です。聖騎士が10人。そして……上位者が1人」
たった11人と思うかもしれない。だが、同数のプレイヤー達が正面から衝突すれば11人が相手であっても被害は出るだろう。
エルフだけで事に当たれば全滅する。確実に。
それほどまでに、エルフと人間との間には差があるのだ。
特にファティマが言う上位者……プレイヤーからすれば『守護者』にあたる存在は大きい。
プレイヤー達の方が数では勝っている現状でも、守護者がいれば勝算の予想は難しくなる。
「どんな守護者か。それが問題だな」
「そうだね」
イングリットとクリフは小さな声で話し合う。
ゲーム内で登場した守護者のタイプは様々だ。
範囲攻撃型、超高火力の単体攻撃型、補助型、継続ダメージをばら撒く型。
知っている守護者はこれくらいだろうか。聖樹王国に守護者が総勢何名いるのかは不明であるが、どれも油断できないのは確かである。
「シズル。お主は城で待っていて良いのだぞ」
「いえ、私も行きます。お姉様やユウキ君の言う事が本当なのか確かめないと」
ファティマの提案に首を振ったシズルの顔は険しい。もしも、彼らの言う事が本当ならば聖樹王国に残っているクラスメイト達が危ない。
自分がどうすれば良いのかを決める為にも真実を知る必要があると、彼女は言った。
一方でファティマの内心では胸騒ぎが収まらない。これは親友が死んだ時と同じだ。
道中で何度も待つよう説得するがシズルの決意は固く、結局は止められなかった。
「ここが教会です」
城の裏にあったのは古い教会。建物は老朽化しているが手入れはしているのだろう。古めかしさはあっても建物が崩れそうな気配は全くしない。
大きな両開きのドアをエルフ兵2人が開く。
ギィィと音を立てながらドアが開くと、教会の奥には目的の人物達がいた。
「ようこそいらっしゃいました」
異種族の国でありながら、我が物顔で振舞う人物。白衣を着た男が中央に立ち、左右には聖騎士が並ぶ。
「トッド……!」
ファティマが歓迎するかのように手を広げたトッドを睨みつけると、彼はクスリと小さく笑う。
「まさか貴方が裏切るとは。いや、エルフは裏切りが得意な種族でしたねぇ」
心底馬鹿にするように、トッドと聖騎士達は笑みを浮かべた。
「もう貴方達の仕打ちにはうんざりです。確かに我々は裏切った。ですが、再び――」
「王種族が戻った。でしょう?」
ファティマが言おうとした事をトッドが奪った。
「知っていますとも。過去、我々が苦しんだ相手の再来。予想も備えもしていました。ですが、待ち望んでいた事でもある」
「なに……?」
トッドの言葉に反応したのはイングリットだった。
彼の小さく零した声を聞いたトッドは顔を向ける。
「王種族とはこの世界の真理そのものだ。この世界の神が作りし最初の種族達。我々の知らない、持っていない知識を豊富にお持ちだ。過去の戦争では我々はまだ弱く、数を減らさざるを得なかった。ですが――」
トッドはニタリと笑う。
「今なら十分に対抗できる。その為の研究と開発は常にしてきた。あの頃から、ずっとね。今なら貴方達の知識を根こそぎ頂く事も可能でしょう」
トッドがそう言うと、両脇に並んでいたフルプレートを着込む聖騎士達が一斉に抜刀する。
イングリット達もそれに合わせて武器を取り出すが――
「おっと。データ収集を始める前に、楽しい余興がありますよ」
慌てない、慌てない、と両陣営に言うトッドは胸ポケットから深緑色の宝石を取り出した。
「あ、あ……」
彼が取り出した宝石を見たクリフは目を見開きながらも、頭の中では激しいノイズが走る。
ザザザ、と砂嵐のような映像が映って徐々に鮮明になっていく。
映し出されたのは一人の少女。深緑色の髪が特徴的な、薄く笑う少女。
「あ、あれは……!」
「おい、どうした!?」
突如、頭を押さえながら宝石を睨みつけるクリフにイングリットが声を掛ける。
一方で、トッドは気付く事無く余興を開始した。
「女帝ファティマ。裏切りの代償は受けなければなりません。下級民にも示しがつきませんからね?」
「何を――」
ファティマが体を強張らせると、トッドの持つ宝石が光輝いた。
「ああああッ!?」
光が教会内を照らすと、変化を起こしたのはシズルだった。
彼女はその場でしゃがみ込み、両腕で体を抱きしめるようにしながら苦痛の声を上げる。
「シ、シズル!?」
「オオサワ、どうしたんだ!?」
ファティマとユウキがシズルの体を支えるが、
「い、いたい……! いたい、背中が、痛いよぉ……」
シズルは苦痛に耐えながら声を漏らし続ける。
「貴様、シズルに何をした!!」
ファティマがトッドを睨みつけるが彼には効かない。
「ふふふ。裏切った貴方のせいじゃないですか。我々を裏切ったのだから、貴方の一番大事な物を頂く。当然でしょう?」
再び宝石が強く光ると、シズルの上げる苦悶の声は更に強くなった。
「異世界の勇者君。君もよく見ておくと良い。君の行く末でもある」
トッドはファティマの隣にいたユウキにも顔を向け、言い終えると宝石は3度目の発光を起こす。
「ああああああッ!!!」
それと同時にシズルは背中を掻き毟るように腕を動かしながら、絶叫を上げた。
彼女の声にファティマとユウキが振り返る。
シズルの背中はボコボコと膨れ上がり――
「キィィィアアアアッ!!」
人ならざる者のような雄叫びを上げて、膨れ上がった背中が破裂する。破裂した背中からは大量の血飛沫と6本の腕のような物が現れた。
「シ、シズル……」
「オ"ネ"エ"ザマァ……」
ブシュ、ブシュ、と血を噴き出しながら変異していくシズルの体。
背中から生えた腕は足となり、ゴキゴキと骨の音を鳴らしながら上半身が変形。異常な程に伸びて、異形の蜘蛛のような化け物に成り果てた。
「やはり、異世界人では我々のようにはなりませんか。予想はしていましたけど。しかしまぁ、醜い姿ですねぇ」
トッドがため息を零しながら言って、手の中にある宝石を光らせる。
変異を終えたシズルはその場で飛び上がり、教会の天井を逆さになりながら這ってトッドの傍に降りた。
「うん。命令系統は効いていますね。さて、もう一匹が――」
と、背後にあった城の方で騒ぎが起こった。城の中にいたであろうエルフ達の叫び声、そして何かが破壊される音。
何事か、とイングリット達が気付いた時には教会の天井が崩れ落ちる。
崩れ落ちた天井から現れたのはもう一匹の蜘蛛。
「まさか、あれは……」
エルフの兵が漏らした声にはファティマの右腕である家臣の名前があった。
イングリット達は知らないが、エルフ達には化け物の顔に見覚えがある。というよりも、本人であると確信を持って言えるだろう。
「さて、揃いましたね。どうですか、余興は? 楽しいでしょう?」
トッドは満面の笑みでファティマを見た。
「シズル、あ、ああ……」
視線の先には大切な者を奪われた哀れな女。女帝という国の頂点にいながらも、少女一人すらも救えない女の姿。
「ふふふ、アハハ! ほぉら見た事か! 私達に歯向かうからだ!」
トッドはアハハ、アハハ、と手を叩きながらファティマを嘲笑う。
楽しい。他人が絶望する様を見るのは本当に楽しい。トッドは快楽に溺れ、涙が出そうなくらいに笑った。
が、そんな彼に魔法で作られた炎の弾が撃ち込まれる。
咄嗟に聖騎士が動き、炎の弾を剣で受けると激しい爆発が発生。
「おっと。怒らせましたか?」
聖騎士もトッドも無事であったが、煙と埃が舞い上がった事に不快感を露わにする。
魔法を撃ち込んだのはファティマじゃない。クリフだった。
「イング、アイツが持ってる宝石を奪うッ!!」
クリフは怒りに顔も身も染めて、珍しいくらいに大きな怒声を上げた。
仲間に声を掛けながらも、手を翳して第6階梯魔法をスタンバイ。イングリットが盾役として前に出る前に、もう一発お見舞いした。
次は炎の竜巻が起きる魔法であったが、聖騎士達による魔法防御壁によって防がれる。
「ほう。高位魔法を連発できるのですか。面白いデータが取れそうだ。皆さん、どうぞ、よろしく」
トッドが指示を出すと、聖騎士達は一斉に『昇華』と叫ぶ。
以前対峙した聖騎士達のように天使のような羽が生えるが、彼らの背中には2対4枚の羽。前に見た者よりも羽の数が多い。
更に、指示を出したトッドの額に切れ目が入るとギョロリと3つ目の目玉が現れた。
「さぁ、データ収集を始めましょう!」
2匹の化け物、10人の新しい聖騎士。そして、3つの目玉を持った守護者。
この世界に再び戻った王達は、蘇ってから初の対守護者達戦を開始する事となった。
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