209 帝国解放戦 宝石の意志
薄暗い牢獄に同胞の悲鳴が小さく届く。
毎日。毎日。
時間は決まっていない。悲鳴の種類も毎回違う。
共通しているのは毎回違う声の持ち主だという事だ。
少女は耳を塞ぎ、目を閉じて逃避を試みるが……耳にこびり付いた悲鳴の残滓が頭の中で反芻する。
時計など存在しない牢獄の中で、少女が確かな時間を感じる事が出来る日課があった。
コツ、コツ、コツと靴の音が鳴って、少女に近づいて来る。
今日も『お喋り』の時間がやって来た。
「ごきげんよう。今日はこれについて話しましょう」
白衣を着た男は手に持っていた紙を鉄格子越しに見せる。
「禁忌魔法の概要は理解しました。しかし、この代償を軽減するロジックは? 代償を軽減化させる方法は? 代償で命を落とした瞬間に術が完成するのですか? それとも完成後に命を落とすのですか?」
「…………」
男が質問する事は決まって魔法の事だ。
それも禁忌魔法という世界の理に関する事ばかり。人間は魔法が使えないと聞かされた。
故に未知なる技術に興味を持っているのかも、と推測するが――愛しい者と一緒に研究した事を汚い泥の手でめちゃくちゃにされているような、耐え難い感覚が彼女を襲う。
何度も苦痛を与えられた。耐え切れずに話してしまった事もある。
それでも、男は満足しない。知識を全て奪い取ろうと、何度も何度も『お喋り』を強要してくる。
「ふむ。ダンマリですか」
「ちがっ……!」
ビクリと少女の体が跳ねた。
違うと否定しても男は止まらない。
「12番と13番を装置へ」
控えていた別の研究者へ指示を出すと、奥から『ビー』という電子音が聞こえる。
「やめろ! やめてくれ!!」
「助けてえええ!!」
悲鳴、殴られる打撃音、ズルズルと引き摺られる音、止まない悲鳴、打撃音、打撃音。
そして――
「ああああああッ!!」
同胞が壊れる音。生きたまま全てを吸い取られ、魂が凝固する音。
「素晴らしいですね。あれを作れたのは主の知識もありますが……貴方の研究成果のおかげでもある。誇りなさい」
鉄格子の向こう側にいる男はニコリと笑った。
彼の言う通りだ。アレは彼女が研究していた魔導具理論が使われている。
今、人間へ強力な力を授けているのは邪神による力だけじゃない。
同胞である自分が、敵へ恩恵を与えてしまっている。
「いやぁ……。いやぁぁ」
自分のせいで、罪も無い人々が、道具にされていく。
魂を吸い取られ、抜け殻になった体は生物兵器へ。
男は少女に会いに来る度に、事細かに自分が研究・開発している物の詳細を伝えた。
伝えて、見せた。少女の目の前で、少女の編み出した知識と技術によって同胞が変えられていく様を、見せたのだ。
「ふふ。今日のお喋りはここまでにしましょう。私も忙しい身ですから」
男が去って行くと、少女は身を小さくしながら体を震わせる。
「クリフ……。助けて……」
恐怖と罪悪感に押し潰されそうになり、少女は愛しい者の名を呟いた。
彼女はここにいない。自分が連れ去られる前に腹を刺され、建物は炎で焼かれた。
きっともう死んでいる。だが、理解したくなかった。認めたくなかった。
また彼女の笑顔が見たい。少女の願いはそれだけだったが……叶う事はない。
頭で理解していても、少女は諦められなかった。
「クリフ、クリフ……」
牢の中に唯一あるのは粗末なベッド。彼女は音を立てないように、それをズラす。
すると、床に描かれていたのは己の血で書かれた魔法式。
彼女は人差し指を噛んで血を滲ませると、魔法式の続きを書き始めた。
「会いたい……」
彼女は願った。もう一度会いたいと。
同胞の悲鳴に耐えながら。同胞達が道具になっていく様に目を瞑りながら。
願いを叶える魔法を作り上げる。
「私は、ここから出られない……」
彼女は天才だった。
愛しい者と共に研究を続けた日々は、彼女に更なる魔導の深淵を覗かせた。
禁忌魔法という深淵を。
禁忌魔法は世界の理から外れた魔法。代償を制御できれば神の領域に達する力だ。
「対価は私の魂」
彼女は天才だ。クリフという相棒に出会う前から、国では一番の魔法技術者と呼ばれていた。
この世界とは別の世界から来た者達が作り上げた技術。それを一目見ただけで、聞いただけで理解できてしまった。
魂を凝固させ、他者の力へとする外法。
彼女はそれを応用し、魔法として組み上げると自分の魂を『4つに切り分けた』のだ。
切り分けた1つは……未来を見る禁忌魔法の発動の代償に。
彼女は見た。愛しい者が再びこの地に舞い戻り、仲間と共に戦う姿を。そこに自分はいない。
そして、再び愛しい者が死ぬ姿が見えた。見えてしまった。
「もう……させない」
切り分けた2つ目を、床に描いた魔法陣で『錬成』する為の代償に。
3つ目を禁忌魔法である錬金術の材料として使い、己の魂を凝固させて物質として錬成する。
錬成された少女の小さな魂はイヤリングの形状となり、大好きな青色に光る。
これは『ガイド』だ。もう一度だけ愛しい者と会う為に、人間という薄汚い連中の技術を逆手に取りながら愛しい者が2度目の死を迎えない為の。
「かんせい……」
禁忌魔法を発動した少女は衰弱していた。それもそうだ。魂を切り分けたのだから。
彼女は震える手で、たった今作り上げたイヤリングを壁にあった小さな隙間に隠した。
「もうすぐ終わる……」
彼女は見た。もうすぐ外の戦況が変わって、ここは閉鎖になる。閉鎖前に、自分は道具に変えられる。
ここが閉鎖すれば、次に訪れるのは、訪れて見つけるのは――
コツ、コツ、コツと靴の音が鳴った。
「ふむ、貴方も限界ですか。貴方とのお喋りは楽しかったのですがね」
男は衰弱した少女を見下ろし、心底残念そうに言った。
「まぁ、良いでしょう。貴方の姿が変わっても、私が一緒にいてさしあげますよ」
ニタリと笑う男に少女は、
「馬鹿な人……」
薄く笑った。
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「トッド所長。そろそろ」
椅子に座り、机に足を乗せて手の中にあるお気に入りの宝石を眺めていると、背中から聖騎士に声を掛けられた。
「ええ」
トッドが立ち上がると、聖騎士は彼の持つ宝石に目がいった。
「所長、それいつも持ってますね」
「ええ。そうですね。彼女は最高でした」
トッドは目を瞑り、思い出す。
何度思い出しても色褪せない、彼女との日々を。
「装置を見せた時の反応は最高でしたね。見せた後、すぐに抜き取ろうと思ってましたが、気が変わって日程をズラしてしまうほどに」
「ん? どうしました?」
トッドが小さな声で呟いた思い出に、聖騎士が首を傾げる。
「いえ、何でもありません。じゃあ、最終確認といきましょうか」
「はい」
トッドは迎えに来た聖騎士と共に部屋を出る。
彼が胸ポケットに宝石を仕舞った時――宝石が薄く光った事には誰も気付かなかった。
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