208 帝国解放戦 出迎え
ぼうっとするような感覚を感じながら、クリフは見た事がある場所に立っていた。
(ここは……)
研究室と呼ぶにぴったりな場所。
少し顔を横に向ければ、馴染みのある魔法陣を描く為の道具達。
使い古された筆と塗料。山のように積まれた紙の束。それを見るだけで酷く懐かしく感じてしまう。
『もうすぐだね』
声がした。とても懐かしく、愛しい声が。
顔を声の方向へと向ければ、深緑色の髪が印象的な美少女が1人。
彼女は薄く笑う。
クリフ以外の者が彼女の笑みを見れば「作り笑いをしている」と感じるだろう。
だが、クリフは知っている。
彼女は全力で、心から、笑っているのだと。ただ単に感情表現が下手な不器用な子だと。
(君は……)
思い出せない。とても愛しい女性なのに、肝心の名前が思い出せない。
(なんで、なんで!)
クリフは彼女の名を思い出せず、苛立ちながら自分の髪を掻きむしった。
『大丈夫』
苦しむクリフは、再び聞こえた声に顔を上げる。
『もうすぐ会えるよ』
美少女はそう言って、存在が薄くなっていく。幽霊のように消えようとしていた。
(待って、待って! 行かないで!!)
クリフは必死に彼女を繋ぎ止めようと手を伸ばすが、届かない。
伸ばされた手は彼女に触れる事もできず……。
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「おい! クリフ!! クリフ!!」
「え、あ、え!?」
クリフは体を揺すられ、目を覚ます。
目を擦りながら周りを見れば、そこはラプトル車の中。一緒に乗っていたパーティメンバー達がクリフを心配そうに見つめている。
「うなされてたぞ?」
「あ、うん。平気……」
体を揺らして起こしてくれたイングリットに返事を返すが、何の事かクリフにはわからなかった。
確かに夢を見ていたような感覚はあるが、どんな夢なのかは不明瞭で思い出せず。
心配する皆に「大丈夫」ともう一度返して、固まっていた体を解す。
「もうすぐ帝都なのじゃ」
イングリット達と百鬼夜行の別動隊を乗せた複数のラプトル車は常闇の森にエルフが敷いた道を走っていた。
後方部隊であったマグナ達と別れて半日。もうすぐ常闇の森を抜ける。抜けたらすぐに帝都の門が見えるだろう。
窓際にいるシャルロッテとイングリットが外の様子を伺っていると、御者台の方からコンコンとノックする音が聞こえた。
「常闇の森を抜けます」
御者をしていた魔王軍の軍人は連絡窓を開けて、キャビンの中にいるイングリット達へ知らせた。
知らせから数分すると、確かに窓の外の景色が変わる。
森を抜け、街道に。
御者の者にはもう既に巨大な門と帝都を囲む巨大な壁が視界に見える。
一斉に森から飛び出したラプトル車は壁の上にいたエルフ兵に補足され、それと同時に帝都の城壁からは白い旗が振られた。
「各車、減速!」
ラプトルに騎乗したエキドナが魔王軍全体に減速を指示。すると、先にある巨大な門がゆっくりと開かれていった。
「さて、罠かどうか」
「もう既に駐屯地からは狼煙が上がっているでありんす。こちらだけが罠という可能性は低いと思うでありんすえ」
サクヤの乗るラプトル車では、窓から身を乗り出して先を見る百鬼夜行メンバー。そして、キャビンの中で足を組んで堂々とするサクヤがいた。
減速してゆっくりと進むラプトル車が開かれていく門に近づくと、門からはエルフ兵達が一斉に現れる。
エルフ兵達は門の外、左右に並んで――奥からは家臣と思われるエルフ達に囲まれた2人の女性の姿があった。
女帝ファティマ。そして、彼女に寄り添うのは異世界の勇者であるシズル。
「オオサワ!」
キャビンの窓から顔を出して前方を見ていたユウキは知り合いの姿を見て声を張り上げる。
「その声、ユウキ君!?」
シズルもユウキの声で存在に気付き、驚いた表情を浮かべた後に手を振り出す。
エルフ達の前でラプトル車が停止し、ラプトル車を守るように並走していたラプトル騎兵達が前に出て停止。
「ようこそ。帝都へ」
停止した魔王軍へ歩み寄り、ファティマは頭を下げる。
「作戦通りか」
「ええ。勿論」
出迎えと称して奇襲――といった気配も無い。
エキドナは顔に出さぬよう努めながら安堵する。
「しかし、まだ安心できる状態ではありません。帝都の奥にある教会に聖樹王国の上位者と聖騎士がいます」
帝都を完全開放するには聖樹王国から来ている者達を排除せねばならない。
目標となる人物は未だ帝都の奥で悠々と帰り支度を進めていた。
「本当にトッドさん達が……」
この場に連れて来られるまでに事の経緯を説明されたシズルは未だ信じられないといった様子を見せる。
だが、駆け寄ったユウキがシズルの前に現れると、
「良かった。オオサワは無事だったか」
「どういう事?」
ユウキの発現に首を傾げるシズル。
「ゴローは、もう……。聖樹王国に騙されていたんだ! クリスティーナ達が言っていた事も全て嘘だったんだよ!」
ユウキは詳しくは後で話す、と言いながらも要点だけ伝えた。
「彼の言う通りだ、シズル。君は騙されている」
未だ信じられないシズルであったが、横にいるファティマがユウキの話を肯定する。
クリスティーナと友人。どちらを信じるか。それに加えてファティマの真剣な顔。
シズルの心はユウキ達の言葉に傾き始めた。
「感動の再会も良いが、さっさと終わらせよう」
彼らの元にキャビンから続々と降りて来る王種族達。彼らの先頭を歩くイングリットが事を急がせる。
「そうですね。王よ。ご案内します」
「作戦通り、6班から10班はこの場で待機! 商工会の方々を守りつつ、外からの攻撃に備えよ!」
ファティマが帝都の中へ誘い、エキドナは魔王軍に指示を出した。
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