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21 砦にて 2


 冒険者制度は解体され、戦争参加を義務化された傭兵制度に変わっていた。


 冒険者がまだ存在すると思い込んで「断るッ」なんてイキりながら言ったイングリットは大爆笑を引き起こしてしまうという大失態。


 このままでは馬鹿にされたうえに頭おかしいヤツという烙印を押されて、戦いたくもない戦場に叩き込まれてしまう。


 しかしイングリットは閃いた。


 冒険者制度が解体されたのなら自分は冒険者ではないかもしれない。しかし、傭兵としても登録していない。


 どうせ制度と言うくらいだから登録制か志願制なんだろう、とタカを括ってその点を突いてみたら当たりであった。


 傭兵登録すると銀の認識票(ドッグタグ)を渡されるようであるが、そんな物は持っていないのだ。


 持っていないし登録していないから傭兵でもない。じゃあ一般市民です。自称冒険者でいいです、と言って押し通す事にした。


 しかし、相手からは嘘をつけ、とバッチリ疑われながら「お前は傭兵」「違います」の平行線な問答を繰り返す事20分。


 ようやくエキドナが折れて「はいはい、わかりました」みたいな雰囲気を醸し出してくれた。


「じゃあお前は何者なんだ? というか、兜を脱いで種族を見せろ」


 行き着く先はこの質問だろう。


 アルベルト家の私兵でもない、領地の住民でもない、傭兵でもない。じゃあ君の種族は? 出身は? 身分を特定できる物はある? お父さんとお母さんは? と職質めいた質問に行き着くわけだ。


 馬鹿正直に「ゲーム内から飛んできちゃって~」なんて事を言っても通じないだろう。


 ゲームという単語すら理解されないかもしれない。でも言うだけならタダだ。無駄だとわかっていても正直に話せばいつか報われる日が来るかもしれない。

 

「ゲームプレイヤーだ。オンラインゲーム内からきました」


「げ、げいむ……? お前馬鹿にしてんのか?」


 正直者は馬鹿を見るの典型だ。周囲にいた男の1人にめちゃくちゃ睨まれてしまった。  

 

「いいから、兜を脱げ。種族がわかれば大体どこの出身かわかる」


 エキドナは早くしろ、お前の正体を現せ、と催促した。


 イングリットは兜の中にある脱着ボタンを押して、兜の後頭部部分がカシャカシャと音を立てながら収納されるのを耳で確認した後に兜を脱いだ。


「………」


 兜の中から現れたのは赤髪に竜角、そして赤い鱗で覆われた首筋。さらにはオラオラ系のキツイ目つき。ワイルドイケメンのご登場だ。


 しかしながら、イングリットの容姿よりもエキドナ達は見た事も無い竜人を初めて見て、ポカンと口を開けたまま黙ってしまった。


「これでいいのか?」


「竜の角……? お前は……種族は何なのだ? 首に鱗もあるが……。男だからラミアでもないし、亜人でもないし……リザードマンでもないし……」


「赤竜族だが?」


 イングリットの口から飛び出た答えに、エキドナ達は「馬鹿な、ありえない」「神話戦争で」などと口々に言い出して混乱し始めた。

 

 しかし、この混乱をチャンスと見たイングリットは一度イキってしまった手前、引っ込むに引っ込めない。煙に巻いて逃げようと態度を貫き通す。


「これでわかっただろう。俺は魔王都に行かなければならない。何故なら仲間が待っているからだ。仲間と合流してからは崇高なる目的の為に動き、目的を果たさなければいけない。だからこんな所で時間を浪費してうんたらかんたら」


 とりあえずそれっぽい事を混乱中のエキドナにめちゃくちゃ早口で告げる。


 後半は自分で何を言っているのかもわからなかったが、とにかくこの場からオサラバできれば良いのだ。 

 

「わ、わかった! 待て、待ってくれ! と、とにかく貴様は魔王都に行かなければいけないんだな!?」


 よっしゃ! やったぜ! コイツそれっぽい難しい事を言えば頭が追いつかないヤツだ! とイングリットは心の中で歓喜の雄叫びを上げた。

 

「そうだ。一刻も早く向かわなければいけな――」


 最早こうなればこっちのもんだ。ボーナスタイム突入! さっさと逃げるドン! あばよとっつあん! とイングリットはこのまま押し切ろうと口を開いたが、砦が揺れるほどの衝撃に襲われて強制中断された。


 その直後にカンカンカン、と甲高い金属を叩く音が鳴り響いて部屋の外にある廊下からは人の走る足音が聞こえてきた。


「ヤツ等が攻めて来たか!!」


 エキドナは自分の背後に立てかけていた剣を持ち、駆け足で部屋から飛び出して行く。


「あ~……マジかよ」


 エキドナを追う周囲の男に続き、イングリットも溜息を零しながら外の様子を見に向かった。


「エキドナ様! エルフが撃ってきました!」


 廊下を走っていた兵士の1人が叫びながら報告する。


 イングリットは近くにあった覗き穴から外の様子を伺うと人間とエルフ達は食事が終わったのか、攻撃を始めたようだ。


 しかし、相手は陣を構築してから魔法を撃った訳ではなく、数人のエルフ達のみが先行して魔法を撃っていた。


 他の人間騎士やエルフはゆっくりと配置についている様子。


 こちら側が初撃を撃たれて初動に遅れたのは、人間とエルフ達の余裕な動きで陣を構成しながら「とりあえず撃っとくか」みたいなユルイ雰囲気で撃ってきたからだろうか。


「ふざけおって! 奴等は舐めているのか!」


 イングリットと同じように外の様子を伺っていたエキドナも、人間とエルフ達が見せる戦争の様式美を無視するような、適当な行動に怒りを込み上げていた。

 

 しかしながら、イングリットにはエキドナの怒りが理解できない。


 双方準備OK! じゃあ戦争開始! なんてルールは存在しないのだから。戦争なんぞ殺るか殺られるかだ。


 こんなヤツが司令官じゃこの砦もおしまいかな、と他人事を決め込みながら外の様子を引き続き見ていたイングリットであるが、遠くに見える光が目に入ると顔に真剣な表情を浮かべる。


「エキドナ様! 一番奥に聖戦士がいます!!」


 エキドナとは別の位置で外の様子を伺っていた男が叫ぶ。


 恐らく彼もイングリットが見つめている先にある物――聖なるシリーズが放つ金色の光を指差して言っているのだろう。


「くッ! 聖戦士がいるのか! おい! 全隊に――」


「おい」


 武器、聖なるシリーズを持った聖戦士を遅れて発見したエキドナは指示を出そうと口を開くが、イングリットに声を掛けられて全てを言い切る前に彼へ顔を向けた。


「気が変わった。戦闘に参加してやる」


 大陸戦争なんぞに興味は無い。


 だが、聖なるシリーズを持ったヤツがいるなら話は別だ。 


 あれは――


「メイメイへの土産になる」



-----



 イングリットが砦に到着した頃の人間・エルフの野営地。


 そこでは彼が望遠鏡で様子を見ていた通り、人間とエルフは食事を摂っていた。


 だが、食べる食事には明確な差がある。


 人間達はファドナ皇国から輸送される上質な肉や野菜、ふわふわの白いパンを食べるが、エルフは人間達の食事を作り終えた後に残った肉片と野菜クズ、日の経った硬いパンだ。

 

 この食事格差からわかるように、人間とエルフは同盟を組んでいるといえど対等な同盟関係ではない。


 神話戦争時に敗れた男神と封印された女神に創られたエルフ。


 エルフは敗戦濃厚となった時に人間へ降った。


 それは何故か? 種として生き残る為だ。


 自分達を創造した2神を裏切ったが、人間達に王種族を次々と殺される中での決断。


 当時のエルフ達が取った選択は、種の生存を考えれば正しかったと言えるかもしれない。


 人間側へ降ったエルフ――妖精族の王種族であるハイエルフが率いるエルフ達は王であるハイエルフと共に絶滅を免れたのだから。

 

 しかし、人間達はエルフがいなくても男神に勝てた。


 人間へ頭を垂れるエルフ達を『救ってやった』『見逃してやった』というのが人間全体の認識だ。


 故に、エルフは人間よりも『種』として格下で同盟というのは名ばかりのモノだ。


 エルフは人間の社会に混じって暮らしてはいるが、人間は『人間以外に危害を加えても罪にはならない』という法がある。


 何故ならエルフという生き物は先程説明した通り、人間よりも格下種族だからだ。


 人間の為に働く奴隷。人間へ歯向かう事を許されない奴隷。


 エルフ達もエルフの国もそれを受け入れ、従っている。


 歯向かえば強大な力を持つ人間に容易く滅ぼされてしまうから。


 彼等は神話戦争で人間に容易く滅ぼされた他の王種族と仲間達を知っているからだ。


「おい。そこの女エルフ。こっちに来い」


「……はい」


 食事の最中である女性のエルフは地面に食事用の器を置いて、人間の騎士が指差す『行為専用のテント』へ肩を抱かれながら黙って同行する。

 

 彼女は従軍する同じ部隊に夫と共に徴兵された女性エルフなのだが、人間達は男女のエルフがお互いに生涯の相手を決めていようがお構いなしだ。


 むしろ、人間達に夫婦で戦争に参加しているとバレてからは、彼等の欲求を満たす為の行為に指名される回数が増えた。


 彼女の夫であるエルフも黙って自分の嫁が連れて行かれるのを見ているしかない。

 

 人間の一般騎士が腹を満たし、別の欲求も満たそうとしている頃。

 

 野営地の一番奥に設置されている豪華で広いテントに向かって声を掛ける人間の騎士がいた。


「隊長。そろそろ時間ですよ」


 彼は今回派兵されたファドナ皇国第1騎士団 第4番隊の副長。


 豪華なテントの中にいる上司へ声を掛けるも中からは返事は無く、何かを叩く音しか聞こえて来ない。


 彼は溜息をついた後に覚悟を決めてテントの入り口を捲る。


 すると、中からはムワッと臭い匂いが彼の鼻を直撃して顔を顰める。

 

 視線の先には捕虜として捕まえた魔族の女性を陵辱する若い金髪の男がいた。


 金髪の男――レオン・モルドー。歳は20。


 しかし、その若さでファドナ皇国第1騎士団 第4番隊隊長に任命された男であり、聖槍の使い手である聖戦士。


 イングリットが砦へ向かう途中に見た村の中心で腰を振っていた男だ。


 彼はここに来るまでの間、途中にある村に立ち寄って魔族の女性を手当たり次第に貪りながらやって来た。

 

 そんな寄り道をしながらもイングリットを追い越せたのは、聖樹王国より賜った『車』という便利な道具があったからだ。

 

 車という自走する道具、第1騎士団にのみ配備された馬を使わなくても高速で移動できる便利なモノに乗り込み、車に連結させた鉄製の馬車に部下を乗せて来たからであった。


 これによって寄り道をしても問題は無く、彼は思う存分に自分の欲望を満たしながらの旅を満喫。途中の村で使い心地の良かった魔族の女性を連れて魔族領土北東砦の前までやって来た。


 彼はそういった行為が大好きで、特に弱い立場の者を痛めつけるのが大好きな腰振り野郎であった。


 イングリット達が彼の腰振り狂いな様子を見れば、人間はオークとの混血種族なのでは? と推測してしまうくらいに腰振り野郎だ。


 女は犯し、男は残虐に殺す。


 それを生きがいとする、ファドナ皇国騎士団の中でも一番の問題児。


 そんな腰振り金髪男であるレオンは、入り口に立つ副官に気付いても顔を向けるだけで行為を止めずに問いかける。


「なんだ?」


「隊長。食事も終わったのでそろそろ時間です」


 副官は手で鼻を摘みながら用件を伝える。


「は? 魔族程度、お前等だけで何とかなるだろ。俺が出るまでもねえよ」


「ダメですよ。今回は教皇様から絶対に失敗するなと言われているんですから。下の者に任せて何かあれば、隊長の問題になりますよ」


「チッ……。しかたねえなァ!! 馬鹿共に準備させろ!! エルフに先行させて魔法でも撃ち込ませておけ!!」


「わかりました」


 副官が出て行くと、金髪クソ野郎のレオンも準備を始める。


 装備を身につけた後にキラキラと金の光を発する聖槍を手に取り、もう一方の手には捕まえた魔族女性の首に繋がっている鎖を持ってテントの外に出た。 


 彼の出した指示通りにエルフ数名が砦に向かって魔法を撃ち込み、人間の騎士達がダルそうに陣を形成している最奥に隊長用の豪華なイスを置かせると、レオンは乱暴に座り込む。


 イスの横に設置された武器置き場に聖槍を立てかけ、再び連れて来た魔族の女性の体を貪り始めながら大声で叫んだ。


「オラッ! さっさと始めろ!」


 彼は知らない。


 砦の中にいる1人の魔族男に見られている事を。


 彼は知らない。


 視線を向ける魔族の男が自慢の愛武器を『土産にする』と言っている事を。 


読んで下さりありがとうございます。

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