204 帝国解放戦 エルフ達の抵抗編
朝日が昇ると同時に駐屯地にいるエルフ達は行動を開始した。
人間達はまだ眠りの中。聖騎士達を叱咤する副団長も自国へと引き返し、不在の今。
一番上の者が居なくなった途端に気が緩むのは長年味わってきた勝利者の余裕というやつだろう。
「女性と負傷者を優先的に避難させろ」
派生組の隊長であるエルフは昨晩の内に帝都より伝えられた作戦を人間に悟られぬよう聞かせた。
反対する者はいない。むしろ、この地獄からようやく抜け出せると涙を浮かべる者の方が多かったくらいだ。
本当は夜の闇に紛れて行動したかったが、夜は人間達がエルフを使いに来る。
昨晩も深夜遅くまでテントの中では呻き声が響いていた。それが終わって、人間達が完全に宿舎へ戻るのを待つ。
完全に寝静まるのを待ってからの行動は時間を予想以上に圧迫。負傷した者達を運搬する為に資材を集めたりと、準備を行っていたら行動開始が朝早くからになってしまった。
人間達の監視が緩い時間帯ではあるが、全てのエルフが避難するのは難しいと判断せざるを得ない。
魔族と亜人の攻撃が始まるまであと、1時間も無い。
隊長エルフの考えは自分が囮になり、時間を稼ぐ。これしかない、と拳を強く握った。
「隊長。私も残ります」
彼の意図を察知し、志願してきたのは若いエルフの男性。
彼も捨て身で仲間を守ろうと決意して話しかけてきたのだろう。だが、隊長は首を振った。
「お前は故郷に家族がいるのだろう。逃げなさい」
「しかし、隊長も……」
「うちはもう子供が大きくなった。私がいなくとも女房が上手くやるだろう」
隊長は若いエルフの肩に両手を置いて、
「助かるんだ。家族と会える。ここで命を無駄にするな」
強い視線で彼の目を見た。
若いエルフの目尻に涙が浮かび、顔を伏せながら小さく頷く。
「ご武運を……」
そう言って若いエルフの男性はコソコソと移動を始めたエルフの中へと紛れ込んだ。
「お前達も避難しなさい」
隊長は背後へと振り返り、地面に座るエルフ達を見た。
「もう長くないんだ。最後まで付き合いますよ」
エルフの居住地に残ったのは、どれも怪我をしたエルフ達。
片腕が無い者、顔に包帯をしている者、片目が無くなってしまった者。長きに渡る戦争で人間達に酷使され、体を壊されたエルフ達。
病や怪我もあって確かに彼らは先が長くない。
そんな事を言うな、と言いかけた隊長だったが――
「若いヤツらが生き残った方が良いでしょう。俺なんてもう100を超えた。十分ですよ」
「最後に国の礎になれるなら、本望ってやつです」
大を救う小さな犠牲。それに自ら立候補した彼らの顔は最後が近いというのにも拘らず、皆笑顔であった。
「作戦を成功させるには足止めも必要だ。隊長だけじゃ流石に無理でしょう」
「すまぬ……」
彼らの言う通り、隊長である自らが犠牲になったところで焼石に水。
確実に成功させるなら彼らの力が必要なのは理解していた。だが、隊長ならば隊員全員を生かしたいという気持ちを捨てられない。それは悪い事だろうか。
「気にしなさんな。恨みはしません。隊長、最後まで一緒に戦いましょう」
最後に部下の心意気に救われた。彼はもう一度、頭を下げて助力を願った。
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「おい、何をしている!?」
避難は順調に進むと思われたが、ここは敵陣のど真ん中。駐屯地を移動するエルフ達は人間に呆気なく見つかってしまう。
「いけ! 走れ!」
見つかってしまった以上、コソコソと動く道理もない。
隊長は声を荒げた人間にタックルをお見舞いし、一緒に地面へと倒れ込みながら叫ぶ。
人間の叫び声に気付いた者達が宿舎からゾロゾロと出て来るが、隊長と運命を共にすると決めたエルフ達が一斉に魔法を発動して寝起きの一撃を喰らわせた。
「まだ早いが、狼煙を挙げろ!」
隊長は暴れる人間を抑え込みながら、森へと走る仲間達を見つつも空へと炎の魔法を放つよう命じた。
手紙にあった作戦の手順としては、避難完了の合図として森の中から撃つべしとあったが、そうも言ってられない。
空中で『ドン』と大きく音を鳴らした魔法の残滓が消えると同時に隊長は腹に熱を感じた。
視線を下げれば人間の持つナイフが自身の腹に刺さっている。
「このクソ共がッ!」
人間は力が抜けた隊長を押し返し、彼の顔を思いっきり殴りつけながら喚く。
他の人間達も足止めに魔法を撃っていたエルフ達が魔法の発動を終えたタイミングで殺到し、リンチするかのように殴る蹴るの暴行を加える。
「エルフ共が逃げている! 逃がすな! 追え!」
どこからか、人間達の叫び声が聞こえるが、どれと同時に彼方から何かが飛来する音も響く。
「なんだ?」
そう言って空を見上げるのは人間達。
空の向こう側から歪んだ玉のようなモノが駐屯地目掛けて飛んでくるではないか。
弧を描いて飛んで来た飛来物は駐屯地のやや奥側に落ちた。そして、落ちたと同時に大地を揺らして轟音が炸裂する。
「おい! 見ろ!」
揺れと轟音に顔を顰めていた人間達であったが、一人が先を指差した。
そこには朝日を背後に複数体の巨人が駐屯地へと歩いて来る光景があった。
「魔族と亜人達か!」
「戦闘準備! 戦闘準備!!」
「さっきのは砲撃だ! 防御壁の展開を!」
大慌てで動き始める人間達。剣を得意とする者達は宿舎に戻って装備を整え、法術を得意とする者はその場で魔法を防御する為の結界を宿舎を包むように張った。
彼らが行動を起こした次の瞬間には、空から複数の魔法砲撃が飛来しようとしていた。
足止めをしていたエルフ達も宿舎を包むように張られた結界の中へ行かなければ死は免れない。
「クソ、離せ!」
だが、隊長のエルフを始めとした足止め要員達は近場にいた人間達にしがみ付き、その場から動かぬよう縫い付ける。
「貴様も道連れだ。一人だけでも減らさせてもらう」
「散々殴られた礼だよ!」
人間達にしがみつくエルフ達は一様にニヤリと笑って――人間を道連れにしながら灼熱の炎に包まれた。
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