203 帝国解放戦
「配置はどうだ?」
「既に完了しております。東は打ち合わせ通り、ジャハーム軍に任せました」
北西砦の城壁で指揮していたレガドはやって来たセレネに状況を報告する。
砦の前には既に進軍の準備を終えた魔王国軍と貴馬隊フルメンバーと商工会の一部メンバーが混ざった混成部隊が待機。
魔王軍兵の数は総勢2万以上。戦争に必要な物資を積んだラプトル車は20台を越える。
「帝都組は既にオーク軍と合流した。あとは時間通りに」
「ええ。……遂にこの時が」
遥か先にあるであろう聖樹王国軍の駐屯地。その方角を睨みながらレガドは言葉を漏らした。
「私は生まれてから今まで、ずっと人間による侵攻を受けていました。親を殺され、仲間を殺され……ですが、それも今日で終わる」
彼が今まで失ったモノは多く、大きい。
だが、それも今日までだ。これからは一方的に奪われるのではなく、抗う事が出来る。
その一歩として、敵国であったエルフの地へ攻め入るのだ。
エルフから人間から解放して欲しいという願いの元に起こした軍事行動であっても、攻め入る事には変わりはない。
今までのような防戦一方ではない。ようやく相手勢力の力を少しでも削ぎ落す事が出来る。
「それも、皆さまのおかげです」
レガドはセレネに体を向けて深々と頭を下げた。
「よせよ。俺達は敵をキルしたいだけなんだぜ」
改まって言われ、少し顔を赤らめたセレネは髪を結んだリボンを弄る。
「お任せしてしまうのは心苦しいですが、存分に暴れて下さい。後ろは我らが」
「わかった、わかったっつーの!」
レガドの熱い想いに耐え切れず、セレネは声を荒げて制止した。
「セレネェー! 時間だぞォー!」
砦の外から叫ばれた声にセレネとレガドは顔を見合わせて頷き合う。
そして、先にある敵の駐屯地へ手を伸ばして叫んだ。
「進軍開始!」
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常闇の森 オークの集落
こちら側の指揮を執るマグナは手に持っていた懐中時計の蓋をパチンと閉じて顔を上げる。
「時間だ。我らも向かうとしようか」
正面から立ち向かうセレネ達に対し、こちらは少し兵の数が少ない。
それでも魔王軍兵は半分の1万。協力してくれるオークの数は5千。加えて百鬼夜行フルメンバーと商工会の混成部隊。
そして、特別に配置されたユウキとモッチ率いる異世界文化愛好会のメンバー。
彼らが配置された理由は帝都にユウキの仲間がいるとの情報を受け取ったからだった。
「改めて手順を説明する。敵背後を襲撃する位置まで移動したら、魔王軍の半数と私が率いる百鬼夜行50名。商工会10名は正面の貴馬隊に連動して攻撃を開始する」
背後を攻撃する担当の兵達は黙って頷く。
「残りはサクヤ達と共に帝都へ。エルフ軍と合流して帝都を占拠だ」
2か所同時攻撃が今回の要。
聖樹王国の駐屯地を攻撃しつつ、その間に帝都をエルフと共に人間から完全に取り戻す。
駐屯地を攻めるのはいつも通りの戦争と言えるが、こちらも確かに危険は多い。
だが、逆に帝都に向かう方がリスクは高い。まだエルフと人間による罠という線も捨て切れないからだ。
帝都へ向かうメンバーはイングリット達やレギオンマスターであるサクヤ率いる強者揃い。それでも罠であれば、敵陣に踏み込んでしまった故に対処は難しいだろう。
最大限の用心を心がけ、エルフ達が何か不穏な行動を起こしたら即時撤退せよ。それが作戦会議で決められた絶対条件であった。
「何か質問は?」
作戦を改めて説明し終えたマグナが問う。だが、聞いていた者達からは声が上がらない。
(やるぞ。必ず助ける……!)
魔族・亜人・オークの中に混じっていたユウキも心の中で己に喝を入れる。
ここに配置してもらったのは志願したから。仲間を助けたいから。
もう友人が騙され、人として壊される姿を見たくない。そう決意してここにやって来たのだ。
ユウキの握る手には自然と力が入る。
「ふむ。無いようだな」
マグナは仲間達を見回すと一度頷き、声を張らずに冷静な声音で告げる。
「では、行動を開始する」
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「……上手くいきますかね?」
「やらなきゃ見殺しだ」
ガタゴトと揺れる馬車の中で2人組のエルフが小さな声で話し合う。
帝都から馬車に食糧を積んで、目指す先は聖樹王国軍の駐屯地。
もう既に視界には駐屯地に建設された宿舎が見える。
御者をするエルフも目的地が視界に入ってからは緊張感が増していて、馬の手綱を持つ手が震えていた。
「止まれ」
駐屯地に到着すると入り口を守る人間の騎士が馬車を停めるよう命じた。
御者のエルフは緊張を隠すように笑う。
「物資の補給に参りました」
御者台に座るエルフが馬車を降り、人間達へ頭を垂れながら用向きを伝える。
物資の補給は決められた日に行われる。
今日はその日だ。作戦遂行をこの日に定めたのも、駐屯地への潜入をスムーズに行う為。
積んでいる荷も本物。表向き、嘘は一つも無い。
「確認させてもらう」
人間による形式通りの検査が行われるが、特に何も言われないだろう。
荷台に乗っているエルフも荷下ろしの要員と言えば問題は無い。
「通ってよし!」
まずは1段階。
こちらの思惑がバレなかったと安堵する御者役のエルフは、再び頭を下げた後に馬車を駐屯地内部へと進めた。
物資を保管する建物の前で馬車を停めて、中にいる管理役へと挨拶。
荷下ろし役のエルフ達が荷を降ろしている間に御者のエルフは管理役の人間へ問うた。
「こちらに派兵されているエルフに家族からの手紙があるのですが……」
「あ? 荷下ろしが終わったら渡しに行け」
物資のチェックをしていた人間はチラリとエルフを見て、再びチェックを再開しながら面倒臭そうに言った。
よし、と内心で歓喜しながらも御者役のエルフは冷静に「ありがとうございます」と告げて作業を再開。
荷を降ろし終えると馬車を移動させた後に、3人のエルフは派兵されているエルフ達がいる場所へと向かった。
エルフ達が暮らすのは粗末なテント。既にボロボロになって雨風が中へと入ってきてしまうモノもあるが、文句は言えない。
加えてエルフ達のテントは人間達による慰安所としても併用されている。ここまで上手く潜入は出来たが、お楽しみ中の人間がいる可能性が高い。まだ油断は禁物だ。
「ふぅ~」
3人がいくつもあるテントを目指して進んでいると、丁度一つのテントから出て来た人間と目が合った。
「なんだ?」
「物資補給と合わせて手紙を届けに参りました」
手紙を届けるだけでエルフが3人もいれば不自然か。そう思うと背中に冷たいものが流れる。
「そうか」
だが、人間は特に気にしなかったようだ。頭を下げて人間を見送ると、3人は揃って安堵のため息を漏らした。
「派兵組の責任者を探せ。彼に手紙を渡して撤収する」
御者役のエルフがそう言うと2人は無言で頷き、いくつもあるテントを訪ねて周る。
責任者が見つかったのはそれから10分程度してからだった。
彼へ手紙を渡し、今すぐ読んだ方が良いと勧める。手紙の中身を読んだ責任者は読んだ後で、掌の上に手紙を乗せて魔法で燃やした。
「了解した。最善を尽くそう」
「幸運を」
任務を終えた3人のエルフは馬車に乗って駐屯地を後にした。
どうか、無事に脱出してくれ。
同胞のいる駐屯地を背に、そう願いながら来た道を引き返して行った。
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神域では男神と鴉魔人の青年がモニター越しに地上の様子を見ていた。
3台のモニターに映し出されるのは2箇所にいるプレイヤー達とエルフ領土内の様子。
男神は険しい表情でそれぞれのモニターを眺める。
「……遂に始まりますね」
「ああ。エルフを助けるのは予想外であったがな」
男神としてはエルフも殲滅対象であった。というのも、エルフという種は女神アンシャロンに作られた種だ。
だというのに、エルフは徹底抗戦せずに人間へ降った。創造主である女神が邪神によって捕まっているというのにも拘らず。
そんな恩知らずな種族など滅べば良い、と考えていたが――まさかプレイヤー達がエルフを生存させる事にするとは予想もしなかった。
「貴方の子らは、利益があると考えたのでしょう。致し方ありません」
「………」
男神も心では理解している。
利用できるモノは何でも利用し、邪神を討つべきだ。地上に生きる者達が決断した選択を尊重すべきという事も理解している。
だが、裏切り者を再び受け入れるという事が何とも言い難い感情を生む。
「エルフの解放が終わったら、イグニスが沙汰を下すでしょう。それで収めて下さい」
男神の眷属、炎の化身であるイグニスはエルフが力の源とする精霊の原初とも言える存在。
女神がまだ無事な頃は女神の右腕としても働いていた眷属の1人である。
今は聖樹の影響で干渉できないが、帝都を解放すれば干渉も消える。そうなれば、全ての精霊に命令を下す事も可能。
故に彼が創造主を裏切ったエルフへ沙汰を下す――全ての精霊を帝都周辺から移動させ、エルフとの繋がりを断ち切るという事も出来る。
最も、蘇った王種族達がエルフに価値を見出した事で、その選択肢は彼の中から消えたのだが。
それでも二度と裏切らないよう手を打つだろう。
「……まぁ、いい。帝都の干渉を切れば残すは奴らのいる場所だけだ」
帝都の神脈に干渉する聖樹の根を断ち切れば――あの日、邪神に負けて敗走する直前の状態へ戻れる。
神話戦争。
拮抗していたあの日々に、ようやく戦況を巻き戻せるところまでやって来た。
「大丈夫です。準備はしてきました」
「ああ……」
2人がそう呟き合ったところで、モニターの向こう側にいるプレイヤー達は動き始めた。
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