202 ソウル・アーカイブ:リーベルグ家の娘
まだ邪神が姿を現す前のアンシエイル。大陸にはいくつかの王種族が覇を唱え、それぞれの土地を治めていた。
その中でも特別広い土地を治めていたのが『魔王』という存在。
土地を治める王種族達は確かに『王』であるが、どちらかといえば『崇拝すべき対象』とされる事の方が多かった。
そんな中で『国』というモノを政治運営して治めていたのは、この魔王という存在のみであった。
魔王の治める国。国名は魔王国リバウ。
そのリバウに属する貴族家にリーベルグ家という侯爵の位を持つ家があった。
その家では代々、王に仕える宮廷魔導師を輩出する家で現当主も宮廷魔導師筆頭という王に魔法関連の事では最も頼られる役職に就いていた。
しかし、当主は悩みを抱えている。それは世継ぎの男子が生まれない事だ。
妻との間に出来た子は女の子。
生まれてから5年経過すると魔眼に目覚めた。しかも、全ての魔法を解析するという破格の能力。
魔導師を輩出する家からしてみれば最高の才能。
だが、その子は女子である。
当時の魔王国では男子が家を継ぐという風習が強く、彼女は破格の能力を持ちながらも後継ぎとしては成り得ない。
リーベルグ家当主は多いに落胆した。
そんな父を見た女の子は、幼いながらも自分で物事を考え、どうしたら良いかという解決策を模索。
結果、彼女はなるべく男らしい髪型・服装をして過ごす事を決意した。
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「クリフ様、いつ見てもカッコイイですわ」
魔王国の学園に通う頃にはファンクラブが出来る程の人気を得た。
女性でありながら、男性のような。美少女でありながら美男子を感じさせる装い。
女性でありながら、己の事を男性名のように『クリフ』と呼んでくれと自ら申し出るほどの徹底ぶり。
天然物の男子を退け、学園のうら若き女子達はクリフィトアンヌに夢中。
「やぁ。今日もかわいいね」
当の本人も男装の麗人をこれでもかと自覚した上で演出するからタチが悪い。
この容姿端麗な見た目に加えて魔法の才能も天下一品。さすがリーベルグ家のご息女と教師や親世代の者達も唸り声を上げる。
だが、彼女は女性。
『でも、女性だから』
常にそう言われて終わってしまう。
クリフィトアンヌがどれだけ努力し、どれだけ素晴らしい魔法理論を唱えようと『女性』という性別が付きまとう。
自分は将来どうすれば良いのだろうか。
そんな漠然とした不安を抱える彼女を持て余した実家は、最高学年なると学園の研究機関に所属して魔法研究を行うよう指示を出す。
学園を中退し、知らない男の家に嫁ぐよりは全然マシだな、と彼女もそれを了承。
彼女は魔法技術研究機関に属する事となったのだが――そこで運命の出会いを果たす。
父が宮廷魔導師筆頭という役職がらと自身の才能もあり、研究機関では最高位の研究が思う存分に出来る研究室を用意された。
そこで共同研究者として紹介されたのが、クリフィトアンヌと同い年の女性。
家名を聞けば父親の部下の娘で、炎魔法を得意とする家の者じゃなかったかと脳裏に浮かぶ。
自分と同じく悪魔族で、深緑の髪がとても印象的だった。
名を『 』
父の話では魔法技術に関して天才的な才能を持つ女性らしい。
同い年なのに学園では見た事が無いなと思っていると過去に問題があって、今では一人で研究機関で研究をしていると父親は言う。
「貴方が共同研究者? よろしくね?」
クリフィトアンヌはニコリといつものように笑って握手の手を差し伸べる。
「うん。よろしく」
対し、彼女のリアクションは新鮮だった。
学園の女性達とは違って、微笑みかけてもノーリアクション。
もう一度、ニコリと笑って見せるが、
「?」
彼女は首を傾げるばかり。
(あれ!?)
いつもと違う。少し調子が狂ったクリフィトアンヌ。これが、最初の出会い。
彼女と過ごす研究の日々は充実していた。
加えて研究の合間、女性にすれば黄色い声が上がるような仕草やスキンシップも取った。
背後から覗き込むように顔を近づけてみたり、手を重ねてみたり。極めつけは壁ドンまでやった。
「なに?」
が、リアクションは決まって首を傾げるだけ。
壁ドンは意地もあってやった事だが、どうして彼女は他の女性達と違うリアクションをするのだろうかと不思議でならない。
遂に我慢できなくなったクリフィトアンヌは彼女に問う。
「私の事、どう思う? かっこいい?」
かなり直接的な問いだ。今まで学園にいた女性ならば十中八九『カッコイイ』と答えるだろう。
「クリフは女性じゃない。なんでカッコイイ?」
だが、やはり彼女は首を傾げる。しかも、クリフィトアンヌの問いがひどく不思議に思っているような表情を浮かべる。
「いや、私は、その……男として生きてきたから……」
「なんで?」
父に落胆され、母は男子を産めというプレッシャーに心労を募らせる日々。
それを見て生きてきたクリフィトアンヌは男になりたいと常に思ってきた。
抱えていた気持ちを全て明かすと、『 』はやはり首を傾げる。
「そう。でも、貴方は女性。男にはなれないわ」
「うん……」
現実を突きつけられた。彼女の言葉が脳内で何度も反芻する。
しかし――
「でも、貴方は綺麗で好きよ」
「え?」
「私ね。昔、知り合いの女の子に虐められたの。それから人が怖かったわ。でも、貴方は大丈夫。きっと、貴方も貴方の魔力と同じように綺麗だからだわ」
「綺麗って……」
「綺麗よ。凄く綺麗な青色。貴方の髪の色みたい」
そう言う彼女は初めて笑顔を見せた。
普段は表情を表に出さないのに、笑えば華が咲いたように可愛らしい。
カッコイイ。王子様みたい。いつも言われた誉め言葉。
だが、彼女からは綺麗と言われ、髪色の事を褒められる。
性別など気にせず、顔の事や仕草では判断していない。
「ぷっ」
思わずクリフィトアンヌは笑ってしまった。
彼女の笑顔にも見惚れはしたが、それよりも人を好きになる理由が常人よりもズレている。
「なにそれ。人を好きになる理由が魔力の色なの?」
「お、おかしいかしら……」
クリフィトアンヌの言葉に、彼女はオドオドとしながら挙動不審になる。
「ううん。嬉しいよ。『 』」
自分の抱えていたコンプレックスを見ず、好きだと言ってくれた彼女に。外見じゃなく、内面を見てくれた彼女に暖かい気持ちを抱いた。
「魔力の色って内面の事になるのかな?」
少々疑問にも感じながらも、彼女の頭を抱き寄せた。
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それから2年の歳月が経つ。
2人はすっかり仲良くなり、もう恋人と言われてもおかしくないくらいには、常に一緒に過ごしている。
私生活で一緒に過ごしながら、共に進める研究も順調。
「ここを改良すれば完成しそうだね」
「うん。そうね」
2人が進める研究の大枠としては『禁忌魔法』について。
禁忌魔法とは、世界に生きる異種族が神の使う禁術に限りなく近づけた魔法を指す。
この世に事象として存在してはいるものの、確かに存在する神によって作った瞬間に禁忌指定されてしまう。ただ、禁術と違って発動できない訳じゃない。
神によって『禁忌』とされるくらいなので、全7つある禁忌魔法全てが現在人が使える魔法を遥かに上回る。それは破壊力も癒しの力も、全てだ。
そして何より発動による代償。
酷いモノであれば術者の命と引き換えに発動しなければならないモノも存在する。
2人の研究はその代償を肩代わりする概念の発明と禁忌魔法の代償をより小さくする事。
そして、2つの題材の中で一番進行しているのが『過去の魔導師が作った禁忌魔法に効果が限りなく近く、代償が小さい、より効率化された最新の禁忌魔法』と言うべきか。
「これで参考にした禁忌魔法の効果に限りなく近くはなった。でも、やはり代償は必要とされる」
「そうだね。魔法というモノの効果が強くなればなるほど、代償も強くなる。この法則は避けられなさそうだ」
2人は研究すればするほど、魔法と代償という等価交換に縛られた。
現在人が使える魔法は全て魔力を代償として発動する。が、一定の威力や効果の壁を超えると魔力だけでは代償が足りなくなるというのが分かった。
クリフィトアンヌの持つ魔眼を用いて解析・改良しようにも、代償というシステムは絶対的に避けられない。
「世界を壊さない為のストッパー。世界の理。代償とは、そういった類なのかもしれない」
「でも、発動しようと思ったら出来るんだよね。禁忌指定で止まっているのは何故なんだろう?」
代償を必要とされるが、発動は可能。発動には禁忌魔法について詳しく研究して内容や理論を知る必要があるが、絶対に発動できないものじゃない。
その証拠に、クリフィトアンヌは魔眼を発動して手元に描いた魔法陣に対していくつかの魔法文字を書き加える。
「ここをね、こう弄ると……禁忌魔法の部類になるんだ」
クリフィトアンヌが手を加えて完成させた魔法は確かに強力な禁忌魔法になった。
だが、やはり代償は大きい。
「代償が腕を1本失うって……。これ、絶対に発動しちゃダメ」
「ははは、わかっているよ。でも、既存の禁忌魔法よりは効率が良いと思わない?」
文献に残された攻撃魔法系の禁忌魔法は代償が術者の命でありながら効果は見合っていない内容。
しかし、今クリフィトアンヌが作り出した禁忌魔法は腕一本の代償で攻撃対象を確実に殺せる魔法に仕上がった。
「効率は良いけど。貴方は何で大量破壊魔法しか作らないの?」
「いや、子供の頃に見た宮廷魔導師の大規模魔法訓練が印象深くて」
はぁ、とため息を零す傍らでクリフィトアンヌは少し照れ臭そうに言った。
派手で広範囲に効果を及ぼす攻撃魔法ばかりを考える彼女の理由は幼少期に見た憧れからだった。
もしも、自分が男子であれば。きっとあの幼少期に見た光景の中に自分がいただろうから。
「見た目もおかしいわ。こんな演出いらないんじゃないかしら」
発動すれば確かに強力な魔法である。が、クリフィトアンヌは魔法が発動された後の演出にも特に拘った。
「これは必要だよ! だって、この魔法は私達の青春じゃないか!」
「……青春」
なんて理由で魔法を作っているんだ、と相方に対して呆れそうになるが、この拘りもまたクリフィトアンヌらしいと『 』は思う。
見た目は男装の麗人。男として振舞おうと思っていながらも、どこか可愛い部分が見え隠れしてしまう。
そこもまた、自分の愛した者の愛しい部分だと納得してしまうからタチが悪い。
「この魔法。君の名前を付けてもいい?」
「私の名前を?」
「うん。一番大好きな人の名前を最初に作った魔法に付けたい」
いつもの笑顔に愛しさを混じらせて。
『 』も、しょうがないわねと言いながらクリフィトアンヌへ愛の籠った笑顔を向けた。
なんと素晴らしい日々なのだろう。なんと愛に満ち溢れた日々なのだろう。
2人は永遠に一緒にいようと、それぞれ口にはせずに思い続けていた。
だが、ここから3年後。2人の愛に悲劇が降り落ちる。
「クリフ! クリフ! いやああああッ!!」
悲劇の名は『人間による侵略』
北の最果てで邪神が召喚した人間の軍勢は大陸を侵略し始め、遂に魔王国王都であるリバウまで手を伸ばした。
強力な武器。強力な魔法。そして、魔族や亜人よりも高い身体能力と邪神の加護。
それらを用いて次々と王種族を殺す人間達は、2人にも牙を向けた。
「あ~。貴重な王種族が」
邪神によって力を授かり、人間にとっての英雄は腹に穴を開けて床に血の海を今も広げるクリフィトアンヌを見下ろした。
「もう死にそうじゃないですか。これでは使えませんよ」
大きなため息を吐き、しょうがないと言って首を振った。
「まぁ、この資料と一緒に1人だけでも手に入ったので良しとしましょう。素晴らしい知識をお持ちになっていそうだ」
人間の英雄は研究室にある紙の束を手に持ちつつ、捕らわれる『 』の顔を見て笑顔を浮かべる。
「ま、て……『 』、『 』……」
クリフィトアンヌは体が冷たくなっていくのを感じながら、彼女へ必死に手を伸ばした。
「さ、撤収しますよ。ブライアン達の方も終わったでしょう」
「クリフ! クリフゥゥゥ!」
届かない。
(なんで、どうして……)
伸ばした手は愛しい者へ届かない。
(なんで、連れて行かれてしまうの……)
あの時、襲撃があった時に。彼女を守って腹を刺されてしまった。
一撃で致命傷を負った。何故だ。当たり所が悪かった? タイミングが悪かった?
様々な理由があるだろう。一概には断定できない。
(私が、お、男だったら……)
剣を防御し、愛しい者も助けられたかもしれない。
自分達の青春と愛を壊した化け物達を殺せたかもしれない。
(私が、男だったら……。男だったら……)
散々家族から、他人から言われた言葉を想いながら――クリフィトアンヌは一度死ぬ。
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「あれ~? クリフ、そのイヤリングなに~?」
宿屋の食堂で朝食を摂っていると、隣に座るメイメイがクリフの耳にある小さな青色の宝石が嵌ったイヤリングに気付く。
「ああ、これ? 前に見つけたんだ。なんか、これを身に着けていると安心するんだよね」
理由は分からないけど、と言いながらクリフは耳のイヤリングを慈しむように触った。
「ふ~ん。でも、似合ってる~。クリフの髪と一緒の色だね~。綺麗~」
「ふふ。じゃあこの後、メイに似合うアクセサリーを買いに行こうか? そ、それで、こ、今晩は一緒にね、寝よう?」
前半は良いが後半はおかしい。
クリフは鼻の穴をぷくぷくと膨らませながら、メイメイの頭を抱き寄せて頭頂部をフガフガと嗅ごうと画策するが、当人にはヒョイと躱されてクリフの両手が空を切った。
「買い物は行くけど、一緒には寝ない~」
「いけずっ!」
2人のやり取りを見るイングリットとシャルロッテは呆れたような視線を向けた。
「朝っぱらから何やってんだよ……」
「いつも通りじゃな」
笑い声が飛び交ういつもの朝食。
クリフの耳にあるイヤリングもどこか楽しげに揺れた。
読んで下さりありがとうございます。
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。
次回は7日火曜日に投稿します。




