幕間 冬の特別編
アンシエイルという世界は神脈のおかげで常に気候が安定する仕組みになっている。
プレイヤー達のいたゲーム内でもその仕組みは再現されており、気候が高まりそうであれば雨が降ったりと世界が調節をしてくれていた。
だが、邪神によって神脈を奪われてしまっていた現実世界の魔王国と獣王国内の気候は酷いモノになっていた。特に雨が降らないので水源は枯れ果て、農業は絶望的な状況だったのだ。
しかし、イングリット達の活躍もあって今は違う。
今では両国内の一部地域では活性草が成長して草原もあるし、雨がしっかりと降って川が再び出来上がったり。
砂漠地帯だったジャハーム獣王国内ではオアシスがいくつか誕生したりと徐々に改善されつつあった。
そして今日――
「おお! 雪が降った!!」
現実の魔王国内では数十年ぶりに雪が降った。
過去を知る年老いた魔族は再びこの世に戻った王種族のおかげであると拝み倒し、過去を知らない若者達は初めて見る雪という現象に湧き上がる。
しかし、当のプレイヤー達はというと――
「雪か……」
「今日は雪か……」
「もうそんな時期か……」
どいつもこいつも眉間に皺を寄せて唸るばかり。
「どうしたんですか? 雪が降ると何かマズイ事があるとか……?」
異世界から召喚された青年であるユウキが冒険者組合のロビーで唸り声を上げるプレイヤー達へ問う。
「雪が降る時期は忙しくなるってジンクスがある」
そう言ったプレイヤーの話によると、ゲーム内では立て続けにイベントが発生してプレイヤー達は大忙しになるという。
特に雪の日限定で出現する魔獣がレア素材を落としたり、その日限定のポップなのでドロップアイテムを集めておかないと後々必要になった時に困ったり。
「あとは謎の組織が暗躍する」
「謎の組織……?」
深刻そうな顔で言うプレイヤーにユウキにも緊張が走る。
「ああ。サン・タ・クロスとかいう組織だ。何でも弱者に施しを与える存在らしいが、それによって一定数の信者を獲得しているらしい」
「この時期になると現れるんだ。昨日までニュービーだと思ってた奴がいきなりレジェンダリー装備を手にしてブイブイ言わせてたりな」
「中堅からすると恐ろしいぜ」
単に中堅が追い越されるのではないか、という危機感だけであった。
だが、組織名にはユウキも心当たりがある。
異世界にあった文化、クリスマスに子供へプレゼントを配る存在。サンタクロースという名に似ているじゃないか。
今日はアンシエイルのクリスマスなのかな? と首を捻るユウキ。
そんな彼らの元に一人のプレイヤーが駆け寄る。
「おおい! 日替わりダンジョンで雪ジャッカルが大量出現だってよ! 討伐依頼が出たから処理してくれって!」
「始まったか」
「行くぞ、ユウキ。今日は一日中、雪ジャッカル狩りだ」
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同日、日替わりダンジョン内
前日から冒険者組合で依頼を受け、日替わりダンジョン内で日を跨いだ現実世界生まれの魔族新人冒険者は突如変化した雪原フィールドに驚いた。
驚いていたのも束の間、目の前に現れたのは白い皮で覆われたジャッカル型の魔獣。
「クソ! なんだコイツ!」
白い見た目がフィールドに積もる雪と同化して視認しづらく、それでいて群れで行動する。
初めての雪に足を取られ、動きが鈍いソロの新人冒険者など恰好の餌食だ。
「クソ! クソ!」
魔族の新人冒険者は必死に剣を振った。そこには型や戦闘スタイルなど在りはせず、ただ純粋に生きたいという本能があった。
しかし、魔獣は狡猾だ。
相手が生き延びたいが故に必死であると察している。このまま逃がさぬよう囲みながら刺激を続け、相手のスタミナが尽きたところを襲えば良いと分かっているのだ。
「ちくしょう! ちくしょう!」
逃げられない。
そう悟った新人冒険者の心には絶望の色が染まる。
が、その時――
『力が欲しいか……?』
「えっ?」
『力が欲しいか……?』
新人冒険者の耳に届く謎の囁き。
彼が周囲に顔を向けて声の元を探すが、いるのは自分を囲む雪ジャッカルだけであった。
『力が欲しいか……?』
三度聞こえる謎の囁き。通常ならば、遂に頭がイカれたか。そう思うだろう。
だが、極限のピンチにいる彼は声に縋る。
「欲しい……! 力が欲しい……! 生き残る力が……!」
『いいだろう……。受け取れ!」
「ぐッ!?」
「ギャイン!?」
謎の声がそう囁くと、新人冒険者の目の前に激しい光が発生した。
突然の光に驚いたのは彼だけではなく、雪ジャッカルも同様。新人冒険者が瞬きを繰り返し、ようやく目が慣れると――彼のすぐ傍には一本の剣が刺さっていた。
「これは……!」
剣を引き抜くと持ち手を握った手からは圧倒的な魔力を感じる。これは古の技法によって作られた魔法剣だ、と確信した。
「これがあれば、やれるッ!」
新人冒険者は剣を振る。すると剣先からは魔法の斬撃が飛び、雪ジャッカルの首を容易く刈り落した。
「俺は、生きるんだ!」
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日替わりダンジョン内 山岳地帯
「ゲヒヒヒ~!」
「いやあああッ! こないで! こないでええ!!」
新人冒険者が雪ジャッカルに囲まれるピンチから2時間後。別の場所でもピンチを迎える新人冒険者がいた。
彼女も最近冒険者登録したばかりの新人で、貧しい家族を養おうという目的もあってか、己の実力を考えずに一人でダンジョン内に入ってしまった者であった。
その結果、彼女は山岳地帯でゴブリンの群れに囲まれてしまう。
ゴブリン達は涎を垂らしながら彼女を囲み、彼女の柔らかそうな体へ視線を向ける。
このままでは巣へ拉致されて、とんでもない事をされてしまうだろう。絶体絶命のピンチだ。
しかし――
『力が欲しいか……?』
「え!?」
「力が欲しいか……?』
彼女の耳に囁かれる謎の声。
「ほしい! 私は生きて家族と再会したい!」
『良いだろう! 受け取れ!』
どこぞの新人冒険者と同じく、周囲がカッと光ってピンチだった彼女の目の前には弓が落ちていた。
「これは……!」
魔法の弓。矢は魔法で作られ、実物いらずの優れ物。
ピンチから大逆転。女性新人冒険者は魔法の弓で次々とゴブリンを刈っていく……。
「のう、イング。あれは何じゃ?」
「あ?」
イングリットと共に日替わりダンジョン内で狩りをするシャルロッテが指差す先には、木の影に隠れてブツブツと言っている中年魔人族の見た目を持ったプレイヤーの姿があった。
「ああ、あれはな。この時期に活動するサン・タ・クロスって組織のメンバーだ。その中でも有名な『力が欲しいかおじさん』って言われてるヤツだ」
「組織? 力が欲しいかおじさん? そもそも、ヤツは何をしておるんじゃ?」
「初心者救済。必要無くなった装備品を初心者に渡して育成応援してんだよ」
辻ヒール、辻蘇生といったような見ず知らずの相手を助ける行為。
それの究極系が『力が欲しいかおじさん』である。
謎の囁きの正体――力が欲しいかおじさんは不要になった装備品を初心者に無償で譲り、新人育成に力を注ぐ奉仕者。
「でも、何であんなピンチの者に? そのまま助けて渡せば良いじゃろ?」
「趣味だって言ってたな。新人がピンチを切り開く姿を見るのが好きなんだとよ」
話し合う2人の視線の先には光魔法で周囲を光らせて、その隙にダッシュで装備品を置きに行く力が欲しいかおじさんの姿があった。
「ほんと、王種族には変なヤツが多いのじゃ……」
読んで下さりありがとうございます。
季節モノを書いてみたかったやつ。メリークリスマス。
次回投稿は日曜日に。次回投稿が年内最後となります。




