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200 エルフの交渉


 セレネ達とエルフの将軍は作戦をある程度決め終えると一時休憩を挟む。

 

 ぶっ通しでウンウン悩んでいても良い案は生まれない。


 そこで用意されたのは冒険者食堂で作られた料理と、最近食堂の厨房に加わった『パティシエ』というユニーク生産職を持つプレイヤーが作った菓子であった。


「これは……!」


「美味い!」


 初めて食す料理に思わず唸るエルフ達。


「作戦が成功して人間からの支配から抜け出せて……国に冒険者組合が作られれば材料が輸入されるだろう」


 唸るエルフ達に悪魔の囁きを零したのはイングリットだ。


 国を寄越せ、と言った手前彼はあまり良い印象を持たれていなかったが――


「なるほど……。外の世界はこうも進歩しているのですか……」


「これが毎日食べられるのか……」


 異世界料理という圧倒的なパワーに屈しそうなエルフ達。


 それもそのはず。現状、エルフ達の食事は野菜中心だった。


 国内で栽培される野菜と魔獣肉が加わったレパートリーが多く、野菜も塩で煮る・炒める・焼く……などの簡単な工程で調理された物ばかり。


 料理文化というよりは調味料が圧倒的に少ない。


 国が魔族と亜人に支配されようとも、現状が変わって更には食文化を豊かにする調味料類も入って来るとなれば。


 案外悪くないかも、という考えがエルフ達の脳裏を過る。


「俺達は一旦、砦に戻るがそちらはどうする?」


 砦に戻る理由は食糧の補充だ。まだ作戦を詰めなければならないので、本格的に野営するには用意をしなければならないだろう。


 食事を終えたセレネ達がエルフ達へ問うと、


「オークの集落へ連れてってくれませんか? 交渉を行いたい」


 エルフの将軍は交渉役の者を一緒に連れてってくれないか、と申し出る。


 交渉ついでに魔王国と帝国の連絡員としても使ってほしいと付け加えながら。


「良いけど」


 セレネ達は連れて行く分には構わないが交渉には加勢しないぞ、と念を押して了承した。


「助かります」


 エルフにとっては交渉のテーブルに着くだけでも御の字だろう。そこを弁えているエルフの将軍は礼を述べて交渉員に全てを託した。



-----



 砦方向へ戻ったのはセレネとエキドナ、イングリットとクリフの4人。


 マグナとレガドはその場に残って引き続きエルフの将軍と内容を詰める事となった。


「ここがオークの集落ですか……うっ」


 交渉役のエルフが初めてオークの集落に招かれると、いくつものギラギラとした視線が彼を射抜く。


 交渉役のエルフは男性であるが、それでも視線を向けられるのはオークにとって()と認識されているからだろう。


 オーク達が飛び掛からないのはオークキングによる制止とエルフの傍にプレイヤー達がいるからだ。


 いつ殺されてもおかしくない。そんな状況で交渉をしなければならい事にようやく気付く。


「あなた方が魔族・亜人と協力しているようにエルフとも同盟を組んで頂きたく、交渉に参りました」


 プレイヤー達が砦に帰る前に、さっさと用向きを伝えて手出しされないようにしてしまおう。


 そんな魂胆が含まれながらも交渉役は魔獣であるオークに対して礼儀正しく頭を下げる。


「コウショウ?」


「はい。その、オークの方々はエルフを捕まえていますよね。それを止めて頂きたく……」


「ナンダト?」


 オークキングのギロリと鋭い目線が彼を襲った。


 周りからもオーク達の視線が飛んでくる。交渉役のエルフは体の震えが止まらない。


 助けてくれ! という念を込めてセレネ達を見やるが――


「んじゃ、俺らは砦に戻るからー」


 宣言通り、我関せず。


「マタ、クル?」


「ああ。2日後にまた来るからよろしくな」


「ショウチシタ。マタ、アンナイヤク、タイキ、サセル」


「おう。頼むわ」


 恐怖で体を震わせるエルフの傍らで、フレンドリーに会話するセレネとオークキング。


 じゃあねー、と手を振って去って行く彼らに頭を下げてのお見送りまで。


 扱いの差が激しすぎる! 俺はただの文官だぞ! と交渉役のエルフは心の中で纏まりのない悲鳴を上げた。 


 セレネ達のお見送りが済んだオークキングは再びエルフへ体を向けなおし、睨みつけるように彼の顔へ視線を向ける。


「コウショウ、ハジメル」


「は、はひぃ……」


 ガクガクと膝を笑わせながら席に着く両者。

 

 用意されたテーブルとイスもオークが作った物で魔獣と呼ばれる存在が作り上げたとは思えないほどの出来だ。


 しかし、そんな事を気にしている余裕もお世辞を言う余裕もない。


 だが、ここで恐怖に屈しては交渉などできやしない。交渉役は深呼吸して気持ちを入れ替えるが――


「ワレラ、E専(エルフ専門)オーク。ソウ、ヤスヤスト、シュミ、カエラレナイ!!」


 ドン、とテーブルを叩くオークキング。


 ジャブどころじゃない。開幕からドギツいストレートをお見舞いしてきた。


「い、いーしぇん……」


 対する交渉役はE専ってなんだよというツッコミを内心で入れた。


 意味がわからねえと開幕から思考は混乱してフラフラである。


「そ、その、エルフにこだわる理由は何ですか?」


 底知れぬ相手と交渉するには、まずは相手を探る事。これに尽きる。


 彼の問いにオークキングは黙り込み、少し考えている様子を見せた後――


「エルフ、ヤワラカイ」


 そう言った。


「…………」


 何が? と返したくなる交渉役であったがグッと我慢。


 どう返すのが正解か、と考えているとオークキングの肩をチョンチョンと突くオークが口を開いた。


「エ、ル、フ、ホ、ソイ」


 たどたどしくも言葉を話すオーク。驚く事に喋っているのは通常のオークだ。これがオークキングによる教育の賜物だろう。 


 が、交渉役は「何が?」という感想しか抱けなかった。


「ウーム。ソレモ、アル。ミミ、ナガイノモ、イイ」


 部下の言葉に深く頷くオークキング。すると他のオーク達も発言し始めた。


「シロイ」


「ト、トトノッテル!」


 彼らの意見をまとめると『柔らかくて細くて白くて整っている』という。


(何がだよ……。意味わかんねえよ……。助けてくれよぉ……)


 もう訳が分からなかった。やはり魔獣との交渉など馬鹿げた行為なのだろうか。


 諦め寸前の交渉役は相手の意見をぶった切り、ついでに思い切って発言をした。


「エルフと似た種族で、エルフよりも強い種族がいます。そちらに鞍替えしてはど、どうでしょう?」


 交渉役が提示する代替えは人間だ。


 確かにエルフと似た形をしている種族であろう。魔族や亜人だと動物の顔を持った人型や角が生えている種族もいるが、人間とエルフは似ている。


 耳は長くないが白い肌(交渉役はそう解釈した)の者もいるし、体格もそっくりだ。


 顔立ちも……まぁまぁエルフに似ている。


 それにエルフよりも強い。子を成すという点では強者を取り込むという考えは至極当然の事じゃないだろうか。


「ニンゲン……。アノ、キタニスム、モノタチカ」


「そ、そうです。見た事はありますか?」


「アル。ツヨソウナ、ブキ、タテ、モッテタ。タシカニ、エルフヨリ、ツヨイ」


 何度かオークキングは人間という存在を見た事がある。直近では魔族と人間が北西砦で戦闘をしていた時だ。


 見た瞬間、格の違いというモノを感じた。


 あれには敵わない。

 

 エルフよりも数倍は強い存在であると直感が告げたのだ。


「今度、我々エルフは魔族と亜人と協力して人間を討ちます。その時に捕まえた人間を差し出すのでエルフを捕まえるのは止めて頂きたい」


 言い切った。言い切ってやったぞ! と交渉役のエルフは内心で自分を褒め称えた。


「人間を使って繁殖すればエルフとよりも強い個体が生まれるでしょう! ……たぶん」


 最後は小さな声でだが、人間を対象とすれば生まれるメリットを説明し続ける。


 だが、この提案にはエルフ達にとってデメリットがあるのも忘れていない。


 共同作戦が上手く行き、人間を排除し続ければ――人間という種はいつか終わりが来る。  


 そうなった時、きっとオーク達は再びエルフに牙を向くかもしれない。


 そもそも今まではエルフとエルフに害成す魔獣という関係だったのだ。元に戻るだけであるが。


(だが、今はそんな事考えている場合じゃない! 未来の事は未来の奴らに任す! 俺は生きて帰りたい!!)


 とにかく必死。必死に説いた。その結果――


「マズハ、ヨウイ、シロ」


「え?」


「ニンゲン。タメス。ソレカラ、キメル」


 必死の説得が生んだ一筋の光。希望。


 交渉役のエルフは勝ち取ったのだ。時間という結果を。


「わ、わかりました! 次の作戦で必ず人間を捕まえて差し出します!」


 こうしてエルフとオークによる交渉第一回戦は終了した。


 エルフにとって大きな一歩となったこの交渉。


 後の歴史書の1ページに彼の名が刻まれる事となるのだが……それはもう少し未来のお話である。 

読んで下さりありがとうございます。

誤字報告もありがとうございます。

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