199 残ったエルフ達と異端のエルフ
クリフがファティマと会話している一方でセレネとマグナの2名にレガドを加えた3名はエルフ軍の将軍と情報交換を行っていた。
「まず、ここが聖樹王国軍の駐屯地がある場所です。対し、現在地がここですね」
エルフ側が用意した地図をテーブルの上に置いてチェスの駒のような物を地図上に置きながら敵との位置関係を確認する。
「背後から奇襲するとなると、森はこの位置から抜けるのが望ましいでしょう。帝都から向かおうとなると街道を通るので目立ちます」
「目立つ? 後方にも聖樹王国軍が控えているのか?」
セレネの問いに将軍は首を振る。
「いえ、帝都から物資を運搬する我が国の民がいます。商人にも人間の支配が根付いておりますので……見つかった場合は駐屯地にいる人間達へ報告されてしまうかもしれません」
恐怖で支配されたエルフ達の中には人間へ媚び諂って顔を覚えてもらい、命の保証をしてもらおうと考える者も多い。
絶対強者に対してこういった行動を起こす者はどの種族にも一定数はいるだろう。
魔王国や獣王国でもプレイヤー達に擦り寄る者は多い。エルフだからといって責められるような事ではなかった。
離れた場所でイングリットと共に食事の用意をするエキドナも聞き耳を立てているが、どの国もどの種族も同じかといった感想を抱く。
「人間達は森の監視を行っていないのかね?」
次にマグナが問うと将軍は少し悩むような仕草をとった。
「我々が知る限りでは監視を行っていないようです。この森は昔から凶悪な魔獣が潜んでいると、我々が言い続けてきたので」
森をよく知るエルフも、近くに住む魔王国の者達も森を抜けるのは容易ではないと報告し続けて来た。
事実、森には凶悪な魔獣は多い。今現在ではオーク達が森の覇権を得ているが、少し前まではもっと色々な種類の魔獣が潜んでいたのだ。
「言い続けて来た、とは?」
レガドがそう問うと、
「実は……。エルフが人間の支配下になってから数年後、エルフが奴隷として連れて行かれ始めてから人間達の圧力から逃れようとする案は出ていました。策の一つとして森を抜けて魔王国側へ渡る事です。その為、この森は昔から手付かずで浅い場所までしか我々も入らないと言い続けていたのです」
エルフの言葉を信用していたのか。それとも単に森を掃除するのが面倒だったのか。
もしくは全て気にもせず、大陸の覇を治めた故の絶対的な自信があったのか。
どちらにせよ監視されていないのであればセレネ達にとっては好都合だ。エルフが考えていた案を聞かされたレガドは呆れていたが。
「うーん。ここから背後に抜けて挟撃が理想か? ゴーレムで囲んで一網打尽に出来れば良いが……」
「初撃の大火力でどれだけ被害を加えられるかであるな」
奇襲作戦の要はゴーレムによる一斉射だ。
特にゴーレムはその場で生成される為、事前に用意してから進軍する必要がない。直前まで図体がデカく目立ちやすいゴーレムを補足されないという利点は大きい。
このゴーレム部隊による前後からの一斉射を行い、それからプレイヤー達が突撃するのが最良と考えていた。
セレネ達が地図を見ながら悩む一方でエルフの将軍は不安な表情を浮かべる。
「その、ゴーレムとやらは聖騎士に対して有利になるのですか?」
「北西砦の防衛線で使用した時を見るに効果はある。命が無い故に壊されても問題無いのだからな」
圧倒的に戦力数が足りないプレイヤー達にとってはゴーレムの存在は有難い。
プレイヤーは復活できるが、現代生まれの魔族と亜人は復活できないのだ。彼らの被害を抑える為にもコアが破損しなければ繰り返し使えるゴーレムの効果というのはあらゆる面で絶大だ。
「エルフ達はどう動くつもりだ?」
レガドが問うと将軍は傍にいたエルフの兵士へ顔を向ける。
「開戦前に彼が駐屯地へ赴きます。表向きは定期連絡として。ですが駐屯地にいる同胞達へ離脱の旨を話し、皆様の攻撃が始める前に森へと退避させます」
一斉射が始まる前に逃げなければエルフ達も無事では済まない。
だが、気付かれないよう森へ逃げるのもかなりのリスクがあるだろう。特にプレイヤー達はそれを待っていては奇襲の意味がなくなってしまう。
「手加減はできないし、遠慮はできんぞ?」
それを理解しているマグナは将軍へ忠告すると、彼は険しい表情で頷いた。
「承知しております。我らの事はお気にせずに。致し方ない事と割り切っております」
巻き込まれてエルフの死亡者が出ても仕方がない。多少の犠牲を気にしている場合ではない、といった様子を見せた。
俯きながら奥歯を噛み締めるエルフの将軍を見て、レガドは同じ指揮官という立場から憐みを抱く。
「まぁ、逃げられる事を祈るぜ。森に入ったエルフを襲わないようオークに伝えておかないとな」
セレネがそう言うと将軍は顔を上げて口を開いた。
「その、オーク達に今後もエルフを襲わないよう説得して頂くのは可能ですか?」
最近は帝国領土内でオークに襲われる同胞の被害が絶えない。月に何度かは必ず出る事件だ。
ここに来て魔族達から話を聞けば、森に住むオーク達はエルフを特別好む群れだという。
そもそもエルフを好むとは何なのか。オークに好みなどあったのか、と話を聞いたエルフ達は驚きを隠せなかった。
人間の支配から抜け出せたとしても次はオークが相手……となっては国内の安定化も図れない。
どうにか後々に舞い込むであろう問題を解消したいと考える将軍であるが――
「そりゃ、俺達には関係ねえな。おたく等の問題。自分達でどうにかしてくれ」
セレネとマグナは我関せずといった返答。
将軍は眉間に皺を寄せながら次にレガドの顔を伺うが……彼も首を振って関与しないという様子を見せた。
「そうですか……」
この将軍に掛かっているストレスは相当なモノだろう。彼が目頭を揉む仕草は哀愁すらも漂う。
同情故にか、同じく将軍としての立場にいるせいか。レガドは1つ提案を口にする。
「エルフがターゲットとなっているのは狙いやすく、種として優秀だからと聞いた。ならば人間をターゲットにするよう口説いてはどうか?」
今後はこの大陸に住まう種族が人間と戦う構図となる。異種族は未来を勝ち取るならば否が応でも、人間に追われる立場から追う立場へならなければならない。
もしもこれが成功したとしたら、人間の捕虜を得る機会も出てくるだろう。
エルフの将軍はハッとなる。
「我々は捕虜の引き渡しをしないつもりだ。どのみち、この世から人間を全て排除しなければ未来はない」
「なるほど……」
将軍は顎に手を添えて思案する。今、この場にオークと友好的な立場にある彼らがいる時こそチャンスだろう。
今のうちにオークと交渉する余地を取り付けておくべきだと決断を下した。
「オークの王は集落にいる。そこまで案内はできよう」
「感謝致します」
レガドの慈悲にエルフの将軍は深々と頭を下げた。
-----
「それでは、私はこれで失礼致します。私は帝都では監視されている身です。気軽には動けません。今後は彼が全権を担いますので」
「承知した」
帝都に戻るファティマは己の事情をレガドに伝え、信頼する将軍に全てを任すと告げて来た道を引き返して行った。
彼女と彼女を護衛する兵士の姿が見えなくなるとレガドは離れた位置に立っていたローブの女性へ歩み寄った。
「なに?」
「……声を掛けなかったなと思ってな」
ローブを纏い、エルフという正体を隠していたリデル。
正直、レガドは彼女が約束を守らずファティマに声を掛けるのではないかと思っていたが、彼女はそうしなかった。
「今、帝都に戻ってもしょうがないじゃない。人間からの支配が終わらなければどうせ殺されるわ」
ならば、まだ安全な魔王国側にいた方が得策である。
「……そうか」
彼女の想いを聞いたレガドは再びセレネ達のいる場へと移動を始めた。
レガドとの会話を終えたリデルはファティマが消えて行った森の奥を見つめ続ける。
(聖樹王国にいるエルフは見殺しにするか)
リデルの感想は正しい。
帝国が魔族と亜人との協力体制を取れば、聖樹王国の雑種街にいるエルフは――見せしめに殺されるだろう。
万が一殺されなかったとしても締め付けは今以上に厳しくなるはずだ。
つまり、トレイル帝国皇帝であるファティマは囚われの身である同胞を見捨てたのだ。
(薄情なエルフの王だけの事はあるわね)
嘗て、自分の親を見殺しにしたエルフ達。彼らの王もまた、彼らと同じようにエルフを見捨てる。
「ハッ」
雑種街にいるエルフ達へ同情する気は無いが、何とも『らしい』じゃないかとリデルは鼻で笑う。
(これで遠慮は無くなった)
どこかで女帝は、自分と同じ『ハイ・エルフ』は違うのだと思っていたのかもしれない。
実際にこの場に来てリデルは思う。
雑種街のエルフを見捨てた女帝も、駐屯地にいるエルフが万が一死ぬのも仕方がないと言うエルフの将軍も。
どいつもこいつも同じであると。
(だけど、まだ。今じゃない)
死んだ両親の無念を晴らすのは今じゃない。
(全てが終わってから……)
魔族と亜人達が人間という最大の敵を討ってからだ。
障害が無くなった後に――
リデルは拳を強く握りしめながら、森の奥を睨みつけた。
読んで下さりありがとうございます。




