198 人の上
ファティマの対面に座り、咳払いを一つしたクリフは彼女の瞳を見つめながら口を開く。
「さて、じゃあ人間達が行っている実験について教えてくれる?」
「ええ。ですが、どこから話しましょうか……」
ファティマは目を閉じて少し悩むと、
「人間には3種類のカテゴリがあるのは知っていますか?」
そう話を切り出した。
「3種類?」
クリフは首を傾げるとファティマは頷きながら説明を始める。
「はい。まず上位者。これは聖樹王国の中枢――政治を行っている者達を指します。彼らは100年以上前から人物も……姿すらも変わっていません」
「100年以上も変わらない……?」
この世界で100年以上前といえば、神話戦争時代を指す。
ファティマは黙って頷き、話を続けた。
「勇者王と呼ばれた聖樹王国の王、キュリオ・オーガスタ・ベリオン。勇者王の娘であり勇者姫、クリスティーナ・オーガスタ・ベリオン。この2人を筆頭にベリオン聖樹王国聖騎士団の団長や副団長。現在、トレイル帝国に滞在している研究所の所長であるトッド。国を動かす中枢メンバーは全員100年以上前から存在しています。当時と同じく姿を変えずに」
上位者と呼ばれる聖樹王国の中枢メンバー。彼らは100年以上経って尚、姿を変えていない。
「上位者と呼ばれる者達は不老。歳を取らないのです」
「不老? 歳を取らない? 不老不死なの?」
「いいえ。歳を取らず当時のままの姿で生きている……という話です。病気には罹らず、単純に寿命が無い。しかし、当時にいた上位者の何名かは神話戦争で死亡したという話がありますから、不死ではないようです」
上位者は聖樹王国の重要人物達故にあまり詳しくはありませんが、とファティマは付け加える。
「次に上級民。これは聖樹王国国民を指しますが……。人間は異邦の神によって異世界から召喚された者達。その初期に召喚された人間の血を受け継ぐ者達を上級民と呼んでいます」
上級民とは聖樹王国で暮らす事を許され、聖騎士団に入る資格を無条件で有している者達。
加えて聖樹王国の上級民となれば基本的に働かなくても良いという人種。魔王国であれば上位貴族のような立ち位置とも言うべきか。
「最後に下級民と呼ばれる存在。これは少し複雑で……人間の中でも才能が無い者は下級民として格下げされてしまうそうなんです。そして、下級民のほとんどはファドナ皇国に移住します。ファドナ皇国は聖樹王国にとって労働者の集まる国といった存在です」
どのような基準で下級民になってしまうのかは不明であるが、一定量の下級民が生まれるのは確かであるとファティマは言う。
そして下級民は聖樹王国で働いたり、ファドナ皇国へ移住したりする。要は上級民にとっての下請けか召使のような存在だ。
「ふぅん。人間って階級支配が厳しいんだね」
才能の有無や生まれで全てが決まる。恐ろしく差が生まれる社会なのだなというのがクリフの印象であった。
「でも上位者は不老なんだよね? 他の上級民とやらも不老にはならないの?」
「そこが、今回の本題です。先ほど言った研究所所長のトッドが帝国で実験している内容は人間を上位者へと高めるモノです」
上位者になる為のモノ。それは不老になるだけでなく、上位者と同様に強力な力を得る事が出来る。
人間という枠組みを超えて神に近しい存在になるという。
「上位者というのは強大です。神話戦争で数多の王種族を屠った存在。一撃で都市を焼き、王種族を相手に一騎当千の活躍を見せた人間の英雄達……」
「それって……」
人間にとっての英雄。それはプレイヤー達にとって最悪の存在である『守護者』だ。
「ただ、上位者になるのは聖樹の力を用いらなければならないと。トッドが作っているのは本物の上位者へ至りはしないと思いますが」
それでも実験が成功していたらプレイヤー達の状況は不利になる。
現状の聖騎士にさえ1対1ではほとんどのプレイヤーが苦戦を強いられてるというのに。
「本物の上位者になる為に必要な聖樹の力ってどんなモノか分かる?」
クリフの問いにファティマは首を振った。
「そこまでは分かりません。ただ、トッドは帝国で精霊の魂を使った実験をすると。ですので、魂が関係しているのかもしれません」
「………」
ここでも魂というワードが飛び出す。
(人間が異種族の魂を材料にしているのは確定だ。上位者になるには魂を使う……。でも、材料が同じなのに効能が変わる……? 製造方法に違いがある? 聖樹とやらしか使えない特別な何かがあるのかな?)
人間は聖樹の模倣を完全には出来ていない。
だが、それでも厄介だ。やはり王種族の姿をしているプレイヤー達が捕まるのはまずい。
「王種族の魂と精霊の魂の違いは分かる?」
クリフは最後の質問としてファティマに問いかけた。
「言い伝えでは精霊は精霊王と呼ばれる二神の眷属が生んだ子供のような存在です。ですが、王種族は神が作り出した最初の子供達。王種族の方がより神に近い」
「神に近い……」
クリフは断片的な事実を繋ぎ合わせる。
神に近しい存在の魂を集めて凝固させる。それを材料に用いるが人間達は再現できない。
人間の神である聖樹のみが成功を納めた。
「上位者は神の眷属……?」
神に近く、神の力を持った存在。
人間は神と等しい存在を増やそうとしているのだろうか。
「でも、何で聖樹に直接頼まないんだろう?」
だが、現に上位者と呼ばれる『成功した者』がいるのだ。ならば上位者を作った聖樹に『もっと上位者を作ってくれ』と頼むのが最も近道だろう。
それをできない何かがあるのだろうか。
「すいません、申し訳ありませんがそろそろ……」
独り言を漏らしながら悩むクリフにファティマは申し訳なさそうに声をかけた。
どうやらファティマは帝都に戻る時間が差し迫っているようだ。
「ああ。どうも、参考になりました」
クリフはニコリと笑い、彼女を見送った。
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帝国帝都の奥には精霊が住まう祠が存在する。
祠は厳重に管理されており、エルフ達は入り口を隠すように祠の前に大聖堂を立てた。
その大聖堂の一室を我が物で使うのは聖樹王国のトッド。
彼は聖樹王国から持ってきた給湯機でお湯を沸かす。
同じ室内には共に聖樹王国からやって来たシズルと彼女の世話をする為に同行しているファティマの家臣の姿が。
シズルはテーブルに座っているが、家臣は彼女の背後でじっと佇む。
「あの、トッドさん。私は何をすれば……?」
光魔法を使う作業の準備が整ったという話で作業場まで行くつもりが、大聖堂の一室へ案内されてしまった。
案内したトッドはお茶の準備をしているし、シズルは状況が掴めず困り果てていた。
「ああ、すいません。部下に聞いたらもう少し掛かると。なので、待つ間にお茶を飲もうかと」
シズルの声に振り返ったトッドはニコリと笑う。
「はぁ。そうでしたか」
訳を聞いたシズルは少々間の抜けた声で返した。
「私が準備致します」
続いてファティマの家臣が準備を変わろうとするが――
「いえ、結構ですよ。私流の淹れ方があるので」
拒否されてしまう。
内心、不安を覚える家臣であるが強く言い出せないのが辛いところ。
2人に背を向けながらお茶の準備を進めるトッドはティーカップに紅茶を淹れて――最後に小瓶に入った液体を数滴垂らす。
「さ、用意できました。貴方も座って下さい」
テーブルの上に並べられたカップは3つ。
この場にいる全員で飲もうという事だろう。
家臣は配膳されたカップを見て胸の動悸が強くなる。このお茶に何か細工がしてあるじゃないだろうか、と。
だが聖樹王国の人間が、それもトップに近しい存在が淹れたモノ。ここで拒否すれば失礼にあたるし、彼の機嫌を損ねればこの場で縊り殺されても不思議じゃない。
「……頂きます」
「頂きますね」
「ええ。どうぞ」
2人はカップに口をつけて中身を飲む。
「美味しいですね!」
確かに味は美味しい。シズルは笑顔を浮かべて感想を口にした。
「良かったです。淹れ方にコツがあるんですよ」
ニコリと笑うトッドにシズルは「へぇ~」と感心する様子を見せた。
ファティマの家臣もお茶を飲んで体に異変を感じるなどは……無い。
考えすぎか? と内心で首を傾げたが――
今朝、トッドに引き留められた時点で2人の運命は決まっていたと、この時はまだ気付いていなかった。
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