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22/306

20 砦にて 1


「ようやく見えて来たな」


「うむ。そうじゃな」


 イングリットは背中に「疲れたのじゃ」とダダをこねて五月蝿かったシャルロッテを背負いながら荒れた大地の上に立つ。


 彼等がいる場所もメイメイのいた北西の地のように砦の正面にある主戦場以外はゴツゴツとした大岩の散乱する場所であり、その大地から生える大岩の密集地に姿を隠しながら望遠鏡で様子を伺っている最中であった。


 砦までの距離は近い。望遠鏡で覗かなくても遠目には魔王国の南東砦と堅牢な城壁が肉眼に収まる距離まで接近している。


「あそこに行けば足を買えるだろう」


「その前に、あの砦で一休みしたいのじゃ。疲れたのじゃ」


「テメェ、俺の背中にへばりついてロクに歩いてねえだろうが」


 ここまで来るまで8日間掛かった。


 ようやく長い道のりも終わりが見え始め、魔王都まであと少しといった所だ。


「にしても、あれは……」


 イングリットの視界の先には魔族軍の砦。そして、その砦の先――恐らく人間とエルフ達と戦ったであろう戦場跡には棒のような何かが地面に刺さっている。


 望遠鏡でそれを覗き見れば、丸太が地面に刺さっていて魔族の死体が括りつけられていた。


 括りつけられている魔族の死体はどれも損傷が激しく、鳥系の魔獣に食われた跡も見られる。


 そして、さらにその先――人間領土側へ望遠鏡を向ければ人間とエルフが野営地を築いてゆっくりと寛ぎながら食事を行っていた。


(薄々思ってはいたが、魔族はゲームと同じように弱いのか……)


 そうでなければ、あそこまで敵陣の前で余裕は見せない。別に奇襲されようが簡単に返り討ちにできる、という事なのだろう、とイングリットは結論付けた。


「あの棒はなんじゃ?」


「魔族の死体が括りつけられている」


「なんじゃと!? そんな惨い事を!? 死体を回収――」


「やめとけ。既に死んでいるし、近づけば敵に狙い撃ちされる。そういう釣り餌なんだよ。魂胆が見え見えだけどな」


 そうして近づけない魔族達は仲間の無残な姿を目にして精神的にダメージを受けるだろう。


 助けに来れば狙い撃ち、放置しても相手の精神を削るという嫌らしい手だが本物の戦争ともなれば有効な手段だろう。 


「なんて卑怯なヤツ等なのじゃ! 妾の領地を襲った時も人質を取ったりしていたのじゃ! 卑怯なのじゃ! 汚いのじゃ!」


「戦争に汚いも卑怯もあるか。勝てば正義、負ければ悪が戦争だろうが」


 人間とエルフ達の手段を褒める訳ではないが、どちらかが滅ぶか屈服するまで続く戦争なのだから卑怯も汚いも無いのは事実だ。

 

 キャラクターの育成方針を失敗したイングリットは盾役をこなすために、今でこそ正統派な盾師を演じているが過去では戦闘中に使える物は何でも使ってきた者だ。


 彼も相手に勝てるならば人質だって取る事は厭わない。

 

「うう……」


 シャルロッテは言い返せないが納得できていない様子。


 唇を噛み締めながらイングリットの背中越しから首に回している腕に力を入れた。


「とにかく、敵が飯を食ってるうちに砦に行くぞ」


「わかったのじゃ……」



-----



 いくら敵が食事中だとしても、砦の真正面にある門まで行くのは流石に危ない気がしてならない。


 イングリットとシャルロッテは、まず視界内にある砦の城壁の一番端を目指して南下しながら城壁の上で監視をする魔族軍の者に手を振りながら合図を送る。

 

 イングリットに背負われているシャルロッテがぶんぶんと両手を振りながら声を掛け、イングリットは後方にある人間とエルフの野営地に視線を送りながら動きを監視する。


 この時自分達が魔族であるのが相手にわかるように、頭に生える角を見せながら存在を存分にアピールした。

 

「おおい! 妾達は魔族なのじゃ! 砦に入れてくれなのじゃ!」


 結構な声のボリュームで存在をアピールするシャルロッテ。


 イングリットが背後を伺い続けるが、以前と敵が動く様子が無いのは気付いていないのか、それとも気づいていながら余裕を見せているのか。


 すると、シャルロッテに気付いた1人の魔族兵士が「待ってくれ」とこちらに声を掛けた後に、近くにいた別の兵士へ声を掛けて指示を出していた。

 

 しばらくすると城壁の上から梯子が落とされ、イングリットは梯子を拾って城壁に立てかける。


「先に上がれ」


 シャルロッテを先に昇らせ、その後にイングリットが続く。


 梯子は城壁の一番上まで伸びてはいなかったが、砦の兵士が数人掛かりで2人の腕を掴んで引き上げてくれた。


「君達、どこから来たんだ!? アルベルト伯爵領の生き残りか?」


 2人を引き上げ終えた兵士は早速とばかりに質問を投げかける。


「妾はシャルロッテ・アルベルト。アルベルト家の次女じゃ。こっちは妾を助け、ここまで護衛してくれたのじゃ」


「伯爵様のご息女!? ご無事だったのですか!」


 ここぞとばかりに貴族令嬢をアピールするシャルロッテ。驚く兵士の顔を見た後に、イングリットの顔をチラチラと伺いながら自分の家の威光がどれだけのモノか自慢する態度を見せていた。 


「一先ず、砦の指揮官であるエキドナ様のもとへご案内します!」


 そう言って兵士は2人に付いてくるよう先を歩き始めた。


「ほう。エキドナ様がおるのか」


「知っているのか?」


「うむ。魔族軍4将のうちの1人。剣に4属性全ての魔法を纏わせて戦う、魔法剣の使い手じゃ」


 魔法剣。その名を聞けばイングリットの脳内では2つ浮かび上がる。


 付与師による魔法のエンチャント、もしくはダンジョンで見つかる永久付与された天然モノの魔法剣だ。


 レアリティの高い永久付与された物を持っていれば強い訳ではないが、この世界の魔法剣がどの程度の物なのか見てみたいという気持ちはある。


 それに、相手が魔族軍の4将。恐らくエリートでトップレベルの者ならば凄い物を持っているのではないか、という期待があった。


 兵士に連れられ、砦内を歩いて辿り着いた部屋からは複数人の話し声が漏れていた。


「エキドナ様、アルベルト家のご息女がお見えになっております」


 2人を連れて来た兵士が扉越しに報告すると、室内がざわざわとした後に女性の声で入れ、と合図が出される。 


 兵士と共に室内に入り、中にいたのは大きな地図の敷かれたテーブルを囲む複数の男と1人の紫色の長い髪の女性。


「ご苦労。下がって良い」


 テーブルを囲む集団の真ん中にいる紫髪の女性が4将エキドナなのだろう。


 彼女は連れて来てくれた兵士に命令すると、シャルロッテへ視線を向けた。


「私は4将、エキドナである。君がアルベルト伯爵家の生き残りか?」


「そうな……そうです。妾がアルベルト伯爵家の次女シャルロッテなのじゃ、です」


 のじゃのじゃ五月蝿かったシャルロッテがのじゃを封印した。


 しかもワガママ娘にあるまじき敬語。貴族令嬢よりも軍属のエキドナの方が格上なのか? と勘繰りながらもイングリットは黙っていた。


「そうか……。伯爵殿と家族の者達は残念だったな……。シャルロッテ。よくぞ生き残った」


「は、はい。ありがとう、ございます……」


 エキドナはシャルロッテに労いの言葉を掛け、シャルロッテはぷるぷると震えながらズビッと鼻を啜っていた。


「して、そちらの者は?」


 エキドナは次にイングリットへ視線を向ける。


 イングリットはシャルロッテが余計な事を言う前に自分から言おうと口を開きかけるが――


「この者はイングリット。ファドナの城に捕まっていた妾を助けてくれたのじ……のです」


「ファドナの城から!?」


 シャルロッテは良かれと思ったのか、お前の功績を正しく報告してやったぞと偉そうに胸を張り、それを聞いたテーブルを囲む砦の者達は驚きの声を上げる。


 イングリットは内心で舌打ちをしながら兜の中からギロリとシャルロッテを睨み付けた。


「そなたはファドナの首都に行ったのか!? しかも城に侵入!? 一体どうやって!?」


 ほら見ろ、クソ面倒な事になったとイングリットは兜で顔が見えないのをいい事にしかめっ面を全力で現した。


「あー、その、なんだ。偶然だ。ファドナの騎士の鎧を着て変装してな。たまたま、偶然。侵入できたけどすぐに外へ出た」


 嘘です。めちゃくちゃ長く居座りました。宝物庫の中身をインベントリに押し込みまくってました。


 しかし、馬鹿正直に話せば折角宝物庫から奪ってきた宝を寄越せと言われかねない。


 俺の宝は俺の物。お前の宝は俺の物がスタンダードなイングリットにとって、そんな事態は死んでも御免だ。


「……ふぅむ。しかし、それでもシャルロッテを救ったのだ。とても厚い忠義の持ち主じゃないか」


「然り。これも伯爵の人望の高さ故でしょう」


「待て、違う。俺はただの冒険者だ」


 どうやらエキドナと周りの男達はイングリットがアルベルト伯爵家の兵士か何かと勘違いしている様子。


 彼女の忠義うんぬんに然り、然りと同意しながら頷く男達。


 違う、とイングリットが言うにも全くこちらの話を聞く気がない。


 その様子からはイングリットへの敬意や初対面の者に対する礼すらも伺えない事にイングリットは若干イラッとしていた。


 ここまでの道中でイングリットの事を少しは理解しているシャルロッテは、鎧越しに伝わってくるイングリットのイライラに身を震わせながら事の成り行きを見守っていた。


 ようやく然り然りコールが終わったところで、エキドナは話を戻して再開し始めた。


「シャルロッテは魔王都に向かうのか?」


「は、はい。家族がいなくなってしまったので……一度、王城でどうすれば良いか伺おうかと」


 シャルロッテは家族を亡くして領地も奪われてしまったが、それでも貴族の家の者。


 勝手に天涯孤独であるが何者にも縛られないドキドキ1人暮らしスタートとは出来ないらしい。 


 エキドナは腕を組みながら少々考え込み、再び口を開いた。


「そうか。わかった。シャルロッテが魔王都に向かう為の足は用意しよう。それで、イングリット。君はここで防衛を――」


「断る」


 イングリットは予想していた通りの提案を言い掛けたエキドナへ全て語らせる間も無く拒否を告げる。


 誰も彼が拒否するとは思わなかったのか、室内は静寂に包まれた。


「なんだと?」


 再びエキドナが問うがイングリットの答えは変わらない。


「断る、と言った。俺は魔王都へ向かう都合、コイツと行き先が同じだから同行していただけだ」


「き、貴様! エキドナ様の指令を無視し、あまつさえ主家たる家のご息女をコイツ呼ばわりだと!? 貴様には主家の敵を討とうという気概は無いのか!!」


 周囲にいた男の1人がイングリットへ吼える。


 勝手に勘違いし、こちらの話を聞かないような奴等へ向ける礼節など既に失せていたイングリットは、声に怒気を含ませて言葉を続けた。


「俺は散々言ったが、お前等が聞かなかっただけだろう。俺はアルベルト家の私兵でもなければ軍属でもない。お前等に従う道理は全く無いんだがな」


「ふざけるな!! 軍属でなければ傭兵なのだろう!? 傭兵ならば戦争参加が義務だ!!」


 別の男が再び吼えるがイングリットは首を振って否定。


「傭兵ではない。俺は冒険者だ」


 シーン。


 再びシーン、と静寂に包まれる室内。そして、誰かが「プッ」と噴出した後に室内には爆笑の渦を巻き起こす。


「はははは! ぼ、冒険者! 貴様、冒険者か!」


「何がおかしい?」


 イングリットが問うと、口に手を当てながら隠れて笑っていたエキドナが咳払いをして落ち着いた後に衝撃的な事実を告げる。


「知らないのか? 冒険者組合は既に解体され、傭兵組合と名を変えているのだぞ?」


(え!? 冒険者組合ないんですか!?)


 イングリットは兜の中の瞳をめちゃくちゃ見開いて驚いていた。


読んで下さりありがとうございます。


23時追記

誤字報告をして下さった方々にお礼申し上げます。本当は私が見直し等で見つけるべきなのでしょうが、至らずお手間をとらせて申し訳ありません。

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