196 対価は?
「エルフの女帝からの手紙を要約すると、こっちに寝返るから助けてってことか?」
魔王城会議室にて、手紙の内容を読み上げた魔王に対してイングリットがビールの入ったジョッキを片手に言った。
「あちらの認識ではこちらを裏切ったとは思っていない、そんなニュアンスに取れますね」
続いて口を開いたエキドナの顔は険しい。眉間に皺を寄せ、テーブルの上にある拳は怒りによって固く握られている。
散々人間と一緒に魔王国や獣王国を侵略していたのにも拘らず、このような言い分をするのが納得いかないといった様子だ。
それはこの場にいる魔王、魔王軍4将全員が同じ気持ちを抱いているだろう。
彼らだけでなく、現代生まれの魔族と亜人に「エルフをどう思う?」と問えば怒鳴り散らしながら相手を侮蔑しまくるのが普通だ。
「まぁ都合が良いのは分かる。でも、余計な戦闘をせずにエルフの国を排除できるのは大きいだろ?」
対し、プレイヤー達はエルフにとって特別な感情はそこまで抱いていない。
会議に参加しているクリフ、イングリット、セレネ、マグナ、珍しく工房から外に出て参加しているモグゾー。
彼らにとってエルフとは敵である、そういった認識のみ。あとは持っている魔法アイテムがなかなか使えるので、ぶっ殺して奪いたいと思うくらいか。
「そうですが、やはり感情的には……。再び裏切られるかもしれない、という心配もあります」
セレネの言葉に反応したのはレガドだ。
彼はエルフという存在がこちら側に付くという事に懸念を示す。
「エルフの言い分を受け入れたとしましょう。人間と戦っている最中に背中を撃たれたらどうするのですか!」
4将達が一番恐れているのは、これが罠という可能性。
エルフを受け入れ、人間の国を攻め入る際に挟撃されてしまう可能性は捨てきれないと苛立ちを隠すこともしないエキドナは叫んだ。
「別にそこはあんまり気にしてねぇなぁ」
「気にしていないって……」
両手で頬杖をつきながら言うセレネに対し、エキドナはつい睨みつけてしまう。
「帝都を掌握した後で防衛と称してゴーレムでも配置すりゃいいだろ。帝都を囲んでよ。変な動きをしたらそのまま潰せば良い」
「それが一番であるな。モグゾーよ、ゴーレム用の新装備は開発済みなのだろう?」
セレネの提案に賛同したマグナがモグゾーに問う。
オレンジジュースをストローでジュウジュウと勢い良く吸い上げていたモグゾーは目を笑わせてそのまま頷いた。
「おひょひょ! 勿論ですぞ! 魔導館とメイメイ氏の協力もあって超強力な装備を開発しました!」
「どうなんだ? 帝都をゴーレムだけで落とすのは可能か?」
イングリットが問うと、モグゾーは満面の笑みを浮かべる。
「魔法的な防御装置が配置されて威力が半減されなければ、ゴーレム5機で一つの都市を灰にするのも可能でしょうな」
おおっ、と魔王と4将達が沸く。
「いやはや開発には苦労しました! ゴーレムはコアさえ無事であれば何度も製造可能ですが一撃撃てば胴体が反動で破損してしまいそれを軽減させるアイディアが浮かばず連射は不可能でありますが先ほど言った通りコアさえあれば何度でも――」
が、モグゾーの話は止まらない。
「始まった」
「話が長いから無視しろ」
モグゾーの口から飛び出す開発秘話にどう反応してよいか分からずにいた魔王と4将達にイングリットとセレネがアドバイスを加え、話を仕切りなおす。
「つーわけで、俺たちゃあんまり心配してない。エルフが人間に協力する事で無駄にアイテム類を消費する方が問題であると思っている。人間をぶっ殺すのが一番の目的なんだからよ」
「人間が帝国で何をしているのかも気になるしね」
「エルフを排除できれば残りは人間のみ。シンプルになるであろう?」
「帝国を掌握すれば金になる」
セレネ、クリフ、マグナ、イングリットの順でそれぞれ意見を口に出した。
各々目的や欲望に忠実であるが方向性は一致している。
4人の意見を聞いた魔王は少々悩む様子を見せた後に……。
「わかりました。帝国の話しを受け入れましょう」
現魔王として遂に決断を下す。
エルフを助けるという事に対して国民が見せる感情も気にはなるが、まずは人間の侵略を止めなければならない。
最大の敵であり、最大の脅威。人間を排除した後に明るい未来はやって来るのだから。
「約束の日まであと5日。それまでに決める事は多いですな」
レガドが腹を摩りながら呟くと、イングリットがニヤリと笑った。
「エルフの話を受け入れるんだ。アイツ等から対価を頂くのは普通だよなァ?」
人間から奴隷のように扱われているエルフ。
その事実は既に聖樹王国から逃げて来たエルフであるリデルから話は聞いている。随分と可哀想な状況だろう。
だが、魔族や亜人からしてみれば「だから?」と言いたい。
一切合切を無視して商工会で開発した新装備で帝国へ一撃を見舞っても良いのだ。
だというのに。
エルフを人間からわざわざ助けてやるのだ。もちろん、対価は払って貰わなければならない。
「人間による奴隷扱いから脱したいというのが目的でしょうから……強制労働等の提案は拒むでしょうね」
「領地を差し出すか、あちらの王族を人質に寄越す、でしょうか?」
人権を無視されて家畜のように扱われている状況を変えたいと言う帝国が、国民を蔑ろにするような対価は払わないだろう。
「領地を頂くのであればトレイル西にある地を欲しいですな」
手を挙げて真っ先に提案したのはモグゾーだ。
しかも目がキラキラと輝いている。
「トレイル西にある山にはミスリル鉱とオリハルコンが埋蔵されているのですぞ!」
どちらも日替わりダンジョンで産出される鉱石であるが、素材は多いに越したことはない。
魔王的にも大いに賛成だ。
彼は「良いですね」と口に出そうとするが――邪悪な笑みを浮かべる竜人を見て背筋が凍る。
「おいおい~。モグゾーよ。小さい事言うなよ」
イングリットをよく知る者であれば「また金絡みか」と思うだろう。その通りだが、彼は皆が思っているよりも欲深い。
「どこぞの領地一つじゃなく、国ごと貰っちまえよ」
一欠けらだけじゃない。全てを頂戴する。
なんたって向こうが「お願い」してきて、こちらは「渋々」受け入れるのだから。
「国ごとですか……」
「ああ。国を掌握して傀儡にしちまえよ。王族はそのままで良いじゃねえか。精霊がいるからハイ・エルフは死にたくねぇんだろ? そこを突けよ。最悪、エルフなんざいなくなっても構わんだろ?」
エルフ族は精霊を管理するハイ・エルフがいないと魔法が使えない。生活に根付いた魔法を失えばエルフの生活が危うくなってしまう。
故に王族であるハイ・エルフは己の身を差し出さないだろう。何としても生き残りたいはずだし、政治に関わっているエルフ達も種の存亡を賭けて王族は生かしたいと考えるだろう。
「最悪の場合は今の王族をぶっ殺して聖樹王国から逃げて来たハイ・エルフの女と挿げ替えろ。それで万事解決だ」
魔王国には自然発生したハイ・エルフであるリデルというカードがある。保険もバッチリ。
「貰えるモンは全部頂くんだよ。後々に役立つかもしれんだろ? 人間を全滅させた後でゆっくり利用価値を探しても遅くはねぇよ」
ククク、と笑い声を漏らすイングリットにクリフから「ヨッ! 強欲鬼畜竜!」という称賛が上がった。
対し、イングリットの提案を聞いた魔王とレガドは口元を引き攣らせる。自分達に皺寄せが来るのは確実だからだ。
あとは冒険者組合のウサギが更に眠れなくなるであろう。
(もう魔王はこの人がやれば良いんじゃないかな……)
そう思う現魔王であるが口にはできなかった。
読んで下さりありがとうございます。
一身上の都合により、次回は水曜日の夜に投稿します。




