195 接触
オークキングと再会してから2日が経った。
イングリット達は一度北西砦に戻り、転送門で魔王都へ帰還。魔王と他の4将達に事実であったと伝える。
「本当にいたんですか……」
魔王とレガドは終始ポカンと口を開けながら話を聞いていたが、事実なのだからしょうがない。
散々話を信じてもらえなかったエキドナがドヤ顔をするのも仕方ない事だろう。
とにかく、事実を伝えて常闇の森を通ればトレイル帝国へ攻め入る事が可能であると分かった。
森から帝都付近までのルートを調査すべく貴馬隊と百鬼夜行から数名選抜して、エキドナは再び常闇の森へと戻る事となる。
「本当に言葉を理解すんのか」
「プラカードの使い方が絶妙。どんだけ定型文を用意しているのか気になる」
と、オークの集落に到着した選抜メンバーは各々感想を呟いた。
言葉を理解するだけじゃない。オークのねぐらは通常であれば洞窟の中がベターだ。
だが、彼らの住む場所は『集落』と言っても過言ではない。
森の木を倒して作った小屋。硬い蔓と葉っぱのテントらしき寝床。作りは粗末であるが、どう考えても文化という色を感じられる出来だ。
「進化なのか?」
「知性が無いから魔獣なんだよな?」
この世界において魔獣の進化というモノがどういった事なのかが着目されるが、彼らは間違いなく魔獣でオークだ。
「あの小屋っぽい所には行くな。オークの食糧庫だった」
集落を見て周っていた貴馬隊のメンバーが親指で後方にある小屋を差す。
彼の顔色は優れない。
文化形成や進化の兆しが見えるが、オークはオーク。
つまりは、人を餌にする魔獣である。食糧庫となれば、中がどうなっているかは想像するに容易い。
「アソコ、ハンショクバ」
「……そこも近寄らん方が良さそうだ」
オークは異種族のメスを使って繁殖する魔獣。しかも生まれる時は腹を食い破って出てくるのだ。
いくら友好的な魔獣であっても見ない方が良い面は確かに存在する。
集落を見て周った一行は侵略ルートの偵察へ赴く事に。
誰かがここに残って北西砦との連絡役しなければならないのだが……。
「……私がここに残るんですか?」
魔王軍の将であるエキドナが残る方が良いとなったが、彼女は若干不安そうに小声で意見を述べた。
「……俺も残るわ」
オーク達の集落に女性一人を残すのはデリカシーに欠けるだろう、と貴馬隊のメンバーが追加で残る事に。
といっても、ルート調査に赴くメンバーには亜人である銀狼族の女性や悪魔族の女性も含まれている。
こちらは心配無いだろう。なんたって大手レギオンのプレイヤーだ。
道案内のオークなんてデコピン一撃で殺せる程の腕力を持った正真正銘の化け物である。
むしろ、魔獣であり他の種よりも相手の力量を見極める事を野生的に身に着けたオークの方が縮み上がる程だ。
「ブ、ブモ……(エルフ専門になって良かった)」
元々彼は魔王国領土内にいたオークである。前にいた場所ではこんな強者を見た事も無かったが、オークキングの群れに加わって良かったと心から思うのであった。
「じゃあ出発!」
ルート調査団は森の中を北に進む。
森は常に暗い。灯りを絶やさず、闇に紛れて近づく魔獣に気を付けながら進むのが基本だ。
オークの集落がある場所から何もトラブルが起きずに1日進めばエルフ達の行動範囲内に到達できる。丁度、常闇の森の中間地点と言うべき場所。
ここから東に2日程行けば聖樹王国軍の駐屯地の後方に出て背後を取れる位置だ。
「ブモモ」
「あっちか?」
オークが指を差す方向へ少し進むと、開けた場所に出た。
「休憩場所?」
「ブモ!」
なんとオーク達は休憩場所まで完備していたようだ。
切断した木が地面に倒れており、椅子にするにはもってこい。調査団はインベントリから休憩用のお茶や食べ物を取り出して少々休む事に決めた。
彼らが10分程度休憩していると――
「先に何かいる。人型だ」
探知系スキルを持った者がこちらに向かって来る者を探知した。
魔獣かエルフか。それとも人間か。
もう既に敵勢力内に侵入しているメンバーは油断無く武器の持ち手に触れながら身構えた。
「エルフだ。向こうも気づいている」
遠見の魔法を使用した者が、魔法越しにエルフと目が合った。あちらも同じような魔法を使ってこちらを察知していると口にする。
向かって来るエルフがガサガサと草の音を鳴らしているのはワザとなのか。
「待ってくれ! こちらに敵意は無い!」
現れたのは3人組のエルフ。彼らは手を上げ、敵意が無い事を示しながら声をかける。
「そちらは魔王軍の方々とお見受けする」
「……そうだ」
正確に言えば魔王軍ではないのだが、ここは話を合わせようと調査団のメンバー1人が決断した。
「我々はトレイル帝国帝都から来たメッセンジャーだ。皇帝陛下からの手紙を持ってきた」
先頭に立つエルフが懐から手紙を出し、調査団へ見えるよう掲げた。
「どうする?」
「俺が受け取る。変な動きをしたら迷わずキルだ」
調査団のメンバー、エルフの男。どちらもゆっくりとお互い近づき……手紙を受け渡すと元の位置へと戻る。
封を開けて中身を読むと、そこにはエルフの現状と人間の支配から抜け出したいという旨、魔王国と獣王国と連携したいという内容が書かれていた。
「なんて?」
「あー、魔王都に戻らんとダメなやつ」
読むには読んだが、これは独断で決められない内容だ。
レギオンマスターと魔王による話し合いが必要だろう。
「返答は1週間後にしたい」
「わかった。1週間後、再びこの場所でどうだ?」
「良いだろう!」
手紙を読んだメンバーはとりあえず偉そうに返してみせた。
こういった事は下に見られたらマズイんじゃ? という何となくの精神である。
「とりあえず戻ろう」
こうしてエルフ達は魔族との接触に成功。
「陛下。予想通り、森で魔族へ例の物を渡したと報告が入りました」
「まずは第一歩か。この事は他言無用だ。分かっているな? くれぐれも人間達には……」
「承知しております」
女帝ファティマと家臣は小声でやり取りし、エルフの未来を思いながらも細心の注意を払って計画を進めていたが――
「トッド所長。エルフの女帝が何やらコソコソ動き回っているようですが」
精霊の祠と呼ばれる帝城の庭から更に奥へ行った場所で、お茶を飲んでいたトッドへ研究者の一人が休憩中の話題としてそんな事を口にした。
「そうなんですか?」
「聖騎士からの報告ですよ。最近は祠に精霊の様子もあまり見に来ないじゃないですか。だから怪しいんじゃないかって」
トッド達は全てを察しているようではない。
だが、最近まで1日おきには祠へやって来て精霊の様子を見に来ていた。
「ふぅん。まぁ、良いんじゃないですか? 実験も終わったし。モノも完成しましたしね」
トッドはテーブルの上に置かれた瓶を見る。
瓶の中には琥珀色をした液体が満ちており、彼は瓶を手に取って中身を揺らす。
「いやぁ、精霊100匹弱で足りてよかったですね」
「ほんとに。精霊全てを使っても足りなかったら実験は凍結でしたから。本当に良かった」
ははは、と今までの苦労を笑い合う彼らの背後には――精霊と呼ばれる小さな半透明の小人の死体が山積みとなって放置されている。
「さて、これの使用実験に入るワケですが」
「え? 昇華した者では試したじゃないですか」
既に効能は確認済み。トッドの考える通りの効果は得られて実験は大成功と言える。
だが、彼は首を振ってみせた。
「まだ試していないじゃないですか、エルフと我々とは別の人間には。使ったらどうなるんでしょうね?」
ニコリと笑うトッドはもう一度瓶を軽く振ってみせた。
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